Fate/AntiGod   作:グラビティ

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彼女の独白――この時、私は絶望した

 それから私はかつてのドンレミ村でのように何度も何度も、同じ時を繰り返した。

 どうにか敵に遭遇しないルートを見つけようと躍起になって……失敗する度に皆の……コレの視線が私の胸に突き刺さった。

 六十回もの死を迎えた時、私は一つの事実を悟った。

 どうあがこうが、どのルートを選択しようが、私たちは必ず敵と遭遇してしまう。

 つまり戦いを避けることができないという事実を――。

 神は――否、世界は私に戦いを求めているのだと、七十回目の死を迎える頃にはそう思い始めていた。

 逃げることはできない。

 自殺しても……逃げ出しても、世界は何度でも私を引き戻す。

 神に……この繰り返される世界に嫌悪感を抱き始めたのはこの時からだった。

 

 ――そうですか……ええ、そうですか!!

 

 半ば自棄気味に私は戦う術を身に着け始めた。

 繰り返されるヴォークルールの準備期間で戦いの基礎を徹底的に覚え込み、一歩でも先へ、強くなろうと鍛錬を開始した。

 七十五回目――どうにか恐怖心を抑え込み、相手と剣を交らわせることに成功したがすぐさま首を切られて出血多量で死んだ。

 八十七回目――剣を交らわせ、交戦することに成功したが、最後には競り負けて、呆気なく死んだ。

 九十五回目――ついに一人、相手を殺すことに成功する。が、初めて人を殺したことによってパニックに陥り、そのまま訳が分からない状態のまま死んだ。

 一〇三回目――人を一人、殺すことに慣れ始めたのはこの頃からだった。敵を二、三人殺すことに成功するが、戦場の混乱下で背後からいきなり何者かに刺し貫かれて死んだ。

 それから私はしばし伸び悩むことになる。どう足掻いても、三人を倒すことが限界で、どうしても死んでしまうのだ。

 理由を考えた。

 そうして思い至ったのが、疲労だ。

 女子(おなご)である私ではどうしても大柄な男たちと比べて体格、体力面で圧倒的に不利だ。

 その上、ヴォークルールで貰う剣は男が振るうものと全く同じもので……つまり私には重過ぎる。

 筋トレして体力を増やすことも考えたが、その線は三回ほどループしたところで切り上げた。

 なぜなら一度死に、ループする度に私の状態はヴォ―クルールの始まりの時の状態に巻き戻されてしまうからだ。知識や経験は巻き戻されず、継続させて使用することができるが、身体を鍛えても、リセットされてしまうのだから鍛えたところで意味がない。

 となると、変えるべきなのは剣だ。

 私が振るうには重過ぎる剣を、もっと軽い別のものに変えれば少しはマシになるのではないか?

 そこで私はコレやロベールにもっと軽い剣はないのか訊いてみたのだが、女子(おなご)が剣を持つということ自体が極めて珍しい事態であり、王太子様のいるシノンの方へ行けば、もっとたくさんの種類の剣があるのだそうだが、あくまで片田舎の街であるこのヴォークルールの街には、一般的に支給されるその剣以上に軽い剣はないのだそうだ。

 

 ――まぁ、女の子が振るうにはその剣はちょっと重過ぎるよね。

 ――もっとも、この辺りの地に詳しいコレがいるんだ。戦う間もなくシノンには着けるだろうがな。

 

 コレとロベールのその言葉に、私は苦笑いを浮かべて相槌することしかできなかった。

 

 +++

 

 しかし、支給される剣が私にとって重過ぎるというのは紛れもない事実であるし、この事実をどうにか変えないと私は先には進めない。

 何度も何度もループを繰り返しながらも私はどうにか剣を入手できないか模索を続けて。

 そうして辿り着いたのが、旅の道中にあるサント・カトリーヌ・ド・フィエルボアの教会であった。

 この教会は聖カトリーヌ教会で、忠実では1479年に再建され、今も現存している。後にジャンヌはこの教会で、祭壇の後ろに埋まる一つの剣を発見しており、聖カトリーヌの剣と、神の祝福がなされた剣として保有したのだという。

 もっともこの話はいろいろと脚本が盛られた話であるという説もあり、真相は定かではない。しかし、私もまたジャンヌを巡る旅行の合間に訪れたこともある場所だった。

 私はこの教会が戦争で捕虜になった騎士たちが武具を献上する場所として有名であったという情報を思い出したのだ。

 彼女(ジャンヌ)のように聖カトリーヌの剣を入手できるとは限らないが……戦争で捕虜になった騎士たちの武具が納められている場所なのだとしたら、もしかしたら私にも振るえる剣があるのかもしれない。

 一五八回目――旅の道中、教会に辿り着いた私は、他の人の目を盗んで教会を密かに詮索。狙い通り、武具が置かれた保管庫を見つけたので、自分にも振るえる剣を探し――一本、一際軽い銀の細剣を見つけたのでそれを手に取り、教会の神父にこの剣を貰ってもいいかと尋ねた。

 どうせこのままこの場所にあっても使われることのない剣で、私の持っている剣では重くてとても自分の身を守ることができそうにないのです――そう言ったら神父は快くその剣を私にくださった。

 しかしその剣は前にも述べた通り、他の剣に比べて一際軽く、その分その扱い方もこれまで扱ってきた重い剣とは異なるものだった。

 一五八回目のループでは、結局軽くなった剣の違和感を拭い切れず、一人も倒すことができずに殺された。薄れゆく意識の中、これからはこの剣の重さになれていかないとと、決意を新たに固めていた。

 しかし、目覚めればその場所は言うまでもなくヴォ―クルールに戻っているのであり、また剣を入手するところから始めなければならない。

 気づけばヴォ―クルールでの準備期間の一週間では記憶に残る教会の剣の重さにもっとも近い木の棒で訓練を行い、教会に辿り着いたら前と同じように剣を入手、実戦で特訓の成果を試すという一連の流れが出来上がっていた。

 一七一回目――教会で受け取った剣は軽いが、その分耐久度はヴォ―クルールの剣に劣り、相手の斬撃に叩き折られ、そのまま殺されてしまった。

 一九八回目――相手の斬撃を受け止めてはならないことを悟った私は、フットワークを使い、相手の斬撃を避けることを心掛け始めた。まずは相手の斬撃を躱すフットワークを身に着けなければならないと思い、あえて戦場で剣を用いず、足捌きだけで戦場を駆け抜けるという訓練を数回、ループで繰り返した。

 二三四回目――相手の斬撃を足捌きだけで全て躱し切れるようになる。けれどその時は、あえて足捌き以外の選択肢を取り除く為にあえて武器を自分から捨てていたため、その時はやむなく殺された。

 二四〇回目――教会の剣を用いて、相手を倒すことに成功する。斬撃ではなく刺突――この頃にはこの剣での戦い方というものが何となくだが見え始めていた。

 そして三〇五回目――ついに相手の追撃を凌ぎ切り、戦況を生き延びることに成功する。

 しかし、戦いが終わった頃にはもうすでに私は満身相違で、意識を失うように地面に倒れ込んでしまった。

 目覚めたら再びヴォ―クルールに戻っていたところを見ると……どうやら今回もダメだったようだ。

 それでも戦場で最後まで生き残れたという事実は私に大きな自信を与えた。

 

 「ジャンヌ……君って、どこかで剣を習ったことある?」

 

 三二五回目のループ。

 もう何度目とも知れぬヴォ―クルールでの準備期間において、コレと共に一対一の実戦形式の訓練を行っていた時、不意に言われたその言葉に思わず私はドキッとしてしまった。

 

 「え……ええ、と……どういう意味ですか?」

 

 「いや、ジャンヌの剣筋ってさ、とても女の子の振るうものとは思えないくらい鋭くってさ。身のこなしも羽のように身軽だし……。もしこれまで誰にも武術を習ったことがないとしたら、それは凄い才能だよ」

 

 「あ……いえ、そんなこと……」

 

 これは才能なんかではない。

 何十、何百と繰り返した果てに身に染み付いてしまった、ただそれだけのものだ。

 決して誇れるようなものではない。

 

 「君は本当にフランスを開放するために神様が遣わした戦乙女(ヴァルキリー)なのかもしれない」

 

 「……」

 

 神を信仰する澄み切った青の瞳が私をジッと見据えてくる。

 違う。そんな高潔溢れる存在なんかじゃない。私は神のお告げも聞いていないのにも関わらず、聖女を騙るただの偽物(フェイカー)だ。それだけでしかない存在だ。

 そう言いたかった。けれど、その言葉は決して言える言葉ではない。

 偽り続けても……ここまで来てしまったのだ。もう後には戻れない。

 何も言えず、押し黙ってしまった私を見て、コレはすぐに気さくに笑った。

 

 「ああ、ゴメンね。こんなこと言ってもプレッシャーになるだけだよね」

 

 君みたいな女の子が国を救うために立ち上がるなんて、それだけでも途方もないプレッシャーなはずだよね。

 そう言ってくるコレの瞳があまりにも透き通っていて……思わず泣き出してしまいそうになった。

 私はそんな優しい言葉を掛けられてもいい存在ではないのに。

 ごめんなさい。

 ごめんなさいと心の中で何度も謝り続けた。

 

 +++

 

 三三六回目――身体が翅のように軽かった。

 見える。

 相手の斬撃が面白いように見える。

 私はその斬撃を避けるか、あるいは剣で反らし、カウンターで鎧の継ぎ目に刺突を叩き込むだけで良かった。

 これまでとは明らかに違う余裕があった。

 ようやく――やっと、このループを超えられると、そう思うと自然と気分が高揚した。

 そして――。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 私はついに、傷一つ負うことなく、戦場を生き延びた。

 今度はループもされない。

 やった。

 ついに私はやったのだ。

 ようやく先に進める――そう思うと不覚にも笑みがこぼれた。

 八日目の朝日が、地平線の向こうから昇ってくる。

 こんなにも美しい朝陽は、初めて見た。

 私は生き延びているであろう皆の元へ向かおうとして。

 

 「無事だったか、ジャンヌ!」

 

 「ええ。皆さんも無事で――」

 

 地に仰向けに寝かされたコレの姿を見た。

 

 「……え? コレ、何してるんですか?」

 

 「ジャンヌ……」

 

 こんなところで寝ていたら風邪を引いてしまうというのに。

 ほら、顔もそんなに青白く染めてしまって。

 

 「コレ、早く起きてください」

 

 「ジャンヌ、コレはもう……ッ!?」

 

 「……」

 

 その時、一体、私はどのような表情をしていたのだろう。

 とにかく、私が視線を向けたその途端、戦場を生き延びた警護の男は口を閉ざした。

 あるわけがない。

 コレが死ぬなんて、そんなのあるわけがない。

 

 「……だって、コレは私なんかよりも遥かに強かった。今までだって、ずっと死んでたのは私だけで、コレもみんなみんな死んだことなんて一度もなかった……」

 

 なんで。

 なんでよりによって今回、コレが死ぬのか。

 これは夢だ。

 悪い夢に違いない。

 

 「……そうだ……もう一度、死ねば、またやり直せる……」

 

 「ジャンヌ?」

 

 言うや自分の首筋に剣を押し当てた私を見て、男たちが戸惑いの声を上げる。

 

 「ジャンヌ!?」

 

 静止させようとする男たちを無視して私は一気に首を引き切った。

 これが私の三三六回目の死だった。

 

 +++

 

 「なんで……どうして……」

 

 「どうした、ジャンヌ?」

 

 目覚めたのは、ヴォークルールの街ではなかった。

 目覚めたのはつい先ほどまで私が立っていた場所。

 つまり、コレが倒れているまさにその場所だった。

 どうして戻れない。

 

 「あ……ああ……」

 

 気が付けば私は再び自分の首に剣を押し当てていた。

 

 「ジャンヌ!?」

 

 男たちの静止も振り切り、温かい血が噴き出す。

 三三七回目の死――けれど、次の瞬間目覚めたのは相も変わらず、コレの倒れている現場だった。

 

 「なんで……どうして戻れないッ!!?」

 

 「な、なにを言ってるんだ、ジャンヌ!?」

 

 「うるさいッ! 黙れ!!」

 

 訝しげにこちらを見つめてくる男たちが……この時、無性に腹が立った。

 何か手があるはずだ。

 コレはこんなところで死んでいい人間なんかじゃないんだ。

 私なんかよりもずっとずっと生きる価値のある、優しくて高潔な心を持つ人間なんだ。

 私は再び死んだ。

 その後も何度も何度も自分で自分を殺した。

 それでも変えられない。

 コレ・ド・ヴィエンヌという青年が死んだという事実は変えられない。

 

 「~~~~~~~ッアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 私は吠えた。

 この世には神も仏もないのかと。

 コレは神を信仰していた。だからこそ、偽りでも神の声を聴いたと言った私に力を貸してくれた。

 全ては神の御心に応えようと――私なんかよりずっとずっと強い意志を持った人間だった。

 

 「それなのに神は! 世界はッ! こんなにも清い心を持つ青年を殺すのですかッ!!」

 

 碌に神の声も聴いていない偽り者の私には何度もやり直す機会を与え、なぜ神を深く信仰するコレには救いを与えない?

 こんなのおかしい。

 こんなの絶対に間違っている。

 なんなんだ、この世界は。

 狂っている。

 狂い切っている――。

 

 +++

 

 「……人は必ず死ぬ定めにある。ただでさえ戦乱の世なのだ、コレもこの旅に同行するからには死ぬ覚悟はできていたはずだ……」

 

 「……」

 

 先に行く我々を許せ。そう言った男の瞳からは一筋の涙が零れる。

 一本の木の根元にコレの遺体は埋められた。その場所に石を積んだだけの簡易な墓だ。

 そう、私は時を先に進めてしまったのだ。

 ループを諦めた……そう言うよりは疲れたといったほうが正しいのかもしれない。

 本当に疲れた。

 何度も何度もコレの死を無かったことにしようと足掻き続けて、それでも変えられないという残酷な現実に。

 そう、人は死ぬのだ。

 こうも呆気なく。簡単に。

 人は必ず死ぬ……なら私はなんなんだ?

 殺されても何度も何度も巻き戻され、死をも超越している/させられている私は一体……。

 なにはともあれ、この時からだ。

 私の世界から色が消え失せたのは。

 視界に映るその何もかもが、無感動なものへと移り変わっていったのは――。

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