Fate/AntiGod   作:グラビティ

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プロローグ

 ある一人の女の話をしよう。

 かつての救国の聖女の成し遂げた偉業に憧れを抱き、純粋にその生き様に憧れていた女の物語を。

 

 その女は取り立てて特徴のない、どこにでもいるようなただの女だった。

 日々、仕事をこなし、休暇を見つけては『彼女』の跡地に足を向け、『彼女』の伝記を読み込む。

 

 『彼女』の残した足跡を辿っていると、まるで自分もまた偉業を成し遂げた英雄になれたような気がした。

 それはあくまでも気がしたというだけの話であって、自身に『彼女』のような特別な力が無い事は理解できていたし、『彼女』が辿った苦難の足跡を人並み以上に理解できているからこそ、自身には無理だと――『彼女』に憧れはすれども自分自身が『彼女』になりたいだとか、そんなことは一度たりとも思ったことは無かった。

 

 女が『彼女』になったのは、まるで神/世界が気まぐれを起こしたかのように何の前触れもないある日のことだった。

 

 女は混乱した。

 無理もない。何の変哲も無いただの日常がこれから先もずっと続いていくのだと、信じて疑わなかったからだ。――否、もはやそれはそんなことを意識するまでも無い、女にとっての常識だった。

 

 それなのに自身が目覚めたのは昨夜、何時ものように潜り込んだ自身の匂いに包まれたベッドの上ではなかった。

 女が目を覚ましたのは見覚えのないベッドの上。見覚えの無い景色、嗅ぎ慣れない田舎の土の匂い。何もかもが新鮮な未知の世界。

 

 そしてその未知の世界にて女はこう、呼びかけられた。■■■■・■■■と――。

 

 信じられなかった。否、最初は信じてはいなかった。自分が『彼女』になってしまうだなんて、そんなことはありえない――。なぜなら『彼女』は五百年以上も前に活躍した人物であり、現代を生きる自分が過去のフランス百年戦争の時代にタイムトラベルを起こしてしまうこと自体、異常であるというのにさらに何の因果か『彼女』自身になってしまうだなんて、信じられるはずもなかったのだ。

 

 女は戸惑った。しかし世界は、そんな女を置き去りに進んでいく。

 

 巻き戻される。女が進むまで、何度でも。

 

 かつて■■■■・■■■という女性が歩んできた歴史を、忠実に再現していくまで何度でも。

 何度でも。

 

 女を、巻き戻した。

 

 女は葛藤した。本物の聖女であった■■■■・■■■と所詮ただの偽物でしかない今の■■■■・■■■(自分自身)との差異に。

 

 自分のせいで失われた生命もある。■■·■·■■■■■という心優しい青年の生命が失われたのも全て自分のせいだった。

 

 やがて、女はこう考えるようになる。(·)(·)(·)(·)(·)(·)(·)(·)(·)と。

 

 彼女であったのならもっと救えたのではないか。

 彼女であったのなら、戦争をもっと優位に進められたのではないか。

 彼女であったのなら、もっと良い未来が切り拓けたのではないか。

 

 彼女であったのなら――

 

 それほどまでに戦争とは、凄惨な光景だった。

 自分の指揮で失われていく生命、奪われていく生命。

 世界/神が納得する結末が訪れるまで、女は何度も何度も同じ光景を生み出した。

 

 それは地獄だった。

 地獄そのものだった。

 

 

 

 それでも女は立ち止まらなかった。立ち止まれなかった。

 粉々に打ち砕かれた心に鞭を打ち、今にも叫び出したい想いを抑えつけて、偽りの聖女という世界/神より与えられし役割をこなし続けた。

 

 そんな地獄の中で女は悟る。

 この世界には神の慈悲など……愛など存在しないと。

 

 

 いったい世界/神は人に何を求めているのか。

 こんなに苦しんで、戦い抜いて、その果てに待つのが死の運命(さだめ)でしかないのなら――。

 

 

 

 こんな世界に、いったい何の意味があるのか。

 

 

 

 その時には既に気がふれてしまっていたのかもしれない。

 それでも女は世界/神の操り人形のまま、ただ無意味に使い捨てられるのは嫌だったのだ。

 

 ■■■■■■■の戦い。それは彼女の運命において、大きな転換期を迎える事になる戦いだった。

 

 その戦いを勝ち抜き、嘲笑ってやりたかった。

 運命を。

 世界を。

 神を。

 

 女は抗い続けた。戦い続けた。

 

 その地獄の中でやがて女は精神をすり減らしていき、涙も枯れ果て――最後には人としての心も失った。

 

 それでも運命/世界/神には勝てなかった。

 

 

 女は絶叫した。叫んで叫んで喉が潰れて、なお叫び続けた。

 

 それは世界/神に翻弄され続けた哀れな女の慟哭だった。

 

 +++

 

 「……ゥ……フォウ……キュ、フウゥ……?」

 

 顔を撫でるモフモフとした感触に、藤丸立香はうっすらと瞼を開いた。見るとそこには宙に浮かぶ毛むくじゃらの生き物の姿。

 

 フォウの頭を撫でながら、立香は目覚めたばかりのぼんやりとした頭で物思いにふける。何か、夢を見ていたようなそんな気がするのだが、頭の中に霧がかかったみたいに思い出せない。

 何か、とても悲しい夢だったような気がするのだが……。

 

 「おはようございます。そろそろブリーフィングの時間ですよ、先輩」

 

 扉の開く音ともに、部屋に入って来たのは立香の大切な後輩にして、共に人理修復を行う相棒でもあるマシュの姿だった。

 おはよう、と挨拶を返すと彼女もまたはにかむような笑顔と共に「はい、おはようございます」と再び挨拶を返してくる。

 

 「あ、見ないと思ったらフォウさん、先輩の部屋にいたんですね。朝から元気そうで嬉しいです」

 「フォーウ!!!」

 

 立香に寄り添っていたフォウはマシュの言葉に反応するとそのまま彼女の胸の中に飛び込んだ。

 そんなフォウを優しく受け止めると、マシュは再び立香へと視線を戻した。

 

 「先輩も。昨夜はよく眠れましたか?」

 

 立香は夢を見ていたせいであまり眠れなかった旨を伝える。

 

 「夢……ですか? いったいどんな夢だったのでしょうか?」

 

 それが思い出せない。何か、大事な事のような……胸が張り裂けそうになるくらい悲しい夢だった事は何となく覚えている。

 夢の最後に、慟哭の叫び声をあげていた一人の少女の朧げな姿も。

 

 「叫ぶ、女の人ですか……」

 

 立香の言葉に暫し思案の表情を見せるマシュ。

 

 「……英霊と契約を結ぶマスターはその英霊の生前の記憶を夢として見ることがあると聞いたことがあります。もしかしたらですが、先輩が見た夢というのも先輩と縁のある英霊の夢を見たということもありえるのかもしれません」

 

 私もそこのところの詳しいことはわからないのですが、と告げる健気な後輩の姿に思わず頬が緩むと立香はよしっ! と勢いをつけてベッドから立ち上がった。

 そろそろ行かないと、次の人理修復に向けてのブリーフィングに遅れてしまう。

 

 「はい! いきましょう、先輩! ……っ先輩?」

 

 マシュに呼び止められ、シャワールームに伸びかけていた足を止める。

 

 「先輩、涙が……」

 

 

 「えっ……」

 

 言われるがままに頬を拭う。

 確かにその頬には一筋の涙が伝っていた。

 

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