『誰よりも遅く、誰よりも無知で、誰よりも弱い』

加速世界、それは数百人の青少年が集い夢を追い求める理想郷であり、互いを高めあい友情を深め合う場でもある。誰がそれを作ったのかは未だわからず、製作者の意図も不明。不穏な思惑が隠されていそうな不気味な側面を時として見せるそれが、今もなお子供達に欲され求められ続けているのか。それは一重に、その『加速』が持つ未知の世界が、現実の平凡さに浸った心に刺激を与えてくれるからだろう。

そんな夢と希望が詰まった加速世界、子供の噂話は世代を超えて伝わりやすい。故に加速世界には数々の噂話が真偽は別に飽和している。そしてそこには、まぎれもない真実も少なからず混ざっている。それは最強ではなく、『最弱』の噂、普段なら特に気にされる事のない、もしも偶然話題に上ったとしてもそれは嘲笑や侮蔑で片付けられ明日の記憶にすら残らないだろう。

『最弱のバーストリンカーの噂を知っているか?』

だが彼は違った『最弱』故に、『最弱』だからこそ、彼は加速世界で知らぬものは居ないほど有名になった。ただひたすらに弱いから、何百といる全てのバーストリンカーの中で彼は最も弱いから、彼は負けないのだ。自分の弱点を知り尽くし、欠点を辞書を開くかの如く言う事が出来る少年の名は……

『アマルガム・ワースト』

最弱の名を冠すバースト・リンカーは加速世界で唯一、負けたことがない。
加速世界史上、最弱の男が今動き出す。

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アクセル・ワールド 最弱の名を冠す者

 

 

 2046年、ニューロリンカーと呼ばれるウェアラブルコンピューターを用いることで、半世紀前ならばSFの世界とまで言われたVRが当たりまえになった現代。生活の殆どにネットを用いることが多くなった世界に僕は現代の必須アイテムであるところのニューロリンカーを身に着けず行動していた。

 

公的施設や身近な電子機器に至るまで、脳の信号を読み取りそれを伝える機能を備えたニューロリンカーを身に着たうえで操作するのは必須となった時代に、そのキーアイテムを取り外して行動する事に意味があるのかと誰もが思うだろう。

 

『旧時代の人々の真似をするなんて、それなんて縛りプレイ?』

 

ゲーム好きの友人なら口を揃えてえ僕のマゾプレイングを嘲笑するかもしれない。だが、僕にはそれをしなければならない理由があった。端的に言えばそれは逃げるためだ、ネットに即座に繋がることのできる一見便利そうな世界の弊害は、どこもかしこにも張り巡らされたソーシャルカメラの存在だろう。

 

犯罪抑制といえば聞こえは良いが、悪く言えばそれは四六時中自分の行動を誰かに監視されているに等しい。もちろんそういった映像は公的に管理されているのだろうが、それでも誰かに自分の姿を晒しているというだけで落ち着かない。

 

だが、それでもカメラの監視からは完全に逃れられないのは理解している。僕は別にカメラから姿を隠そうと犯罪者のような行動に出ているわけではない。逃げるものが違う。僕はカメラから逃げるのじゃなく、カメラを通じて構築されニューロリンカーによって連れていかれる世界から逃げていた。

 

正式な呼び名は誰も知らない、誰が呼んだか『加速世界』。現実で起こる時間を脳内で何倍にも引き延ばして行われるそのゲームでは、旧時代にはやったあであろう対戦型格闘ゲームが行われている。VRゲームなんて今じゃ珍しくもない、そういって入った者たちは決まってこういうのだ。

 

『あんな面白いゲームは他にない』と。お子様用に作られた甘ったれた使用とは違う、叩かれれば肉体的に痛みを感じる妙に現実的で勝ち続けなければ何れゲームから蹴落とされるというシビアなシステムに、現代のぬるま湯につかり切った子供は見入られてしまう。

 

勝つために、少しでも長く加速世界を楽しむために彼らは、対戦を望んでくる。その在りようは人それぞれだ、勝つために闘うものもいれば、狡猾に有名に成りたいがために戦うものもいる、もちろん仲間との友情を深め合い闘いを楽しんでいる者もいる。

 

だが、そのシステムは僕にとって最愛のものを手に入れるきっかけになったが、こうしてバーストリンカーと呼ばれる加速世界に蔓延る強者たちからの鮮烈なオファーから逃げ続ける毎日を享受する羽目にもなったのは確かだろう。正直言って勘弁してほしい。ニューロリンカーをつけているとランダムで対戦を申し込まれないという弊害のせいで、外を出歩くときはニューロリンカーの電源を落として動かなければいけないこの不便さは、さすがにマゾプレイングという領域を超えている。

 

これが東京以外の場所だったなら、まだこの嘆きはいくばくか緩和されていただろう。旧時代の人に倣って壁に右手を当てて迷路を探索するが如く地道に進んでいけばいい。だがここは残念なことに東京市街の真っただ中、人の横行が激しく店や家の移り変わりが多いこの都市は電子地図が無ければすぐに道に迷ってしまう迷宮区に等しい。少し見ないだけで様変わりしている道路や、数日で入れ替わった店なども珍しくもないため、ちょっと遠出するだけで一苦労だ。

 

迷路なら目印となる場所がどこかにはあるが、東京都心はそれがない。いや仮にあったとしてもそのシンボルは次の日には消えて無くなっているなんてことはざらにある。VRゲームに例えるなら生きたラビリンスといったところか。

 

さながら旧時代風に言うなら、スマホを持たずに地図もなしで見知らぬ土地を歩くようなものだろう。GPS機能の便利さは数年前に身をもって知っているがゆえに、それを使いことができない不便さは血反吐を吐くくらい僕にイライラを募らせてくる。

 

「はぁ…」

 

空を見上げれば途端にこみあげてくるため息、何時からだろうかこんな風に毎日が気の抜けない日常に様変わりしてしまったのは。僕は、ただ普通の中学生だった筈なのに。何が悲しくてこんなスパイ映画もどきのようなことをしなければいけないのか。浮かんだ疑問に対する答えを持っているが故に、それが僕の自業自得の産物であるがゆえに僕はただ悔やむことしかできない。

 

誰かに責任を押しててしまえば、僕がこうなってしまった理由を誰かの所為にしてしまえば少しは気が晴れるのかもしれない。だが、それは絶対にやってはいけないことだった。それをしてしまったら、僕が今の今までバーストリンカーとしてあの世界にアカウントを置き続けている意味がなくなってしまう。

 

かつての友人と交わした約束が、こんな僕と共に戦ってくれた仲間の願いを全て否定してしまうことになる。

 

 

 

東京都、杉並区に存在する私立中学、梅郷中学校。数々の頭のいいお子様達が通う学校であり、未来のエリートを輩出するそれなりに知られた名門校へ僕は足を運んでいた。まさに金持ちの私立と呼ばれるだけあって、寄付金を募って作られたのだろう豪華な施設が立ち並んでいる場所へ僕はとある筋からの情報をつかんでやってきたのだった。

 

アナログ式の腕時計で時間を確認すると午後の4時に差し迫っている。普通ならば授業はすべて終わり、学校に残っているのも部活をしている生徒と、明日の授業内容を確認している教師数人程度だろう。今日も生徒の下校を見送っただろう校門の前で腰かけていても、先述したようにソーシャルカメラの監視範囲から外れていれば何の問題もなく校内を見回すことができた。

 

もちろん私立ということっもあって門徒にはニューロリンカーの電波によって侵入を拒むためのいかしたマンションのようなシステムが導入されていることもあって流石に無断侵入はできないが、今回は別に校内まで侵入しなくても事足りるちょっとした偵察任務だ。

 

気分としては敵地の様子を安全圏から双眼鏡で監視する偵察兵に近い。1年前に中学を華々しく卒業した僕にしてみれば、まさかまた中学校の門徒をくぐる羽目になるとは夢にも思わなかった。それも自分の卒業した処ではなく、まったく僕とは無関係の中学校へ。

 

バーストリンカーは子供しかいない、それは『加速』世界が持つある特性に起因している。加速者たちはすべてブレインバーストと呼ばれるアプリをインストールすることによって『加速』世界に入ることができる。だがそれはアプリが無ければ世界への侵入はできないということ。

 

このアプリはどういうわけか子供、それもニューロリンカーを生まれた時から付けていたという経験を持つ人間にしかダウンロード出来ないという稀有なものだった。つまり全てのプレイヤーは年端もいかない子供であり、自分の欲求に素直で忠実な青少年ということになる。

 

僕が中学校にやってきた理由も、大まかな話そういうことだ。中学生に会いに来たというと些か誤解が生じるが、ここで同じバーストリンカーに会いに来たと言い換えれば、その言葉には言いようのない緊張感が生まれるだろう。

 

だがここでいう会いに来たと言うのは、VRゲームでありがちなオフ会というオタク入り混じる和気藹々としたものではなく、もっと殺伐とした情を差し挟むことが絶対にないものだ。俗にいうリアルバレ、プレイヤー本人の素性がどういうわけか第三者にばれてしまうというネットゲームでは以外にあり得る現象の結果、僕はここに立っていた。

 

本質的に奪い合いを主とするブレインバースト『加速』世界は、その性質からリアルバレが直接生命の危険に繋がりかねないという非常に危険な側面を持っている。ゲーム内での私情を現実に持ち込むのはゲーマーとしてマナー違反だが、そこは子供のコミュニティだ。大人の介入できないコミュニケーションツールで過去何件もいじめが多発したように、いったん点火した過激な思想を子供では止められない。

 

住所を突き止められたバーストリンカーは哀れポイント全損に追い込まれ、最悪肉体にもひどい傷を負ってしまうのである。もちろんそんな性根の腐った連中ばかりいるわけではないが、リアルバレの危険度としては他のゲームの数倍はあるので、バーストリンカーは基本的に無暗に加速中は自分の本名や住所を口にしないように努めている。

 

僕も同じように自分の身辺にはやけに気を張ってしまうのがバーストリンカーの職業病だった。

 

「でも、たまに居るんだよな。こうやってバレちゃう奴が」

 

ジャージのズボンのポケットからきれいに三つ折りにされたメモ用紙の切れ端を取り出した僕は、その中に書いてある一つの名前を復唱する。今から1年前、加速世界の頂点に立った7人の純色の王の一人であり、その停滞に嘆を発し無謀にも赤の王レッド・ライダーを討ち果たした裏切者の名。

 

「ブラック・ロータス」

 

今はその噂は鳴りを潜め、風の噂では死んだと囁かれる彼女の所在が昨日僕の耳に飛び込んできたのだ。

 

だがその本質は何よりもゲームを愛するが故の、加速を極めたための思想でありバーストリンカーであるならば、その考えを受け入れないにしろ否定してはいけない。彼女の在り方こそが安定を求める思想よりも『加速』らしいから……

 

彼女の事は僕もよく知らない、ただ数年前に顔を合わせて戦ったというだけのことだ。だがそれでもこれだけはわかる、彼女がレベル9という頂点に満足してはいなかったのだと。彼女はただ純粋にレベル9を超えた先に何があるのかを見たかっただけなのかもしれない。

 

僕としても、加速のその先に何があるのかは興味があった。勿論何もないのかもしれない、ただのレベルアップなのかもしれない。だけれど、それでも僕はよかった。殻に閉じこもってレベルアップを止めてしまうことよりは何倍も良い。それで加速することを止めてしまうくらいなら、僕はバーストリンカーを止めたっていいとさえ思っている。

 

まあ生憎僕のレベルは1であり、レベル9を倒した処でレベルアップはしないのだろうけども。

僕は早々にそんな感傷を頭の中から追い出し、目的のために家からここから来るまで外していたニューロリンカーのスイッチを入れる。梅里中のローカルネットワーク、その内部に侵入するのは難しい、だが今日この日に限ってはその制限はなくなるのだ。

 

今日は梅里中学の入試日、日本中で一斉に行われる試験はそのテスト問題管理のためにグローバルネットを活用しなければならない。そのため陸の孤島といわれる学校機関であってもローカルネットを一時的に外と繋げざるを得なくなるタイミングは僅かながら存在する。

 

それに僕は割り込みをかけるという寸法だ。

そしてそれは登下校後の、夕日が沈む前のこのタイミング。

 

「さあ、久々のご対面と行こうか……ロータス!」

 

 

 

「バーストリンク!!」

 

声高に僕は宣言する、最弱が最強を屠るその瞬間を待ち望んで。

 

 

 

 




 アクセル・ワールドの二次創作を読んでそのノリで書いた短編です。よかったら感想をください、些細なことでもいいのでお待ちしています。

あと、メインの投稿には何の影響もないのでご安心ください。

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