東方忘拒録   作:鴉間龍之

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初投稿なので勝手もわかりませんが、よろしくお願いします。


序章
1話「桜の咲く前に」


 幻想郷――人が棲み、妖が蠢き、魍魎が跋扈する、現世とは隔絶された世界。

 その幻想郷を覆い隠すモノ―――外の世界との出入りをほぼ不可能としている結界、『博麗大結界』を代々管理する博麗の巫女には、奇妙な噂があった。

 

――――四代目の事を誰一人憶えていない。

 

 そう、居た。たしかに存在していたのだ。だというのに、顔はおろか名前すら誰一人として思い出せないのだ。

 侮蔑され忌憚されるような人間でもなかった。むしろ人々からの信頼も厚く、強き者たちはこぞって巫女を好いていた。

 だというのに、憶えていない。刃を交えた者も、親密な関係であった()の者でさえも。

 まるで、小さなピースの足りぬパズルのように。気に掛けなければ、まったく気にならない。しかし、どこかしこりが残っているようなむず痒い感覚を皆が覚えていた。

 

 現代博麗の巫女『五代目』、博麗霊夢。

 彼女の動向を記していた九代目阿礼乙女が、過去の幻想郷縁起を編纂していた際に気付いたこの事実は、一介の流言として人里で囁かれていた。

 とは言っても、噂は噂。せいぜい井戸端会議の種程度、回覧板はおろかゴシップ好きな天狗の新聞にすら載らないような話に(とど)まった。

 そして人々はいつしか、その違和感すらも忘却していく。

 足りなかった箇所を空想とこじつけで埋め合わせて、新たな記憶を注いでいくのだ。

 

 ………これは、そんな感覚がとっくに忘れ去られた頃に始まる奇譚。

 

 

 満月が幻想郷を照らし上げる。

 雲一つない宵闇の空には、満天の星空が広がる。星たちが好き勝手に煌々と輝いて、美しき……それこそ幻想的な景色を彩っていた。

 そんな夜空を見上げる者がひとり。

 

「………こうやって貴方達と空を見上げるのは、もう何度目かしらね」

 

 と、少女は問いかけた。そして、答えが返ってくるより前にまた口を開いた。

 

「あぁ、そういえば最近、人里に新しい住人が増えたらしいわよ? 一度見たけど、えらく華奢でね。男とは思えなかったわ」

 

 ふふ、と微笑む姿は、見かけの歳に似合わぬほど大人びていた。それでも声音や抑揚は近しい者と喋る少女のようで。

 少女は更に言葉を紡ぐ。

 

「その子、花火屋の所に居候するらしいわよ。あそこ、人手がないって嘆いてたのに一気に大喜びしてたわ。雀みたいに踊っちゃって……面白かったわよアレは。あぁ、あとね………」

 

 少女は楽しそうに近況を語った。

 家族の事、知り合いの事、人間の事、妖怪の事、異変の事………友人と語らうように、饒舌に、感情のままに話した。楽しい事も、面倒な事も、悩み事も、全て。

 月が西へと傾いてきた頃、話題は冬に猛威を振るった妖怪の話から氷の妖精の話に移り、やがて季節の話になった。

 

「そうそう、もう桜が散り始めたわ。ここは一段と散るのが早かったけど、あとちょっとで花見も出来なくなるわね……ちょっと名残惜しいわ」

 

 と、己の頭上を見上げる。そこには、わずかな緑を纏う桜木があった。少女は、桜の根元に座っていたのだ。

 不意に、少女は瞼を閉じた。

 

「そう、よね。いつも、いつでも季節は廻り続けるのね」

 

 何かを思い出し、噛み締めるように。

 

「もう、貴方達は居ないのに」

 

 真新しい桜の葉が風に吹かれて落ちた。少女と並び座る、三つの丸石の真ん中に。

 

「………また来るわ。近い内に、ね」

 

 少女は立ち上がり、空を見上げた。

 相も変わらず、憎い程に美しい夜空だ。そう、あの日も――

 

「お酒でも、呑み交わしましょう」

 

 声だけを残して、少女は忽然と消えていた。

 

 ――あの日も、こんな夜だった。

 

 

 貴方達が、消えてしまった悪夢の夜は。

 

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