東方忘拒録   作:鴉間龍之

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一章
2話「想起する世界」


「はぁー………」

 

 夜の空を、一つの影が移動していた。ため息にも深呼吸にも思える深い息を吐きながら。

 

「参ったわ。こんな暗いと前も見えやしない」

 

 と、夜陰に目を細める少女。彼女こそ、彼の博麗の巫女である博麗霊夢だ。

 そんな巫女が何故夜中に外に居るかというと、理由は案外簡潔で。

 

「どれもこれもあの妖怪が悪いのよ………。チョコマカと逃げ回って最終的に無縁塚まで行っちゃったじゃない」

 

 そう、妖怪退治である。

 霊夢の住む博麗神社は幻想郷の東端に建立されており、通常の神社らしい参拝客による賽銭や貢物は、殆どと言っていいほどない。

 そのため、彼女の主な収入源の一つは人里の自警団等に依頼される妖怪退治となっている。

 今日も昼頃に人里を散歩していたら「人を喰う大蜘蛛が出たから退治してほしい」と頼まれ、報酬の米一俵目当てで二つ返事に受領したというわけだ。

 出現したのは魔法の森方面ということで捜索してみると案外簡単に見つかったのだが、この蜘蛛が異常に俊敏だった。

 加えて戦闘場所が森林ということもあり、巨木に攻撃を遮られたり、関係のない妖精と遭遇したりと邪魔が多く入ってしまい、気が付けば幻想郷の西端である無縁塚周辺まで大蜘蛛による必死の逃亡劇が続いていたのだ。

 まあ、最後は封魔針であえなく撃沈されたのだが。

 そんなことがあって、人里に討伐の知らせを届けたのが数分前。米は保留してもらい、現在は日も沈み、月も星も雲に隠された夜空を飛行中という状況だ。

 

「もう疲れたし、ご飯食べて寝よ……あ、お(ひつ)にご飯まだあったっけ?」

 

 頭を掻きながら曖昧な記憶を探っていると、ふと。

 

「………?」

 

 そこにあったのは、不思議な光景だった。

 雲間から月が少しだけ顔を出し、ある一点のみに光を注いでいたのだ。

 否、それだけならば別に気にもしない光景であった。

 だが、今回は違った。霊夢にだけは違うように感じた。

 

「呼ばれてる……?」

 

 まるで、手招きされているような。こっちだこっちだと(いざな)われているような気がした。薄気味悪さもあったが、何故だか理由も無い安堵感の方が勝っていた。

 

「……………………」

 

 義務感とはまた少し違う心情が湧いた。行かねばならない、気がした。

 特に何も口に出さず、霊夢は月光の射す場所――――博麗神社の裏山の頂に向かい始めた。

 

 

「ここね」

 

 一直線に山頂に向かい、降り立った。

 もう既に時刻は真夜中。草木も眠る丑三つ時とまではいかずとも、日は跨いでいる事だろう。つーか眠い。

 

「ここに何が……」

 

 と、月光が包む場所を見やった。

 そして、理解した。

 

 真黒な視界の中で、仄明るい桜の木だけが見えた。

 神社の境内にも桜の木はある。それも幻想郷一と言われるほどに上等な物が。しかし、青白くライトアップされたこの桜は一味違った。

 季節は初夏の終わり頃。既に花は散り、見えるのは新緑の葉たちだ。だというのに、霊夢は咲き誇る花々を幻視した。

 それはまるで、この世のものとは思えないほどに美しかった。普段は景色や風情にはとんと無頓着な霊夢ですら心奪われるほどに。

 気が付けば、足が前に出ていた。何かに憑りつかれたかのように、一歩一歩と歩み寄っていく。

 足が止まったのは、月光の範囲内に入ったときだった。

 

「……え? ホントに何コレ」

 

 自分が取っていた不可解な行動に眉を顰める霊夢。

 この桜、妖怪の類か? と警戒した瞬間。

 

「ん?」

 

 視界の端に見えた物に視線を移す。

 そこには、石があった。桜の根元には場違いな大き目の丸石が三つも。

 それを一見し、霊夢はひとつの予想を立てた。

 

「もしかして、無縁塚?」

 

 弔う縁者のいない者たちの墓、無縁塚。まあ、幻想郷で死人というのも珍しい事ではない。誰かが死に、それを悼んだ誰かが墓を作ったのだろう。

 しかし、それなら殊更(ことさら)妙だ。

 

「なんで、こんな場所に墓が?」

 

 ここは博麗神社の裏山の頂上。不可侵領域の結界がすぐ傍にあり、山の中には少なからず妖怪だっている。

 そうだ。ここに人間が来る筈がないんだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 そもそも、幻想郷に於いては人里と昼間の道以外の場所の殆どは特A級の危険地域だ。人里から離れた所で人ならざる者に出会えば即死と考えていい程のシビアな世界。

 そんな場所を通って博麗神社に到達し、さらに日中でもかなり危ないであろう山の奥地まで来た人間が、こんな場所で死ぬか?

 否、それはないと考えていい。

 何故なら、ここまでたどり着ける者が意志もない妖怪に殺される訳がないからだ。加えて、運だけでここまでたどり着ける謂れもない。

 そもそも、何故ここに墓を作った? 誰が誰をここに弔った?

 

 考えれば考えるほど、謎が増えて行く。なんだ。なんなんだこれは。

 一体、この場所で何が――

 

「何を、しているのかしら?」

「ッ!?」

 

 肩越しに吹きかけられた吐息に、霊夢は跳ね上がるという反応を見せた。

 一気に飛び退き、袖から攻撃用の札を取り出す。一瞬にして思考を臨戦態勢に整えるあたり、流石は博麗の巫女だ。

 しかし、すぐに霊夢は札を仕舞った。顔見知りである声の主に、戦う意志は無いと判断したからだ。

 

「何のつもりよ、(ゆかり)

「あら、質問に質問で返すなっていう言葉を知らないのかしら」

「他人の背後に出現するなって言葉をアンタに教えとくべきだったわね」

 

 若干の怒りを露わにしつつも、霊夢は突如として背後に現れた少女に歩み寄る。

 彼女は八雲紫。まだ巫女としては未熟な霊夢に代わって結界を管理している、霊夢の保護者兼友人的な存在だ。

 そして、幻想郷を作り出した張本人でもある。

 

「で、なんでアンタが出てくるわけ?」

「あなたが質問に答えたら、教えるわよ」

「ただ単に散歩してただけよ」

「真夜中にお散歩なんて肝が据わってるじゃない。もうお子様は眠る時間よ」

「子ども扱いするな。で、さっさと私の質問に答えて」

 

 妖怪の賢者と比喩される八雲紫にここまで不遜な態度を貫ける者も少ないだろう。

 紫はふぅと嘆息し、開口した。

 

「この桜は私のお気に入り。そこの石は私の友人の墓よ」

「友人の?」

 

 おうむ返しして首をかしげる。

 いや、なんら不思議な事ではない。気が遠くなるほど永い生を過ごしてきたのだから、人間の友人ぐらいは何人か居たことだろう。その人間が天寿を全うしたのなら、死を悲しんで墓を建てたのも納得できる。

 …………だが、傍観せずに出てきたのは何故だ。

 霊夢はたしかに冷めた人間だ。しかし、墓荒らしをするほど極悪非道ではない。ましてや、深く詮索しようとするほど好奇心旺盛でもない。放っておけば、疑問は残しても帰っていたはずだ。

 なのに、彼女は来た。何かを警戒するように。

 

「……やましい事でもあるの?」

 

 紫らしくもない行動が、霊夢の微細な好奇心に火をつけた。

 あの墓石、何かある。

 

「別にないわよ。女の子がこんな夜中に出回ってたら危ないから、帰宅を促しに来ただけ」

「ふーん。そうとは思えないけど」

 

 と、おもむろに墓石へと手を伸ばした。その瞬間。

 

「!!!」

 

 背筋に走った悪寒に、言葉が止まった。とんでもない化物に睨まれたような感覚が全身を射竦める。

 霊夢は触れてしまった。大妖怪、八雲紫の心の奥底にある逆鱗に。

 彼女の奥底にあった疑心が、確信に変わった。あの墓、間違いなく何かがある。

 

「霊夢。いくらあなたでも、やってはいけない事ぐらいはわかるわよね?」

 

 口調は子供を優しく諭す母親。しかし、声色は凍てつく恐怖を身に刻ませる、抑揚のない感情そのままの声だった。

 霊夢は確信した。

 此処には、想像もつかないような物が眠っている。それこそ、幻想郷を揺るがすほどの物が。

 そうでもないと、紫がここまで激昂する筈がないのだから。

 

「ッ……!!」

 

 思わず、後退った。すると、踵が真ん中の墓石に当たった。当たってしまった(・・・・・・・・)

 

「あ」「あ」

 

 二つの声が重なった。

 ――その時だった。

 

 全てがかき消される程の極彩色が、一瞬の間だけ幻想郷を包んだ。

 

 

 パリィン! と甲高い破砕音が響いた。床には粉々のカップが転がっており、中に注がれていたであろう紅茶はカーペットに歪んだ円を描いていた。

 

「この感じ……まさか、まさか……ッ!」

 

 意識せずとも、手が震えていた。頬を、一筋の涙が伝った。

 

 

 どこかでは、光が見えずとも何かを感じた者がいた。それも、二人。

 

「嘘……?!」

「あなたもって事は、思い過ごしじゃないみたいね」

「じゃあ、やっぱりコレって…………」

 

 二人は顔を見合わせ、同時に顔を上げた。

 広がっていたのは、真っ暗な空だった。

 

 

 別の場所では、強烈な光を見た者もいた。

 

「この光って……もしかして……!」

 

 小さくだが、声のトーンが上がった。続けて、口角も上がった。

 今生で一番とも思える程の喜びを、肩を抱いて噛み締めた。

 溢れる笑みが、こらえきれなかった。

 

 

 また、別の場所では。

 

「おぉ……これは……」

 

 何かを理解したのか、小さく目を見開いた。

 唇の端を少々吊り上げたその顔は、これから起こる物事を予感し、期待しているかのようだった。

 

 

 また、どこかではピクリと肩を震わす者がいた。

 

「あぁ……あぁ!!」

 

 それは泣いていた。泣きながら笑っていた(・・・・・)

 

「あの子だ! あの子が帰って来たんだァ!! あは、あははは! あははははははははははははははははァ!!!!!」

 

 狂喜。そして狂気を孕んだ笑い声が、真っ暗な世界にいつまでも広がり続けた。

 

 

 打って変わって、こちらでは。

 

「う、嘘……嘘だと言ってよ……!」

 

 それは怯えていた。

 この世の終りが来たかのように頭を両腕で抱え込み、背を丸め、奥歯を打ち鳴らしている。眦には涙が浮かび、絞り出す声は可哀想な程に震えていた。

 

「だって、だってアイツは……アイツはもう…………!!」

 

 

「い、一体何が……」

 

 鮮烈な閃光を眼前に喰らい、霊夢の視界は不安定だった。やっとピントが合ってまず見えたのは、口元を細い手で押さえた紫だった。

 

「あ、あぁ……そんな…………」

 

 霊夢は言葉を失った。めぐるましく変わった友人の様子に、激しく困惑したからだ。

 あのどんな状況下でも泰然自若としている紫が、この一分と満たぬ時間で(おぞ)ましいほどの憤怒を見せ、現在は茫然自失としているのだから。

 

「一体、何が……」

 

 その答えは、紫の視線の先にあった。

 

 桜の枝に、一人の少年が腰かけていた。

 霊夢は、少年のありとあらゆる箇所に目を奪われた。

 

 まずは髪色。端的に言えば、灰色だった。黒というには明るく、白というには濁っていて、鼠色というには明瞭で、銀色というにはどこかくすんでいた。

 完全な灰色、というのが似合っていた。

 

 次に、服装。なんと、彼は霊夢と似た型の服を着ていたのだ。

 霊夢のようにフリルやスカート、分離した袖等はないが、より巫女服に忠実なデザインのそれを纏う姿は、少なくとも彼が神仏関連の縁者であることを示していた。色合いは霊夢と正反対の、蒼穹のように美しい蒼だ。

 

 最後に、その顔。

 名匠が作り上げた彫像が如く、精悍で凛々しいのだが――感情が一切感じられなかった。半分ほど開かれた灰色の瞳孔は(うろ)のように空虚。目を合わせていると、吸い込まれるような錯覚に陥りかけた。

 

 そして、何故だろう。霊夢は言葉で表せないような不可思議な感情に襲われた。知る限りの語彙を尽くすのなら、郷愁と畏怖を混ぜ合わせたような……という感じか。

 何も言えずに停止していると、少年が動いた。

 音もなく木から飛び降り、二人を交互に見ると――消えた。いや、刹那の内に紫の眼前へと移動したのだ。

 

「ひッ……」

 

 短い悲鳴が紫から漏れた。

 何が起こるのかと、緊迫感が霊夢を包む。そして。

 

「…………疲れた。寝る」

 

 と、少年は紫の肩に顔を乗せ、動かなくなった。

 脱力し切った腕と規則的に動く背中から、完全に睡眠状態に入ったのだろうと見える。

 

「……は?」

 

 緊張と緩和。

 力の抜けた霊夢と紫はこれまた同時に膝の力が抜け、座り込んだ。

 

 少年の静かな寝息だけが、二人の耳に聴こえていた。




途中で出てきた人たちはいつか出てくるので、それまでお楽しみに。
……オリキャラが二、三人いてもいいよね(ボソッ
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