Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

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第13話 最後に残った道しるべ

「二人とも、昨日はご苦労だったわね。私にはこれぐらいしかあなた達に報いる物がないけど……どうか、遠慮せずに食べて」

 

 一夜明け、フィオの自宅。

 

 ライダーとキャスターが着いたテーブルの上には、ハムをたっぷりと使ったピザがどんと置かれている。二騎のサーヴァントはマスターの料理の腕は既に把握しているが故に、揃って目を輝かせた。

 

「おお……!! では、ありがたく頂戴しよう」

 

「いただきますね、ご主人様」

 

 ピザカッターの車輪によって45度ぐらいに切り分けられたピザをそれぞれ口に入れ、そして、サーヴァント達は途端に目の色を変える。

 

「こ、これは……何と美味な……ハムとチーズとピザクラスト……それぞれがそれぞれを高め合う……!!」

 

「味の三重奏(トリオ)と言うべきでしょうか……火と蒸気とシリンダーによる蒸気機関!! 馬と鞭と騎手による乗馬!! 太陽と水と大気による地球!! 唇と歯と舌による口!! って感じです!! こんなピザは初めて食べました!!」

 

 どうやらお気に召したようで、手にしていた一切れはすぐに飲み込んでしまうと、次の一切れを求めて手を伸ばす二人。

 

 あっという間に大皿一杯に載せられていたピザは最後の30度ぐらいの一切れになり……

 

「余に譲る気はないか? キャスター……」

 

「あなたこそ私に譲る気はありませんか? ライダー……」

 

 それを巡ってサーヴァント間で火花が散っている。

 

『これは……いけないわね……』

 

 こんな事で不和の種を育ててもらう訳にはいかない。そう判断したフィオは、最後の一切れは自分が口に入れてしまった。

 

「「あ……」」

 

 いかにも残念そうな表情と口調の二騎を尻目に、自作のピッツアを味わうフィオ。確かに良い味だ。そもそも彼女は誇りある料理人。例え身内と言えど、納得の行かない料理を出したりはしない。

 

 だが……

 

「どうかしたのか? 奏者よ」

 

 シャーレイの煎れた紅茶を啜りつつ(キャスターは緑茶)、自分のマスターがどうにも納得の行かない表情をしているのを不思議に思ったライダーが尋ねる。

 

「いや……あなた達は今、このピッツアを食べて『美味しい』って言ったわよね……それが……ちょっとね……」

 

「? おかしな事を言うものよな? 「美味である」とは、料理人にとって最高の賛辞ではないのか?」

 

「そうですよ、ご主人様。私もこれにはライダーと同意見ですが……?」

 

 と、ライダーとキャスターは首を傾げる。一方、遠巻きに立ってそれを見ているシャーレイは訳知り顔で、困ったようにくすくす笑っていた。

 

「いや……今回あなた達に出したプロシュートをたっぷり使った名付けて『兄貴風ピッツア』は今度、男性客の開拓の為に新しくメニューに加えようと思っていた試作料理なのよ。私の店、客層は女性が多いから……」

 

 ちなみに他の開発中メニューには貧血気味の人にオススメ、イタリア風イカスミのお粥、名付けて『リゾット・ネエロ』、妊娠中の女性のお客様には元気な良い子が生まれるようにSAN値直葬最高級メローネ(メロン)、これを食べればマンモーニ(ママっ子)な貴方もたちまち10年も修羅場をくぐり抜けてきたような凄みと冷静さを感じさせる目をした男に早変わりな特製魚(ペッシ)料理などがある。

 

「何が問題なのだ? 確かに余らは肉体的には女だが、これほど美味なのだ。十分に店に出して、金を取って恥じぬ出来映えだと思うが……」

 

「そうそう、そこんじょそこらのデリバリーピザなんて目じゃないですよ、この味は……」

 

「……あなた達はそれを食べて『美味しい』って言ったわよね?」

 

 もう一度繰り返して、噛み含めるように言う。フィオが難しい顔をしている要因はそこだった。

 

「『美味しい』って言わせないような料理が、私の理想なのよ……何故ならその言葉を頭の中に思い浮かべた時にはッ!! 料理を全部平らげてしまってもう食べ終わってしまっているから。だからそう言わせないような料理が……『美味しかった』なら言ってほしいけどね」

 

「ふむ……」

 

「成る程……」

 

 「私もまだまだ未熟ね」と、苦笑しながら溜息を吐いたフィオがブラックコーヒーを口にした、その時だった。ティーカップから右手を放し、一発だけガンドを放つ。そして落下するティーカップを再び右手でキャッチ。ゼロコンマ2秒の早業だった。

 

「な、何だ!? 何事だ!?」

 

「店長!? どうしたんですか!!」

 

「ご主人様、ライダー、シャーレイさん。見て下さい、これは……使い魔ですよ」

 

 ライフル弾のようなフィオのガンドはガラス戸を撃ち抜いてその向こう側、ベランダに留まっていたフクロウの体を一撃の下に射貫いていた。

 

 こいつは、キャスターの言う通り屍骸を触媒とした使い魔だ。そも、フクロウなんて鳥がこんな都市部に野生で生息している訳がないし、誰かのペットが逃げ出したにせよ、夜行性の鳥がこんな真っ昼間から活動する訳がない。

 

「それにしても、妙ね……」

 

 何かのトラップかも知れないと、ベランダに倒れた使い魔を注意深く調べるフィオ。

 

 使い魔によって偵察を行うのはこの聖杯戦争に参加したマスターであれば彼女も含めて誰しもが行っている事であり、さほど警戒する事ではない。だが何故、昼の偵察にフクロウなどといった明らかに不向きな動物の屍骸を使ったのか?

 

 ハトでもカラスでも、他に適した動物がいくらでも、しかもフクロウを捕まえるよりずっと簡単に確保出来ただろうに。

 

 これは隠密性から考えれば砂漠をウッドランドの迷彩服で、雪原をタキシードで歩くようなもの。悪目立ちにも程がある。

 

 なのに、何故?

 

 考えられる可能性は……

 

『私達に、気付かせるのが目的のメッセンジャーだった?』

 

 注意深く見てみると、その予想が正解であったと分かった。フクロウの足には、伝書鳩のように一枚の手紙が括り付けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

「成る程……それで、聖杯の器たる彼女を救いたいと……」

 

「左様。是非、当世最高の魔術師と謳われるあなたのお力を借りたいのです」

 

 数刻後、アインツベルン城内のサロンでは傍らに実体化したランサーを立たせたケイネスと、テーブルを挟んで同じようにキャスターとライダーを控えさせたフィオが向かい合い、二人からは少し離れた位置に憔悴した様子の切嗣が腰掛けていて、彼の傍らにはサーヴァントの代わりに舞弥が立っていた。

 

 使い魔が運んできた手紙には「戦闘の意志は無い。相談したい案件がある故、アインツベルン城に来られたし」とケイネスの筆跡で書かれていた。

 

 当然、こんな物を見せられてはライダーもキャスターもシャーレイさえも「罠ではないか」と疑ったが、フィオの見方は違っていた。

 

 ケイネスが自分達を罠に嵌めようとするならアインツベルン城などという第三者の陣地へと招待するのがまず不自然だし、仮に彼が昨夜の内にセイバー・アインツベルン陣営を攻略したとしても、いかなロードとは言えあの広大な森に仕掛けられた結界を一夜と経たぬ内に掌握するのはまず不可能。

 

 更にこれは幼い頃からケイネスを知るフィオの意見だが、生粋の魔術師である彼は相手が同じ魔術師であるのならば、真っ向から尋常の決闘・魔術合戦を所望するタイプだ。騙し討ちはケイネスらしくない。

 

 残る可能性はアインツベルンとケイネスが同盟したケースだが、これも確率は低い。この聖杯戦争の第二戦でセイバーはランサーに治癒不能の手傷を負わされており、もしケイネスがアインツベルンとの同盟を望むならその解消が条件として出される筈だ。だが「必滅の黄薔薇」(ゲイ・ボウ)の解呪には槍を破壊するしかない。それではランサーの宝具の一つが使用不可に陥ってしまう。

 

 仮にそうまでして同盟を結んでアインツベルン・ケイネス連合がフィオを倒せたとしても、そうすればその後に行われるセイバー対ランサーの戦いは圧倒的にランサーが不利となる。これでは倒されるのが先か後か、フィオの手にかかるかアインツベルンの手にかかるかの違いが生じるだけだ。

 

 同じ理由で、アインツベルンからケイネスに同盟を持ち掛ける可能性も低い。同盟とは最大限に利用し合う為の手段なのだ。目的が達せられた時、同盟相手に勝ち目が無くなっているのでは意味が無い。

 

 勿論そこまで考えた上で、罠の可能性も尚十分に存在している。故に「油断だけはしないで」とサーヴァント達に言い含め、特にライダーには少しでもおかしな気配を感じたのならすぐさま戦車を最大戦速で走らせ離脱させるように言って、そしてシャーレイはいつも通り自宅に残し、アインツベルンの森に乗り込んだのだ。

 

 ライダーとキャスターはいつどんなトラップが自分達を襲うかと警戒していたが、しかし予想に反して何の抵抗も受けずに城にまで辿り着いた3人は、破壊された城門前に立っていたケイネスとランサーに迎えられ、サロンに通されたのだ。

 

 そこで、椅子にもたれ掛かるようにして座っていた切嗣を見て驚いた。

 

 倉庫街で遭遇した時の彼からは、まるで刃のような鋭さが感じられた。だが今はそれがまるでない。それどころか熱も、生気も。まるで存在そのものが薄くなっているようで、抜け殻のようだった。

 

 しかしケイネスの話を聞けば、それも納得せざるを得なかった。

 

 最愛の妻を喪う覚悟を決めて理想を遂げようとこの聖杯戦争に参加して、そして喪うだけで何も得られず、何も変えられず。

 

 しかもこれは不可避の結末でもなんでもなく、避けるチャンスはいくらでも用意されていた。それを全て振り切った先にあったものがこの結果だ。

 

 もし自分が切嗣の立場であったのなら、果たして正気を保てただろうか……想像してフィオは思わず唾を呑んだ。

 

「話は分かったわ。私も、喜んで協力させて貰うわ」

 

 フィオにはそもそも聖杯に求めるようなご大層な願いなど無く、この戦争もさっさと日常に回帰したいが故に早期終結を目的として参戦したのである。

 

 無用な犠牲を減らしたいとは思うし、ましてやアイリスフィールは一度自分の店に来てくれた大切なお客様だ。だから、救えるものなら救いたい。だが……

 

「中々、難しいわよ?」

 

「承知しております」

 

 アイリを助けようとするのは、数ある選択肢の中から最善の一つを選び出す、などという生易しい話ではない。

 

 そもそも彼女は聖杯戦争の為に鋳造されたホムンクルス。聖杯の器が何らかの要因によって破壊される事を避ける為に、自らの意志で危険を回避するように設計された……身も蓋も無い言い方をするなら卵の殻である。

 

 そして中のヒナが孵ろうとすれば、殻は内側より割られるが道理。今の彼女は割れるか割れないかの、瀬戸際にあると言って良い。時間は、あまり残されていない。

 

 聖杯戦争が進めば、聖杯の完成は否応無く進む。元々アイリにはこの戦争に参加した時点で助かる道など用意されていなかったのだ。

 

 つまりケイネスやフィオがやろうとしている事は、道の無い所に新しい道を作るという事なのである。

 

 常識的な方法では、彼女を救う事は叶うまい。

 

 一方で切嗣は、もうアイリを救うなど不可能だと諦めきってしまっているのかだらしなく椅子に座って俯いたままぴくりとも動かず、何の反応も見せない。舞弥が、気遣うように彼の肩に触れた。

 

「それで……ロード・エルメロイ、あなたはアイリスフィールを救う為にどんな方法を考えているの?」

 

「ランサー」

 

「は、魔術師殿、これを……」

 

 合図と共に槍兵が動き、持っていた資料をフィオに渡す。

 

 フィオ達を招く前にケイネスから見せてもらったが、魔術全盛の神代出身とは言え専門家でない彼には理解出来なかった書類。だが彼の主と同じく現代最高峰の魔術師であるフィオにはしかと理解出来ているようだった。興味深げに目を通していく。

 

 数分間ばかり読み込んで、内容を把握したフィオは確認するように、ケイネスの案の要点を言った。

 

「つまり……彼女の魂を別の体に移し替える、と?」

 

「はい、単純な案ですが、これが一番効果的かと」

 

 今のアイリスフィールの体が聖杯降誕の為の器として作られている限り、聖杯戦争の進行と共に死が訪れるのは避け得ぬ未来。ならばそれを避ける為にはどうすべきか。

 

 ケイネスは肉体の交換にその可能性を見出したのだ。

 

「この国には、封印指定を受けた人形師が居ると聞いています。その魔術師に連絡を取ってマダムの新しい体となる人形を用意してもらい、魂をそちらに移せば、彼女は助かります」

 

 と、ケイネス。だが、彼の案にはいくつかの問題点がある。フィオはその為に呼ばれたと言っても良い。

 

「でもロード・エルメロイ、この資料によると彼女の体内にはサーヴァントの魂を分解する事で得られた膨大な魔力が注がれていると書いてあるわね? もし、彼女の魂が肉体を離れたら……」

 

 恐ろしい未来が思い浮かんで、フィオが思わず冷や汗を流した。

 

 聖杯の器たるアイリスフィールの肉体、その魂、そして聖杯に満ちつつある魔力。その3つはどうにも、切っても切れない関係にある。

 

「封印の術式を管理しているのはアイリスフィール自身……つまり、彼女の魂が魔力の満ちた肉体を離れたら……!!」

 

「ええ、制御を離れた魔力が暴発する危険性がある。よって、貴女にはそのコントロールをお願いしたいのです」

 

 ケイネスの案はフィオにも理解出来た。確かに彼女ほどの魔術師ならサーヴァントを分解した膨大な魔力のコントロールも、やってやれない事は無い。

 

 だが、問題はまだ残っている。

 

「しかし、アイリスフィールが聖杯の器となれば……貴方のランサーとライダー・キャスターの三騎は除くとしても他の二騎……アサシンとバーサーカーのいずれかが脱落すれば、聖杯は姿を現す。そうなったら……」

 

 そうなったらもう手遅れ。特にバーサーカーは魔力の消費が激しいクラスであり、放っておいてもマスターの魔力を食い潰して勝手に自滅、聖杯を満たすかも知れないのだ。まるで時限爆弾である。

 

 まさか本来ならば付け入るべき敵の”弱点”にこちらが頭を悩ませる日が来るとは。ケイネスもフィオも、聖杯戦争への参加を決めた時には思いもしなかった。

 

「はい、ですから私達の3騎で何とか時間を稼ごうと考えているのですが……」

 

「問題はまだあるわ」

 

 元々ケイネスとてアイリを助けるのには確実な可能性など存在せず、絹糸の上を綱渡りするような……成功率が一割あれば良いような試みである事は承知している。その上で彼は、この可能性に懸けるべきだと考えていた。

 

 だが、こうして同等レベルの見識を持つ第三者を交えて検証を行うと、思っていた以上に問題が多くある事が分かってきた。実際に立ってみたその道は、想像よりもずっと険しかった。

 

「あなたがその人形師に発注して、その人形が届くまでどれだけ掛かるか……それまで、アイリスフィールが保つかしら……?」

 

「それも、問題ですね……今は何とか小康状態を保っていますが……」

 

 今のアイリは城の一室に描いた魔法陣の上に寝かされ、何とか容態を安定させているが、それも所詮は時間稼ぎに過ぎない。

 

 仮に今のまま全てのサーヴァントが脱落しない状態が続いたとしても、時間が経ちすぎれば衰弱した彼女の肉体は死を迎え、それでヒトとしての機能が停止すれば、生命活動という”不要なもの”に妨げられていた聖杯の機能は動き出し、聖杯は降誕するだろう。

 

「故に、私達の準備が整うのが早いか……マダムの命が尽きるのが早いか……時間との戦いとなる、と……思うのですが」

 

 確かに、ケイネスとフィオの二人には、アイリを救う為にはその手段しか執り得ない。

 

 切嗣が一度として顔を上げないのも、これが原因だった。

 

 件の人形師と連絡を取って、人形が届いて、アイリの魂をその人形に移すまで聖杯戦争が全く進行しないなど……そんな事態が有り得る訳もない。

 

 準備が整うまで、残るアサシンとバーサーカー相手に生かさず殺さずの状態を継続させるなど、サーヴァント3騎が連携したとてどれほどの技量を必要とするのか。

 

『少なくとも僕には無理だ』

 

 そんな事はケイネスにも、フィオにも絶対に無理だ。それでなくとも日毎にアイリは衰弱していき、そう長い時間命は続かないだろう。敵サーヴァントとアイリの命、この二つはいわば二重の時限爆弾と言えた。勝利条件は、厳しいとか厳しくないとか言う次元ではない。

 

「もっと良い手があるわよ? ロード・エルメロイ、それに魔術師殺し」

 

「「!!」」

 

 だがそんな深刻さなどとは全く無縁なように、あっさりと放たれたフィオの言葉にケイネスは驚愕の表情を見せて、切嗣も思わず顔を上げた。

 

「私に良い考えがあるわ!!」

 

 その台詞を聞いてケイネスは猛烈な不安感を覚えたが……だが、取り敢えずは彼女の案を聞いてみる事にした。

 

「この資料には、アイリスフィールの症状は脱落したサーヴァントの魂が変換された魔力が彼女の中に入って聖杯が機能し始めて、代わりにヒトとしての機能が失われていくからとあるけど……これに間違いは無いわね?」

 

「ええ、魔術師殺しから直接聞き出した事です……」

 

 切嗣が嘘を吐いている可能性があるにはあるが、彼がこの期に及んでケイネスを騙すメリットは無く、しかもその時の様子を見るにとてもそんな複雑な思考が出来る状態だとは、ケイネスには思えなかった。

 

 情報通りならアイリの状態との辻褄も合うし、まず間違いはあるまい。

 

「それなら、話は簡単よ。魔力が入って聖杯の機能が動き出し、ヒトとしての機能が失われるなら……逆に魔力を抜いてしまえば、聖杯の機能は止まってヒトとしての機能が戻るわ」

 

「……!!」

 

 フィオのその意見は単純ではあるが確かに道理だ。だが、それを聞いたケイネスは途端に難しい表情になって、一方で切嗣は「期待した僕がバカだった」とばかりに再び顔を伏せてしまった。

 

「ロード・レンティーナ、確かにそれが出来れば私の案よりもずっと手っ取り早く安全、しかも確実でしょう。ですが、不可能です」

 

「不可能? どうして?」

 

「私の案は新しい人形の体にマダムの魂のみを移して、本来の肉体は防衛機能など無い純粋な聖杯、魔力の容れ物として機能させ、私達が魔力が暴発しないよう制御するというものです」

 

 そうせねばならない。それが二人の能力の限界点であるとも言える。

 

「外様の魔術師である我々に出来るのは、魔力という水が零れたり溢れたりしないよう制御する事だけ。”容れ物”たる聖杯の器を造れるのは御三家の中でアインツベルン、その当主たるユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンのみ。仮に中身の魔力を抜き取る事が出来たとしても……誰がどうやってそれを受け取るのです?」

 

「そうね。私にも、サーヴァントが変換されたような膨大な魔力を受け止める事なんか絶対に出来ないわ」

 

 フィオは認めた。無論、同じ真似はケイネスにとて不可能。仮にこの場にロード・バルトメロイが居て3人で行ったとしても、絶対に無理だ。それは人間の、そして現代の魔術師の越えられない壁だった。

 

「そんな事が可能な、魔術師……が、現代に……居……る……?」

 

 そう言いながら、ケイネスの視線が動いていく。フィオのすぐ隣へと。そしてフィオの視線も、同じ人物に。

 

「訳が……」

 

「あったわね」

 

「え? 私ですか?」

 

 二人の視線が交差する先にいた人物、キャスターが自分を指差して、ぱちくりと瞬きする。

 

 確かにそんな事を可能とする魔術師は現代には居ない。だが、過去には居た。何百年前かあるいは何千年前の神代か。今より遥かに強大な魔術が使われていた過去には居たのだ。そして今は聖杯戦争の真っ直中。その過去の英霊が、現世に蘇っているキセキの時間なのだ。

 

「そうか、魔術師(キャスター)のクラスなら……!!」

 

「タマモ、あなたの呪法・吸精でアイリスフィールから魔力を吸い出すのよ。EXランクの呪術スキルを持つあなたなら吸収した後の魔力の制御も……」

 

「十分に可能ですよ、ご主人様!! こう見えて私は太陽神の分霊!! その程度の事、造作もありません!! 私、凄いですか!?」

 

「うん、凄いわ。もしあなたが居なかったら、多分……私達はアイリスフィールを助けられなかった」

 

 先のアーチャー戦で、キャスターはその呪術によって乖離剣エアに充填された魔力を吸収し、威力を弱める事に成功した。今度はそれをアイリに対して行おうというのだ。

 

 フィオはそのまま細かな打ち合わせをキャスターと始める。その儀式にはどんな物が必要なのか、掛かる時間はどれぐらいか。

 

「喜ぶがいい、魔術師殺し!! 貴様の奥方に、助かる芽が出てきたぞ!!」

 

 自分の事のように弾んだ口調でケイネスが言う。

 

 これで彼とランサーも、セイバーとの約束を果たす事が出来る。

 

「え……」

 

 覇気の無い顔を上げる切嗣。そんな彼に、次に耳に入ってきた言葉は頭を思い切り殴られたような衝撃を与えた。

 

「ライダー、あなたにも用事を頼むわ」

 

「うむ、何なりと言うが良いぞ」

 

「儀式の為に必要な道具を、私の家から取ってきて欲しいのよ。詳しくはこのメモに……シャーレイに見せれば分かるから……」

 

「!?」

 

 シャーレイ。

 

 その、名前は。

 

 

 

 

 

 

 

「久し振りだね、ケリィ」

 

 遮光の為の修道服のようなコートのフードを外し、その下から現れたのは、20年前と少しも変わらない少女の笑顔だった。

 

「……」

 

 あの時と同じ目を向けられて、切嗣は思わず目を逸らした。

 

 この20年で彼女は全く変わっていないのに、自分はこんなにも変わってしまった。

 

「君は……どうして……あの時……死んだ筈じゃ……」

 

「うん……私も本当なら処理される筈だったけど、店長が私を助けてくれたのよ」

 

 あの惨劇の日、フィオがアリマゴ島に居たのは全くの偶然だった。たまの休暇を南海の孤島で過ごそうと、バカンスに来ていたのだが……そこで起こった食屍鬼騒ぎ。

 

 生存者を捜して島中を駆け回る中で彼女は、不完全な死徒となっていたシャーレイを見付けて拘束し、自分の研究室に連れて帰った。

 

 彼女はヴァンパイア・ハンターであるロード・バルトメロイとも親交が深く、重要任務に就くクロンの大隊の訓練を任されるような対死徒戦闘に於けるプロ中のプロ。当然、死徒については知り尽くしている。

 

 そんなフィオだから、あの時、例え死徒であろうと救える可能性があったのはシャーレイだけだと分かっていた。だから彼女は、救う為に自分の力を使う事を厭わなかった。

 

 調べてみれば、彼女が理性を無くして暴走していた理由はすぐに分かった。

 

 彼女の死徒化は通常の食屍鬼から死徒になるというプロセスを経てのものではく、何かの薬品による不完全な死徒化だった。似たような事例を、フィオは何度も見た事があった。当然、完全な死徒として安定させる手段も知っている。

 

 そもそも魔術師が研究の為の永い時間を求めて自身を死徒化するというのは珍しい話でもなく、フィオは友達にも何人か死徒の魔術師が居る。勿論、バルトメロイには内緒だ。

 

 そうした知識を活かして、フィオはシャーレイに対して調整を行ったのだ。残念ながら吸血衝動は残ってしまったが。

 

「でもまぁ……今時、血なんて輸血パックでいくらでも手に入るからね」

 

 尤も、封印指定として逃亡生活を続け、人里離れた場所に居を構える衛宮矩賢にとってはそうも行かなかったのだろうが。

 

「……それで、私はそれからずっと店長の助手として働かせてもらってるの。で、ケリィ。君は……なりたかった大人に、なれた?」

 

 あの頃と同じ屈託の無い笑顔で語られる問いの、何と残酷な事だろう。切嗣は言葉に詰まって、俯いてしまう。

 

 自分がシャーレイを殺してやれなかったから、あの地獄が起きた。

 

 だから、もうあんな事を起こさないように。一人でも多くの命を救えるように。

 

 そんな正義の味方に、なりたかった。なった筈だった。そう在って、走り続けてきた筈だった。

 

 より多くを救う為に、より少なくを……!!

 

 だがシャーレイは実際にはこうして生きている。ならばこれまで自分がやってきた事は、何だったと言うのだ?

 

「ふむ」

 

 シャーレイはそんな内心の葛藤をもろに表情に出して顔を歪めた切嗣につかつかと近付いていき、ぽんと頭に手を置いた。今の切嗣はシャーレイよりもずっと背が高くて、そうする為に彼女は背伸びしなければならなかった。

 

「どうやら、まだそうなりたかった大人にはなれてないみたいだね? じゃあ、質問を変えるよ? ケリィが今、一番大切にしているのは、何?」

 

「僕、の……大切な、ものは……」

 

 切嗣は顔を上げる。時を越えて、あの日と同じ笑顔が自分に向けられている。永遠に失ってしまった筈のものが。

 

 彼女のような笑顔が失われない世界を求めて奇跡に縋り、だが破れ、アイリを失って、何も変えられず。しかし如何なる天の気紛れか、アイリを、最愛の妻をもう一度この手に取り戻す道が示されている。

 

 今度こそ、失わずに済む道が。

 

 それは闇の中に差した光。何もかも失ってしまった切嗣にとって、最後にたった一つだけ残った道しるべだった。

 

 アイリを喪った時、殺人機械としての衛宮切嗣は完全に壊れたのだ。故に今、ここに居るのは。

 

「僕が大切なのは……アイリ、僕の奥さんと……娘の……イリヤだ」

 

 それを聞いたシャーレイは「よくできました」とにっこり笑って、目一杯背伸びして切嗣の頭を撫でる。魔術師殺しはそれを拒もうともせず、ただされるがままに任せていた。

 

 ここに居るのはどこにでもいる、家族を愛する一人の男だった。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……魔術師殺しめ、手間を取らせおって」

 

 そんな二人の様子を遠目から見守っていたケイネスは、やれやれと首を振った。

 

『どのような人間であれ、愛した者が一番大切なのは当たり前だ。例え全てを失う羽目になろうと、その者達を守る事に何を躊躇うと言うのだ?』

 

 凄絶な過去を聞いて、切嗣が今に至るまでの経緯について理解は出来た。だが、納得は出来ない。

 

 自分が彼でアイリスフィールがソラウだったのなら、ケイネスは間違いなくソラウを連れて逃げていたと断言出来る。彼はソラウを世界の全てと天秤に掛けてさえ、尚彼女へと針が傾くほどに愛していた。認めたくないが、あの魔術師殺しが妻に向ける想いとてそれに劣るものではあるまい。なのに何故、それを失う道を選べるのか。

 

「みんな、色々あるのよ」

 

 そう言いながらフィオがやってくる。

 

「ところでロード・エルメロイ、私達以外で残っている二人のマスターの内、アサシンのマスターは元代行者ですって?」

 

「ええ……魔術師殺しが集めた情報で、言峰綺礼という男だと……」

 

 それを聞いたフィオの表情が、明らかに曇る。

 

 この反応はケイネスにとっては疑問だった。確かに代行者と言えば恐るべき使い手だろう。しかし、およそ人として究極の強さを持つであろう彼女が、こうまで露骨な忌避感を示すとは……?

 

「私、昔から代行者にはあまり良い思い出が無くてね……」

 

 始まりは、今から30年ほど前か。当時、日本の海洋冒険家がヨットで太平洋を横断したというニュースを聞いたフィオは、ならばと対抗心を燃やして自分は北米大陸を一頭の馬で横断しようと考え、思い立ったが吉日とばかりに数日後には実行に移ったのだ。

 

 果たしてアリゾナの砂漠に迷い込んで死に掛けた事もあったが、2ヶ月少しの時間を経て彼女はその誰に知られる事もないしかし人類初の試みを成功させる。しかし、その途中で聖堂教会の連中と度々いざこざがあった。彼等はどうやらフィオが旅の途中で見付けたミイラを手に入れようとしていたらしいが……それを渡す渡さないで押し問答のすったもんだがあり、最終的にはバトルへと発展したのだ。

 

 結論から言うと、その遺体は誰の手にも渡る事はなかった。旅を終えたフィオは船で国外に逃亡しようとしたが代行者達はしつこく追ってきて、両者の最後の戦闘の余波で船底に穴が空き、船は沈没。それに巻き込まれて遺体は誰の手も届かない深海へと永遠に葬られた。

 

 それが切っ掛けで、彼女は度々刺客としてやって来る代行者に襲われる羽目になり……だが最終的にはバルトメロイの取りなしもあって教会からも「今回の事は一部のタカ派・過激派の暴走であり、今後そうした事の無いように厳重に注意する」というありがたいお言葉を頂いて手打ちとなり、彼女の安全は保証された。少なくとも表向きには。

 

 しかし今思い出しても、自分が戦った代行者達は腕利き揃いだった。恐らくは定員割れが起こればすぐにでも埋葬機関のメンバーになり得るぐらいの。

 

「銃剣型の黒鍵で蜂の巣にされそうになったり、舌の十字架の軌跡に沿ってこっちを狙ってくる風の刃に切り刻まれそうになったり……人間で私と五分のケンカが出来るのはバルトメロイ以外には埋葬機関の代行者ぐらいだと思ってたけど……思い上がってたわ」

 

 自嘲するように笑う。

 

 とは言え、言峰綺礼が現れた際には自分が相手せねばなるまい。そしてそれは、明日明後日の出来事ではない。

 

「ロード・エルメロイ、ランサーに言って戦闘準備を整えさせなさい」

 

「……と、申しますと……」

 

「アサシンとバーサーカー……奴等は今夜来るわよ」

 

 今夜が、第四次聖杯戦争が決着する夜となる。

 

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