Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

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第15話 鏡像の騎士

 

「シャーレイさん、弾幕を切らさないで!!」

 

 ミニガンから毎秒数十発というペースで7.62x51mmNATO弾をばらまきながら、銃声に負けじと舞弥が大声を張り上げる。

 

「了解!! 舞弥さん!!」

 

 シャーレイも本来なら戦闘機に搭載される重機関銃を操り、秒間100発以上にもなろうかという20mm口径弾をアサシン群にお見舞いしていく。

 

 これほどの速度での連射の場合、反動は2トンにも達しとても生身の人間では扱えない。なまじの魔術師でも同じだ。少なくとも舞弥には無理だ。切嗣も同じだろう。これほどの反動をしっかり受け止めて照準をブレさせずに正確な射撃が出来るのは、最高度の強化魔術を扱うフィオクラスの魔術師か、さもなくば人間の限界を超えたパワーを持つ死徒ぐらいのものであろう。

 

 後者であるシャーレイは、彼女自身はそれが出来ていたが、しかし衝撃は乗っている戦車にも伝わってくる。

 

「ぬおおっ!? ず、随分と揺れるな!!」

 

 仮にも宝具である太陽神由来の戦車はその程度で横転する事はなかったが、ライダーはこれまでに経験した事が無い種類の揺れの中で戸惑いながら、しかし持ち前の騎乗スキルA+を活かしてしっかりと戦車を制御し、アサシン達に取り付く隙を与えなかった。

 

 機関銃二機と、四頭の神馬が纏う炎。

 

 人間相手であればそれこそ1対100であろうと勝利出来るだろう重火力だが、相手はサーヴァントだ。正面きっての戦いでは最弱のキャスターにすら劣るアサシン、しかも無数に分裂した代償として個々の能力は軒並み低下していると言ってもそれでもサーヴァント。容易い相手ではない。ライダーは兎も角、舞弥やシャーレイはまともに戦ったのでは相手にすらなるまい。

 

 彼女等が使う銃にはどれも魔術によるエンチャントが施され、発射される弾丸に神秘が宿る仕組みになっている。故に、サーヴァントにもダメージを与える事が出来る。

 

 しかしサーヴァントはそれ自体が高位の神秘の塊とも言える存在だ。低位の神秘を宿しただけの弾丸では効果があると言っても、それで倒せるという訳ではなく決定打にはほど遠い。精々が牽制程度の役割しか出来ないのだが……

 

 だが、今回は事情が違っていた。

 

「……動きが鈍い?」

 

 敵の数が多い事もあって下手に狙わず撃ちまくりながら、舞弥がひとりごちる。

 

 いや、十分に速いがそれでも第一戦で彼女が使い魔越しに見た、遠坂邸に侵入したアサシンのスピードからすれば些か動きが鈍い気がする。

 

 これは彼女の錯覚ではなく、ライダーが展開した「招き蕩う黄金劇場」(アエストゥス・ドムス・アウレア)の効果だった。この宝具には展開中、内部に閉じ込めた敵を弱体化させる力がある。

 

 アサシン達にとっては本来闇に紛れて動く自分達が逆にその姿をくっきりと露わにしてしまう煌びやかな舞台に引きずり出され、しかも能力を制限されてしまって本来なら蚊が刺した程度の痛痒しか感じないような攻撃にも防御を必要とするこの状況は、二重の不利だと言えた。

 

「はぁっ!!」

 

 跳躍して戦車に乗り移ろうとしたアサシンの一人を、ライダーは「原初の火」で斬り捨てる。

 

 ほぼ同時に戦車の進路上から逃げ切れなかった2体を、神馬達が蹴り飛ばして業火で焼いた。

 

「油断するでないぞ!! 二人とも!!」

 

「了解しました」

 

「はい!! ライダーさん!!」

 

 徐々に数を減らしてはいるが、それでもまだ50体以上は居る暗殺者の群れを睨みつつ、ライダーは思い切り戦車を旋回させる。

 

 自分達はアサシン相手に集中出来るが、最高峰とは言え所詮は人間の魔術師でしかないケイネスや、アサシンのマスター・言峰綺礼と相対するフィオ。それにバーサーカーとの一騎打ちの最中であるランサー。彼等が暗殺者達の標的になっては拙い事になる。

 

 それを考えるとあまり距離を取る訳にも行かなかった。奴等の意識を自分達に引きつけねば。

 

 元より、ここは彼女達の為だけの舞台。そこから降りて戦うなど考えられない。

 

「まだまだここから、気を抜くなよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■!!!!」

 

「狂化して尚衰えぬ域にまで練り上げられた武芸……!! 円卓最強の名に偽りは無し、という事か!!」

 

 バーサーカー・ランスロットとランサー・ディルムッドの戦いは、「無毀なる湖光」(アロンダイト)と「破魔の紅薔薇」(ゲイ・ジャルグ)・「必滅の黄薔薇」(ゲイ・ボウ)がぶつかり合う一合一合の衝撃によって周囲の大気を吹き飛ばすような桁外れの攻撃を、次々に繰り出しながら互いにそれを次々に防御し合い、続いていく。

 

 アロンダイトの使用に伴い正体隠蔽の黒霧の宝具「己が栄光の為でなく」(フォーサムワンズグローリー)の使用を解除した事で露わになったバーサーカーの現在のステータスの内、白兵戦に求められるものは三つの令呪によって補助を受けたランサーのそれとほぼ拮抗している。

 

 

 

 筋力:A 耐久:A 敏捷:A+ 魔力:C 幸運:B 宝具:A

 

 

 

 本来であれば彼の宝具である魔剣・アロンダイトは真名解放によって使用者を強化し、更に生前の竜退治の逸話に因んで竜の因子を持つ相手に対して効果的なダメージを与える事を可能とする。

 

 だが現在、神造兵装はその能力の半分も発揮出来てはいない。

 

 ライダーが展開した「劇場」は閉じ込めた敵の能力を低下させる。この効果はバーサーカーにも適用され、アロンダイトによるステータスアップは「劇場」のステータスダウンが完全に相殺してしまっていた。アロンダイトにはこうした特殊攻撃に対して影響を受けにくくなる加護を担い手に与える効果もあるが、「劇場」はただの状態異常を与える特殊攻撃ではなく固有結界にも似た、世界そのものを塗り替える大魔術。「攻撃」を避ける事は出来ても「世界」から逃れる術は無い。

 

 一方でライダーと現在共闘関係にあるランサーは影響を受けていない。

 

 しかも現在バーサーカーが相対しているのはディルムッド・オディナ。彼は竜の因子など持ち合わせておらず、これでは竜殺しの能力も無用の長物。今のアロンダイトはただの「刃毀れしない剣」でしかない。この状況はまるであつらえたかのように、魔剣の長所を殺してしまっていた。

 

 無論、ランスロットほどの武人が持てば「刃毀れしない剣」とて十分に恐ろしい武器と化す事には違いない。

 

 大英雄が、しかも狂戦士と化した事で高められたパワーと壊れる事のない武器。しかも単純な力任せでブン回すのではなく、生前の技量そのままの鋭さで打ち込んでくる。

 

 その一撃一撃を捌くのは、三つの令呪によって強化されたランサーをして骨の折れる作業だった。

 

 バーサーカーの武器はその特性からどれほど乱暴に扱ったとしても破損の心配は無いが、ランサーの二槍はそうは行かない。ゲイ・ジャルグもゲイ・ボウも、これほどのパワーと強度にモロにぶつかったのでは何発も耐える事は叶わないだろう。

 

 故にランサーは遮二無二飛んでくる攻撃を真っ向から受け止めるのではなく、魔槍を僅かに魔剣に触れさせ、力のベクトルを変化させて受け流す戦法を選択していた。

 

 ……と、言葉にするのは簡単であるが。それはゼロコンマ1秒あるかないかという刹那の時間の出来事。それをたった一回ではなく、幾度も続けて成功させなければならない。失敗すれば、速度を活かす為に軽装備のランサーでは一撃で倒されかねない。

 

 しかも攻撃を繰り出してきているのは、こと純粋な騎士としての技量にあっては最高位の剣の英霊たるアーサー王を押さえ、太陽の騎士と謳われたガウェイン卿を押さえて、キャメロットでも随一とされた湖の騎士。

 

 それほどの実力者が繰り出す攻撃を前に、神業のような防御を成功させ続けている事実一つを鑑みても、ディルムッド・オディナの実力が窺い知れるというものだ。

 

 横薙ぎに振られ空間に黒い扇のような影を残して襲い来るアロンダイトを、ランサーはゲイ・ボウを剣術で言う逆風の軌道で繰り出して衝突させ、カチ上げる事で軌道を変える。

 

 瞬間、生じる僅かな隙。

 

 そこを狙ってゲイ・ジャルグを突き出す。

 

 この反撃はランサーが敏捷の能力値で勝っているからこそ出来る事だが、次に襲ってくる一撃を回避する事を念頭に置かねばならない為に踏み込みは浅く、故に体重を乗せ切れず、強力な一撃とは言えない。

 

 そんな攻撃では、重戦車のようなバーサーカーの鎧は貫けない。

 

 普通の、槍ならば。

 

 ゲイ・ジャルグは魔力の循環を断つ破魔の槍。この刃の前ではどれほど分厚い城壁のような装甲であろうと、それが魔力によって構成されている限りは丸裸も同じ。

 

 紅い刃は漆黒の鎧を抵抗感無くすり抜けるようにして、浅手ではあるが狂戦士の体に傷を刻む事に成功する。

 

「■■■■!!!!」

 

 それは痛みによる絶叫か、それとも戦う為の雄叫びか。

 

 いずれにせよバーサーカーは更にいきり立って、ディルムッドに襲い掛かってくる。

 

 予想していたランサーはその一撃をかわし、大振りを避け、小さく、細かく、幾度もゲイ・ジャルグを繰り出し、一撃一撃はどれも浅くはあるが、しかし確実にバーサーカーにダメージを蓄積させていく。

 

「■■■■!!!!」

 

 にも関わらず、狂獣の勢いには些かの衰えも生じない。

 

 底知れぬ狂気は、最高の騎士から痛みを感じるだけの理性・感覚さえも奪い取ってしまっているのか。

 

 だがそのような状態にあってもスキル「無窮の武錬」として昇華されるまでに至ったランスロットの技の冴えは衰えない。

 

 セイバー戦と同じく五分近い戦いではあるが、やはり大英雄相手では格で劣るランサーの方がほんの僅かだけ不利に思える。

 

「ぬうっ……!!」

 

 それは、戦っている本人が一番感じている事であった。

 

「■■■■!!!!」

 

 だが、ランサーは負けられない。

 

「俺は負けん……!! 他の誰に負けても貴様にだけは、断じて負ける訳には行かん!!!!」

 

 槍兵が吼えた。

 

 ランスロットは最高の騎士の異名ともう一つ、アーサー王の妻であるギネヴィア王妃との恋に落ち、ブリテン崩壊の一端を担ったとされる裏切りの騎士の汚名でも呼ばれる英霊である。

 

 あたかも、課せられた聖誓(ゲッシュ)に逆らえず、主君たるフィン・マックールの婚約者・グラニアを連れて出奔した、ディルムッド・オディナのように。

 

 一説には、ランスロットの逸話はディルムッドのそれが原典であったとも言われている。

 

 ランサーの聖杯戦争に懸ける望みは、前世では叶う事の無かった忠節の道。今度こそ最後まで、たった一人の主を決して裏切らず、忠を尽くし、貫き通し、全うする事。

 

 その願いが。

 

 死して尚失われぬ騎士の誠が。

 

 告げている。叫んでいる。

 

 この相手にだけは、負けてはならぬと。

 

「はあっ!!」

 

「■■■■!!!!」

 

 ゲイ・ジャルグとアロンダイト。魔槍と魔剣がぶつかり合い、大気が空間に波紋を描くほどの勢いで弾かれる。

 

 防御など全く考えていないようなバーサーカーの連続攻撃を凌ぎつつ、ランサーは思案を巡らす。

 

『円卓最強の騎士、ランスロット……やはり、強い!!』

 

 彼我の実力差はまだ微々たるものでしかないが、しかし逆に言えば僅かながら差があるという事でもある。このままの戦いを続けていれば、やがてその差は大きく開き、ランサーの不利は決定的なものとなるだろう。

 

 だがランサーの武器は、何も長短の二槍だけではない。

 

 スキル「心眼(真)」。苛烈な修行・鍛錬、そして膨大な実戦経験から得た戦闘論理。窮地に於いて活路を見出し、1パーセントの勝機を手繰り寄せるその力は、狂戦士と化した者には決して発揮する事の出来ない、ランサーのアドバンテージだった。

 

 その能力は、既に一つの勝ち筋をランサーに示している。

 

 自身の経験則を信じ、槍兵は今は守勢に徹している。

 

『まだだ、まだ……!!』

 

 バーサーカーを打ち倒すヒント。それは、ランスロットの逸話にこそある。

 

 

 

 

 

 

 

「お……あ……ああ……ああああああああああっ!!!!」

 

 従えるサーヴァントの状態をそのまま再現したかのように、理性が消し飛んだかのような絶叫を上げながら雁夜は翅刃虫の大群を操って、ケイネスへと殺到させる。

 

 これらは牛骨をも噛み砕く獰猛な肉食虫であり、魔術師としての間桐雁夜の切り札である。

 

 しかし虫の大群は、全てケイネスが周囲に展開した水銀膜に絡め取られてしまう。

 

 虫としては常識外れに大きい翅刃虫はパワーも相応であり、近距離では羽の動きで掻き分けられた空気の波が肌で知覚できるほどだ。

 

 しかしそんなパワーを以てしても水銀の中では羽ばたく事は叶わず、沈められ、押し潰されるだけに終わってしまう。

 

「さ………ら………あ……あ……うあああああっ!!」

 

 両目、鼻、耳、口。今や雁夜の顔は七つの穴から吹き出た血で真っ赤に染まっていて、しかも左半身の一部の肌は張り裂けて、そこからも血が流れ出している。見れば両手の十本の爪からも、血が吹き出ていた。

 

 励起した刻印虫は消費する分の魔力を生成する為、魔術の大原則たる等価交換の代価として雁夜の肉体を喰らっていく。

 

 剥き出しにされた痛覚神経にヤスリを掛けて削られるような、筆舌に尽くしがたい激痛。

 

 それはバーサーカーを普通に運用するだけでも相当なものがあるが、今のバーサーカーは全ての制御を受け付けずランサーに向けて暴走しており、おまけに宝具であるアロンダイトすら解放して、ただでさえ甚大な魔力消費に拍車を掛けてしまっている。

 

 更に自身の翅刃虫の使役。今の雁夜は考えられる限り派手に魔力を消費している。必然、刻印虫が与える痛みもその生成する魔力に比例するものとなる。

 

 常人であればものの数秒で肉体が死を選んでしまう、つまりショック死するであろう激痛。今の雁夜はそれにすら耐えて、虫共を操っていた。

 

 恐るべき精神力。

 

 しかし、そこまでが彼の限界だった。

 

 どれほどの精神力を持っていようと、そのような極限状態では正常な思考や論理立てた作戦の実行など、行える訳がない。今の雁夜は、ただ眼前の相手に虫達を真っ向から突っ込ませる事しか出来なかった。それは彼のサーヴァントも同じだ。如何に生前の技量が損なわれまいと、狂化して理性を失っているバーサーカーは戦術もへったくれもなく、ただ眼前の敵を滅殺するために奔るだけだ。

 

 様々な無理をして辛うじて聖杯戦争に参加出来るレベルにまで仕立て上げられた急造魔術師と、時計塔の中でも指折りである現代最高峰の魔術師。

 

 ただでさえ実力差があると言うのに、それを埋める策を執る事も出来ないのでは、このマスター戦に雁夜の勝機などある訳がなかった。

 

 唯一つあるとすれば、ケイネスが慢心した所に付け込む展開だが……

 

『……バーサーカーのマスター……魔術師としての腕は私の足下にも及ばぬが……』

 

 ケイネスは冷静に、そう評価する。実力的には負ける筈の無い相手だが……目の前のこの男が相当の無理をして自分に向かってきている事は、その姿や一挙一動から容易く窺い知れる。

 

 それが何なのか? 何故、そこまでするのか?

 

 出会ったばかりのケイネスには計り知れないが、向けられる獣のような目を見れば分かる。彼には、限界を超えて肉体を動かす何かがあるのだ。

 

『僅かだが危険を冒して、一気に勝負を決めに行く事は、出来る……!!』

 

 その為には現在、防御に回している「月霊髄液」の一部を、攻撃に転用せねばならない。

 

 まず9割以上の確率でこちらの攻撃が先んじて、あの男を真っ二つにするだろうが……

 

『だが……一割に満たぬ危険が残っている……!!』

 

 ケイネスは賭けに出る事をしなかった。窮鼠猫を噛むの例え通り、決死の覚悟を持った敵は思わぬ反撃を繰り出してくるかも知れない。それを警戒したのだ。

 

 この判断によって、僅かな勝機も摘み取られた。

 

 それでも雁夜には、虫達を突貫させるしか出来ない。そもそも正常な思考を行える状態であったとしても、魔術師として一年しか鍛錬を経ていない彼では、虫に複雑な動きを取らせるような器用な真似は出来ない。

 

 無駄な行いかも知れない。だがそれしか出来ない。いや、無駄だと思うような思考力さえ、今の雁夜には残っていない。

 

「さ……く……ら……ああああああああっ!!!!」

 

 救うんだ。

 

 聖杯を手に入れて、桜ちゃんを。

 

 返してやるんだ、暖かい世界に。

 

 だから、俺は、勝たねばならない。

 

「た…………け………い……ま…………ぐ……!!」

 

 視界が白くなる。

 

 音も聞こえなくなる。

 

 感覚の全てを痛みだけが埋め尽くしていく。

 

 だが不意に、何の前触れも無く全ての痛みが消えた。

 

「あ……?」

 

 一年前から虫の苗床とされて、既にボロボロだった彼の肉体が、遂に限界を迎えたのだ。

 

「か……は……?」

 

 自分の身に何が起きたのかさえ理解出来ずに、雁夜の意識が暗転する。

 

 どさり。

 

 石畳に転がった彼の体からは、既に息が絶えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……■■!?」

 

 マスターの死亡に伴い魔力供給が途切れ、バーサーカーの動きが明確に鈍る。

 

 同時に、がくりと体勢が崩れた。

 

 ランサーがここまで戦いの中で全身に刻んだ幾筋もの傷のダメージが、ここへ来て無理矢理体を動かす為に使われていた魔力の補給が無くなった事で顔を出したのだ。

 

 この瞬間こそ、ランサーの狙っていた好機だった。マスターの魔力切れを狙っての長期戦。

 

 それ自体はバーサーカークラスと対決する際の常套手段であり目新しい戦術でもないが、しかしランスロットほどの大英雄を真っ向から相手取って同じ真似が出来る者など、サーヴァントの中でもどれほど居るか。

 

 かつてランスロットはガウェインと対峙した際、彼の騎士が無敵である太陽と共に在る時間を守勢に回る事で凌ぎ切り、その刻限が過ぎて日輪よりの恩恵が消滅した所を逆襲に転じたという逸話を持つ。今度は同じ事を自分がされる側になるとは、何たる皮肉であろうか。

 

「■■■■!!!!」

 

 単独行動スキルを持つアーチャークラスを除いて、マスターを失ったサーヴァントは長く現世に留まれない。それが魔力消費の激しいバーサーカークラスでは尚の事だ。

 

 それでも魔力を節約すれば多少は保つが、バーサーカーにはそんな思考を行うほどの理性は残されていない。その身に備蓄された魔力をあっという間に食い尽くし、みるみる動きが鈍っていく。

 

 振り下ろされるアロンダイト。だがディルムッドはそれを二槍の刃で受け止めると、手首に捻りを加えて絡め取り、手放させてしまう。

 

 ランスロット本来の実力ならばみすみすそんな真似は許さなかったろうが、マスター喪失によって力を失いつつある今の彼では、逆にブーストを受けて万全以上に能力を高められたランサーには抗いようもなかった。これでアロンダイトの効力も消失し、魔力不足によるステータス減少と「劇場」の効果によるステータスダウンが重なり、かつての能力は見る影も無くなってしまう。

 

 今こそが、勝機。

 

 ランサーが遂に、勝負に出る。

 

「抉れ!! ”破魔の紅薔薇”(ゲイ・ジャルグ)!!!!」

 

 渾身の力を込めて繰り出される紅槍の突き。その一撃は漆黒の鎧をやはり簡単に突き破ると、正確に狂戦士の心臓を貫いた。

 

「………!!!!」

 

 だが、ランサーの攻撃はまだ終わらない。すかさずゲイ・ジャルグを引き抜く、と同時に左手の短槍を突き出す。狙いはたった今ゲイ・ジャルグが抉った傷口と、寸分違わない場所。今まさに循環を取り戻した魔力によって修復されようとしている、鎧の破れ。

 

「穿て!! ”必滅の黄薔薇”(ゲイ・ボウ)!!!!」

 

 ゲイ・ボウにはゲイ・ジャルグのように鎧を突き抜けられるような効果は無いが、綻びが生じて脆くなっている箇所に、今やAランクにまで高められたランサーの筋力で以て叩き込めば話は別。

 

 先程の紅槍の軌道をそのままなぞるように繰り出された黄槍は、狂戦士の心臓・霊核を再び突き破り、治癒不能のダメージを与えた。

 

 ゲイ・ボウを引き抜き、武道で言う所の残心から間合いを置いて油断無く身構えるランサー。だが、その必要も無かった。バーサーカーはがくりと膝を付いたまま、動かない。二度のダメージによって霊核を完全破壊され、しかも治癒不能のダメージを与えられたとあっては例え戦闘続行スキルを持っていたとしても、動く事は難しいだろう。

 

 不意に、彼の兜が落ちる。鉄仮面の下から現れたのは憂いを帯びた顔立ちの美丈夫。それがランスロットの素顔だった。

 

 だがその顔は狂気によって歪んだものではなく、湖面の様に穏やかで、敗北したと言うのに晴れやかですらあった。それはサーヴァントとしての彼の役目が、終わった事の証明でもあった。契約は破棄され、同時にその魂も狂化の呪いから解き放たれたのだ。

 

「見事だ……フィアナ騎士団最強の騎士……ディルムッド・オディナ……」

 

 声も、先程まで獣のように吼えていた者とは思えぬほどに静かだった。

 

「先程、貴公は言ったな……アーサー王が倒れた今、王の剣は貴公の中にあると……」

 

「ああ……彼女は、強き英霊だった」

 

 それを聞いたランスロットは、ふっと安心したように笑う。

 

「ならばこれは……我が王が貴公の体を借りて、私への罰を下されたという事か……」

 

 その身を狂戦士にまでやつしてこの戦争に身を投じた湖の騎士の願いは、今この時に叶えられた。天を仰ぐと「ああ、よかった」と、安心したように呟くランスロット。

 

 許されざる裏切りの罪を、自らの王の手によって裁かれ、罰を与えられる事。そうする事で贖罪を信じ、いつの日にか自分を赦す道を探せるようになる事。それこそが誰も恨む事が出来ず、それ故に死して後も自責の念に苛まれ続けた不義不忠の騎士の願いだった。

 

 それは間接的にではあるが、ランサーが果たしてくれた。

 

「ディルムッド・オディナ、騎士の中の騎士よ……貴公と、王の手に掛かった事を私は……誇りに思う」

 

 この死が、ランスロットに下された罰であり、救いだった。

 

「貴公も……俺の知る限り最も偉大な騎士の一人だ。狂化しても衰えを知らぬその武勇、理性を失いながらも王の仇を討つ為に駆けたその忠義……円卓最強の騎士、サー・ランスロット。貴公の名が歴史に裏切りの騎士として記されようと……他の誰が知らなくとも……俺は知っている。貴公が真に忠節の騎士であった事を心に刻み、永遠のものとして。俺だけは、ずっと覚えている」

 

 セイバーを見送る時にそうしたように、双槍を掲げて最敬礼するランサー。それが理想の騎士に彼が示す事の出来る、最上の敬意だった。

 

「感謝する、ディルムッド…………ああ、我が王よ……こんな私でも……漸く……償う事が……」

 

 瞳を閉じたランスロットは徐々にその体を光塵と変えて崩れていき、やがて、消えていった。

 

 ランサーは理想の騎士を悼むように、僅かな時間だけ目を伏せる。

 

 何かが違っていれば、俺が奴だったかも知れない。

 

 だが、俺は奴ではない。この現世で最後まで、主の為の槍で在り続けてみせる。

 

「ランスロットよ、座より見ておけ……このディルムッド・オディナの生き様を!!」

 

 それこそがランサーからの、最高の騎士への餞だ。

 

 まだ戦いは続いている。

 

 分裂したアサシン達は既にライダー等によってかなりの数が討ち果たされ、ケイネスも防戦ながら良く持ち堪えている。

 

 合流したランサーもまた双槍を振って簡単に二人のアサシンを切り裂いた。

 

 残るアサシンはもう10体を切っている。

 

 後一息。

 

 ライダーも。舞弥も。シャーレイも。ケイネスも。ランサーも。誰もがその言葉を頭に思い浮かべたその時だった。

 

 ガラスが派手にブチ割れる音が響き。

 

 残ったアサシンも含めて場の全員の視線が、そちらへ集中する。

 

 劇場二階に据え付けられていたステンドグラスが派手に粉砕して、そこから人影が飛び出してきていた。

 

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