Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結)   作:ファルメール

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第17話 月下終焉

「はぁ……はぁ……」

 

 全身を苛む痛みに耐えながら間桐雁夜は生まれ育った家の地下、蟲蔵へと通じる階段を下っていた。

 

 最強と思われたバーサーカーは残念ながら敗退し、桜を解放する条件として聖杯をこの家に持ち帰るという父・臓硯との約束は果たせなくなった。しかしこの期に及んでは、雁夜にとってそんな約束などどうでも良い事だった。

 

 バーサーカーの暴走によって生じた痛みは正直耐えがたいものがあったが、怪我の功名と言うヤツだろうか、嬉しい誤算があった。

 

 ただでさえ魔力消費の激しいバーサーカークラスの暴走。しかも宝具の真名解放に伴う、消費量の更なる増大。それほどの膨大な魔力の供給を求められ、さしもの刻印虫も必要とされる魔力を生成しきれず、死滅したのだ。

 

 今ならば、刻印虫を通じて臓硯が自分の様子を探る事は出来ない。しかも、状況から考えればヤツは自分が死んだものだと思っている可能性が、極めて高い。

 

『桜ちゃんを助けるなら……今しかない……』

 

 雁夜のその考えは、的を射ていた。

 

 拍子抜けするほどにあっけなく蟲蔵へと辿り着き、目当ての人物も見付けられた。

 

「……おじさん?」

 

 桜ちゃん。救いたかった少女が、まさに目の前にいた。

 

「助けに来たよ……もう、大丈夫だ……行こう……」

 

 少女の手を取って蟲蔵から、そして間桐家から出て、懐かしい禅城の家に。

 

 その庭先では凛が、あの男のせいで引き裂かれてしまった妹と、涙ながらに抱擁を交わしている。

 

「雁夜くん」

 

 呼ばれる声に振り返ると、そこには葵が立っていた。あの日の、日溜まりの中にいた時の彼女と寸分変わらぬ笑顔を浮かべて、彼を迎えてくれていた。

 

 そっと、手が差し伸べられる。

 

「葵さん……」

 

 差し出された手を、雁夜も握り返す。

 

 ごつごつとした、大きな手だ。

 

「……え?」

 

 何かがおかしい。

 

 最後に彼女の手を握ったのは中学生になるよりも以前だが、その時はもっと柔らかい、小さな手だった。いくら十年以上が過ぎていると言ってもここまで変わるものだろうか?

 

「ありがとう、雁夜くん」

 

 いつの間にか彼女の声も、変わっていた。低くて良く響く、男の声だ。

 

 見上げれば目の前に立っていたのは幼馴染みであり憧れの女性ではなく。完璧に着こなした赤スーツに、しっかりと整えられた顎髭。

 

 遠坂時臣。何度頭の中で殺してやったか分からない、全ての元凶と言える男が、そこに立っていた。

 

「ひっ!!」

 

 思わず手を振り払って、後ずさる雁夜。

 

「と、時臣? な、何でお前がここに……!?」

 

 しかし、彼の背中はどんと大きなものにぶつかる。

 

「へ……?」

 

 恐る恐る、振り返ってみると。

 

「ありがとう、雁夜おじさん」

 

 後ろに立っていた筈の桜と凛の姿はなく、姉妹の居た所には代わりに遠坂時臣が二人、立っている。

 

 嘘だ、嘘だ嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 

 こんなのは違う、何かが間違っている。

 

 俺は確かに桜ちゃんを助けて、凛ちゃんに引き合わせて、葵さんと、四人一緒でこの冬木市から逃げ出して、どこか遠い所で幸せになって。

 

 こんなのは違う。そうだ、これは夢だ。ただの夢なんだ。俺は悪夢を見てるんだ。

 

 二人の時臣が、口を揃えて言う。

 

「「雁夜お父さん」」

 

「ひいやああああああああっ!!??」

 

 裏返った悲鳴と共に、雁夜は体を飛び起きさせた。

 

「あ……!?」

 

 数秒を置いて自分の周りの景色がさっきと全然違っているのに気付いて、ほっと胸を撫で下ろす。やっぱりさっきのは夢だったのだ。人生最大級の悪夢だった。

 

 それにしても、恐ろしい夢だった。葵さんと凛ちゃんと桜ちゃんが、揃って時臣になってるなんて……

 

 顔中に汗が流れていて、服もぐっしょりと濡れている。

 

「それにしても、ここはどこだ……?」

 

 確か俺は、ランサーのマスターである水銀を操る魔術師と戦っていて……

 

 そこから先の記憶が無い。

 

 周りを見渡すと、一面に色取り取りの草花が咲き誇っていて、まさに天国か桃源郷かという景色だった。

 

「まさか俺は……死んだのか? ここは……天国なのか?」

 

 そう思った時、出し抜けに横合いから声が掛けられた。

 

「残念♪ まだ生きてますよ」

 

 そこに立っていたのは、青い十二単を着こなした狐耳の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

「私は……負けたのか……」

 

 劇場の二階から放り出されて、しかし何とか一命を取り留めた言峰綺礼は仰向けに天蓋を眺めながら、棒読みのような口調でそう呟いた。

 

 そんな彼の視界に、ぬっと一人の女性が割り込んでくる。フィオだ。今の彼女は、ちょうどしゃがみ込んで綺礼を覗き込んでいるような形になっていた。

 

「うん、あなたの負けだね……ちょうど今、アサシン達も最後の一人がやられたみたいだし……」

 

 間桐雁夜も死に、バーサーカーも消えた。そして彼自身もまた、戦えるような状態ではない。これではフィオを倒し、ライダーとを倒し、女二人を倒し、ランサーを倒し、ケイネスを倒して、そして衛宮切嗣に会う事など到底叶うまい。

 

 言峰綺礼の戦いに懸ける願いはこの時、打ち砕かれた。

 

「私は……どうすれば良いのだ……?」

 

 誰に語るともなく、しかし答えを哀願するように、綺礼の口は言葉を紡いでいく。

 

 物心付いた時より、いかなるものにも熱を持つ事が出来なかった事。

 

 その空虚を満たす為に更に苛烈な修行に身を投じて、代行者にまでなって、だがそうまでして進んだ先であっても、何も見付からなかった事。

 

 妻を亡くしても尚、悲しいという気持ちが理解出来なかった事。

 

 3年前より遠坂時臣に師事して魔術を学んだのも父の縁故や任務ではなく、魔術の道ならばあるいは求めていたものが見付かるかも知れないという、淡い期待を寄せていたのが最大の理由であった事。

 

 そしてやはり何も見付からなかった事。

 

 この聖杯戦争への参加者の中に衛宮切嗣の名を見付け、その経歴について調べた時、彼からは自分と共通するものを感じ取り、彼が得たのであろう答えを聞く為に、こうしてやって来た事。

 

 最後にその僅かな願いが、フィオ達によって木っ端微塵に砕かれた事も。

 

「フィオ・レンティーナ・グランベル……貴様なら答えてくれるのか? 私は、どうすれば良い……?」

 

 答えは即座に返された。しかも、とびきり簡潔なものが。

 

「知らないわよ、そんなの」

 

 当然と言えば、当然の言葉だった。綺礼も「そうか……」と、さほど不満に思った様子は見せずに、目を伏せた。そもそも会ったばかりの人間に、自分は何を期待していたと言うのか。

 

 だが、フィオの言葉には続きがあった。「でも、アドバイスは出来るわ」と前置きして、話し始めていく。

 

「あまり焦ると逆効果ね。たまには立ち止まってみるのも良いんじゃない?」

 

 それだけなら、雑誌に載っている星座占いと大して変わらない使い古されたような助言でしかないが。

 

「立ち止まったら、周りを見渡してみるとか、あるいは自分の背中を見てみるのも良いんじゃない?」

 

 「もっとも、自分の背中は身難いものだけど」と断って、フィオは更に続けていく。

 

「兎にも角にも足掻いてみる事ね。足掻いてる内に、もしかしたら以前には見えなかった何かが見えてくるかもね?」

 

 その言葉もまた、綺礼にとっては聞き古したような無責任極まりない決まり文句でしかなかった。「ならば」と彼は問い返す。

 

「何も見えてこなかったら、どうすれば良いのだ?」

 

 だがこの問いにも、フィオは即答して返す。

 

「見付かるまで、足掻けば良いだけよ。何も見えないまま足掻いて終わるのも、一つの生き方でしょ?」

 

 他人事だと思って、事実他人事とは言え無責任の極みのようなその言葉。だが綺礼にとっては、逆に新鮮ですらあった。

 

 いくら敵とは言え、ここまで好き勝手言ってくるとは……仮にも人の悩みを聞いた人間が返す言葉ではない。と、流石にフィオも申し訳なく思ったのか、いくらかの言葉を付け加える。

 

「ただ……人の心というのは、足掻いている間は死ぬ事は決してないわ。それだけは、この私が保証してあげる。あなたのお父さんの十倍も二十倍も永く生きてる年長者のアドバイスなのよ? 間違いは無いわ」

 

 最後に「何にせよ、生きてみる事ね」と締めて、これで人生相談は終わりとばかり、フィオは立ち上がる。同じように綺礼もまた、体を起こした。

 

「生きてみろ、足掻いている内は心は死なない、か……」

 

 何かが変わった訳ではない。

 

 心を燃やすものが見付かった訳でも、その手掛かりを掴めた訳でもない。衛宮切嗣と話して彼の答えを聞けた訳でもない。

 

 それでも、今までとは何かが違うように感じられた。

 

 フィオの言葉は心の内側にのしのしと入り込んでくる訳でもなく、さりとて全くの無関心という訳でもなく。ほんの少しだけ、綺礼の中の何かを変えていた。

 

 あるいは彼女でなくても、例えば父に、もっと早く打ち明けるべきだったかも知れない。そうすれば……もしかしたら、違う何かが見えていたかも知れない。

 

 確かに自分は彼女の言う通り、焦りすぎていたのかも知れない。誰かに相談する。そんな当たり前の事さえ、今の今まで忘れていた。

 

「そうだな……私も、もう一度答えを探して、巡礼の旅を続けてみよう」

 

 そう言って立ち上がった綺礼は、ペコリとフィオに一礼した。それを見て取った最強の魔術師は、ライダーへと手を振って合図する。戦車に乗ったままの彼女は、頷いて指を鳴らした。

 

 同時に大魔術が解除され、黄金の劇場が光の砂と化して、崩れるように消えていく。ものの数秒でアインツベルン城の一角へと、世界が移り変わる。いや、戻ったと言うべきか。

 

「さらばだ……貴様にも衛宮切嗣にも……もう会う事はあるまい」

 

 最後にそう言い残すと、綺礼は理想的なランニングフォームで走り去っていった。その後ろ姿を見送って「あれだけブン殴ったのに、タフなヤツね……」と、フィオは感心するように呟く。

 

「さて……奏者よ、これでこの城での戦いは終わった……そう考えて良いのか?」

 

 ライダーが尋ねてくる。

 

 彼女の戦車には、至る所にアサシンが用いる短刀(ダーク)が突き刺さった跡が刻まれていた。シャーレイと舞弥も、致命傷は負っていないにせよ、あちこちにかすり傷が見えて服がぼろぼろになっている。ケイネスも似たような状態だ。

 

 ランサーも、劇場による援護効果があったとは言え円卓最強の大英雄と戦ったのである。かなりのダメージが見て取れた。

 

 フィオも、鼻血を流して口の中も少し切っている。

 

 ……とは言え、死んだ者も致命傷を負った者も無し。戦闘結果は理想的だと言えるだろう。

 

「後は……キャスターが上手くやったかどうかだけど……」

 

 そう、フィオが呟いた時だった。

 

 重い音を立てて、離れの戸が開く。

 

 誰からともなく、サーヴァント魔術師も死徒も、全員がそちらを注視する。

 

 そうして離れの中から現れたのは、アイリを胸に抱いた切嗣だった。

 

「切嗣!! マダムは……!!」

 

 一番最初に反応したのは、やはりと言うべきか舞弥だった。戦車から飛び降りて、二人の側に駆け寄る。

 

 そんな彼女の頬に、そっと手が触れた。切嗣のものではない、もっと柔らかくて、ほっそりとした壊れやすそうな手だ。

 

 目を向けると、そこには。

 

「私はもう……大丈夫よ、舞弥さん」

 

 瞳を開けて、にっこりと優しく微笑むアイリスフィールがいた。他の誰でもない、まぎれもない彼女の笑顔があった。

 

「切嗣……それでは……!!」

 

「ああ……」

 

 全てが、フィオの思い描いていた通りに進んだようだ。

 

 彼女の中に満ちていた英霊の魂が変換された膨大な魔力は全てキャスターが吸収した。魔力が抜き取られた事によって聖杯としての機能は停止し、逆にそれによって停められていたヒトの機能が戻ったのだ。

 

「これで……私達も騎士王との約束が果たせたな」

 

「はい、我が主よ」

 

 満足げに笑いながら、ケイネスとランサーは頷き合う。

 

「上手く行ったようね」

 

 安心した様子で、フィオが近付いてくる。

 

 彼女を見て、切嗣はぺこりと頭を下げた。

 

「フィオ……あんたにはまた……大変な借りが出来たな」

 

 これで彼は三度、自分の大切な人を彼女に助けられた事になる。

 

 最初にシャーレイ。次にナタリア。

 

 そして今、アイリスフィールを。

 

「私一人の力じゃないわ」

 

 そう言ってフィオは振り返るとケイネスと視線を合わせて、頷き合う。

 

 セイバーとの最後の約束を守り通す為にケイネスが連絡を取らなければ、アイリスフィールの事情などフィオは知る由もなかった。

 

 そして事情を知ったとしてもキャスターが居なければ、彼女にもどうする事も出来なかっただろう。

 

 キャスターだけ居たとしても、ライダーやランサー、ケイネスや舞弥、シャーレイ、それにフィオ自身がバーサーカー・アサシン同盟と戦わなければ、儀式を完了させる事は叶わなかったろう。

 

 誰か一人の力ではなく。全ての者がアイリを助ける為に尽力したからこそこの結果がある。切嗣は失ってしまった筈の大切な人を、取り戻す事が出来た。

 

 しかし、中でも第一の功労者を一人挙げろと言うのなら、やはり。

 

「それで……キャスターは?」

 

「……実は……彼女は……」

 

 そう尋ねられた切嗣は、そこで明らかに言葉に詰まった。

 

 何かが、妙だ。

 

「ま、まさかキャスターの奴に何かあったのか!?」

 

 察したライダーが戦車から飛び降りて、近付いてくる。

 

「おい!! 答えろ!! キャスターがどうしたのだ!?」

 

 騎乗兵はアイリスフィールを落とさせない程度に加減しながら、切嗣の肩を掴む。

 

 自分のサーヴァントほど感情任せには動かないが、フィオも切嗣の様子から、何か予想外の事が起きた事を察していた。心配そうに離れの方へと目をやる。

 

 そこには。

 

「どうしたんですか? ご主人様もライダーも、そんなに顔色変えて」

 

 暗がりから姿を見せたのは余人に非ず、キャスターであった。

 

 だが、フィオやライダーの知る彼女と比べて、その姿は一変していた。

 

 タマモは露出の多いノースリーブの着物を着ていた筈だが、今眼前にいるキャスターは平安時代の女性用装束、つまり十二単を纏っていて、いささか動き辛そうにしていた。色は、青を基調としていて変わっていないが……

 

 そして最大の違いと言えるのが背中だ。厳密にはそのお尻。

 

 本来のキャスターはそこに一本だけ、まさにきつね色の狐の尻尾が生えていた筈だ。しかし今は、金色に輝く七本の尻尾が取って代わっていた。良く見れば頭の狐耳の毛色も金色に変わっている。

 

「「…………!!」」

 

 顔を見合わせるフィオとライダー。

 

 一体全体何が起きたか計り知れないが……しかしまず第一に、聞いておかねばならない事がある。

 

「「あなた(そなた)は、本当にキャスターなの(か)?」」

 

 声を揃えての問いに、半獣の魔術師は、

 

「ええ、間違いありませんよ。ご主人様のサーヴァントです」

 

 そう、にっこり笑って答える。それは間違いなく、二人やシャーレイの知るキャスターそのものの笑顔だった。

 

 それなら取り敢えずは大丈夫かと、ほっと息を吐くマスターとサーヴァント。しかしまだ、聞きたい事は残っている。

 

「あ、この姿ですか?」

 

 キャスターの方も主や同僚の反応から彼女達が聞きたい事を大体察したらしい。苦笑しながら自分の体に目をやって、答える。

 

「いやあ、アイリさんでしたっけ。彼女の中にはとんでもない量の魔力が溜め込まれていましたからね。それに、私が吸収すればするほど増えていく感じで。それでさっき、やっと全部吸い切ったんですけど……何せおよそどんな願い事でも叶えられるだけの魔力ですからね。私の霊格にも影響が出たんでしょう」

 

 キャスターが吸収した魔力は、ただの魔力ではない。それは英霊の魂。人の身では為し得ぬ偉業を成し遂げ、伝説を築き上げ、死後祀り上げられて人類の守護者、精霊に近き所にまで上り詰めた魂。それが分解されたもの。例え何らかの方法によって同量の魔力を用意したとしても、質の上で圧倒的な差が生じる。

 

 キャスターは、己の中に脱落した4騎のサーヴァントの魂全てを取り込んだに等しい。特にアーチャー・ギルガメッシュの魂は通常のサーヴァントの3倍に相当する比重があり、つまり彼女の中には自分も含め、都合7騎分の魂が存在する計算となる。

 

 それほどの魂はキャスターの霊格を英霊の枠組みを超えて押し上げ、7本尻尾の現界や黄金の毛皮からも分かるように完全ではないにせよ、神霊の位階にすら足を踏み入れさせたのだ。

 

「まぁ、彼女から魔力を吸ってる中で何か妙なのに繋がった時は、流石の私も驚きましたが……」

 

「妙なの?」

 

「ええ、まるで世界の全ての悪意、人の世を分け隔て無く呪うようなドロドロした何かが私に向かってきて……私を取り込んで染めようとしたみたいですね」

 

 あれはきっとアイリの中、精神世界の出来事だろう。彼女とリンクしている何かが、魔力吸収によって接点の出来たキャスターにも流れ込んできたのだ。

 

「だ、大丈夫だったのか、そなたは……」

 

「まぁ、ライダー……あなたじゃあアレに触れたら自我が保てなくなるか、良くても性質が反転して黒くなるでしょうけど」

 

 と、からかうように言うキャスターだったが、しかし目の前の相手が真剣な表情で目に涙を溜めているのを見て、本気で心配してくれていたのを悟ったのだろう。流石に悪いと思ったのか「ごめんなさいね」と一言詫びた後に説明していく。

 

「あなただから駄目って訳じゃあないですよ。人間は勿論、よっぽど強力な英霊の自我でも、あんなのには耐えられないでしょう」

 

 アレに耐え切るには、それこそ人類最古の剛田主義者(ジャイアニスト)クラスの自我の強さ、つまりは我が儘さが必要だろう。あの金ぴかのアーチャーなら、多少性格は悪くなるが性質の反転には至らない程度に、影響を抑えられるかも知れない。

 

「じゃあ、そなたは何で大丈夫だったのだ?」

 

「よくぞ聞いてくれました」

 

 ふんすと鼻息を一つ、そうして誇らしげに胸を張ると、キャスターは語り始める。

 

「ご主人様にも言いましたが私は本来は太陽神・天照大神の分霊である一人格、ホンモノの神様ですよ? この世全ての悪? こちとら、世界が始まった刻から今まで浄も不浄も、善いも悪いも、全てひっくるめて照らし続け、見続けてきたんですよ? 世界の全てなんて、生まれた時から背負ってるってんです。この体を直接溶かすとかなら兎も角、あの程度の呪いで私の心を侵そうなんて片腹痛いですよ」

 

「まぁ……兎に角無事だったのなら何よりね」

 

 フィオは、安心したように肩を落とす。

 

「それと、ご主人様からのご命令には無かったですが……あんなのが繋がってたら私が助けた後も何が切っ掛けで困った事になるか分かりませんので……アイリさんのパスはチョッキンしておきました」

 

 魔術師のサーヴァントは手をジャンケンのチョキのような形にして、くっつけたり離したりする。これはキャスターの独断だが……まぁ、彼女ほどの腕っこきの仕事だ。間違いはあるまい。そう判断すると、

 

「よくやってくれたわ。ありがとう、キャスター」

 

 ぽんとフィオの右手が魔術師の頭に乗って、なでくりなでくりする。

 

「ご、ご主人様……!! もっと、もっとお願いします……!!」

 

「こらっ、ずるいぞキャスター!! 奏者よ!! 余も命懸けだったのだ!! 功を成した者は褒めるのが礼儀というものであろう!!」

 

「はいはい、ライダーもいらっしゃい」

 

 フィオは心のシッポを千切れんばかりに振るライダーを空いている左手へと招き寄せると、彼女もなでくりなでくりする。

 

 そんな両手に花状態のフィオを遠目から見て、ケイネスは嘆息した。

 

「ランサーよ……」

 

「は……」

 

「まだサーヴァントが3騎も残っているが……どうやら今回の聖杯戦争は、これで終了という事になりそうだ」

 

「と……申されますと……?」

 

「簡単な事だ。今のキャスターに勝てる者が、もう居ないのだよ」

 

 そう言うとケイネスは、マスターの透視力によって得た現在のキャスターのステータスを、ランサーに伝える。

 

 

 

 筋力:EX 耐久:EX 敏捷:EX 魔力:EX 幸運:EX 宝具:EX

 

 

 

「なっ……!?」

 

 さしもの神代の英霊も、これには絶句する他は無かった。

 

 だがこれも当然の結果と言える。今のキャスターは英霊の枠を通り越して、不完全ながら本来の神霊としての霊格を取り戻した状態。文字通り「格」が違うのだ。

 

 尤も、キャスターとて今更ランサーやライダーをその手に掛ける理由など無い。

 

 サーヴァントは3騎も残り、聖杯も顕現してはいないが、事実上第四次聖杯戦争は終了したと言って差し支えなかった。

 

 と、キャスターはここへ来て大変な事を見落としていた自分に気付いた。

 

「ご、ご主人様!! お怪我を……」

 

「ん、ああ……」

 

 まだ垂れていた鼻血を拭くフィオ。キャスターが見てみれば彼女だけでなく、シャーレイも舞弥もライダーもランサーも、皆が傷を負っていた。

 

 その傷は、自分や切嗣、アイリを守って付いたものだ。それなら。

 

「じゃあせめてそれを癒すのは、私に任せてもらいましょうか!! ご主人様、最後の宝具使用許可を!!」

 

「ええ、許すわ、キャスター」

 

 キャスターの好意からの行動であった事と、どうせこれが最後になるのだからとフィオも安い気持ちで許可を出す。

 

 それを受けたキャスターは、十二単の袖から彼女の宝具・鏡を取り出して、朗々と祝詞を唱えていく。

 

「軒轅陵墓、冥府より尽きることなく……」

 

 鏡からはまるでそこに小さな太陽が出現したかと錯覚するような眩い光が奔り、だが決して燃えるような熱さではなく。命を育む優しい光として、フィオ達を包んでいく。キャスターの精妙な力の調節によるものだろう。死徒であるシャーレイですら、その光に滅ぼされる事はなかった。

 

「おお……」

 

「これは……」

 

 驚きの声が上がる。

 

 フィオも、ライダーも、シャーレイも、舞弥も、ケイネスも、ランサーも。全員の傷が、癒えていく。

 

 それだけではない。

 

「見て下さい、花が……」

 

 今は冬だと言うのに石畳を押しのけて無数の草花が顔を出して花弁を開かせ、まるでこの一角だけ半年ほど早く春が来たかのような景色になる。

 

 更に。

 

「ひいやああああああああっ!!??」

 

 頓狂な叫び声が上がって、間桐雁夜が花の中から上体を飛び起きさせていた。

 

「なっ……!!」

 

 これには、特にケイネスは驚愕を隠せなかった。

 

 あの魔術師は、バーサーカーの暴走による魔力の過剰消費で自滅し、確かに死んだ筈なのに。

 

 実はこれも、キャスターの宝具の力によるものだった。

 

 彼女の宝具である鏡・「水天日光天照八野鎮石」(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)は魂と生命力を活性化させる力を持つ。フィオ達の傷を癒す為に使われたのもこの力だ。

 

 「鎮石」は後の八咫鏡、つまり天照大神の神体であり本来であれば死者をも蘇らせる力を持った冥界の神宝中の神宝。しかしサーヴァントでしかないキャスターにはそこまでの力は引き出せない。

 

 だが、今この時に限っては話は別だった。今のキャスターは神霊一歩手前の、サーヴァントを超えたサーヴァント。己の宝具の真の力を、完全に引き出す事に成功していた。

 

 そしてもう一つの偶然。石畳を押し退けて花が咲き乱れた事からも分かるようにキャスターは宝具の力を、戦いが終わった事もあって効果を受ける対象をいちいち選んだりはせず一定範囲内の全てが影響を受けるように使っていた。その効果範囲に、雁夜の体も置かれていたのだ。

 

 幾つかの偶然が重なったのと、死亡してさほどの時間が経っておらず魂が離れきっていなかった事もあり、雁夜は蘇生を果たしたのだ。

 

「まさか俺は……死んだのか? ここは……天国なのか?」

 

「残念♪ 生きてますよ」

 

 呆然と周りを見渡す雁夜にキャスターはしゃがみ込んで、そう笑いかける。

 

「色々話さなければならないこともあるし……キャスター、バーサーカーのマスターを城の中に運んで」

 

「承知しました、ご主人様」

 

 はきはきと返事すると、キャスターは魔術師の非力なイメージからかけ離れたパワーによって、簡単に雁夜の体を担ぐ。今の彼女の筋力はEXランク。ギリシャ最大の英雄と腕相撲したって勝てるだろう。この程度は造作も無い。

 

 担がれた雁夜は混乱気味にバーサーカーを喚ぼうとしたり暴れてキャスターの手から逃れようとしたが、無駄な努力に終わった。城内へと連行されていく。

 

 それを見て取って、未だアイリをお姫様抱っこしたままの切嗣と彼に付き添う舞弥も、城へと入っていった。アイリは助かったとは言え、つい先程までは命の瀬戸際にいたのだ。まだ安静にしているべきだろう。

 

 シャーレイもそんな彼等を追って入城する。

 

「私達もこれからどうするかを話し合わねばならんな、ランサー」

 

「はい、ケイネス様」

 

 ケイネスとランサーも、同じように。

 

 そして、フィオとライダーだけが残される形になる。ライダーも、流石に激戦で疲れたのだろう。さっさと城の中で暖を取って湯浴みの一つでもしたそうに見える。

 

 彼女がそうしないのは、マスターたるフィオが空を見上げたまま、動かないからだった。

 

「どうした? 奏者よ。此処は冷える。我等もさっさと城の中へ入ろうぞ」

 

「ん? あぁ、ライダー……ごめんなさいね」

 

 声を掛けられてやっと気付いたフィオは、ライダーと共にアインツベルン城へと入っていく、その途中でもう一度だけ立ち止まって、天を仰いだ。

 

「……気付かなかったわね……今夜はこんなにも、月が綺麗だなんて」

 

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