Fate/Zero フィオ・エクス・マキナ(完結) 作:ファルメール
「■■■■■!!!!」
呪詛のようにも怒号のようにも聞こえる叫びを上げ、引き抜いた鉄柱を振り回して襲い掛かるバーサーカー。
セイバーはすかさず不可視の剣でその打ち下ろしをガードするが、すぐに彼女の目は驚愕に見開かれた。
敵の得物はただの鉄柱でありながら、英霊の武器と鍔迫り合いが出来ている。
鉄柱にはバーサーカーの籠手より蜘蛛の巣かあるいは葉脈のように魔力が伸び、その総身を浸食している。その即席の槍を、バーサーカーはまるで幾多の戦場を共に乗り越えた”相棒”のように、慣れぬ武器への戸惑いや違和感など全く感じさせずに完璧に操っていた。
「……そ、奏者よ。奴は一体……」
流石に桁外れの芸当を見せられて、ライダーも動揺している。あのバーサーカーの力の秘密は、一体……?
同じ思考を、フィオも行っていた。
あのバーサーカーが狂化して尚衰えを知らぬ程に、究極の域にまで練り上げられた”武”の英霊である事は分かったが、しかしそれでも只の鉄柱で、セイバークラスの剣と打ち合える筈はない。これは武器の性能が劣る分は使い手の技量で補うとか、それ以前の問題だ。
ならば、バーサーカーの能力の正体は……
「……成る程、バーサーカーが手にした物は、何であれ”奴自身の宝具”になるという事ね」
仮説だが、まず間違ってはいまい。それなら先程、奴がアーチャーの宝具を奪い取って自由自在に扱った事も、今セイバーと只の鉄棒で打ち合えている事にも全て説明が付く。
本来宝具とは、殊に武器や道具に分類されるタイプの物は生前の英霊にとって生身の体と変わらぬ程に、極限まで使い込まれた”究極の一”となってやっとその域に立たせる事が出来る代物だ。
それをあのバーサーカーは、手で触れるというその一動作のみで可能にする。アーチャーとは別の意味で規格外のサーヴァントだと言えるだろう。
そう思考している間にもバーサーカーの攻撃は止まらない。狂化によって高められたパワーと衰えぬ武の冴え、更にセイバーにはランサーの宝具である「必滅の黄薔薇」(ゲイ・ボウ)によって左腕に負わされたダメージもあって、今は何とか持ち堪えてはいるが防戦一方、劣勢である。
「くっ……貴様は……!!」
思わず声が出るが、バーサーカーには届かない。届いていたとしても、理解出来ているかどうか? 返事の代わりに次の攻撃が繰り出される。棒術の要領で、腰を起点に”槍”を回した意表を突く攻撃。
不意を衝かれたセイバーは一瞬だけ反応が遅れ、
そして、槍の穂先は断ち切られて地面に突き刺さった。
窮地からセイバーを救ったのは、
「ランサー……」
割り込んだ槍兵はたった今バーサーカーの疑似宝具を切断した長槍「破魔の紅薔薇」(ゲイ・ジャルグ)の切っ先を、牽制するように狂戦士へと向ける。
バーサーカーとて触れさえすれば全くの無条件でそれを宝具に出来る訳ではないようだ。より正確に言えば、触れる事によって魔力を流し、その武器に”自分の宝具”という属性・概念を与える。故にランサーの手にする魔力の流れを断つ紅槍の前に、”槍”は”鉄柱”に戻ったのだ。
「悪ふざけはその辺にしてもらおうか、バーサーカー。そこのセイバーは、俺と先約があってな。これ以上つまらん真似をするつもりなら、俺とて黙ってはおらんぞ?」
たとえ敵であろうと、真っ向から戦う相手には敬意を持って向き合う。誇り高き英霊の在り様に、セイバーはその胸に熱いものが込み上げてくる感覚を覚えていた。
ライダーも戦車の上で「流石はケルトの騎士、見事よな」と頷いている。傍らのフィオも、反応は似たようなものだ。
その時だった。
『何をしている、ランサー? セイバーを倒すのならば、今こそが好機であろう』
不意に、この戦場全体に声が響く。ランサーのマスターのものだ。変声の魔術を使っているらしく、合成音のように男か女かも分からない。それに隠蔽魔術によって声の出所も分からなくしている。かなり熟練の魔術師と見て良いだろう。
「セイバーは、必ずやこのディルムッド・オディナが誇りに懸けて討ち果たします!! なんとなれば、そこな狂犬めも先に仕留めてご覧に入れましょう!! 故にどうか、我が主よ!! 私とセイバーの決着だけは尋常に……!!」
その端正な美貌には些か似つかわしくない程に熱く、ランサーが訴えかける。彼にとって騎士王たるセイバーとの一戦は、それほどに重要な意味を持つものだった。
僅かな間を置いて、再び声が響く。
『よかろう、許す。ランサーよ、バーサーカーを打倒せよ』
「はっ!! 感謝いたします、主よ!!」
主からの了解を得て、猛然と邪魔者へと突進する槍兵。バーサーカーも同じく邪魔者を排除しようと半分ぐらいの長さになった鉄柱を今度は剣のように振るうが、ランサーの繰り出した槍の前には通じない。
先程のリプレイのように魔力循環を断たれた鉄柱は更に半分程の長さに切断され、紅槍の穂先はそれには止まらず、魔力で編まれたプレートメイルをすり抜けるようにて狂獣の体に浅くはない傷を刻む。更に蹴りを入れて、バーサーカーを吹き飛ばすランサー。
「……妙ね?」
ぼそりと、フィオが呟く。今のランサーから受けたダメージは、セイバーのそれと違って回復不能のものではない。にも関わらず、バーサーカーのマスターは治癒を施さないようだ。マスターが姿を現さない以上、魔力を出し惜しみしなければならないという状況は考えづらい。という事はこのバーサーカーの魔力消費はそれほどに大きいものなのか、それとも他に理由が……?
「■■■■■■……」
バーサーカーが受けたダメージは致命傷には至らぬまでも、軽傷でもない。しかしこの狂戦士は、理性と一緒に痛覚までも失っているのではないかとこの場の全員が疑う。撤退の気配すら、その姿からは感じ取れない。
奴はまだまだランサーと戦うつもりでいる。正確には、彼を打倒してその背後に居るセイバーと、であろうか。
「……!!」
宝具の相性から優位に立てるとは言え、白兵戦に求められるステータスでは狂化の影響もあり相手の方が圧倒している。故にランサーは油断無く身構え、バーサーカーの攻撃を迎え撃つ姿勢を取る。
「■■■■■!!!!」
「来るかっ!!」
最早無手となったバーサーカーが突進した。と、同時に。
「ライダー!!!!」
「任せよ奏者!! ランサー、下がれ!!!!」
全く別の方向から声が上がる。フィオの指示を受け、ライダーが戦車を発進させた。
『日輪の戦車』(ヘリオス・チャリオット)は助走距離は僅かながら信じられない加速によってあっという間に最高速に達し、ランサーとバーサーカーへと向かっていく。
「!!」
ランサーは最速クラスの面目躍如とばかり素早く跳躍して離脱したが、バーサーカーはそうは行かなかった。全く予想外の方向からの乱入に反応しきれず、四頭の神馬に激突され、しかも纏う炎にも焼かれ、吹っ飛んで地面に転がった。
「……■■……■■……■……」
即死は免れたようだが、ダメージは大きい。地に伏せたまま立ち上がれず、その動きも弱々しい。
事ここに至っては、さしもの狂戦士も戦闘継続は不可能だと悟ったらしい。現れた時と同じように体を黒い霧状の魔力に変えて、霊体化した。
後門の狼もこれで去った。
後は、セイバーとランサーの決着を残すのみだが……しかしランサーにも、相性の良い相手だったとは言えバーサーカーと戦って疲労が残っている。
左腕を封じたとは言えセイバーとこのまま戦うのは得策ではないと、彼のマスターはそう判断したのだろう。
『ランサーよ、今宵はここまでだ』
撤退の命令を下す。
「はっ……!!」
ディルムッドはその命に頷き、そしてまずはライダーへと向き直る。
「ライダーとそのマスターよ。ご助勢、感謝する」
「うむ……演劇の最中に役者以外が舞台に上がるなど、無粋の極みである故、な……そなたらの見事な戦いへの、余からの報奨と思うがよい」
笑って言うライダーにランサーも笑みを一つ返すと、彼は今度はセイバーへと向き直った。
気高き剣の英霊は、何も言わずただ頷いて応じる。互いに次の決着を誓い、ランサーは霊体化して姿を消した。
それを見届けると、フィオとライダーも互いを見合って、頷き合う。引き上げ時だ。
「ではな、セイバー。昼間に申し渡した通り、そなたとの対決、余は楽しみにしておるぞ」
挑発ともエールとも取れる言葉を最後に、ライダーもまた炎を纏う戦車を駆って、空中へと消えていった。
「……それにしても奏者よ、よくあの場面で余の介入を許してくれたな?」
人目に付かないよう高々度を飛ぶ戦車を操りつつ、ライダーは眼下の町を見下ろしている主に言った。
あの場面では、ランサーとバーサーカーの戦いを静観するのがベストであった筈だ。あのまま続けていれば恐らく勝ったのはランサーであろうが、バーサーカーも手傷の一つは負わせたかも知れない。
そうなれば自分達にも有利となっただろうが……
「…………強いサーヴァントだと、私に証明するんでしょう? それに、あなた自身も割って入りたそうだったし」
とぼけるように言うフィオに、ライダーは驚きと喜びにその瞳を少しだけ大きく見開いた。
バーサーカー。当面の優先目標かも知れないサーヴァントを撃破してこの強いマスターに、自分もそれに相応しいサーヴァントであると見せたかった。
騎士達の戦いを汚す獣を成敗してやりたかった。
それは二つはどちらも、ライダーが確かに胸に抱いていた感情だ。しかし、あの状況では戦略上致し方ないと諦めていたが……
このマスターはその程度は何でもないと笑い飛ばして、自分の心を汲んで、望みを許してくれた。
「奏者よ」
「……ん?」
「余は、奏者がマスターであって良かったと思うぞ!!」
会心の笑みを浮かべながらそう言ったライダーであったが、しかし振り向いた彼女はフィオの顔色があまり良くないのに気付いた。
「ど、どうした奏者よ!! 具合が悪いのか!? どこか怪我したのか!? さっきバーサーカーに突っ込んだ時か!? よ、余のせいなのか!?」
”フィオに駆け寄る”ライダー。しかし、これを見てフィオの顔色が一気に真っ青になった。
「ラ、ライダー!! 今手を離したら!!」
「ぬ!? お、おお!?」
フィオが指摘すると同時に、御者のコントロールを離れた戦車は空中を滅茶苦茶な軌道で駆け始めて、S字を描くような動きによって遠心力が掛かって二人は振り落とされそうになる。ライダーは慌てて手綱を握り直すと、「どうどう」と神馬達を落ち着かせて制御を取り戻した。
とんだスリリングな体験になったが、落ち着きを取り戻したフィオが、ライダーに笑って言う。
「大した事じゃないわ。私、昔に一度飛行機で落ちた事があってね……ちょっと、それを思い出しただけよ」
「……ふむ」
「一体全体何があったのか、私がトイレに立ったほんの十数分程の間に機内が死徒化した蜂と食屍鬼(グール)だらけになって、地獄絵図だったわ。私は一人だけ生き残っていた女の人と一緒に、飛び降りて無事だったけど」
何でもないように言うが、容易ならざる言葉がその中にあったのを、ライダーは聞き逃さない。
「飛び降りた……って……」
呆然とした顔のサーヴァントの質問に、フィオはくっくっと喉を鳴らした。
「質量制御と気流制御による高々度からの降下なんて、熟練の魔術師にはそれほど難しくないわよ? それに私は飛べるしね。本気を出せば」
「何と……!!」
驚いた表情を見せるライダー。英霊である自分さえ、空を飛ぶには宝具の力を借りねばならないと言うのに、ただの人間の奏者が身一つでそれを為すと言うのか?
「七属性の一つ、架空元素『無』。「ありえないが物質化するもの」を操る魔術によって常識が通用しない物質を作り出し、それで形成した羽で飛ぶのよ」
「……つくづく規格外だな、そなたは……」
ここまで来ると最早、感心するしかない。本当、このマスターは何でもありだ。本当に人間か? ひょっとしてサーヴァントか死徒が人間の皮を被ってるんではあるまいな?
もうマスターが何をしようが驚かないと、ライダーは心に誓う。
「その飛行機事件だけじゃなくて、それ以前にもバカンスに行ったら南国の楽園が食屍鬼の楽園になったりするし……そして今回の聖杯戦争……私、トラブルに巻き込まれる体質なのかしら……」
頭を押さえ、やれやれと自嘲するように嘆息するフィオ。
さしものライダーもこれには苦笑いを浮かべるしかなかった。だが一つだけ、彼女には言える事がある。
「奏者よ、確かにそなたは不運やも知れぬ。だがそなたがその場に居合わせたからこそ、救えた者も居る筈だ。飛行機から共に飛び降りたというその女性然り、あのシャーレイ然り」
「……む」
「此度の聖杯戦争も同じだ。そなたでなければ助けられぬ命、救えぬ魂が、必ずある筈だ。それはそなたも望む所であろう? 奏者がこの聖杯戦争を戦う理由を聞いた時、余はそれを美しいと思った。皇帝たる余が、羨む程にな。より美しい願いは、より強い願いよりも生き残るものだ。安心するがよい!! 此度の聖杯戦争、余はそなたの足、そなたの翼となりて、必ずや勝利に導こう!!」
力強いその宣言に、フィオはふっと笑う。
『相応しいサーヴァントたる証を立てる』。この騎乗兵は、確かにその言葉を実行してくれた。共に戦うに相応しい、最高のパートナーだ。
「改めて、よろしく頼むわね。ライダー」
「うむ!!」
ライダーは強く頷き、そして手綱を大きく振るう。
加速した戦車は勢いを増して、月にすら届く勢いで冬木の夜空を駆けていった。