聖なるかな another -森羅万象-   作:清流

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設定というか妄想をぶちまける回&説明回(ネタバレが洒落にならないレベルです)
暴走が止まらない。この勢いのまま、最後まで突っ走れるといいなあ……。


第一章:平穏なる世界
第01話:物部学園


 ここ物部学園は異常な学園だ。

 別に校風が変わっているとか、学園自体に問題があるわけではない。歴史が古く自由な校風で、生徒会の裁量幅が広いという特色はあるが、これと言った異常はない。問題は、通っている生徒にある。

 

 三年で生徒会長である斑鳩沙月――第六位『光輝(こうき)

 二年の暁絶――第五位『暁天(ぎょうてん)

 

 この両名は、覚醒済の神剣使いなのだ。

 正直、これだけで十分過ぎる程に問題で異常だが、現実は非情である。

 

 二年の世刻望――第五位『黎明(れいめい)

 同じく二年で世刻望の幼馴染である永峰希美――第六位『清浄(せいじょう)

 残念なことに、未だ覚醒には至っていないものの、この二人もまたれっきとした神剣使いである。

 

 お分かり頂けるだろうか?

 一つの世界に四人の神剣使いが散らばっているなどという生易しいレベルではない。

 一つの国の一つの街、四人全員が同じ学校に集うなど、これを異常と呼ばずして何と呼ぼう。

 俺達の時と同様に、何らかの作為によって作られた状況であるのは間違いない。

 実際、覚醒済みの神剣使いである斑鳩と暁は、他世界からの来訪者であり、それぞれ明確な意図を持っている。

 原作『聖なるかな』どおりならば、前者は『旅団』から破壊神の転生体の監視役として、後者は故郷を滅ぼされた復讐の為にその力を利用するために、世刻に近づいたというのが真相だ。

 

 つまるところ、その原因は世刻望の前世にこそあるのだが、覚醒していない上に前世の行いで彼を責めるのは、流石にお門違いだろう。それに前世が神というならば、世刻だけではない。永峰も含めた神剣使い四人全員が神の転生体である。

 まあ、この時間樹エト・カ・リファにおいて、先天的な神剣使いは基本的に神の転生体であるので、当然といえば当然だが。というか、神の転生体が先天的に所持する故に神剣と呼ばれるとここでは誤解されているふしがある。

 

 

 それにしても、神の転生と言っても、よくぞここまで大物ばかり集まったものだと思う。

 

 世刻の前世は破壊神と言われているが、実際にはこの時間樹に存在する神の力の大元であり、時間樹外の存在であるジルオル・セドカだ。彼が前世で神を殺していたのは私怨だったが、無意識に砕かれた力を取り戻そうとするところもあったのではないだろうか。ちなみに彼の『黎明』は『叢雲』の眷属である神剣だ。

 というか、残りカスで破壊神と言われるレベルとか、元はどんだけ強かったんだか……。

 

 斑鳩の前世も凄まじい。誕生を司る太陽神と言われるセフィリカ・イルンが彼女の前世なのだが、実際には時間樹と神の創生の為に砕かれたジルオルに力を分け与え慰める姉のような役割をもっており、本来神ではなくジルオル同様時間樹外の存在だ。これだけでも十分すぎるが、彼女は叢雲のナル化マナにアクセスできる「叢雲の器」の神名(オリハルコンネーム)を持つという特大の厄ネタ持ちでもある。

 俺が思うに、人の心配するより、自分の心配した方がいいと思うぞ。

 

 永峰の前世は北天神に属する救世の女神であるファイム・ナルスだ。ファイム自体には本来問題はないのだが、セフィリカ同様後天的にヤバイ処理をされている。簡単に言えば、ジルオルスレイヤーの神名(オリハルコンネーム)である『相剋』を与えられているのだ。実際、ジルオルを殺した張本人である。

 ジルオルの転生体の直ぐ側に、天敵であるファイムの転生体がいるとか、どう考えても仕組まれているとしか思えん。

 

 暁の前世は復讐の神であるルツルジ・ソゾアだ。「滅び」の神名(オリハルコンネーム)を持つ、ジルオルのライバル的存在であった神だ。「滅び」の神名(オリハルコンネーム)のせいでそれが自らの身体を蝕み、最終的に避けられぬ死が待っている。元々は自らの滅びに恐怖する事しか出来ないの弱い神だったが、『叢雲』の眷属である『暁天』を与えられたことで一変した。実は南北天戦争――南天神と北天神の間で起こった戦争――でセフィリカと本来の管理神サルバルを殺害した張本人だったりする。

 覚醒したら避けられぬ死が待っているとか、救われないにも程がある。でも、こいつが一番穏当な気がするのは気のせいだろうか?

 

 お分かり頂けるだろうか?こいつらが全員前世に目覚めたら、間違いなく殺し合い待った無しである。

 しかも、よりにもよって、時間樹エト・カ・リファにおいて絶対的な強制力を持つ神名(オリハルコンネーム)を刻まれているのだ。前世の因縁なしでも、強制的に殺し合いになりかねないというのが、また酷い。

 というか、どいつもこいつも前世に引っ張られすぎだろ。もう少し今の自分を大切にしてやれよ!

 ぶっちゃけた話、すでに覚醒済で手遅れな斑鳩と暁はともかく、世刻と永峰は覚醒しないまま平穏に生きた方が幸せだと思うわ!

 

 何というか、ゲームの時はそういう話だからとまだ受け容れられたのだが、これが現実の話となるなんとも言えない気分になる。しかも、仮初のものとは言え、今の俺と彼らの関係は教師と生徒だ。守るべき存在をみすみす危険に晒すなら、覚醒阻止して『聖なるかな』を崩壊させるのもありかとすら思えてしまう。何せ巻き込まれるのは、彼ら神剣使い達だけではないのだ。無力な一般生徒も少なからず巻き込まれるのだから……。

 

 

 だが、それはできない。俺がこの物部学園に来たのは、彼らの為などではないからだ。

 全ては<鞘>の眷属としての役割を果さんが為、そして、自らの仕出かしたことに対する責任を取るためなのだから。

 

 そうそう、今更だが自己紹介しよう。

 俺は『調停者クオン』。〈鞘〉の眷属である番外位『森羅(しんら)』と番外位『万象(ばんしょう)』と契約した『永遠者(エターナル)』であり、今現在は「永森久遠」を名乗り、学校医兼養護教諭をしている者だ。以後、お見知りおき願う。

 

 ――何?お前が設定的に一番ぶっ飛んでいるって?はっはっはっ、何を言っているんだろうか?神剣世界最大のイレギュラーの一つである『叢雲』とその眷属や関係者である神剣使い達に比べれば、俺など可愛らしいものだろう。

 

 

 

 

 

 

 ここ物部学園には名物がある。才色兼備な生徒会長とか、何故かモテる鈍感野郎とか、ホモホモしい雰囲気を出す美形などである。中でも一風変わっているのが学校医兼養護教諭を務める永森久遠である。彼は医師免許を持ちながら、養護教諭などやっている変わり者である。学校側からすれば、学校医を別に置く必要がないので、ありがたい存在なのだが、普通に考えて医師より薄給な養護教諭に甘んじているのかが謎であった。

 とはいえ、これは教職員達の中での謎であって、生徒達には関係ない。なにせ、一般生徒達は養護教諭がれっきとした教師であると認識している者は少ないだろうし、いわゆる保険医が誤用であることを理解している者はまずいないであろうから。

 

 まあ、それでも生徒達からはありがたられている。それなりに専門的な処置を受けられるからだ。

 原因不明の悪夢に悩まされる世刻望も、その恩恵を受ける者の一人であった。

 

 「先生、すいません。……いつものです」

 

 入室早々力なく少年世刻望は言った。

 

 「分かった。担任には連絡しておくから、少し寝ていろ。それでも改善せず、あまり酷いようなら言え。早退させる」

 

 「はい。でも、大丈夫だと思いますよ。いつも、ここで休んだ後は、不思議と調子がいいんです」

 

 「そうか。そいつは何よりだが、油断は禁物だ。大人しく寝ていろ」

 

 「はい」

 

 早々横になり、青い顔で目を瞑る生徒を横目で見ながら、久遠は内心で溜息をついた。

 

 ――よくない傾向だ。完全に前世に引っ張られている。もう、いつ覚醒したところで不思議はないな。

 ――やはり、ルツルジとセフィリカの転生体が、至近にいる影響は大きいか……。まあ、元々ファイムの転生体が隣にいて、半覚醒状態だったんだ。むしろ、よくここまで保ったというべきか?

 

 今し方寝入った生徒はジルオルの転生体であり、完全に覚醒こそしていないがれっきとした神剣使いである。彼の不調の原因である悪夢は、前世であるジルオルの記憶なのだ。

 

 久遠としては、彼の覚醒はある意味待ち望んでいたものなので、本来ならば放置すべきなのだろうが、両親を失っている彼を入学以来面倒を見てきたのも事実であり、多少なりとも情がある。

 故、何もしてやらないという選択肢は、久遠にはなかった。

 

 『万象(ばんしょう)』を瞬時に展開し、保健室を外界から隔離する。これからやることは、誰にも気取られるわけにはいかないからだ。

 

 「と言っても、一時凌ぎでしかないがな」

 

 自嘲するように呟いて、悪夢に魘される生徒の額に触れる。

 

 「今はまだ眠れ『黎明』よ。お前の出番はまだ早い。相応しい舞台になれば、嫌でも主がお前を呼ぶさ」

 

 そんな言葉と共に不可思議な力が接触部から注がれる。それを受けて、悪夢に魘されていた少年の表情が嘘のように穏やかになっていく。

 

 久遠がしたのは、<鞘>の眷属としての力を用いた神剣の抑制と記憶の方向性の操作だ。かつては<鞘>のバックアップを受けなければ行使不可能だったが、長い時を経た今では本来の封印ではなく抑制に留めるという器用な真似も可能になっている。別段、覚醒を阻害するものではなく、悪影響を与えるものではない。世刻望は、今も現在進行形で前世の記憶を見ているだろう。

 ただ、先程とは見ている内容が違う。破壊神としての性を前面に出した戦いの記憶ではなく、穏やかな日常の記憶だ。

 

 神の日常、それがどんなものであるかは久遠にもわからないが、殺伐とした殺し合いの記憶よりかは平和ボケした日本の高校生には、余程受け容れやすいだろう。神剣使いとしての覚醒に伴う前世の記憶の流入が、戦いの記憶になるのは、神剣という武器を介したものある以上、仕方がないことではある。それに蘇る記憶は鮮烈に刻まれたものになるであろうから、必然的に穏やかな日常よりは苛烈な命の奪い合いとなるのは無理も無い話ではある。

 だが、そんなものをいきなり見せられて受け容れろと言うのは、精神的に不安定な高校生には些か以上にハードルが高い。血に塗れた己を見せられて、それがかつての自分だなどと誰が認められようか……。

 

 

 ところで、肝心の久遠の目的だが、<鞘>の転生体である『悠久のユーフォリア』と秘密裏に穏便に合流することである。

 

 本来ならば生まれた直後、いや、妊娠直後に母体であるカオス・エターナルである『永遠のアセリア』共々守護するべき存在なのだが、他ならぬ<鞘>『調律』自身から、生まれるまでは手を出すなと釘を刺されて自重した。まあ、『聖威』に久遠との繋がりから、ユーフォリアの正体を気取られるわけにはいかないので、仕方のないことだったのだが、当の久遠としては気が気でない。

 

 なぜなら、<鞘>『調律』にエターナルの両親の間に生まれる子供として、新しい<鞘>として新生するというアイデアを提供したのは、他ならぬ久遠だからだ。といっても、久遠が考えついたわけではなく、知っていただけなのだが、<鞘>『調律』からすれば天啓に等しかったらしい。

 このことが、久遠当人の神剣世界への転生自体が実は何者にも仕組まれたのではないか?と大いに頭を悩ませることになったのは余談である。

 

 

 じゃあ、生まれた直後からといきたいところだったが、そうは問屋が卸さない。

 ユーフォリアは、その神剣『悠久』共々、両親をはじめとしたカオス・エターナルの保護下にあり、久遠が合流することを阻害した。

 

 久遠は、何を考えているのか分からない胡散臭いローガスを嫌っていたし、怨敵にして仇敵である『聖威』の化身であるフォルロワを殺すのを邪魔された恨みを忘れていないからだ。それでも安全面を考えれば、私情を捨てて合流すべきなのだろうが、<鞘>の眷属であることから、ロウ・エターナルと激しく争っているカオス・エターナルに与するというのは、色々問題があるのだ。

 そも<鞘>本来の役割は、天位、地位が争わないように神剣の力を封じることなのだ。いくら<鞘>の転生体を守護するためとはいえ、天位系統であるか、地位系統であるかを問わず神剣使いの意思で相争うロウ・エターナルとカオス・エターナルの争いに介入し、一方に与するのは久遠の調停者という役割から許されることではない。それに下手に久遠が介入すれば、ロウ・エターナル陣営もカオス・エターナル陣営もユーフォリアの真価に気づくだろう。それでは神剣同士の争いを激化させる火種となりかねないし、かえってユーフォリアの身の安全を脅かすことになってしまったら本末転倒であるのだから。

 

 そんなわけで、久遠は怪しまれず自然にそれでいて早期にユーフォリアと合流する方法がないかと考えた。そこで考えついたのが、『悠久のユーフォリア』が登場する永遠神剣シリーズ第二作『聖なるかな』に介入することであった。まずは旅団に合流し、彼女が登場する「魔法の世界」まで同道できれば、ユーフォリアとの合流はなったも同然である。以降は、ユーフォリアを守るという姿勢を鮮明にすれば、カオスエターナルに与したのではないと分かるだろう。

 何よりも、この方法のいいところはローガスに会わずにすみ、かつ時間樹エト・カ・リファの保守に全力を注いでいたフォルロワへの嫌がらせにもなるという一石二鳥どころか、三鳥にもなることだ。 

 

 

 フォルロワがプロテクトをかけた時間樹エト・カ・リファへの侵入は、時間樹エト・カ・リファの出身ではない久遠には困難だったが、幸いに彼はそのプロテクトが神剣由来のものであることを前世の記憶から知っていたから問題はなかった。なにせ神剣の能力を封じるのは、<鞘>の眷属の十八番である。それが神剣由来のものであるならば、天位系統だろうが、地位系統だろうが封じてみせる自信が久遠にはあった。そも侵入するだけなら、封印する必要すらない。自身へ及ぶものだけ無効化してやればよいのだ。元より肥大化し過ぎた時間樹エト・カ・リファは不安定であり、その為にフォルロワは保守に全力をあげていたという事情があるのだ。その隙を突くなど、すでに『永遠者(エターナル)』として長い時を過ごした久遠には造作も無いことだった。

 そうして、まんまと時間樹エト・カ・リファへの侵入を果たした久遠は、『黎明』と『清浄』の気配を頼りに物部学園のある世界を探し出したのだ。神剣の気配を探し出すのは、封印と並ぶ<鞘>の眷属の得意技だ。多少時間は必要だが、そう難しいことではない。

 

 見つけた後は、どうやって物部学園に怪しまれず入り込むかだった。これは中々難題だった。なにせ久遠が『永遠者(エターナル)』となったのは、成人してからである。元より多少老け顔の彼は、どう足掻いても高校生には見えなかったからだ。つまり、生徒として潜入するのは不可能であった。

 ならば、偶然居合わせた者としてと考えたが、すぐ却下した。偶然居合わせた外部の人間が都合良く神剣使いであるなど、不審に思われないはずがないからだ。

 残る道は教職員だったが、これも中々に難しい。教師というのは中々どうして難しい仕事だし、下手に生徒達と触れ合うことで必要以上に情を注ぎかねず危険だ。現『永遠者(エターナル)』で擦り切れているとはいえ、久遠も元は人間である。その恐れがないという保証はないのだから。

 

 それにものべーの異世界行きの際に都合よく学校に残っていられるかも微妙なところだ。

 原作『聖なるかな』では、文化祭の準備の為に残っていた百名余りの生徒達と一人の教師が巻き込まれているが、他の教師というか大人が一人もいないという特殊な状況だった。普通に考えて生徒が居残り作業しているにも関わらず教職員が一人しか残っていないということはありえないし、その一人が転生体の内二名と家族同然の親密な関係にある椿早苗であるなど、些か都合が良すぎないだろうか?

 ゲームだからと言ってしまえばそれまでだが、久遠はこれを教師達が意図的に選別されたのではないかと推察している。ミニオンの襲撃も、神剣使いである四名の生徒達も、非現実的にも程がある。神の転生体であるから、神剣が使えるなど、いい年した大人が信じるはずがない。中二病扱いされるのが関の山だろう。件の椿早苗であっても原作でその事実をあっさり受け入れられたのは、彼女にとって弟妹同然の者達が、問題の神剣使いだったからこそだろう。

 

 故に、永峰希美の無意識下の願望を汲みとった神獣ものべーは、意図的に受け入れられない者、問題を起こしそうな者を主の主観に従って、意図的に排除――といっても、永峰希美の性格的に死ぬような可能性はないだろう。単純に学園外に飛ばされただけだと思われる――したのではないだろうか。

 生徒会長である斑鳩沙月にカリスマがあるのは認めるし、神剣という明確で強大な武力に対する恐怖が手伝ったのも大きいだろうし、唯一の教師にして大人である椿早苗の奮闘も認めるが、それでも二百名近い生徒達を完全に統率するのは、いくらなんでも無理があるだろう。百人いれば、百の個性があるが人間なのだから、二百人もいれば不満が出て当然だし、問題児も出てしかるべきだ。

 

 だが、予め選別されていたのならば、話は別だ。

 こう考えると、彼女のクラスメイトが勢揃いしていて、かつ担任であり姉同然の存在である椿早苗が残されたのは分かる話だし、神剣使い達の異世界旅行に巻き込まれた生徒達が基本的に聞きわけがよく、問題行動を最後まで起こさなかったのも納得がいく。

 

 この推論を前提とすると、ただの教職員では排除される可能性が少なく無いと、久遠は判断し、ならば必要不可欠な存在になればいいと考えた。そこで考えついたのが、学校医を兼ねた養護教諭になることだった。医者となれば排除しにくいだろうし、養護教諭ならば生徒達との関わりは傷病の際くらいで基本的に薄く、遅くまで学校に残っていても違和感がない。何より学校内に保健室という自由にできる自分の城を持てるのは、大きいからだ。医者免許を持った養護教諭などまず存在しないが、けして不可能ではない。

 

 この為の身分を手に入れるための下準備は本気で大変で、いかな久遠といえど半端な苦労ではなかった。

 まず戸籍もきっちり整えて、18歳で大検(現高認)を通ったという経歴を作り、実際に大学受験を突破し医大に通い医師免許も正規に取得し、二年の臨床研修も終えた。その後で、大学に入り直し養護教諭一種免許状を取得した上で、物部学園の教員採用試験を突破したのだ。

 「前世含めこれ程集中して勉強したことはいまだかつて無い」とは、久遠の弁である。

 

 まあ、その苦労の甲斐あって、世刻望及び永峰希美の両名が入学する二年前に物部学園の学校医兼養護教諭という身分を手に入れたのだった。ちなみに、この時用意した戸籍上では29歳。実に十年以上の歳月を費やしていたりする。蛇足だが、彼は己が老け顔であったことに初めて感謝した瞬間だったりする。そうでなければ、幻術を使って外見を誤魔化せねばならなかったであろうから。

 

 これで後は、世刻望及び永峰希美の接点をそれとなく作ればいいと考えていた久遠だったが、それは思わぬ方向からやってきた。それは、同僚である椿早苗であった。両親を失った世刻望を弟のように大切に思っている彼女は、できれば気にかけてやって欲しいと久遠に頭を下げたのだ。真摯に頭を下げられ、自身にとっても渡りに船の都合のいい申し出となれば、否はない。久遠は快く請け負った。

 このおかげで、体調不良の原因である原因不明の悪夢――前世の記憶――についてまで話してもらえる間柄になれたのは嬉しい誤算であった。勿論、久遠が医師免許を持ち、同性であり相談しやすかったというのもあるだろうが、それでも原作では信頼する姉貴分である椿早苗にしか話していなかったことである。それを教えてもらえたのは中々に大きいであろう。が、一方でそれは必要以上に親しくなってしまったということの証左でもあった。

 

 世刻望が保健室に来れば、当然の如く永峰希美をはじめとした他の神剣使い達も来る。自然と接点は増え、気づけば、会えば話しかけられるくらいの関係にはなっていた。

 

 正直なところ、久遠もこの状況はまずいと思っていなかったわけではない。

 だが、今更拒絶するのは不自然に過ぎるし、今までの苦労が水の泡となってしまう。

 しかも、確実に異世界旅行に同道するためには、関係をある程度良好に保っていなければならないのであるから、どうしようもなかった。

 

 そして、結局関係を断ち切れないまま、ダラダラと今日まで来てしまった。<鞘>の眷属としての力まで使うなど、明らかに入れ込み過ぎだったが、最早久遠はそれについては諦めていた。

 

 「ミニオンは見つけ次第始末してはいるが、この分だとそう猶予はないだろうな。

 ……今日か明日には恐らく――!」

 

 そこまでひとりごちた所で、保健室に近づいてくる神剣の反応を久遠は感じとった。

 近づいてくる神剣は二つ。急接近しているのが『清浄』で、遅れて続くのは『光輝』だ。間違いなく、永峰希美と斑鳩沙月であろう。どうやら授業が終わるなり、両者は飛び出してきたようである。

 

 「やれやれ、お前は果報者だな。世刻……」

 

 コンコンと控え目なノックの音が響く。いかにもらしいノックの音に苦笑しながら、久遠は入室を許可する。

 

 「先生、望ちゃんは?」

 

 入ってきたのは、やはり永峰希美だった。綺麗に切り揃えたショートヘアに大人しい感じを受ける清楚な容姿が可愛らしい。人見知りの気こそあるが基本的には明るく優しい少女で、かつ料理上手で家事万能とくれば、彼女に慕われる少年が目の敵にされるのは仕方がないことであろう。

 もっとも、外見とは裏腹にその目は力強い意思を湛えており、想い人関連となれば、才色兼備の生徒会長と互角に張り合う強さを見せる。久遠は、四人の神剣使いの中で最も心が強いのは彼女だと密かに思っていたりする。

 

 「ついさっき眠ったところだ。来てくれたのに悪いが、起こさないでいてやってくれ」

 

 「はい、分かりました。――先生、望ちゃんは大丈夫なんですよね?」

 

 聞き分けがいいのは彼女の美点だが、それでもやはり想い人である幼馴染が心配のようだ。 

 

 「……専門ではないから確実な保証はできん。人の心とは兎角厄介なものだからな。

 だが、まあ命に別状はないし、いつまでもこのままということはない」

 

 「そうですか……。望ちゃん、早くよくなるといいですね」

 

 「そうだな。永峰、お前が世刻を支えてやれ。大切な誰かが隣にいる。ただそれだけで、人は安心し強くなれるものだからな」

 

 「えっ、それって……どういう意味ですか?」

 

 「どういう意味も何も、そういう意味だが?」

 

 焦って問い返してくる少女に、悪い大人は意地悪げにニヤリと笑う。分かっているだろうと言外に告げながら。

 

 「な、ななななっ「斑鳩沙月、入ります」!!」

 

 顔を真赤にして、動揺する少女の様子を見て楽しんでいたが、それは新たな来訪者によって遮られる。

 現れたのは斑鳩沙月、腰まで届く紅の髪が美しい才色兼備という言葉がこの上なく似合う美少女だ。生徒会長を務めるだけあって、優れたリーダーとしての資質を持っていると同時に、学園のアイドル的な存在でもある。世話好きなのはいいが、お節介でで少々見栄っ張りなのが玉に瑕である。

 外見と中身が一致した少女で、良くも悪くも気丈で気安い少女だが、男女間の色恋沙汰には疎い。弟に接するような感覚で世刻に接している為、少々スキンシップが過ぎるところがあり、それが原因で永峰の反感を買っていることをイマイチ理解していない。逆境にあって開き直れる強さを持っているというのが、久遠の評価だ。

 

 「やれやれ、千客万来だな。今度はお前か、斑鳩。それから入室許可無く入るな」

 

 どこか呆れたように言ってやれば、バツが悪そうに口を開いた。

 

 「あはははー、すいません。望君が心配だったもので……」

 

 「はあ、やれやれ。本当に世刻は人気者だな。そうは思わないか――暁?」

 

 「!――気づかれてたとは思いませんでしたよ」

 

 きまり悪げにドアを開けて、長い黒髪の美少年が入ってくる。

 暁絶、世刻望の親友で、二人一緒だと何かとホモホモしい雰囲気を醸し出すので、男色の気があるのではと久遠は疑っている。世渡り上手なように見えるが、その実不器用でやせ我慢ばかりしている頑固者だ。復讐という御題目を唱えながら、その実彼は全てを諦めて心を殺しているだけだ。恐らく四人の神剣使いの中で、最も心を偽るのが上手く、同時に最も脆いのが彼だと、久遠は思っている。

 

 「保健室は俺の城だぞ。俺に気取られたくないなら、別の場所でやるべきだな」

 

 「ははは、参りましたよ」

 

 「暁くんも来てくれたの」

 

 「ああ、お前らのクラスの奴に、望の奴が青い顔して保健室に行ったと聞いてな」

 

 「そうなんだ、ありがとう」

 

 「なんでお前が礼を言うんだ?」

 

 「だって、望ちゃんを心配して、来てくれたんでしょう?その気持が嬉しいから……」

 

 そういう少女の顔には、偽りのない深い感謝があった。

 

 「永峰、お前――」

 

 それにどこか気圧されたかのように、漆黒の少年は言葉を失う。少女の裏表のない純粋な感情に嫉妬し、羨望を抱いて。

 

 「暁も永峰にかかれば、タジタジだな。いつもの余裕が嘘のようだな」

 

 「フフフッ、本当にそうですね」

 

 紅の少女が柔らかく微笑む。漆黒の少年が考えを変えてくれることを願って。

 

 

 複雑な様相を呈している三者の様子を見ながら、未だこんこんと眠り続ける中心たる少年を久遠は見やる。

 

 ――貴重な光景だな……起こしてやるべきか?いや、世刻が眠っているからこそ見れる光景か。

 

 「世刻、お前は本当に果報者だよ」

 

 久遠はすぐに思い直し、誰に聞かせるわけでもなく、噛みしめるように静かに呟いたのだった。

  




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