でも、自省するだけでは中々変われないと思います。
やはり、他者からはっきり指摘されるのが、重要なのだと。
物部学園の保健室。その主である永森久遠は、深い溜息をついていた。
「ハア、斑鳩は強引に寝かせたから、後でうるさいだろうな。暁が素直に退いてくれて助かった……」
視線の先にいるのは、ベッドに眠る三人の生徒達。全員が神剣使いで神の転生体という超弩級の厄ネタ持ちであり、希少種だ。
久遠の介入後、絶は自身が攻撃されたことをもって、久遠を明確な敵であると認識した。
未知の神剣使い、それも自身に気づかれること無く正体を隠蔽し、気づかせること無く自身を神剣の射程内におさめる技量の持ち主である。即座に形勢の不利を悟り迅速に退いてみせたのは、久遠からしても見事なものだった。流石に戦い慣れているということなのだろう。
むしろ、久遠として困ったのは、沙月の方だった。
中々に強烈な視線で睨み付けられ、詰め寄られたのだ。
絶のことと極限の疲労状態もあって、疑心暗鬼&余裕が無いと見た久遠は、神剣魔法を用いて沙月を強制的に眠らせた。一旦睡眠をとって時間をおけば、ゆだった頭もましになるだろうと判断したからだ。それに責任感の強い沙月のことだ。安全が確保されるまで、無理を押してでも起きていかねないという危惧もあった。
「さて、どこまで話すべきか……」
当然ながら、久遠としては全てを明かす気など毛頭ない。明かす義理もないし、そもそも話す意味もないからだ。
大体にして、前世の記憶云々はまだしも、自分達が創作物の
沙月や望達に教えてやれるのは、精々が自分が神剣使いであることと時間樹エト・カ・リファ外から来たということくらいだろう。当然ながら、
神剣使いであることを明かした以上、戦列には加わるつもりではあるが、あまりに久遠に依存されても困るし、それでは望や希美の成長を阻害しかねないからだ。それに若い頃の苦労は買ってでもしろというし、あまりにも久遠が前面に出過ぎると、フォルロワあたりが出てこないとも限らないのだから。
故、久遠は表向きは第六位『千変』及び第四位『万化』の主として振る舞うつもりであった。
「四位という高位、それも二本の神剣に認められたということにしておけば、戦闘力の高さもある程度は誤魔化せるだろうしな。問題は、『
二本の神剣の主というのは、『旅団』であっても埒外の存在である。管理神サルバルの転生体っであるサレスなら知っている可能性はゼロではないだろうが、どの道、己の力量を正確に測ることはできまいと久遠は考えていた。
それよりも問題なのは、『
沙月をはじめとした『旅団』の面々は、神剣使いとは『
だが、世の中には知るべきでないこと、知らなくていいことと言うのは確かに存在する。
『
「やはり、『
『神獣』については、化身化させて誤魔化す方向でいく。『森羅』に頼みたいところだが嫌がるだろうしな。奥の手とでも言って、基本的に『森羅』は秘匿するか。
見せ札扱いで嫌かもしれんが、『万象』お前に頼もう」
その言葉に応じたように、『万化』に擬態している『万象』が光輝く。
光が収まった後には、久遠の前に濡羽色の黒髪を腰まで伸ばした艶やかな漆黒の巫女服に身を包んだ少女が跪いていた。年の頃は15か16位にしか見えないのに、不思議なほどに蠱惑的で、艶めかしい色気を帯びた美少女であった。
「マスター、何なりとご命令を」
もっとも、その美貌とは裏腹に口調は実直そのものであったが。
「相変わらず、お前は堅苦しいな、朔夜」
己が相棒ともいうべき少女の言い様に、久遠は苦笑した。
「私はマスターの剣であり、下僕なのですから当然です。私は『森羅』とは違いますから」
少女の名は「朔夜」。番外位『万象』の化身である。
久遠が
「やれやれ、まだ気にしているのか?お前のせいではないと何度も言っただろうに」
「いえ、『万化』であった頃に当時の主を狂乱させて、妹君を殺したのは他ならぬ私自身です。それがあの似非聖女の仕込みであったとしても、その事実は変わりませんから」
これが『万象』の持つ傷だ。かつての主を狂乱させ、死なせた原因であり、現主の妹を殺したという罪。
それは朔夜にとって、絶対に許されることのない罪だ。主である久遠が許そうとも、それは変わらない。
なぜなら、何よりも朔夜自身が許せないのだから。
「あまり思い詰めるな。俺と六位の『千変』だって、『平静』とあいつがいなければ抗えなかったんだ。当時、すでに四位であったお前にかかった強制力がどれ程のものか…「それでもです」…そうか」
朔夜はこのことについては、どうあっても譲る気はないようだ。常にない、久遠の言葉を遮るということすらしているのだから。
「それでご用命は、『神獣』として振る舞えということでいいのでしょうか?」
「ああ、面倒をかけて悪いが、よろしく頼む」
「マスターの命とあらば、身命を賭して」
「だから、硬いって……。
もっと気楽に――――ハア、お前に何かあったら困るんだから、そこは肝に銘じておけよ」
「畏まりました。
ですが、この者達をはじめとした生徒達の安全がかかっている場合は、いかが致しますか?」
「――ユーフォリア以外であれば、お前自身を優先しろ」
久遠は僅かに逡巡を見せたが、最終的には断言した。
「よろしいのですか?」
それでも朔夜が問い返したのは、久遠が少なからず生徒達に情を移しているのを理解していたからだ。
「勿論、余裕があれば守ってやれ。だが、それはお前の身命に優先することはない。こう言っては悪いが、結局のところ赤の他人だからな」
久遠とて冷血漢というわけではないし、教師として生徒達を思う気持ちも相応にある。
しかし、だからと言って五百年以上の付き合いがあり、これからも永遠をともにする相棒である朔夜に優先されるかと言われれば、久遠の答はNOだ。
極論を言えば、巻き込まれた生徒達は運が悪かったという他無いし、神剣使い達はある意味自業自得なのだから。
「了解致しました」
朔夜も素直に引き下がる。別に彼女からすれば、生徒達がどうなろうと知ったことではないからだ。
そんな彼女があえて問い返したのは、偏に主の心情を慮ってのことだ。
というか、久遠と『森羅』以外のことなど、本当にどうでもいいのだ。誰が死のうが、世界が滅びようが構わない。一にも二にも、何よりも主である久遠こそが至上であり、優先される。久遠が命じるならば、<鞘>の眷属としての立場すら容易に捨てられてしまう。久遠が「白」といえば、「黒」であっても「白」とするのが、朔夜という少女の精神性であった。
基本的にイエスマンであるから、そういう意味で『森羅』の方が色々都合がいいのだが、肝心の『森羅』は武器であることから逸脱する化身化を殊更嫌っている為、それもできない。久遠は内心で溜息をついた。
が、同時に、この少女が客観的視点という意味では、『森羅』よりも優れていることを思い出し、彼女なりの見解を聞いてみることにする。
「……話は変わるが、お前はなぜ『聖なるかな』とのズレが生じたのだと思う?」
「他の要素が変わっていないのなら、間違いなくマスターが原因かと思われます」
「やはり、そうか。必要以上に関わり過ぎたか……」
己の招いた凶事に久遠は歯噛みする。そんなことをしても意味は無いと理解しても、後悔せずにはいられなかった。
「ですが、気にする必要はないかと」
しかし、忠実なる漆黒の巫女は共感を示さない。
「何だと、どういう意味だ?」
「マスターの言われる『聖なるかな』については、教授していただいておりますので、私共も存じております。ですが、『聖なるかな』は元よりマスターという強力無比な存在がいなかった場合の物語であり、それは今現在のマスターが存在する現実ではございません。明確な差異が生じるのは当然かと存じます」
物語と現実、乖離するのは当然であると朔夜は断言する。
「俺が何もしなくても、差異は起こったというのか?」
「はい、マスター。私はそう判断します。
世刻望をはじめとした斑鳩沙月等の神剣使い達、そして椿早苗を筆頭とした一般人達、いずれにせよ彼らはそれぞれの考えをもって、己が意思によって生きているのです。彼らはれっきとした現実に生きる人間であり、物語の中の決められた役割を演じる
むしろ、無い方が不自然かと愚考いたします」
それは当然のことで、言うまでもないことのはずであった。
久遠とて、転生して以来、五百年以上の時を経ているのだ。今生きる世界、そして、そこに生きる者達が作り物ではないことなど理解している。そうでなければ、身分偽装にここまで手間暇かけていないし、介入手段とてもっと強引になっていたであろうから。
「世刻望が死にかけたことや、永峰希美の覚醒の仕方が異なることなど、なるほど、マスターが危惧されることは理解できます。ですが、それは当然ではないでしょうか?
私達も、テムオリンの
「あれは運が良かった。<鞘>の眷属になれたのもそうだし、全面的にバックアップ受けられたのも……」
「いいえ、それだけではありません。
『平静』を託した妹御の意志、かつての主の願いと想い、そして、あの時間樹に生ける全ての生物と時間樹自身の激情――そういった様々な要因が重なって、私達はここにいるのですから。
世刻望と永峰希美の件もそれと同じことです。様々な要因が積み重なって、そうなったのです。確かに最大の原因がマスターにあることは否定できませんが、その全ての責任が己にあるなど傲慢以外の何ものでもありません。
そして、何よりこの現実が『聖なるかな』という物語と同じように進むと考える事こそ、最大の間違いではないのでしょうか」
「……傲慢か、確かにそうかもしれないな。強すぎる力を手に入れたせいで、ちょっと驕っていたようだ。現実が思うようにいかないなど、当然のことなのにな」
原作『聖なるかな』の登場人物であった者達と現実に関わり過ぎたというのもあるのだろう。いつの間にか、『聖なるかな』通りに進むものだと勘違いしていた。参考にはなるだろうし、そこから得た情報が役に立たないというわけではない。
だが、すでに己という最大の差異が生じている以上、全てがそのシナリオ通りにいくなどありえないのだ。
久遠は改めて肝に銘じる。
自分は確かにこの世界に生きているのだと。この世界は現実であり、書割の舞台ではないということを。
結局、全知全能の神ならぬこの身には、その時々で最善であると思える行動をとるしかないのだと。
「知っているということは必ずしもいいことではないんだな……」
結局、久遠は分かっているようで、本当の意味では分かっていなかったのだ。
なまじ『聖なるかな』を知っているせいで、それに行動等を縛られてしまっていることを久遠は認めざるをえなかった。あくまでも物語で絶対的な指針ではないというのに、あまりにも似通っているから、そのままであったから錯覚してしまったのだ。
――まるでそれが確定した未来であるかのように
「……無様だな」
「――――」
万象を内包する漆黒の少女は何も語らず、ただ主に静かに寄り添う。
主こそ真とする彼女であるが、同時に誰よりも久遠に厳しく、優しい存在でもあるのだ。
「お前には、いつも助けられているな」
「いえ、全てはマスターの思し召しによるものですから。それに私では『森羅』のような役割は果たせませんので……」
「ふっ、当然だろう。お前が『森羅』の代わりにならないように、『森羅』もまたお前の代わりにはならないのだから」
どうにも自分を卑下し、内罰的な所のある少女に、心からの言葉を届ける。彼女には虚飾は不要であり、それこそが何よりの労いであると知っていたから。
「……ありがとうございます」
僅かに頬を染めて、消え入るような声で言う朔夜には、常にはない可愛らしさがあった。
「ふふ、ようやく俺もお前に一本取れたかな?
さて、俺も少し仮眠するから、その間の警戒を頼む。三時間経つか、誰か来たら起こしてくれ」
「畏まりました。安心してお休み下さい、マスター」
先の可愛らしさはどこへやら、たちまち謹厳実直な従者の顔に戻った朔夜に、久遠は再度苦笑して意識を手放したのだった。