第04話:神剣使い+1会議 前編
世刻望が目覚めた時、まず目に入ったのは、見覚えのある天井だった。
物部学園の保健室、原因不明の悪夢による体調不良のせいで、何度も世話になっている。普段授業を受ける教室と同等に、望にとっては馴染み深い部屋だ。
「望ちゃん、目が覚めたんだね!?良かったー……。
体痛くない?どこも調子悪くない?」
「望くん、目が覚めたのね。先生は大丈夫と言っていたけど、心配したわ。
正直、待ちかねたわ」
望が目を覚ましたことに気づいたのか、聞き慣れた声が耳に届き、同時に見慣れた顔が視界に映る。
片や、物心つく前からの付き合いである幼馴染みの永峰希美。心底心配そうにこちらを覗き込んでいる。此方、物部学園のアイドルにして、生徒会長である斑鳩沙月。こちらは、安堵と共に待ちわびたと言わんばかりの表情をしていた。
――そして、もう一人
「やれやれ、大丈夫だと言ったはずだがな。永峰も斑鳩も、少しは信用してほしいものだ」
どこか投げやりな諦めたような声。こちらも望は聞き覚えがあった。
希美や沙月に比べれば、親しみは下がるが、世話になったと言う意味では人一倍の人物。ここが保健室であることを考えれば、いて当然の人物。
「えへへ、ごめんなさい。でも、それだけ心配だったんです」
「悪いとは思いますけど、今は先生をそこまで信用しきれません」
素直に謝る希美とは対照的に、不信感を滲ませた沙月。目覚めたばかりの望には、沙月が件の人物にこんな態度をとるのが理解できない。彼が知る限りでは、生徒と教師という間柄とはいえ、両者の仲はけして悪いものではなかったのだから。
「はあ、斑鳩はあれだな。一度鏡を見るべきだな。お前も、人のこと言えた義理じゃないと思うんだがな」
「うっ、そ、それは……」
だが、どうやら上手なのは沙月の方ではなかったらしい。痛いところを突かれたといった表情で黙り込む。
「まあ、それはそれとして、世刻、無事に目が覚めたようで何よりだ」
今さながらに望にそう声をかけて、物部学園の保健室の主「永森久遠」は、その糸目が特徴的な顔で微笑んだのだった。
今現在、永遠神剣『清浄』の神獣ものべーの上にある物部学園、その生徒会室には重苦しい空気が漂っていた。室内にいるのは、永森久遠、椿早苗の二人の教師と、斑鳩沙月、永峰希美、世刻望の三人の生徒だ。
「これで先生が指定した全員が揃いました。先生の正体、今度こそ話してくれますね?」
そう強い調子で久遠に迫るのは、重苦しい空気の元凶たる沙月だった。その顔には隠しきれない不信感が浮かんでいる。
「先輩、そんなに喧嘩腰にならなくても……」
常にない沙月の態度に、宥めるように希美は言う。
「沙月先輩、落ち着いてください。俺が寝ている間に、一体何があったんです?」
望も訳がわからないなりに言う。
だが、意外なところから、沙月の援軍が現れる。
「それは吾も疑問だな。永森久遠、汝は何者なのだ?」
望の肩に腰掛ける妖精を思わせる小人の少女。神剣『黎明』の神獣レーメだった。
彼女の命名を発端とする神獣の名前で一悶着あったりしたが、今はいるのが当然のように望に侍っている。
「レーメ、お前まで、一体何を言い出すんだよ」
恩人に対する自身の神獣の言いように、望は眉をしかめる。
「ノゾム、これは必要なことなのだ。ノゾムは気づいていないだろうが、其奴は熟練の神剣使いだ。
ノゾムも覚えがあるだろう。ノゾムが悪夢で体調を崩した時、保健室で眠れば不思議と体調が改善したことを。それをなしていたのはこの男なのだ。この男は、ノゾムが眠っていることをいいことに『黎明』に干渉していたのだぞ」
「なっ!レーメちゃん、それ本当!?」「!?」
沙月も初耳の件であっただけに驚愕を露わにする。望もまさか、そんな種があるとは思わず、思わず久遠を凝視する。
「本当のことだ。吾はいついかなる時もノゾムと共にあったのだからな。
さあ、答えてもらおうか、永森久遠。一体、いかなる目的があって、ノゾムに近づいた?」
重苦しい空気が一転して、緊迫した空気が空間を満たす。望や希美は気づいていないが、レーメはマナを高め、完全な臨戦態勢だ。沙月もそれとなく望や希美をかばうように、位置関係を変えていた。
「あー、緊張しているところ悪いが、目的なんぞないぞ。
そりゃ、この世界に来たのは、一定の目的があったことは否定しないが、世刻達と関わったのは完全な偶然だぞ」
しかし、肝心の久遠は微妙な顔をして、頭を掻いただけだった。
「嘘よ、そんな都合のいい偶然があるわけないでしょう?」
時間樹全体に影響をもたらしかねない破壊神の転生体がいる世界、それも同じ学校に神剣使いが都合良くいるなど考えられなかった。
というか、沙月自身、監視として『旅団』から送り込まれている身である。そんな偶然信じられるはずがなかった。
「まあ、お前はそう言うだろうと思ったわ。椿先生、頼めます?」
この事態を予想していたのだろう。久遠に動揺は見られない。
「……ええ、分かったわ。沙月ちゃん、落ち着いて聞いて欲しいの。
永森先生の言葉に嘘はないわ。だって、永森先生が赴任したのは、望が入学する二年前だもの」
「えっ」「なるほどー」「あっ、そうか」
沙月は虚を突かれたかのように声を上げ、希美は納得の声を、望は少し遅れて気づく。
「これじゃあ、沙月ちゃんの言うように、望目当てて学園に来たというのは、無理があるでしょう?望が物部学園に進学するとは限らなかったんだし」
「どういうことなのだ?」
レーメが一人訳がわからず、疑問の声を上げる。
「時系列的に考えて逆なんだよ。俺は世刻がいたからここに来たわけじゃない。むしろ、その逆で俺がいるところに世刻達が来たというだけだ。悪いが、斑鳩、俺はお前や暁とは違うぞ」
久遠は淡々と説明する。無論、真実は真逆なのだが、全知全能の神でもない限り、久遠の真意を知ることも説明することも不可能である。伊達に前準備で十年以上かけたわけではないのだ。
「……ッ」
これには沙月も黙らざるをえない。物部学園に先にいたのは久遠の方で、自分も含めた望達神剣使いの方が後に来たのだ。どう考えても、因果的に望目当てとは考えられない。偶然という言い分が正しいということになる。
だが、それでも沙月には、どうにも納得し難いものがあった。
「沙月ちゃん、気持ちはわからないわけでもないけど、本当に偶然なのよ。永森先生が医師免許を持っているのは知っているでしょう?あれを取得するには医大六年、研修に二年、最低八年かかるのよ」
そこに早苗のダメ押しの援護射撃が入る。
「あっ……」
今度こそ、沙月は納得せざるをえない。医師になるのは簡単ではない。膨大な時間を費やし難関を突破して、初めて医師と名乗れるのだということは沙月も知っていたからだ。久遠が正規の医師資格を持っているのは、一部では有名な話だし、彼女も把握していた。
「でも、先生、お医者さんにならないで、なんで養護教諭なんてやっているんです?」
そこに希美が純粋な疑問の声をあげる。
「ああ、それは簡単だ。あんまり、この世界に長居するつもりがなかったからだ」
「どういう意味ですか?」
「言ったろう。俺はこの世界に「来た」と。俺は本来この世界の者ではない。この世界には医者としての知識と技術を学びに来ただけだけに過ぎないんだよ。そして、医者というのはお前らが考えるよりも遙かに忙しく、重責な仕事だ。下手に患者をもったりしたら、年単位で拘束されかねんからな。患者を途中で放り出すような真似はしたくないのでな」
「それで養護教諭兼校医を?」
早苗はなんとも言い難い複雑な表情を浮かべた。
教職員の中で謎だったことが、まさかこんな形で明かされようとは思ってもみなかったに違いない。それもその理由が「異世界人」だからというのは、予想外にもほどがあるだろう。
「ああ、適度に患者を診られて、重篤な患者は応急処置くらいで丸投げできる立場ですから。まあ、養護教諭の資格をとるのに余計な時間がかかったので、本末転倒だったんですが……」
そう言ってばつが悪そうに苦笑する久遠。この場にいる誰から見ても、そこに嘘はないように見えた。
「待て!まだ吾は納得していないぞ!それなら、なぜノゾムに近づいた?」
自分側だと思っていた沙月が陥落したのに慌てたのか、レーメが食ってかかる。
「いや、それは……」
困ったような表情で、久遠が言い淀む。
「どうした、言えないのか!やは…「私がお願いしたのよ」…り、えっ!?」
鬼の首を取ったように勢いづいたレーメだったが、一瞬で鎮火する羽目になった。
「望は両親をなくしているし、悪夢のことも聞いていたから、余計なことかとも思ったし、贔屓になるんじゃないかとも悩んだわ。けど、折角医師資格を持つ永森先生がいるんだもの。頼らない手はないと思って、私が気にかけてくれるよう、お願いしたのよ」
「早苗叔母さん……」
「早苗お姉ちゃん……」
「先生……」
望が、希美が、沙月が根底にある深い想いを察して、思わず声を漏らす。
そして、久遠が言い淀んだのも、早苗を慮ってのことだったのだと理解される。ここに形勢は決した。
「ううー、これでは吾が悪者みたいではないか!此奴が神剣に干渉していたのは事実だというのに!」
レーメが思わぬ展開に癇癪を起こして叫ぶ。
「いや、だって悪夢で体調不良になるレベルだったんだから、そりゃどうにかできるならどうにかするだろう?別に覚醒を促したわけでも、抑制したわけでもないぞ。世刻もそれで何か不具合があったか?」
が、久遠はあっさりと正論で応じた。実際、彼は前世の記憶の方向性をいじっただけで、それ以上は何もしていないのだから。
「いえ、そんなことは全然ありません。むしろ、保健室で眠った後は、体調が良かったくらいです。そのせいで、頻繁にお世話になりましたけど……」
望の言い分を加味すれば、久遠に頼って近づいたのは望の方であり、久遠は偶々どうにかできる方法を知っていたので、それを施したに過ぎないことになる。これで必要以上の接近云々は邪推にも程があろう。
「ノ、ノゾム~~」
まさか主である望に裏切られるとは思わなかったのか、レーメは完全に涙目だ。
まあ、別に望は裏切った気など毛頭なく、ただ事実を言っているだけなのだが……。
「ハア、レーメちゃん。諦めましょう。もう完全に私達の負けよ」
「うう、サツキ~~」
ひっしと沙月に縋り付くレーメを、久遠達は苦笑して見つめるのだった。
「さて、本題に入ろう。
さしあたっては、現状の正確な把握とこれからどうするべきかだ」
久遠が仕切り直すように言う。
「元の世界に戻るんじゃないんですか?」
「それができないから、困っているのよね……」
不思議そうに尋ねる望に、沙月が微妙な顔で呻く。
「沙月ちゃん、それはどういうこと?」
神剣使い以外の人間の代表かつ代弁者として、早苗が疑問を呈す。
「早苗先生、私や永森先生、後、ここにはいない暁くんも含めて、異世界の人間です。つまり、世界を渡る術があるということをまず理解して下さい。
そして、私達は今元いた世界とは、別の世界にいます。ここまではいいですか?」
「ええ、正直信じられないことばかりだけど、この目で見てしまってはどうしようもないわね。でも、異世界とはいうけど、どういうことかしら?地球の外は宇宙よね?その外側に別世界があるということかしら?」
早苗は半信半疑ながらも、自分なりに事態を咀嚼しているようだ。
「そうですね。理解としては間違っていません。簡単に言うと、数多の世界を内包する一つの巨大な樹木があると思って下さい。その枝場の一つが、椿先生や世刻、長峰達がいた世界というわけです。我々は、ちょっとしたトラブルで他の枝場へ飛ばされてしまったと考えて下さい」
久遠は分かり易いように言葉を選びながら、説明する。
「永森先生、詳しいですね……」
沙月が感心したように言うが、久遠からしてみれば何のことはないことである。
むしろ、カンニングしているようで座りが悪かったので、あっさり流す。
「当たり前だろう。そもそも俺は、この時間樹の出身ですらないんだからな。ある程度の下調べはしている」
「えっ、それってどういう?!」
聞き捨てならないことを聞いたと、沙月は問うが、久遠は取り合わない。今、重要なことはそこではないからだ。
「さて、数多の世界を内包する一つの巨大な樹木を『時間樹』と呼びます。そしてそこに属する枝葉の如き世界を『分枝世界』と呼びます。つまり、我々は、元いた分枝世界から、異なる分枝世界に飛ばされてしまったわけです。
分枝世界を渡るなど、本来不可能なことなのですが……」
「……不可能なことを可能にする力があったってことですよね?」
久遠の言葉を引き取るように、希美が所在なさげに言う。
「そうだ。それこそが『永遠神剣』。斑鳩、永峰、世刻、お前達が持つ超常の力を持った武器だ。
特に永峰、お前の神獣ものべーは凄まじい力を持つ。学校内のインフラを維持し、時間樹内を自由に移動できるなど、正直聞いたこともない」
感心するように久遠は言ったが、正直なところ、依怙贔屓も大概にしろと言いたいのが本音だ。
実際、ものべーの万能性は異常だ。しかも、現状でも充分すぎるのにまだ成長の余地があるというのだから、恐れ入る。『相克』の神名を持つが故の優遇なのかと久遠が疑いたくなるのも、無理のない話であった。
しかし、当の希美は少しも嬉しそうではない。それどころか、顔を曇らせる。
「でも、私のせいでこの世界へ来ちゃったんですよね?」
「それは違う」「それは違うわ!」
希美は自身のせいではないかと思っていたのだ。薄々ではあるが、彼女は自身の暴走に気づいていたのだ。
「永峰、よく聞け。お前のせいなんかでは絶対にない。そもそもの諸悪の根源はミニオンを送り込んできた馬鹿者共にある。それに思い出せ、夜でもないのに突如夜闇に包まれていただろう?あの時点で、すでにかなり不安定な状態だったんだ。そこにトドメの次元震ときた。これでどうにかならない方がおかしい。
むしろ、お前は誇るべきだぞ、永峰。お前がいなければ、生徒達がバラバラに分枝世界に放り出される可能性すらあったんだからな」
「永森先生の言うとおりよ、希美ちゃん。あなたが悪いなんてことは、絶対にないんだから」
「は、はい」
久遠と沙月、両者に勢い込んで言われた希美は頷くほかない。
両者の言い分が正しいかなどと彼女には判断がつかないのは無理もない。それでも、二人が自分を思って言ってくれたこと、ただ、かばうためだけの気休めではないことは理解できたので、いくらか表情を戻したのだが。
「のぞみんも理解したみたいですから、永森先生、沙月ちゃんもそれくらいで」
早苗が助けに入る。が、内心で胸を撫で下ろしているのは彼女も同じだ。
なにせ、大切な妹分が槍玉にあげられるかの瀬戸際だったのだから。
「失礼、少し熱くなりました。では、本題に戻ります。今、問題なのは、我々をこの世界へと飛ばした次元震のせいで、元の世界の座標――場所が分からなくなっているということです。これでは元の世界への帰還は困難です。
そして、もっと根本的な問題があります。永峰、そうだな?」
久遠に話を振られた希美がうなずく。
「根本的な問題?何なんだよ、希美」
聞き役に徹していた望が初めて、口を開く。
まあ、彼は目が覚めたばかりで、色々分かっていないというのもそうだが、この中では一番事情を理解していないのだから無理もないが……。
「うんとねえ、望ちゃん。先輩と先生から聞いたんだけど、ものべーは次元跳躍っていう分枝世界を移動できる力を持っているらしいんだけど、今はそれができないの」
「できない?なんでだよ?」
「それが分からないから困って「いや、そうでもない」……永森先生はこれが何か分かるんですか?」
「恐らくこれはプロテクトだ。それも外敵の侵入を防ぐためではなくて、内部の者が外部へと脱出するのを防ぐためのな」
「そんなものを一体何のために……」
「さあな、余程逃がしたくない相手がいるんじゃないか?
まあ、とにかく俺達は、このプロテクトをどうにかしない限り、この世界から出ることができないというわけだ」
「そんな……」
置かれた状況の悪さに、早苗が言葉を失う。
「でも、そのプロテクトを張ってる奴をどうにかすればいいってことですよね?」
望は打開策を見つけたように言うが、次の久遠の言葉で凍りつく。
「まあ、その通りだが……世刻、お前にできるのか?張ってる相手は、十中八九神剣使いだぞ。それを排除すると言うことがどういうことか分からないわけではないだろう」
「「……」」
久遠は暗に殺すことができるのかと尋ねているのだ。望と希美は言葉を失う。
「どうした、そんなに顔を蒼くして。まさか自分で口にしておいて、怖じ気づいたわけじゃあるまいな?」
「永森先生!そんな言い方は!」
久遠の余りの言い様に、沙月が食ってかかるが、久遠はにべもなかった。
「黙っていろ、斑鳩。
お前にも分かっているはずだ。ここは何不自由なく暮らせた安全な日本ではない。それどころか、命はおろか食べ物にすら困るのが現状だ。分かるか?
しかも、そんな危機的状況にも関わらず、いつ再度の襲撃があってもおかしくないんだぞ。ちょっとは、危機感を抱いてもらわないと困る。ましてや、お前達は神剣使いなんだ。現状を正確に認識してもらわねばならん。
酷なことを言うが、戦場での迷いは即座に死に繋がる。敵を殺せない腰抜けに用はないんだ。できないというなら、学園に閉じこもっていろ。正直、生命線である永峰には学園の保守に全力を尽くして欲しいしな。
調査も問題の解消も、俺と斑鳩だけでやる――――と言えれば良かったんだがな」
教師としての本音を言えば、望も希美も戦わせたくはない。どちらも未だ成人していない子供なのだ。精神的に未熟だし、神剣使いとしても同様だ。神剣を使うのではなく、神剣に使われている現状では、素直に戦力としてかぞえられないのだ。
特に望は危うい。精神的に脆いし、暴走の危険も高いからだ。
希美は希美で、神獣ものべーの価値を考えたら、万が一があっては絶対に困るのだ。正直、神剣使いが少なかった当初はともかく、旅団が勢揃いしてからも、希美を前線に出し続けていた原作は、何かおかしいと久遠は思う。
「……それができない事情があるってことですよね?」
斑鳩が結論を先回りして言う。
「そうだ。今まで起きたことから考えれば、俺達をこの状況に陥らせた敵の狙いは、世刻か、あるいは永峰も含むだろうからだ。戦えない敵の標的を護衛もつけずに拠点に残すなんてことは、どうぞ奪って下さいと言っているようなものだし、一般生徒にも累が及びかねんからな」
だが、現実は物語程、優しくない。『光をもたらす者』の目的は望だし、希美は希美で理想幹神を自称するエドガとエデガに狙われているのだから。この二人をものべー内、ひいては物部学園内に残すことはそこを狙って下さいと言っているようなものだ。そうなれば、少なからず一般生徒達も巻き込まれるだろう。それは教師として、大人として許容できない。
それならば、原作同様に両者を前線に出して、鍛えつつ守った方が安全面ではましと言う結論になってしまうのだった。
「望とのぞみんが?何かの間違いじゃないんですか?」
早苗が信じたくないと言う表情で問う。当の望と希美も否定してくれという懇願じみた視線が久遠にぶつけられる。が、現実は優しくなく、久遠もここで真実をぼかすような甘さはもっていない。
「残念ながら、少なくとも世刻は確定ですね。別口みたいですが、暁がそうだったようですし、学園襲撃の目的は、世刻の神剣使いとしての覚醒だったのは間違いないですね。思うに、本来の目的は覚醒した世刻の力を何かに利用したいのだと思いますよ。まあ、十中八九ろくでもないことでしょう」
久遠はほぼ完璧に事情を把握してはいるが、それを明かすつもりは毛頭ない。
故に、あくまで推測として述べる。
「そんな……」
望は俯く。学園襲撃が、ひいては今のこの状況を作った原因が自分だと断定されたのだ。言葉もないとはこのことだった。
「望君のせいじゃないわ!永森先生も言い方を考えて下さい!」
「言い方を変えようが、事実は事実だ。現実は変わらん」
沙月が望を庇い、久遠に食ってかかるが、久遠はどこ吹く風だった。
確かに久遠の言い分は正しいのだ。それは沙月も認めざるをえない。
「ノゾム……」「望ちゃん……」「望……」
レーメ、そして、希美と早苗が慮るように声をかけるが、今の望にはそれを気にかける余裕はなかった。
「俺はどうしたら……!」
「お前にできることなどない。というか、勘違いするなよ?お前が原因と言うだけで、こうなったのはお前が悪いわけじゃないからな。むしろ、お前だって被害者だ。気に病む必要はない。俺が言いたいのは、お前自身が狙われているということだ」
「「「「えっ!?」」」」
「なんだ、その反応は?俺が世刻を責め立てる為にこんなことを言っているとでも思っていたのか?だとしたら、とんだ心得違いというものだ。俺は世刻に自信が標的であると言うことを認識させたかっただけだ。
そして何よりも、嫌でも戦ってもらわねばならんということをな」
沙月、希美、早苗、レーメのあんまりな反応に、久遠は内心で黄昏れる。
己は、どれだけ血も涙もない男だとおもわれているのかと……。
「俺が……戦う?」
望が忘我したかのように、声を漏らす。どうにも現実感がないようであった。
「そうだ、お前がミニオンを斬り殺したように、物部学園を、生徒達を、斑鳩や永峰を、そして何よりもお前自身を守る為に、剣をとって戦え。幸いにも、お前には力がある。永遠神剣という絶大な力がな」
ならば、これが現実であると知らしめんと、久遠は容赦なく望自身の所行を語り、明確に現実であることを想起させる。再び、周囲から責めるような視線が突き刺さるが、無視する。
なぜなら、絶対に必要なことだと、久遠は考えていたからだ。
「あのー、先生も神剣使いなんですよね?どんな神剣なんですか?」
蔓延する重苦しい空気に耐えかねたのか、空気を変えるように希美がふとそんなことを言った。
「あっ、そういえば……」
「先生も神剣使いなんですよね?」
「……」
沙月はすっかり追求を忘れていたという感じで、望は今更ながらにそうであったことに気づいて、早苗は言葉には出さなかったが、興味ありますと言わんばかりの表情であった。
「ハア、お前ら、普通は自分の神剣のことなんて、他者に明かしたりしないからな。覚えておけよ」
「「「ハーイ」」」
「やれやれ、本当に分かっているのやら……まあ、いい。
今回は特別だ。事情が事情だし、今更、力を隠す意味もないしな。
『千変』『万化』」
久遠の言葉と共に現れたのは、一対の手袋と丸まった糸の塊だった。
「これが先生の神剣、手袋とこっちは……糸ですか?」
「神剣って言っても、俺や沙月先輩の剣みたいに分かり易い武器じゃないんだな」
「むむむ、これが此奴の!」
「へー、これがその永遠神剣なのね」
机に置かれたそれを、言い出しっぺだけに希美が目を輝かせて見入り、望が自身や沙月のものとの違いについて漏らし、レーメが親の仇を見るかのように睨み付け、早苗が感心したかのようにしげしげと見やる。
「糸は、あの時暁くんを止めたやつよね。じゃあ、こっちの手袋は……まさか!」
しかし、沙月だけは違った。彼女はとんでもない可能性に気づいたのだ。彼女の常識からすれば、ありえないと言っていいことだけに、驚愕を隠せない。
「先輩、変わっているのは分かりますけど、そこまで驚かなくてもいんじゃないですか?」
「そうじゃない、そうじゃないのよ、希美ちゃん。私が驚いているのはね、先生が神剣を二本持っているということなのよ。……永森先生、この糸と手袋は、それぞれ別の神剣ですよね?」
「そうだ、糸の方が六位『千変』、手袋の方が四位『万化』という」
「やっぱり……!」
「な、なんだそれは!アリエン!ありえんぞ!」
驚愕と警戒を等量に混ぜ込んだ視線で、久遠を見やる沙月。対してレーメは絶対にありえないことだと喚いて、混乱の極みにあった。望の『黎明』のような二剣一対の神剣も珍しいが、それ以上に複数の神剣を持つというのは稀なのだ。レーメが混乱して絶叫するのも、無理もない話だった。
「そんなに驚くことなのかしら?確かに複数の神剣を持っているというのは凄いんだろうけど……」
永遠神剣の使い手ではなく、予備知識すらない早苗からすれば、二人の劇的な反応は理解できなかった。
「早苗先生、永遠神剣というのは、その名の通り神様の武器なんです。私や暁くんはもちろん、望くんや希美ちゃんも神の転生体であるからこそ、それを扱えるんです。そんなものを複数なんて」
「そうだ、複数の神剣に認められるなど、ありえることではない」
「さてな、できたんだから、仕方あるまい」
沙月とレーメが口々に言うが、久遠は知ったことではない。そもそもこの男、余程のことがない限り、これ以上自分のことは話さないと決めているのだから。糠に釘、暖簾に腕押しである。
「まあまあ、先輩もレーメちゃんも落ち着いて。先生、神獣はどんなのなんですか?」
希美は、なんとなくこれ以上言っても無駄であることを悟ったのか、今度は神獣について尋ねた。
「神獣って、レーメちゃんや、学校を運んでいるって言う、のぞみんの鯨みたいな?」
早苗も同調する。もっとも、こちらは単純に興味からのようであったが。
「永峰、お前意外にガンガン来るなあ。お前の印象が変わりそうだぞ。
そうだな……流石に両方は見せれんが、一方くらいは見せておくか。朔夜!」
久遠はどこか呆れたように言うと、誰かの名を呼んだ。
瞬間、手袋が発光し、光が収まった頃には、妖艶という言葉が相応しい漆黒の巫女が跪いていた。
「マスター、御用命を」
「ほわー」「ふえー」「綺麗な子ねー」
その美貌と醸し出される色気にレーメ以外の女性陣が、感嘆の声を上げる。
「な、なっ!?」「……ゴクリ」
レーメは嫉妬と驚愕を織り交ぜた表情を浮かべ、望は思わず息をのむ。それ程の美貌と色気であった。
「紹介しておこう。四位『万化』の神獣である朔夜だ」
「マスターの下僕、朔夜にございます。皆様方、以後お見知りおきを」
丁寧な物腰で、頭を下げる。
美しい濡羽色の長い髪が清流の如く流れるその様は、類い希なる容姿も相まって、同性であっても目を奪われる。
「よ、よろしくね」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いするわ」
上から沙月、希美、早苗の反応である。
それぞれ、微妙に狼狽え、元気よく、もうなんでもありねと半ば諦観してという具合であった。
そして、久遠以外で唯一の男性である望だが――――
「……」
完全に目を奪われて、言葉を失っていた。
「こ、こらノゾム!何を惚けておるか!」
主の不甲斐無い姿に、レーメが怒りの声を上げて、頬を抓った。
「イテ、イテテテ。……ああ、うん。よ、よろしくな」
そこでようやく我に返ったのか、慌ててそんな風に言うのが望には精一杯だった。
「望くんも男の子よね……」
「む~う」
「望ったら……」
そんな望むの反応は、当然、女性陣の不興を買った。
沙月と早苗は、呆れと仕方ないと言った風であったが、希美は明らかに機嫌が悪くなっていた。
「戻れ朔夜。ご苦労だった」
「はっ、失礼いたします」
その不穏な空気を感じ取ったのか、久遠は即座に朔夜に化身化を解かせた。
こんなことで不和を引き起こしたら、目も当てられないからだ。
「あっ、ちょっと話してみたかったですね」
「そうね、同感だわ」
沙月と早苗が残念そうに言うが、久遠は黙って視線を希美とレーメに詰め寄られている望に向けた。
「望ちゃん、ああいう娘が好みなの?」
「ノゾム、吾という者がありながら、他者の神獣に目を奪われるとは、恥を知れ!この浮気者めが!」
「いや、あのな……」
望はたじたじであった。そして、その様子が、何よりも久遠が朔夜を引っ込めた理由を雄弁に語っていた。
沙月と早苗は顔を見合わせて、苦笑した。
「ま、まあ、それはそれとして、『千変』の方は見せてもらえないんですか?」
沙月が仕切り直すかのように尋ねる。
「『千変』は気むずかしい奴でな。余り他者に姿を見せたがらんのだ。まあ、朔夜と同じく人型であるとだけは言っておこう」
「へー、そうなんですかー。そういう神獣もいるんですねー」「レーメみたいに出たがりじゃないわけか」
「「……」」
希美と望はのんきに頷いて聞いていたが、対照的に沙月とレーメは少なからぬ警戒を滲ませる。
久遠は、全ての手の内を明かす気はないと言っているのも同然なのだから、当然であろう。
まして、久遠の神剣は四位と六位である。神剣二本というだけで充分すぎる程脅威だというのに、神剣の位階すら最も高いのだから。
「やれやれ、そんなに警戒するな。お前達がこの学園の生徒である限りは、俺の守るべき対象だからな」
久遠は両者の内心を察したのか、そんなことを言った。
「今は信じておきます」
それに沙月は絞り出すように答えるのだった。
ものべー、正直、本気で反則だと思うんだ。