聖なるかな another -森羅万象-   作:清流

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想像以上に長くなってしまいました……。


第05話:神剣使い+1会議 後編

 「さて、各々、正確な現状認識ができたことだろう。そこで一つ決めなくてはならないことがある」

 

 ――まあ、本当の意味では、欠片もできていないだろうが……。

 

 「決めなくてはならないこと?」

 「なんですか?」

 

 内心をおくびにも出さず発せられた久遠の言葉に、望と希美が首をひねる。

 

 「それはな、リーダーだ。これからの異世界生活を考えると、頭となる者は絶対に必要だからな」

 

 「でも、それって……」「だよな」「……」

 

 久遠はそう断言するが、希美、望、沙月からすれば、そんなものは改めて決めるようなものに思えなかった。三人の視線は、唯一の成人男性である久遠に、自然と集中する。そんな中、ただ一人、早苗が何かを深く考え込んでいた。

 

 「ああ、言っておくが、俺はやらないぞ。というか、決めるもくそも実質一人しか適任者はいないんだが……」

 

 久遠は痛いほどの視線を受けても、何の感慨もなくあっさりと否定した。

 それどころか、意味ありげに沙月を見やる。

 

 「……そうなっちゃいますよね。沙月ちゃん、貴女がリーダーよ」

 

 深いため息をついて、早苗も賛同の意を示した。

 

 「えっ、わ、私ですか?永森先生か、早苗先生がやられるべきじゃないんですか?」

 

 沙月からすれば、それは不意討ち以外の何ものでもなかった。

 久遠がリーダーになって、いい様に動かされることを警戒していたというのに、蓋を開けてみれば、なぜか自分がリーダーに推されているのだから、無理もないだろう。

 

 「俺達では駄目だ。

 まず、俺は基本的に生徒達が関わりが薄い。生徒達に連帯感を抱かせるのは難しいだろう。

 そして、椿先生の方は……」

 

 久遠としては、自由に動き回る立場を確保したかった。思うように動けないリーダー役など、絶対にごめんであった。

 無論、やってやれないというわけではないが、言っていることも嘘ではなく、向いてないのも厳然たる事実だ。

 

 「私は私で、望やのぞみんとの関係が深過ぎるの。担任ももっているし、本当の意味で平等に接するのは難しいわ。それに周りも私が公平だとは見ないでしょうからね。……そういうことですよね?」

 

 そう、早苗も早苗で問題がある。彼女は生徒達との関係は良好だが、逆に望達に近過ぎるのだ。担任ももっているし、本人も言っているように、完全な平等というのは難しいものだ。無意識の内に、受け持っている生徒とそれ以外に対する態度に差が出ないとも限らないからだ。

 

 久遠、あるいは早苗のどちらかが、学年主任とか、校長・教頭であれば、問題なく頭をはれたであろうが、養護教諭兼校医と担任をもった現国教師という立場は、凄まじく微妙であった。

 成人した大人であるというだけでは、リーダー役を務めるのは弱い。平時ならともかく、今は非常時であり、年功序列など何の役にも立たないのだから。

 

 「そんな……早苗先生はそんな人じゃ!」

 

 「沙月ちゃん、ありがとう。でもね、今重要なのは他の生徒達からどう見えるかだから」

 

 思わぬ言葉に沙月が否定するが、当の早苗は落ち着いていた。別に卑下している訳ではない。客観的にどう見えるか、そういう話なのだ。

 

 ちなみに久遠の方にフォローがなかったのは、沙月が未だ久遠を信じ切れていないからだろう。彼女にとって、久遠はとりあえず敵ではないというだけで、信用できる味方とは言い難かったのだ。

 

 「でも、それでなんで先輩になるんですか?」

 

 目は口ほどにものを言う。希美の不満げな眼差しは、言外に「望ちゃんは?」と言っていた。自分はともかく、思い人である望が一顧だにされなかったのは、正直、面白くなかったのだ。

 

 「世刻や永峰は言うまでもないだろう。きついことを言うようだが、お前は自分や世刻がリーダーに向いていると本気で思っているのか?」

 

 「そ、それは……でもっ!」

 

 希美はそれでも食い下がろうとするが、久遠はにべもない。

 

 「それでも納得できないなら、はっきり言ってやろう。

 まず、第一にお前達は最上級生ではない。年功序列は役立たないと言ったが、生徒間では別だ。はっきりとした上下差が想定以上の反発を生むだろう」

 

 「そうね、上級生は納得しないでしょうね」

 

 久遠の言葉に早苗が首肯する。

 

 「次に、お前達には一般生徒達の上に立つ資格をもっていなければ、その経験もない。言っておくが、これは神剣使いであるということ以外でだ」

 

 「えっ?神剣使いということだけじゃ駄目なんですか?」

 

 それこそがリーダーの資格であると思っていただけに、希美は驚く。

 

 「永峰、お前は無理矢理力で押さえつけられて嬉しいか?よしんばうまくいったとしても、それは短期的なものに過ぎない。遠からず崩壊する。恐怖政治とはそういうものだ」

 

 「恐怖政治って、流石に言い過ぎじゃ」

 

 望がたまらず口を出す。あんまりな言い様だと思ったからだ。

 

 「神剣の力を背景に統治するならば、それは恐怖政治そのものだろう?言い方を変えたところで、実態は変わらんよ」

 

 「「……」」

 

 久遠の率直な物言いに、希美も望も黙らざるをえない。久遠の言葉には、まるでそれを実際に見てきたかのような重みがあったからだ。

 

 「まあまあ、のぞみんだって、本気で言ってたわけじゃないでしょうから、それくらいにしてあげて下さい」

 

 重苦しい空気が、再びたちこめるところだったが、早苗が取りなして、それを阻止する。

 

 「……それで、神剣使いと言うこと以外で、皆の上に立てる資格を持っている私にということですか?」

 

 思案顔で聞き役に徹していた沙月が口を開く。その表情には、どこか諦観が浮かんでいた。

 

 「そうだ。お前には悪いとは思うが、実際問題、生徒達自身が選んだ生徒会長という肩書きを持つお前以上の適任者は存在しない。そして、何よりもこの事態については、誰よりもお前が詳しそうだしな」

 

 「大人として、教師として、情けないことこの上ないけど、沙月ちゃんがリーダーになってもらうのが、一番うまくいくと思うの」

 

 久遠は平然と、早苗は心底申し訳なさそうな顔で、結論を述べた。

 

 ――沙月がリーダーをやるのが最善であると

 

 「……ッ!」

 

 沙月は自身の双肩にかかる重みに愕然とする。いつのまにか、自身の命だけでなく、一般生徒達の命まで背負わされることになっていたのだから、無理もないだろう。

 沙月は、望達に比べれば熟達した神剣使いであると言えるが、精神的には思いの外幼い。望との距離感を間違えていたり、希美の真意をはかり損ねていたりするのがいい例だ。

 

 「安心しろ。お前にリーダー役を押しつけるだけで、終わるつもりはない。俺が後ろ盾になってやるから好きにやってみろ。責任は俺がとってやる」

 

 「そこは私達と言うべきですよ、永森先生。

 肩の力を抜きなさい、沙月ちゃん。責任は大人である私達がとるわ。リーダーだからと言って、貴女が全てを背負う必要なんてないの。私と永森先生が一緒に背負うし、貴女を支えるわ」

 

 「永森先生、早苗先生……」

 

 久遠と早苗が、なんでもないことのように、当然のように言う。

 思ってもいなかった二人の言葉に、沙月は肩が少し軽くなったように感じられた。

 

 「それに、望やのぞみんだって力になってくれるわよ、ね?」

 

 早苗の言葉に、「当たり前だ」と望は力強く応え、希美は「もちろん!」と元気よく応えた。

 

 「望くん、希美ちゃん……分かりました。どこまでやれるか分かりませんが、リーダー役やらせてもらいます!」

 

 久遠や早苗のおかげで背負う荷は幾分か軽くなったが、それでも沙月にかかる重圧と責任は凄まじい。

 だが、この頼もしくも優しい仲間達がいるのなら、何とかやっていけるかもしれないと沙月は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「斑鳩、見事だったぞ」

 「ええ、とてもいい演説だったわ」

 「本当に凄かったです」

 「先輩、かっこよかったです!」

 「うむ、サツキ、本当に大したものだ」

 

 上から、久遠、早苗、望、希美、おまけにレーメ。全員が沙月を心から賞賛していた。

 

 学園内に取り残された全生徒を体育館に集めて行われた、現状とこれからの方針についての説明会。

 そこで、生徒会長として、壇上に上がった沙月は、そのカリスマと真摯な態度で、見事一般生徒達をまとめあげる演説をやってのけたのだ。久遠と早苗のサポートがあったとはいえ、この右も左も分からない状況下で、一般生徒達を一時的にとはいえ安心させ、元の世界への帰還に全力を尽くすことに団結させたのは見事というほかない。

 

 「もう、先生達まで大袈裟ですよ!私はただ、思っていることを言っただけで……」

 

 手放しの賞賛を受けた沙月が、居心地悪そうに言うが、他の誰であっても、こうはうまくいかなかったであろうことは間違いない。沙月の手腕は素直に賞賛されるべきであった。

 久遠や早苗がにらんだとおり、沙月にはリーダーとしての資質がある。

 

 「謙遜の必要はない。お前が生徒達のことを命がけで守り、元の世界に皆を帰らせてあげたいという真摯な想いがあったからこそ、皆納得し、お前に従うことを選んだんだ。素直に誇っていい」

 

 「そうよ、沙月ちゃん。貴女は凄いことをしたのよ。私や永森先生では、こうはいかなかったでしょうね」

 

 沙月とミニオンの戦いは、少なからぬ一般生徒達が目撃している。その実績と、「斑鳩沙月」として、生徒会長として、これまでの学校生活で積み重ねてきた信用があったからこそ、彼女をリーダーとすることを生徒達はよしたとしたのだ。

 

 「そうですよ。貫禄あって驚きました。本当に格好良かったです」

 

 「先生達や希美の言う通りです。信介や阿川だって、言ってたじゃないですか」「あれがカリスマというやつなのだな」

 

 希美が興奮冷めやらぬと言う体で、繰り返すにように言えば、望とレーメもそれに続く。それくらい、沙月の演説は大したものだったのだ。

 

 「もう、望くん達まで……。はいはい、分かりました。今は素直に受け取っておくわ。

 で、先生、なんで阿川さん達の申し出を断ったんですか?」

 

 それはあからさまな話題転換だったが、久遠はあえてそれにのってやることにした。

 実際問題、それは避けては通れぬ問題なのだから。

 

 「確かに現地調査と食糧問題はすぐにでも解決しなければならない問題だ。そういう意味では、森や阿川が自主的に申し出てくれたのはありがたい。だがな、最初から身内だけというのは、いらん不信感を与えかねん」

 

 「身内って、信介と阿川は…「森はお前の親友で、阿川は永峰の親友だ。かつクラスメイトで、椿先生の受け持つ生徒。どうだ?これで身内じゃないといえるか?」…」

 

 望の言葉を、久遠は即座に切って捨てる。

 自分達がどう思うかではない。他の生徒達からどう見えるかが重要なのだ。

 

 「そうですね、確かに望達だけで固めるのは問題でしょうね。少なくとも、各学年から一人ずつ、私達とは関係の薄い人生徒を入れるべきね」

 

 「え、でも……」

 

 希美は不安げな顔をする。信介や美里であれば、気心も知れていて気兼ねなく動けるという部分も大きいからだ。何より、彼女は自分達神剣使いに向けられる視線に混じる恐怖を敏感に感じ取っていた。

 

 「……言いたいことは分からんでもない。だが、これは必要なことだ。何もしないというのは、思いの外ストレスがたまるものだからな。働かざる者食うべからずとはいわんが、生徒達にも何かをやらせる方がいい。

 だから、まずは全生徒に募集をかける。但し自薦のみ、他薦は認めない」

 

 ――人は動いてない時ほど、いらないことを考えるものだからな。 

 

 久遠はあえてそれを言わない。

 暴動の可能性など、今の沙月達には荷が重すぎる現実だからだ。後で早苗とだけ、秘密裏に話し合うべきだと判断していた。

 

 「でも、危険じゃないんですか?」

 

 先のミニオンの襲撃が頭に過ぎったのか、望が不安げに言う。

 

 「そうね、私達ではどうしようもないもの……」

 「うむ、どうにもならんな」

 

 早苗が心苦しい表情で同意し、レーメも頷く。

 

 「確かに神剣使いでなければ、ミニオンの相手は基本的に無理です。もちろん、護衛の人員は割きますよ。

 ――斑鳩、お前ならどう分ける?」

 

 「……そうですね。人数は10名以内、護衛の人員は、二人から三人。先生のどちらかには、学校に残って頂きたいと思います」

 

 「それじゃあ、私が残るわ。情けない話だけど、サバイバルでは私は無力だもの」

 

 「いえ、椿先生には重要な役割がありますから、卑下することないですよ。

 とりあえず、護衛には俺が行きましょう。後は……そうだな。世刻、永峰に来てもらおうか。斑鳩、お前は残れ。理由は言うまでもないな?」

 

 「はい、大丈夫です」

 

 沙月も反論しない。トップが軽々に動くことなどあってはならないし、生徒達の抑え役としては己が一番適任であることを理解していたからだ。

 

 「えーと、私や望ちゃんには…「悪いが拒否権はない」…えっ!?」

 

 希美が控えめに、自分達の行動が勝手に決められたのに口を挟むが、久遠はにべもない。

 

 「どういうことですか?」「ッ!」

 

 その一顧だにしない態度に反感を覚えたのか、望がその意を問いただす。レーメは敵意剥き出しで久遠を睨んでいる。

 

 「いや、だってお前達二人は、覚醒したばかりで素人同然だろうが。神剣を使うのではなく、神剣に使われている現状では、戦力として不安があるんだ。少しでも経験を積ませようとするのは、当然だろう?」

 

 「あうっ」「うっ」「うぐっ」

 

 取り付く島もない正論に、二人+おまけはうめき声を上げる。

 実際、使っているのではなく、使われているという自覚はあるだけに、ぐうの音も出ない。レーメとて、望が一人前とは到底言い難いことを誰よりも理解していたのだから。

 

 「それに世刻、一般生徒の安全を考えれば、お前は外に出られる時は外に出た方がいいしな」

 

 「「!?」」

 

 「永森先生!」「永森先生、そんな言い方!」「き、貴様!」

 

 久遠の非情な言葉に、望と希美が絶句し、早苗が怒りを露わにし、沙月とレーメも食ってかかる。

 だが、久遠は微動だにせず、表情に欠片の変化もない。

 

 「先の現状認識は何の為にやったと思っている?事実を事実として認めずして、未来はない。まして、今はこんな状況だ。世刻と親しいお前達が反感を覚えるのは分からんでもないが、俺にとっては一般生徒と世刻の命は等価だ。小を犠牲にして大を守れるならそうすべきだろう?」

 

 「「……」」

 

 早苗と沙月は黙らざるをえない。自分達がいかに望側に立っているかを理解したからだ。

 そう、客観的に見れば、久遠の言い分は正しいのだ。望を狙う敵の攻撃に、一般生徒が巻き込まれることなど、本来あってはならないのだから。

 

 「だが、勘違いするなよ、世刻。俺はお前を犠牲にして助かろうなんざ、これっぽっちも思っていないんだからな」

 

 「へっ?」

 

 「ど、どういうことなんですか!?」

 

 思いもしない久遠の言葉に、望が間抜けな声をあげる。希美が混乱しながら、真意を尋ねる。

 

 「俺が何の為についていくと思っている?そうさせない為だろうが。安心しろ、俺はこの場の誰よりも強い。凡百の神剣使いなど返り討ちにしてやるさ」

 

 あっけらかんとそう言い放つ久遠に、沙月と早苗は悟る――この男、そうとうに意地が悪いと。

 

 「なーんだ、脅かさないで下さいよ!」

 

 希美がそう言って胸を撫で下ろすが、直後に凍り付くことになる。

 

 「別に脅しじゃない。覚えておけ。俺の優先順位は永峰、斑鳩、椿先生の順で、後は世刻以下同列だ」

 

 居住とインフラを保ち、帰る為に絶対に必要なものべーのことがあるから一番が希美、リーダーかつ神剣使いとしての戦力価値から沙月が二番、貴重な大人であり教職という地位にある早苗が三番。そして、標的である分と暴走の危険性を鑑みて、望は一般生徒達と同列という評価になると、久遠は淡々と説明した。

 

 それは確かに納得のいく説明だったが、望と浅からぬ交友関係を持つ彼女達にとっては、到底受け容れられるものではなかった。

 

 「そ、そんなの!」

 「正しいのかもしれませんけど、私は納得できません!」

 「……ッ!」

 

 自身の低評価に呆然とする当の望を尻目に、希美と沙月が猛然と食ってかかる。唯一、早苗だけが何かをこらえるように、唇を噛みしめる。

 

 「お前達がどう思うが関係ない。俺はこういう優先順位で動くと、頭に入れておけ。そして、可能ならば、お前達も決めておけ。その時になったら、迷いなく動けるようにな」

 

 話は終わりだと久遠は席を立つ。

 

 「現地調査と食糧採取は、俺の方で周知しておいてやる。お前達は少し考えておけ。お前達は少し――いや、かなり考えが甘いからな」

 

 久遠はそう言って、生徒会室を出て行く。誰もそれを止められる者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ううー、あんな言い方しなくてもいいじゃない!そう、思いますよね、先輩」

 

 久遠が退出してしばし後、爆発したのは優先順位一位とされた希美だった。

 まあ、思い人が十把一絡げにされた挙げ句、ズタボロな評価をされたのだから、無理もないだろう。

 

 「まったく腹が立つ!あやつは何様なのだ!」

 

 話を振られたわけでもないのに、レーメが同調する。余程腹に据えかねたのだろう。

 

 「……でも、正しいわ」

 

 それを断ち切るようにはっきり言ったのは、意外なことに早苗だった。

 

 「サナエ、何を言う!?」「早苗お姉ちゃん!?」

 

 信じられないと言う表情で、レーメと希美が視線を向ける。

 

 「のぞみんもレーメちゃんも落ち着いて。怒る気持ちは分かるけど、教師として正しいのは永森先生の方なのよ。ハア……本当にリーダー役を沙月ちゃんに任せて良かったわ。とてもじゃないけど、公正公平になんかなれやしないもの」

 

 早苗は自嘲するように言った。

 

 「いえ、私だって同じですよ。思った以上に、望くん達に肩入れしていたみたいですし……」

 

 沙月も自身が些か以上に入れ込んでいるのを理解せざるを得なかった。

 監視としてきたのに、何という体たらくであろうかと内心で自嘲する。それが悪いことだとは思っていないし、それによって引き起こされた自身の変化は好ましいとは思っているが、公私混同しすぎたのも事実であったからだ。

 

 「サツキまで……!なんであんな奴を擁護するのだ!」

 

 主である望を蔑ろにされたように感じたレーメが爆発する。

 ――が、即座に鎮火することになった。他ならぬ当の望の手によって。

 

 「レーメ、希美も落ち着いてくれ。そりゃ、確かにいい気はしなかったけど、先生の言ったことは全部本当のことだ。結論だって、ぐうの音も出ない真っ当なものだった。それで怒るのは筋違いだろう?」

 

 「ノ、ノゾム~。わ、吾は汝の為に!」「望ちゃん……」

 

 「俺の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、事実を言われて怒るのは違うだろう?」

 

 涙目のレーメと、幾分落ち着きを取り戻した希美の頭を、望は不器用に撫でる。

 

 「それに、永森先生も私達に自覚を促す為に、わざとあんな言い方をしたんでしょうしね……」

 

 「あっ、やっぱりそうですよね?」

 

 「ええ、でなければ、あそこまで辛辣な言い方はしなかったと思うわ」

 

 早苗が付け足すように呟くと、我が意を得たりと沙月も頷く。

 

 「ふん、あの男にそんな崇高な考えがあるものか!」

 「そうなんですか?」

 

 レーメは余程久遠が嫌いなのか、聞く耳を持たない。希美が思い返すように聞く。

 

 「ええ、恐らく永森先生はこう言いたいのだと思うわ。危機感が足りないってね」

 

 「危機感ですか?」

 

 沙月の説明に望が首を傾げる。

 

 「こう言っては何だけど、改めて考えてみると私もそう思うわ。置かれた状況に対して、私達は些か以上に危機感が足りてないのよ」

 

 「早苗お姉ちゃん、どういうことなの?」

 

 「いい?今、私達はとんでもない状況に置かれているわ。幸いのぞみんのおかげで、それ程苦労していないけど、本来ならもっと切羽詰まっていたと思うの」

 

 そこから早苗は語った。ものべーがいなければ、外敵に怯えて寝食する住居に困るどころか、水を得るのも一苦労であったろうこと、食糧問題は深刻極まり、トイレなどの処理も大きな問題になっていたであろうことを。

 

 「えーと、恵まれすぎているってこと?でも、それって悪いことじゃないよね?」

 

 希美は何が悪いことか分からず、疑問符を浮かべる。

 

 「ええ、勿論よ。希美ちゃんとものべーには本当に感謝しているわ。でもね、それは同時に私達から危機感というか、危機的状況になる実感を奪っていたの……!」

 

 沙月はそこまで語って、ハッとした。

 実感が薄い、危機感が足りないからこそ、不満が容易く噴出する。そして、信介や美里の申し出も同じだ。神剣使いでもない彼らが、自発的に外の探索を申し出る。それは致命的な危機感の欠如だ。未知への好奇心の方が、危機感より勝っているということに他ならないのだから。

 

 「沙月ちゃんも気づいたみたいね。危なかったわ。あのまま阿川さん達を行かせていたら、どうなっていたことか……。止めてくれた永森先生には、感謝しないと」

 

 「うーん、よく分からないんだけど、そんなにまずいんですか?」

 

 望が微妙な表情で問う。どうにもピンとこないようだ。

 

 「そうね……いい、望くん。私達は、本当はとんでもない状況にいるの。本来なら明日をも知れない状況だったはずなの。こんな談笑することはおろか、のんびり寝ている暇もなかったはずなのよ。そうならなかったことは、本当に喜ぶべきこと。

 でもね、それは諸刃の剣なのよ」

 

 沙月は口に出しながら、はっきりと理解する。今の状況は危険だと。

 

 「永森先生以外の全員、ここにいる皆も含めて、致命的に危機感が足りていないのよ。なまじ余裕があるから、余計なことを考え、余計なことをする。置かれた状況を正確に認識しているのなら、そんなことする余裕なんて少しもないのにね」

 

 「……先生が最初に現状認識をしたのは、相応の意味があったということ?」

 

 「そう、あそこで気づくべきだったわ……。でも、仕方のないかもしれない。今も私は、どうにかなると思ってしまっているもの」

 

 希美が確認するように問うと、早苗が悔やむように答える。

 

 「それは悪いことではなかろう?希望を持てるのは良いことだ」

 

 「……それが他力本願じゃない現実的希望ならね」

 

 「「「!?」」」

 

 望、希美、レーメがその言葉の意味するところに凍り付く。

 

 「今の状況は本当によくない。このままだと沙月ちゃんはもちろん、望ものぞみんも、全校生徒達から頼られっぱなしになってしまうわ。それではいけないのよ」

 

 「しかも、不満がたまれば、真っ先にその捌け口になるのも、私達になるでしょうしね」

 

 早苗の言葉を継いで、沙月が続ける。

 

 「だが、それとこれとは話が別だろう!優先順位とか、決める必要などなかろうに!」

 

 「いいえ、あるのよ。じゃあ聞くけど、レーメちゃん。私と希美ちゃんが同時にピンチになったら、どっちを優先して助ける?」

 

 「む、むう……」

 

 「ほら、その迷っている間に二人とも死んじゃうわ。いざという時に動けるように、どちらかでも確実に助けられるように、永森先生はああ言ったんだと思うわ。こういう状況にあると言うに、決める必要がないなんて言えてしまう――危機感が足りない証拠でしょう」

 

 沙月はレーメに言い聞かせながら、自身も戦士としての己に立ち返る。「斑鳩沙月」を捨てるわけではない。ただ、ぬるま湯につかりすぎて、想像以上に鈍っているのも事実だ。こんな当たり前のことで、心を乱していては、この先やってはいけないと。

 

 「ぐ、ぬう」

 

 レーメは最早何も言えなかった。些か以上に主に甘い神獣だが、それでも彼女は永遠神剣の意思の具現だ。闘争のなんたるかを本能的に理解している。両者の言い分の正しさを、無意識の内に認めていたのだ。

 

 「とにかく、気合いを入れ直せってことでいいんですか?」

 

 ここまで言っても、どうにも実感がわかないらしい望がそんなことを言った。

 まあ、無理もない。彼は沙月のような歴戦の戦士ではなく、早苗程の社会経験もないのだから。

 

 「まあ、望はそれでいいと思うわ……」

 「望くんは、その内嫌でも理解することになるから、大丈夫よ」

 

 なんともいえない表情で、早苗と沙月はそう言うと、互いに顔を合わせて苦笑したのだった。




原作やっていて思うけど、望君鈍感すぎ!男気なさ過ぎ!
やっててストレス溜まるわ!

ちょっとは成長させてもいいですよね?
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