ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第拾参話「生き様」

「修繕作業、過程六十七まで到達! 小休憩入ります!」

 

 シゲはモリビトの修繕がある程度まで至ったのを確認してから地下格納庫を後にする。首に巻いた布巾で汗を拭った。ブルブラッド活性炉の発する熱と溶接のせいでびっしょりと汗を掻いている。顔が黒ずんでおり、これでは表を歩けないな、とシゲは基地を見やった。

 

 前回の戦闘で基地の前面部には手痛い一撃を受けたものの、基地の半分も襲撃されなかったのは不幸中の幸いだろう。

 

 被害に遭ったのは前面部の守りだけで、本当に危ないところには幽鬼は潜入してこなかった。

 

 今も被害の爪痕を残している場所では黒服の一団が占拠している。

 

「噂の諜報班か。一声かけるかな」

 

 対策室の中でもその存在をにおわせるだけで自分達とは別系統の命令を受けていると思われる一団、諜報班。その名に相応しく、全貌は時雨しか分かっていないと聞く。

 

「よう、お疲れさん」

 

 声を投げるが、黒服達は無視した。やはり、と思ったが無愛想だ。シゲは紫煙をなびかせて夜風に吹かれる。冷たい夜風がほどよく身体を冷やした。

 

「もう二日、か」

 

 幽鬼襲撃から二日経つ。恐ろしく密度のある二日間であった気がする。モリビトの修繕作業に、新たな装備の追加。それに爆砕ボルトで逃れたとはいえ、操主に傷を負わせてしまった。まだまだ改良の余地はある。

 

「モリビトがどこまで賢くなるかは俺達次第でもあるんだよな」

 

 壱号機の二の轍は踏まないつもりであったが、それも操主と自分達次第。シゲは蛍火を明滅させながらナナツーの格納庫に向かっていた。自然と足が向くのはやはり気分が滅入っているせいだろう。ナナツーに乗れば解消出来るかも、と感じている辺りまだまだ子供だ。

 

 格納庫に近づくと見知った疾走音が耳朶を打った。シゲは足を止めて目を凝らす。

 

 暗がりの中で照明を点灯させながら、一台のナナツーが基地を走っている。おっかなびっくりではあるが、どうやら格納庫の前を周回しているようだ。

 

「誰だ?」

 

 煙草を足で揉み消して近づく。操縦者はあまりに夢中なのかシゲの存在に気づきもしない。思い切って声を投げた。

 

「おい! 誰なんだ!」

 

 シゲの放った声に反応した操縦者がこちらを向いた。そこにいたのは日下部翠だ。彼がシゲを認めた瞬間、ナナツーが姿勢を崩し、そのまま前のめりに転がった。

 

「何やってんだ」

 

 呆れ声でシゲは歩み寄る。操縦席から降りた翠はシゲを見て気後れしたように後ずさった。

 

「その、オレ……」

 

 言葉が出ないのだろう。こちらもうまく言葉に出来ない。

 

 罵倒するべきなのかもしれないが、そんな気も起こらなかった。

 

「とりあえず、一服つくか?」

 

 そう尋ねるとようやく、翠の緊張が和らいだのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかナナツーの操縦中にシゲと出くわすとは思わなかった。

 

 翠はシゲの運んできた鉄製の湯のみを手にする。湯気が上がっており、入っているのはコーヒーと見えたが、あまりに黒々としていてどちらかというと機械油のようだ。

 

「飲みなって。俺達もよく飲む」

 

 翠はコーヒーに口をつける。見た目通りのぬめっとした口当たりであまりおいしいとは言えなかった。

 

「これを、毎日?」

 

「うん? ああ、そっか。仕官ならもっといいもの飲むか?」

 

「いえ、その、そういうわけでは」

 

 心ない言葉のせいで契機を逃してしまった。翠は沈痛に顔を伏せる。シゲがふと口にした。

 

「今さっきの。見違えたよ」

 

 何の事だろう、と一瞬呆気に取られる。すぐにナナツーの操縦だと理解した。

 

「ああ。ようやく周回を走れるようになったんですけれど、まだまだで」

 

「だな。俺が話しかけた程度で集中切らすんなら、まだまだだ」

 

 はは、と翠は乾いた笑いを浮かべる。ナナツーでさえもろくに動かせもしないのに、モリビトを強行的に動かした自分を、シゲは責めていないのか。それだけが気がかりであった。

 

「あの、その……」

 

 駄目だ。どう言ったらいいのか分からない。何を言っても薮蛇になるような気がして、翠は口を噤む。

 

「お兄さんもよく、ナナツーを動かしていたよ」

 

 兄、孝雄の話になったのだと翠は一拍遅れて感じ取った。

 

「兄も、ですか……」

 

「ナナツーはいい、ってよく言っていた。装備もないし、余計なものもついていない。こういう才能機がもっと出回れば、世の中平和になるかもしれないってね」

 

 孝雄らしい言葉だ。翠も苦笑する。

 

「兄は、戦いがあまり好きではありませんでしたから」

 

「だな。日下部大尉はモリビトでの戦闘も好んでいる様子ではなかった。でも、戦わなければならない。戦って勝たなければ。その信念だけは誰よりも固かった。俺達が気後れしたほどさ。モリビトの強化案も、あの人が出してくれたんだ。どれだけ装備を載せればモリビトの機動性が増すのか、だとかどういう運用の仕方が理想的か、だとかね」

 

「兄は、そこまで言っていたのですか?」

 

 意外であった。モリビトに関して言えば、整備班に任せ切りだと思っていたからだ。

 

「自分が乗って戦うんだ。あの人はナナツーを愛していたけれど、同じくらいモリビトも愛していた。だから、心中めいた死に方を選んだのかもしれない」

 

「……自爆、だったんですよね……」

 

 墓標、と言われ、黒ずんだモリビト壱号機の操縦席が思い出される。鋼鉄の中で、灼熱に焼かれて兄は死んだ。

 

 シゲはコーヒーを呷る。

 

「一部では、勝手な判断だっただとか、あの時点で撤退していれば次があったのに、と言われているが、俺はそうは思えない」

 

 どういう事なのか。翠が視線を振り向ける。

 

「思えないって……」

 

「あそこで逃げる事は出来た。実際、俺達もそれを奨励したし、次があっただろう。でも戦っている、前線にいる日下部大尉からしてみれば、背中を向けて逃げ帰る事なんて出来なかった。何よりもあの人の矜持が、それを許さなかった」

 

「矜持……。でも死んでしまったら」

 

「意味がない、ってか? 俺も最初はそう思っていたよ。何で死んだんだ、って。モリビトと心中したあの人の気持ちが最初、全然分からなかった。憎みさえしたよ。操主とモリビト、両方を失ってしまってこれでは意味がない、とも」

 

 翠は黙って聞いていた。整備班からしてみれば操主と才能機の二つを失ったのは大きかっただろう。

 

「……でも、あの人の愛したナナツーに乗っているうちに、ちょっとだけ分かってきたんだ。あの人は未来を託したんだって。自爆したのは絶望したわけじゃない。背中を丸めて逃げ帰るんじゃなく、最後の最後まで足掻き、戦い、命を賭した。それがあの人なりの、生き様だったんじゃないかって」

 

「生き様……」

 

「逃げる事は出来た。失わないための戦いも出来た。でも、人間ってそれほど器用じゃないんだな。失いながら、戦い、生きていくんだ。それこそが、人生なのかもしれない」

 

 人生。兄はそこまで考えてモリビトとの自爆を決意したのだろうか。死が待っていると分かっていながら、幽鬼から逃げるよりも高潔な死を選んだ。

 

「軍の内部でもあの人の判断を馬鹿だと言う奴はいる。でも、俺は言われているほど馬鹿じゃないんだと思う。あの人は戦いを愛していなかったが、モリビトは愛していた。愛した者の一つを守れるのならば、それは高潔である、と」

 

 兄が守ったのはモリビトだけではない。帝都に住む人間の命、もっと言えばこの国の人民を守ったのだ。

 

「……オレにも、同じ事が出来るでしょうか」

 

「多分無理だ。いくら弟だって言ったって、全然違うからな」

 

 否定されてへこみそうになる。しかし、シゲはただ叱責しているわけではなかった。

 

「でも、誰だってそうなんじゃないか? 誰かの代わりなんて、きっと誰にもなれないんだよ」

 

 代わりにはなれない。自分は兄、孝雄の代わりとして呼ばれたわけではない。

 

「難しい事は、俺、分からないけれどな。才能機を愛する事も、あの人の愛し方を真似る事なんて出来ないんだ。それは、まぁ、他人にはなれないって事なんだろうなぁ」

 

 誰も、誰かの代わりにはなれない。そんな、分かり切っている当たり前の事だ。だがそれが分からないから、自分は兄の影を追って無茶無謀を行った。代わりになろうと必死だった。兄に追いつこうとそれしか考えていなかった。

 

 今思えば浅慮だったのだ。自分は兄の代わりになりたくて帝都まで来たのではない。自分は兄の死の真相を知る「日下部翠」として、帝都にやってきたのだ。

 

 自然と立ち上がって翠は頭を下げていた。

 

「すいませんでした。オレ、何も分かっていなかったみたいです」

 

 自分は「日下部孝雄」ではなく「日下部翠」であるという事。自分らしくしか生きられないのだという事を。

 

「分かっただけでも御の字だよ。大抵、分からないで終わっちまうもんだからさ」

 

「あの、他の整備士の方々にも、謝って行ってもいいでしょうか?」

 

「今はちょうど小休憩中だし、行ってきな。あんたがどれくらいモリビトを愛してくれるのかを、俺達は何よりも知りたいんだ」

 

 翠は駆け出していた。

 

 地下格納庫では整備士の人々がコーヒー片手に談笑している。階段を駆け下りて、声をかけようとした瞬間、蹴躓いてその場に転がった。

 

 全員の視線が集中する。

 

 翠はすっと起き上がり頭を下げる。

 

「前回はすいませんでした! オレ、もっと勉強します! もっとモリビトを愛したいんです!」

 

 突然の事に戸惑う整備士達であったが中には理解のある人間もいたらしい。帽子を取ってこちらへと返礼する。

 

「こちらこそ、頼みますよ。若い操主さん」

 

 差し出された手に翠は困惑する。機械油と度重なる仕事で汚れた手。それを握り締める事からまずは始めよう。きっと、歩み寄れる事が一番だろうから。

 

「あっ、でもおやっさんいねぇや。どうするかな」

 

 整備士の一人が声を出す。その言葉に全員が呻った。

 

「おやっさん……って山城班長ですよね……。どこに……」

 

「へそ曲げると、おやっさん、飛び出していくからなぁ」

 

「多分、あそこなんだろうけれど、日下部少尉一人で行かせられるか?」

 

 不安が飛び交う中で翠は声にする。

 

「あの! オレ、出来る事は何でもします! だから山城班長の居場所を教えてください!」

 

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