ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第拾四話「強くなりたい」

 

 電燈が連鎖する街角には酔っ払いが千鳥足でたむろしている。

 

 翠は教えられた通りの場所に辿り着いていた。

 

「えっと……喫茶、イガラシ……」

 

 喫茶イガラシと書かれた看板を見つけ翠は裏通りへと入ってゆく。本当に山城がいるのか? 饐えたような臭いの立ち込める裏通りに小さな扉があった。ノックするべきか、と逡巡を挟んだのも束の間、出てきたのは酔っ払った女だ。酒臭い息を振り撒きながら、連れ添いの男も出てくる。翠を目にするなり声を潜めた。

 

「軍人さんだ。何の用なんだろうね」

 

「知らないわよぉ! 軍人なんて!」

 

 すっかり出来上がっている様子の女が声を荒らげる。翠は喫茶店の中へと入っていった。

 

 店の内観は落ち着いた色調で、テーブル席が八個ほど並んでいる。その中の一番奥の席に、山城は座っていた。

 

 辺りには酒瓶が散乱している。整備士達の言っていた通り、嫌な事があると酒に逃げる癖がある、というのは本当のようだ。

 

「山城班長……」

 

 翠が声をかけると山城はぎょろりと睨みを利かせる。

 

「んだよ、ひよっこ操主の坊ちゃんか」

 

 その言い草に翠は怒るより先に頭を下げていた。

 

「すいませんでした。オレ、分不相応な事を」

 

 翠の態度に山城は鼻を鳴らす。

 

「で? 謝ってどうする?」

 

 その言葉には翠もきょとんとしてしまう。

 

「どうするって……。一応、ケジメのつもりで――」

 

「ケジメって言うのはな! 頭下げりゃ済むってもんじゃねぇんだよ!」

 

 いきなり怒鳴り散らされて翠は萎縮した。山城は新しい酒瓶を開けてグラスに注ぐ。

 

「モリビト弐号大破だ! 大破! その意味分かってんのか? 一日二日で直るもんじゃねぇし、何よりも、だ! 操主がそんなんじゃ直ったって同じなんだよ! また壊すんだろうが!」

 

 一方的な怒りに翠は言い返す。

 

「こ、壊しません! もう二度と」

 

「保障が出来るかよ! ひよっこ操主の分際で。モリビトがどれだけの人の意思を組み上げて造られているのかも理解出来ない奴に、操主なんてやって欲しくねぇんだよ!」

 

 面を上げて翠は抗弁を発する。

 

「オレは、兄の死に報いるために」

 

「その割にゃ、日下部大尉殿の弟とは思えないほど、華奢で弱っちい顔だ。そんな女の腐ったみたいな奴によ、モリビトは任せられねぇって言ってんだよ!」

 

 山城はここで認める気はないらしい。ならば、と翠は声にする。

 

「だったら、何をもって認めてくれますか?」

 

 山城は鼻を鳴らしてグラスを呷る。

 

「酒の一つも飲めねぇ奴と話す事はねぇな」

 

 その言葉に翠は山城の対面に座り込んだ。グラスを引っ手繰り、自分もありったけの焼酎を注ぐ。それを逡巡も浮かべずに飲み干した。

 

 喉を灼熱が行き過ぎる。翠はくらくらする頭を持て余しながら口を開いた。唇も爛れたように痛い。

 

「これで……一応は同じ土俵ですよね」

 

 山城は呆然としていたが、やがて調子を取り戻す。

 

「ふざけんな! そんな安焼酎空けたくらいで何だってんだよ! こちとら、水みたいなもんだ、そんなの!」

 

 新たに瓶を開けようとする山城から酒瓶そのものを引っ手繰り、翠はラッパ飲みした。その威容に店主や女給でさえも言葉をなくしている。

 

 飲み干した翠はガンとテーブルに瓶を置く。呼吸一つ一つが炎熱のように喉を焦がす。

 

「これで……どうですか」

 

 翠の行動に山城は呆気に取られていたが頭を振る。

 

「まだだ! まだそんなんじゃ、俺に勝ったとは言えねぇな! おい、店主! とっておきを持ってきな!」

 

 その声に店主が気後れ気味に反応する。

 

「あれ、ですか? しかしあれは、飲むと翌日に差し支えるから飲まないと仰って――」

 

「いいんだよ! こいつがどんだけの覚悟なのか、ちと見てみたくなった」

 

 山城はサングラスの奥の目を細める。翠は負けじと睨み返した。

 

「こっちも、望むところですよ」

 

 テーブルに置かれたのは新聞紙で包まれた巨大な酒瓶であった。銘もなく、ラベルもない。

 

「これは秘蔵中の秘蔵でな。ここの常連でも知っている奴は少ねぇ。飲むと一週間はまともに動けないぜ」

 

 その酒瓶の蓋を開け、山城はグラスに注ぐ。翠も同じようにグラスに注いだ。

 

「これで俺に飲み勝てたら、話を聞いてやってもいい」

 

 今の時点でもう視界はぐらぐらだ。意識も閉じそうであるし、そのくせ喉と胃だけは妙に熱い。

 

「望む、ところですよ」

 

「勝負!」

 

 翠と山城は同時に酒を呷った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突っ伏したまま失神している翠を見やり、山城は酒臭い吐息をつく。

 

 この勝負には整備班の連中でさえも乗ってきた奴はいない。だというのに、この未熟な操主は乗ってきた。その結果、十分と持たなかったが。

 

 山城でさえもこの酒はきつい。翠が失神した直後に、飲むのをやめた。

 

「くっそが……。妙に根性だけは据わっていやがる」

 

 既に頭痛がしてきた。これほど飲んだのは久しぶりだ。

 

「認めてあげればどうですか? そのつもりで、この酒を出したんでしょう?」

 

 店主が翠に毛布をかける。山城は視線を背けた。

 

「うっせぇな。飲み比べに勝てなかった。その結果は結果だ」

 

「でも勝負を逃げなかった。その度胸は買いましょうよ」

 

 翠はグラスから手を離さない。店主や他の店員がどれだけやっても翠の手からグラスを取る事は出来なかった。

 

「すごい根性ですよ。失神してもグラスを離さないなんて」

 

「根性だけで、モリビトを操れりゃ世話ねぇよ」

 

「……山城さん。あまり意地を張り過ぎても仕方ありませんよ」

 

「うっせぇや」

 

 山城は水を飲んで翠を睨む。

 

 高いびきを掻く翠に山城は呟いた。

 

「根性だけ据わっているのは、兄貴譲りか」

 

「ああ、そういえば一度だけ、山城さんに飲み比べ挑んだ士官の方がおられましたね。あの方のご親族で?」

 

「弟、らしい。それにしちゃ、華奢でどうしようもねぇ、モヤシだがな」

 

 しかし度胸と根性だけは据わっている。山城は翠の頭に水をかけてやった。すると、びくりと反応して声を出す。

 

「あたしは……負けてない……」

 

「寝ぼけているんですかね? あたしって」

 

 店主は微笑んだ。山城は翠を凝視しつつ、けっと毒づく。

 

「知るもんかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハッと目を覚ますと翠はまず辺りを見渡した。

 

 自分の宿舎にいつの間にか戻っている。確か、さっきまでは……と思い出そうとしてきりきりと頭痛がした。

 

「痛っ……。何だ、これ」

 

 言葉にすると自分の息があまりに酒臭い事に気がつく。そうだ、確か山城と酒の飲み比べをして、それで……。

 

 記憶を手繰るが勝ったのか負けたのかさえも覚えていない。その前後でさえも曖昧であった。翠は水を飲んでから、出来るだけ酒臭い吐息をどうにかしようとしたが、やはり直らないのでそのまま整備班のいる地下格納庫に向かった。

 

 山城が何事もなかったかのように声を張り上げている。やはり自分は負けたのだろう。

 

 どうしようか、とびくついていると、山城が自分を発見した。

 

 降りて来い、と手招きされる。

 

 また怒鳴り散らされるのだろうか、と考えていると山城はサングラスの奥の瞳を細めた。

 

「……度胸と根性だけは、認めてやるよ。ただ、次にモリビトぶっ壊したら、拳骨じゃ済まさねぇぞ」

 

 身を翻す山城に翠は呆気に取られる。シゲが歩み寄ってきて、「何とかって感じだな」と声にした。

 

「おやっさんと飲み比べるなんて、整備班でもやらない無茶だ。それに……やっぱり酒臭いな」

 

 ハッと翠は口元を押さえる。他の整備班も笑った。

 

「みんな! おやっさんと酒の飲み比べした操主様だ! 丁重に扱えよ!」

 

 シゲの囃し立てる声音に他の整備士達も口笛を鳴らす。

 

「さすが。幽鬼に立ち向かう操主ってのは違うなぁ」

 

「おやっさんのほうが幽鬼の百倍怖いけれどな」

 

「てめぇら! 口ばっかり達者に動かしてねぇで手ぇ動かせ!」

 

 山城の檄に黙って従っていく整備士達が少し可笑しい。翠は自ずと笑みを浮かべていた。

 

「操主の坊ちゃんよ」

 

 六角レンチで指されて、翠は佇まいを正す。

 

「はい、何でしょう」

 

「……度胸と根性だけは認めてやるがな、それだけでモリビトの操主は務まらねぇ。おい! シゲ!」

 

 呼ばれてシゲが顔をひょっこりと出す。

 

「何でさぁ、おやっさん!」

 

「こいつに練習つけてやりな。ナナツーを動かせりゃ及第点だ」

 

 思わぬ言葉に自分もシゲも目を丸くする。脚立から降りてきたシゲが問いかけた。

 

「そりゃまた、どういう風の吹き回しで?」

 

「いいからやれって言ってんだよ!」

 

 山城の怒声にシゲは背筋を伸ばす。翠も気圧されていた。

 

「ナナツーは武装を施していないモリビトだと思いな。武装のない分、細かいところで繊細だ。そのナナツーを手足のように動かせりゃ、モリビトでもそれなりの戦果は期待出来る」

 

「でもおやっさん。俺がいないとその担当箇所は」

 

「てめぇ一人がいねぇくらいで整備班が駄目になるなんざ、考えるのは百年早いんだよ! いいか? 俺は命じたぜ。シゲ、てめぇの役目はこの坊ちゃんにナナツーの動作を一から百まで叩き込みな。ナナツーで曲芸出来るレベルになったらモリビトに乗せてやる。それまで帰ってくるな」

 

 山城の言葉にシゲが翠へと視線をやる。翠も今しがた聞いたばかりなので困惑していた。

 

「その……モリビトの操縦訓練させなくっていいんで?」

 

「ナナツーも動かせないひょっこがモリビト動かせるもんかよ。まずは練習台だ。いいか? 本当にナナツーを手足のように動かせなきゃ、世話ぁねぇんだぞ」

 

 懇々と言い聞かせた山城の言葉にシゲは何度も頷く。

 

「話はそれだけだ。じゃあな」

 

 去っていく山城に、翠はようやく思い出したように声をかける。

 

「あの……! 待ってください!」

 

「何だ? 文句でもあんのか?」

 

「いえ、その……。ありがとうございます! オレに、まだ好機を与えてくれて」

 

 頭を下げる翠に山城は言い放つ。

 

「勘違いすんじゃねぇ。てめぇがナナツーを動かせないと本気で俺は対策室に殴り込むからな。操主を変えろって」

 

「オレ、期待に沿って見せます」

 

 顔を上げて放った声に山城は眉を上げた。

 

「言うようになったじゃねぇか。シゲ! 出来るまで帰ってくんじゃねぇぞ!」

 

 踵を返す山城に翠とシゲは同じように頭を下げていた。

 

「ありがとうございます!」

 

「日下部少尉さぁ……、何だか分からないけれどおやっさんのご機嫌を取ったみたいじゃないか」

 

「そんな。オレはただ、認めてもらおうと」

 

「いや、なかなかいないよ。おやっさんの一回の決定を覆すなんて。それなりの対価は払ったんだろう?」

 

 まだ痛む頭と酒臭い息が代償か。翠は笑みを浮かべて濁す。

 

「……しっかし、次にいつ幽鬼が出るのかも分からない現状。ナナツーでのしごきもそれなりに厳しくなるから、覚悟しといてくれよ」

 

 分かっている。次の幽鬼襲来の時には絶対に、前のような失態は繰り返さない。

 

「オレは、強くなります」

 

「よし、ビシバシ行くぞ!」

 

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