ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第拾五話「不確定要素」

 窓の外でナナツーを操縦している翠と整備士の姿が目に入った。

 

 ナナツーの制御は実のところモリビトよりも難しい。二脚の調整器が万全でないせいでほとんど操縦者の姿勢制御感覚が顕著になるのだ。その難しさを知っていて、翠は立ち向かっているのだろうか。

 

 モリビトの操主となるために。

 

「……時雨准将?」

 

 自分の顔色を窺った声に時雨は我に帰って視線を振り向ける。

 

 目の前にいるのは黒い三つ揃えを纏った男二人である。対策室諜報班所属、伊勢と水無瀬という名前の男達であった。無論、本名ではなく、対策室で名付けられた仮の名前だ。彼らの本名が知れるのは死んだ時だけだろう。

 

「今回、幽鬼出現の広域捜査、ご苦労であった」

 

「いえ、仕事をしたまでですので」

 

 そう返すのは伊勢で水無瀬は主に喋らない。ただ適切な時に適切な資料を渡すのには優れている。すぐさま問題となった資料を伊勢に渡す。

 

「これが、発見現場のものです」

 

 撮影された写真を時雨は凝視する。

 

 不可解なのはやはり……、と伊勢を見やる。

 

「今回も、か」

 

「ええ。あれだけの大質量が移動したにしては、被害が無さ過ぎるのです」

 

 幽鬼はモリビトに匹敵する巨体。それほどのものが移動すれば、それだけで被害が甚大になるはず。しかし、不可思議な事に、幽鬼の移動で被害が出た、という報告はない。

 

 幽鬼の有する砲身と触手による攻撃での被害ばかりで、幽鬼本体の移動にかかる重量はほぼゼロなのだ。

 

「それこそが、我々が幽鬼、と名付けた由来でもあるが、まさしく奇怪だな。質量の存在しない巨大な敵」

 

 写真に指を当てて時雨は思考する。どうして幽鬼には質量がない? 一体何が幽鬼を動かしている動力なのだ?

 

「あと今回も、見受けられました。どうしてだか門の前で死んでいた憲兵の身体に」

 

 茶封筒を水無瀬が差し出す。伊勢はそれを受け取り、中身を白い手袋をつけた手で取り出した。

 

 既に乾いた血のこびりつくそれは、矢じりの形状をした御符である。三本の線が刻み込まれており、時雨は眉をひそめた。

 

「やはり、また、か」

 

「ええ。幽鬼出現の際に必ず、どこかで殺人がある。その殺人は規模こそ小さいものの、その現場には決まってこれが」

 

 矢じり型の御符は対策室の一部では「呪符」と呼ばれていた。幽鬼出現の際、必ず遭遇する殺人事件。その現場に残された呪符。一体、何者が殺人を犯しているのか。そもそも呪符の出所は、など全てが謎だ。

 

「刀使い、例の刀使いの出没地点は?」

 

「掴めていません。刀使いを目撃したものは、等しく殺されております」

 

 黒い仮面の刀使い。それも幽鬼出現に関係しているのだろう。

 

 その刀使いと呪符がせめて結びつけば、まだ捜査が進展するのだが。

 

「この呪符、もう使えんのか?」

 

「分かりません。そもそもこれはどういう経緯のものなのか。陰陽師達に連絡は?」

 

「したが、見た事のない形式の呪符なのだという。陰陽師達は百年以上前より、この国を護ってきた。我々よりも精鋭だ。だというのに、彼らでさえもこの呪符の使用目的は不明だと言う。……少し、憶測を交えてもいいかな?」

 

「ええ、我々で構わなければ」

 

 時雨は席につき、両手を組んで口にする。

 

「もし、この呪符の存在こそが、質量のない幽鬼の原因だとすれば? つまり、呪符の存在が、幽鬼をこの世に保っている。呪符さえ破壊すれば、幽鬼の侵攻を止められるのでは?」

 

 その仮説に伊勢が応じる。

 

「そうなってくると、事前の殺人の阻止しかありませんね」

 

「そうなのだが、殺す人間も、殺される理由も不明となれば、事前に阻止は難しいな」

 

 殺人に法則性はない。通りかかりの人間の場合もあれば、本当に、女子供の場合もある。相手の出方が不明な以上、防ぐ手立ても思い浮かばない。

 

「だが、この殺人に意図がある。それだけは確かだろう」

 

「殺されていた憲兵は、刀傷を受けておりました。つまり、刀使いが幽鬼を動かしていると仮定しても」

 

「いや、それは飛躍かもしれない」

 

 伊勢の仮説をいさめる。あまりにも対策室が逸れば、それだけ相手の見落としも多くなる。慎重に慎重を期して、相手の出方を窺わなければ。

 

「刀使いと幽鬼の関連性はあっても、刀使いに幽鬼は制御出来ているのか? そもそも幽鬼は動力、内部器官、全て不明」

 

 幽鬼の身体の中がどうなっているのかを解析は出来ないのだ。何故ならば倒した幽鬼は空間に溶けるように消えてしまうからである。

 

「せめて、こちら側に資料があれば違ってくるんですがね。幽鬼の動力源や、その目的など」

 

「目的は、帝都を不安と恐怖に陥れる事だろう。だが、その目的も、少しばかり分からなくなってきた」

 

 翠と話した内容が思い起こされる。才能機の炙り出し。それも相手の思惑ならば、モリビトを出す事自体が意味のない防衛になってしまう。

 

「時雨准将。これは、自分の勝手な、一個人の考えに過ぎないのですが」

 

「言いたまえ」

 

「この呪符、何か力を持っているのではないでしょうか? 陰陽師に聞いても分からぬのは、この国の呪符の形式ではないから」

 

「ほう、面白い解釈だな」

 

「もし、諸外国がこういう形式を取って攻めてきているのだとすれば、それは前大戦を踏まえた、本土決戦の前触れとも取れるのではないでしょうか?」

 

 なるほど、諸外国の陰謀説、か。時雨はその考えも推理する。本土決戦のため、地理を把握するために幽鬼を導入してきた? だがそれにしては幽鬼の技術力は群を抜いている。抜き過ぎている。

 

 このような技術を持てばすぐさま宣戦布告に打って出てもいいようなもの。だというのに、この国の防衛機関を妙に過敏にしておいて本気で攻め込まないのは何故か。

 

「……そう考えるにしては、相手のやり口がぬるい。軍の基地に現れたのならば、もっと本格的に壊していけばいいのに、モリビトを戦闘不能にしてそれでお終い、というのは解せないな」

 

 才能機との一対一の戦闘に際して、その試験、とも取れなくもないがだとすれば同じ才能機で試すのが筋だ。幽鬼のような摩訶不思議な技術を用いるのは試験として正しくはない。

 

「やはり時雨准将は、この幽鬼、人の手が介していないとお思いで?」

 

 考えを見透かされて時雨はフッと笑みを浮かべる。

 

「そうだな。人の手が介入しているとすればあまりにずさんだ。もっと言えば決戦兵器らしくない。モリビトは帝都防衛の要だが、それにしては相手の幽鬼の動き方、出方があまりにも……賭け事じみている」

 

「賭け事?」

 

「馬を放してやって、その中で一等になるのはどの馬か、というのを試しているのに近い。馬に乗って一等を競うのではなく、馬独自の思考回路に任せているような気がする」

 

「……騎乗するのではなく、馬の放し飼いのようなものだと?」

 

「そうだ。戦場に馬を一匹、放してやってちょっと掻き乱す。その程度の干渉に過ぎない、とわたしは考えている。まるで戦場のなんたるかではない。これはまるで……実験だ」

 

 口からついて出た言葉に時雨自身も驚いていた。

 

 実験。

 

 しかしその言葉がしっくり来る。相手が実験じみた行動を起こしているのだとすれば、その実験の意味は何か。

 

 さすがにそこまで関知の及ぶところではなかった。

 

「自分には、実験、だとしても人命がかかっております。そんな事を出来る人間など、この国の者とは思えません」

 

 諸外国の性能試験、という線を捨て切れていないらしい。時雨は口角を吊り上げた。

 

「君がそう考えるのは勝手だし、わたしだって正解を射止めているわけではないよ。なに、回答はゆるりと出すとしよう」

 

 時雨は組んでいた両手を解き、呪符に触れた。何かしらの霊的な力は見られない。

 

「この呪符、発見したままで?」

 

「ええ、今まで通り、発見した時より手を施してはおりません」

 

「この呪符、金属製に出来ないか?」

 

 意味が分からなかったのだろう。伊勢は問い返した。

 

「どういう、事でしょうか」

 

「つまり、だ。幽鬼の力を才能機に活かせないか、と言っている」

 

 その言葉に伊勢は目を見開く。覚えずと言った様子で机に手を置いた。

 

「正気ですか? これは幽鬼の、妖怪変化の代物! それを技術の結晶たる才能機に組み込むなど」

 

「だが、君は諜報班だ。才能機の性能云々に関して口を挟む権限はないはずだが?」

 

 そう口にすると伊勢は口ごもって後ずさる。

 

「……しかし」

 

「不安はもっともだ。わたしとてどういう結果をもたらすのかまるで分かっていない」

 

「ならば慎重に……!」

 

「しかし、相手の戦力を組み込んで自身のものとするのもまた、戦場でのやり方の一つだよ。相手のものは相手のもの、ではないのだ。相手のやる事はこちらでも最大限汲み取る。それこそが戦場の在り方だろう?」

 

 そう説き伏せると伊勢は異論を挟む様子はなかった。ただ一つ、「知りませんよ……」とは口にした。

 

「構わない。これはわたしの独断だ。陰陽師に連絡を取り、この呪符をモリビト弐号に組み込む」

 

 諜報班である伊勢と水無瀬はここまでだ。二人は部屋を後にする。

 

 ずっと侍っていた高木がようやく声にした。

 

「伊勢は、時雨准将の立場を思っての事でしょう」

 

 それは分かっている。伊勢がどれほど自分という人間にこだわっているのか。自分の下だからこそ、汚れ仕事も厭わない諜報班にいるのだ。

 

「承知しているさ。だが、この呪符、面白くはないか?」

 

「面白い、とは?」

 

「これ一つでもし、幽鬼のような巨大兵器を運用出来るとすれば、戦争の在り方がごろっと変わる。幽鬼が妖怪変化の類であるのならばなおさらだ。あやかしを殺す術を、亜米利加や隣国は知らんよ」

 

「これを戦術の一部として、取り入れると?」

 

「それも日本の将来を思っての事だ。もし幽鬼を駒の一つとして数えられるのならば、これまでの従来型の戦争は時代遅れとなる。モリビトと連携して幽鬼を組めるとすれば、それに勝る事はない」

 

 高木は窓の外でナナツーの操縦に勤しんでいる翠と整備士を見やる。彼にも思うところはあるのだろう。

 

「操主に替えは利きません」

 

「重々承知だ。幽鬼のような不確定要素を組み込む事には反対かね?」

 

「反対、というよりも私とてこれに関しては分からぬ事のほうが多く、何も……」

 

「毒になるか薬となるか、試してみようではないか」

 

 時雨は執務机の上にある呪符を撫でて笑みを浮かべた。

 

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