ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第拾七話「負けられない戦い」

「幽鬼出現!」 

 

 その報告は寝入った頃にもたらされた。翠は警報に叩き起こされる。

 

 宿舎の人々が固まって外に出ていた。翠が向かったのは発令所である。前回のような軍事施設を狙ったものではないのは、落ち着いた人々の挙動から察した。

 

「どこに? どこに幽鬼が現れたのです?」

 

 発令所の中には数十人の報告担当の人間が詰めており、指揮官席に時雨がついていた。段々畑のようになっている発令所の二階層には先ほど因縁をつけた岩倉が命令している。

 

「出現地点の絞り込み!」

 

「上野公園の辺りに、幽鬼反応!」

 

 そう応じたのは陰陽師の集団であった。僧衣を纏った彼らはこの科学の結集した発令所では少しばかり浮いた存在である。

 

「上野……。今回はまたえらく遠い場所に出たな。日下部少尉は?」

 

 岩倉の問いかけに翠は緊張を走らせる。

 

「もう来ています!」

 

「地下格納庫に向かってください。モリビト弐号出撃準備!」

 

 嫌味の欠片も持ち込まず、岩倉は命令する。翠は思わず時雨へと目配せした。時雨の傍には高木が侍っている。

 

「出撃準備だ」

 

 そう声を投げられて翠は挙手敬礼した。

 

「了解!」

 

 そのまま発令所を出て地下格納庫へと向かう。格納庫では山城が檄を飛ばしていた。

 

「馬鹿野郎! モリビトの制御系をきっちりいじっとけって言っただろうが。調整器も合わせろ! 自重で動けないんじゃ話にならねぇ!」

 

 返答する整備士達も少しばかり肩に力が入っているようだった。翠は声を振りかける。

 

「日下部少尉、到着しました!」

 

「おう、坊ちゃんか。モリビトに乗れ! 操縦は、前回よりかはましになってくれたよな?」

 

 自信はない。だが、前回のような失態は晒さないつもりだ。

 

「分かっています」

 

「上等じゃねぇか。モリビト弐号、出撃準備!」

 

 操縦席に座り、安全帯を締める。まず確認すべきは操縦桿の重さと、どれだけの武装が施されたのか。伝令管から声がかけられる。

 

『日下部少尉……いや、翠少尉か。俺です、シゲです』

 

「シゲさん。今回の武装は?」

 

『基本は前回と同じ。無反動の滑腔砲に、突撃用の左腕。左腕の鉤爪は新しいのに交換しておいた。ただ、前にも言った通り、あまり近づき過ぎないのが戦い方の定石だ。中距離から無反動砲で攻撃。その後、相手の勢いが弱まったら鉤爪でとどめ。以上』

 

 ほとんど作戦にもなっていない。やはり岩倉と話し合っておくべきだったか。だが後悔を浮かべても仕方ない。

 

「シゲさん達が仕上げてくれたんです。オレは信じます」

 

「モリビト弐号、出るぞー! 出撃、出撃ー!」

 

 誘導灯を握った整備士がモリビト弐号を出撃地点まで誘う。

 

 翠はペダルを踏んでゆっくりとモリビト弐号を進ませた。ペダルの重さは前回比よりも軽い。これは自分の感覚の問題なのかもしれないが。

 

 シャッターが開かれ、モリビト弐号が地上へと出る常夜灯も点滅する。道が照らし出され、翠は腹腔から声を出した。

 

「――モリビト弐号、日下部翠、出ます!」

 

 キャタピラが激しく回転し、モリビト弐号の機体を押し出す。地下格納庫から飛び出したモリビト弐号はそのまま軍の基地を抜けた。

 

 向かうべき場所へは伝令管から声が伝わってくる。

 

『日下部少尉、聞こえていますか? 上野方面への連絡を行います』

 

 岩倉の声だ。内心、まだ認めていないのだろう。どこか声音が固い。

 

「お願いします」

 

『そこから北方に進んでください。幽鬼が見えたら、建築物を盾にして、中距離より砲撃。今回、弾数は三発です。一発も撃ち漏らしのないよう』

 

 言われなくとも分かっている。醜態を晒せば全員の不信を買う。

 

「あの、岩倉中尉……。さっきはその、すいません」

 

 一応は誘導を頼んでいるのだ。余計な感情を混ぜるべきではないと感じて謝ったが、それさえも岩倉からしてみれば余計だったらしい。

 

『日下部少尉。今は、モリビトの操縦に集中を。そんな事は後でも構いません』

 

 改めて自分の甘さを痛感する。翠は操縦桿をきっちり握り、幽鬼を索敵した。モリビトの強化硝子は今回、緑色に染め直されている。前回、赤いせいで炎と混じって見辛かった点を克服しているのだろう。

 

「幽鬼……どこから来る?」

 

 息を詰めて翠は相手を探す。その瞬間、声が迸った。

 

『日下部少尉、相手は移動しています』

 

 岩倉の報告に翠は戸惑う。

 

「どこへ? こっちにですか?」

 

『いえ、街頭のほうへと。このままでは被害が出ると予想されます。出来る限り急いでください』

 

「急げって言われても……」

 

 キャタピラではこの速度が限界だ。しかもこの速度でも道路を踏みしだいてしまうため、細心の注意が必要である。

 

『目標偏向!』

 

 その声は陰陽師のものであった。岩倉がそれに続こうとしたその時、翠の目にもそれが入った。

 

 螺旋を描く触手だ。どこから、と翠が敵を探そうとする。真正面には鍵穴の幽鬼は存在しない。

 

『直下だ! 日下部少尉! 後退を!』

 

 判じた岩倉の声が弾けた途端、地面を這い進んでいた幽鬼から触手が放たれ、モリビト弐号の胴体を打った。

 

 幸い、装甲板の表面を掠めた程度であったが、まさか、という思いが強い。

 

「街頭のほうに行ったんじゃ……」

 

『這っていたせいで正確な位置を掴み損ねた……。日下部少尉、来ますよ!』

 

 突き上げるように鍵穴の幽鬼が頭を上げる。翠はそれを押さえつけようと左腕を操る操縦桿を引いた。

 

 モリビト弐号が鉤爪を有した左腕を振り上げて幽鬼へと攻撃する。幽鬼の頭部を引っ掻いたが、浅い。

 

 幽鬼の触手による攻撃がモリビト弐号の右腕を侵食する。砲身との付け根を狙っているらしい。このままでは、と翠は慌てて後退させようとした。

 

「振り解く!」

 

 キャタピラが路面を押し潰し、左腕の鉤爪が何度も空を切る。触手を切るほどの正確さはなかったが、モリビト弐号の抵抗に幽鬼が距離を取ろうと砲身を突きつけた。

 

「こんの!」

 

 発射された砲弾が幽鬼の頭部を打ち据える。質量弾頭に幽鬼の姿勢が乱れた。

 

 今だ、と翠は後退する。

 

 距離を取らなければ幽鬼の触手にやられてしまいかねない。しかし、後ずさるモリビト弐号へと幽鬼は触手を伸ばして追いすがった。その触手の先端がキャタピラを噛み、そのまま巻き上げるようにして一挙に距離を詰めてくる。

 

「近づかせない!」

 

 左腕の鉤爪を突き出し、接近してくる幽鬼を弾き落とす。

 

 モリビト弐号の横合いからの鉤爪に幽鬼が傾いだ。

 

 こちらには無反動砲と鉤爪しか武器がない。接近させず、無反動砲の質量弾頭を撃ち込む。それが最善のはずだ。

 

 しかし、もう残り二発。狙いを澄まさなければ撃てない状況に立たされてしまった。

 

 キャタピラで後退しつつ翠は操縦席の脇にある取っ手を引く。すると翠の目線の位置に狙いをつけるための照準器が展開された。

 

 それぞれ虫眼鏡になっており、それらが多数折り重なる事で相手へと狙いをつける照準器の役割を果たす。

 

 覗き込んで翠は幽鬼を睨む。

 

 改めて、その存在に圧倒された。

 

 鍵穴のような形状をした躯体に、薄灰色の装甲。触手は金色で、螺旋を描いている。頭から突き出ている砲門の筒先を、まるで粘土細工のように緩めて、幽鬼は直立姿勢を保とうとする。

 

「あの砲門、鉄じゃないのか……」

 

 軟性のある金属など存在しない。ならば、やはり幽鬼は妖怪悪鬼の代物だと断定せざるを得ない。

 

「ゆっくりと後退して、無反動砲で胴体を撃ち抜けば」

 

 キャタピラが路面を踏みしだく。ガス灯が傾き、キャタピラに巻き込まれて破砕した。

 

 この巨大なモリビト弐号が動くだけでも相当な被害である。だというのに、幽鬼との戦闘を長引かせるのは得策ではない。

 

 翠は先ほど降ろしていた無反動砲の砲身を持ち上げさせる。ほとんど突きつける形で、幽鬼から離れていく。

 

「確実に命中させられる距離で、なおかつ相手から離れないと。そうでなければ」

 

 幽鬼の触手攻撃はモリビトの装甲を貫通する。接近戦は不利であった。かといってあまりに距離を取り過ぎれば、今度は相手の砲門からの攻撃が怖い。

 

 中距離で、相手に撃たせる暇を与えず、こちらの無反動砲で仕留める。

 

 それが最も有効な手段だと思われたが、幽鬼はなんと自らの身体をそのまま地面へと這い蹲らせた。

 

 何を、と翠が声にする前に、幽鬼の下部から帯状の物体が突き上げられる。

 

 それは幽鬼の新たなる武装であった。帯状の尻尾はまるで目がついているかのように鎌首をもたげてモリビト弐号を狙い澄ます。翠は咄嗟に機体を傾かせた。

 

 直後、帯状の尻尾が凄まじい速度で射出される。

 

 モリビト弐号のすぐ傍の地面を抉って、帯状の尻尾が帝都の建築物を引き裂いた。

 

 ――あれは、まるで刃物だ。

 

 伸縮自在の帯状の尻尾が戻ってくる。今度はモリビト弐号の首を刈ろうとしてるのは気配で分かった。翠は左腕を叩き上げて防ぐ。

 

 火花が舞い散り、帯状の尻尾と鍔迫り合いを繰り広げた。

 

 だがそれも一瞬。

 

 すぐさま均衡が崩れ、相手の膂力に負けたモリビト弐号がたたらを踏む形となった。

 

 姿勢制御の機構が崩れ、モリビト弐号の機体が背の高い建築物へと埋まってゆく。

 

 鉄筋コンクリートの建築材がモリビト弐号の装甲を叩いた。

 

「……動ける、か?」

 

 問いかけつつ蒸気計算機の弾き出す状態を見やる。まだモリビト弐号は「戦闘継続可能」とあった。

 

 赤い警告色にもなっていない。どうやら最小限の打撃で済んだようだ。翠は操縦桿を引いてモリビト弐号を起こす。

 

 しかしそこで、異常に気づいた。

 

「動か、ない……?」

 

 鉄材が機体の制御弁に引っかかり、動きを阻害しているのだ。

 

 一瞬の隙には違いなかったが、それは明暗を分ける隙だ。

 

 幽鬼の放った帯状の尻尾が薙ぎ払われる。

 

 動けないモリビト弐号はそのまま建築物を突き抜けて仰向けに倒れた。

 

 姿勢制御の警告が鳴り響く。キャタピラによる運動系統の制御系が軒並み落ちてモリビト弐号の戦闘継続状態が正常色の緑から黄色へと切り替わった。

 

「モリビト弐号! 動いてくれ!」

 

 操縦桿を倒してモリビト弐号を起こそうとするが仰向けに転がった状態からの脱出には相当な時間がかかる。

 

 当然、幽鬼がその時間だけ見逃してくれるはずもない。

 

 翠の視界に映ったのは、こちらを探す帯状の尻尾であった。蛇のように辺りを探っている。何を感知しようとしているのかは分からないが下手に動けなかった。

 

「万事休すか……」

 

 忌々しげに呟いたその時、建築物の瓦礫が一挙に転げ落ちた。その部分へと帯状の尻尾が弾き出される。鉄材を瞬時に引き裂いたその一撃に戦慄するよりも、翠はその反応速度に目を瞠った。

 

「音……? もしかして、見えているわけではないのか?」

 

 だとすれば、と左腕の機構を動かす。鉤爪で手の届く範囲を引っ掻いてやるとやはり、帯状の尻尾は反応してその部分を叩き潰した。

 

「音に反応する。声も駄目か……? いや、声も駄目ならばとっくに攻撃されている。幽鬼の尻尾は、多分、外界の音に反応して攻撃する自律稼動。だったら……」

 

 賭けだがやるしかない。翠は操縦席から安全帯を外して離脱し、席の後部に取り付けられている幾つかの救命器具を手にした。その中には使い捨ての照明弾が入っている。

 

 モリビト弐号の頚部を開き、操縦席から這い出た翠は、そのまま銃口を、遠くへと構えた。

 

 今にも、尻尾が狙いをつけてモリビト弐号を攻撃するかもしれない緊張感に喉がひりつく。だがそれ以上に、この状況を打開するにはこの方法しかない。

 

「あの辺りかな……」

 

 出来るだけ遠くに照明弾が落ちるように調節し、翠は引き金を引いた。

 

 甲高い音を上げて照明弾が光り輝く。だが、相手は光を見ているわけではない。鳴り響いた音を頼りにしているのだ。

 

 思った通り、照明弾の落ちた辺りを狙って尻尾が回れ右をする。今しかない、と翠は再び操縦席に戻り、モリビト弐号を起こそうとした。

 

「仰向け状態。武装のお陰で何とか完全に背中が接地しているわけじゃないのが幸いだけれど、これじゃどの道、飼い殺し。利用するべきは……」

 

 ナナツーでの訓練を思い出す。

 

 何度もよろけ、倒れ、その度に立ち上がり方を学んだ。

 

 モリビト弐号ではその通りとまではいかなくとも、応用は出来るはずだ。左腕の鉤爪で地面を這い進み、翠はモリビト弐号の姿勢を少しでもよくしようと努める。

 

 鉤爪の下にある簡素な五指で建築物の建材を掴み、そのまま起き上がろうとするもモリビト弐号の自重のせいで建材がぼろりと崩れてしまう。

 

「人間がそうするみたいに支えになるものを掴んで、は無理か。だったら」

 

 機体下部のキャタピラを操作するしかない。翠は機体下部の制御機構へと手を伸ばした。

 

「山城さんや、シゲさん達が倒れた事を想定せずに造るわけがないんだ。どこだ……どこにある?」

 

 幽鬼の攻撃を逃れたとはいえ一時的だ。照明弾の落ちた方向に何もないと分かれば相手はこちらに戻ってくるだろう。

 

 逸る気持ちを抑え、翠は操縦席を精査する。どこかにあるはずなのだ。モリビトが仰向けに倒れた場合の緊急措置が。

 

「脚部、キャタピラ制御……、これか」

 

 加速器と制動ペダルの間にある取っ手がそれであろう。小さく「扱い注意」と朱書きされている。

 

「今は、動いてくれる事を願うしか、ないっ!」

 

 取っ手を引っ張って起動させるとキャタピラが動き始めるのが振動で伝わってきた。翠は操縦席の振動から、キャタピラを擁する脚部が丸ごと稼動し、背中側に回っているのを感じた。

 

「なるほど、背中側に一時的に挟ませて機体を起こすのか。その後の制御方法は?」

 

 起き上がったとしても、キャタピラを元に戻せなければただの的だ。翠は他の制御弁や脚部の制御機器にナナツーと同じものを探そうとしたがモリビト弐号の制御系統にナナツーとの類似点は微かにしかない。

 

「今もこうやって起き上がろうとしているモリビトを、その後の戦闘継続が可能なようにするのには……。自律稼動の脚部制御……」

 

 操縦席の後部に取り付けられた緊急の手引き書を慌てて捲る。転倒時の制御方法と書かれた項に行き着き、翠は実践した。

 

「加速ペダルを踏んで、制動ペダルをその三秒後に踏む。そうすると緊急時の爆砕ボルトが点火し、背中からキャタピラが離れる……。一発勝負だけれど、やるしか、ないな」

 

 安全帯をしっかりと締め、翠は手引き書通りに加速ペダルを踏み締めた。即座に制動ペダルへと移行し、爆砕ボルトの発動を待つ。

 

 だが、爆砕ボルトがいつまで経っても作動しない。

 

 脚部キャタピラが背中に回って稼動しているのは分かるのだが、肝心のモリビト弐号が頭を上げてくれない。

 

「嘘だろ! 起きてくれ! モリビト弐号!」

 

 背中にキャタピラの張り付いたままではまともに戦えない。

 

 翠は必死に同じ手順を繰り返すが作動の気配はなかった。

 

 その時、モリビト弐号の強化硝子の眼窩越しに戻ってきた幽鬼の尻尾が映る。どうやら照明弾による一時的な誤魔化しはもう通じないらしい。

 

 帯状の尻尾がモリビト弐号をしっかりと見据えた。

 

「起きるんだ! モリビト! そうじゃなきゃ、ここまでやってきた意味が……、山城さんやシゲさんの、みんなの思いが無為になってしまう!」

 

 操縦桿を引いても押しても、モリビト弐号は仰向けのまま起き上がらない。帯状の尻尾が頭部を狙い澄ます。翠は思わず右側の無反動砲の引き金を引いていた。

 

「この! やられて堪るかぁ!」

 

 無反動砲から砲弾が放たれるが、それを難なく切り裂き、尻尾はかわしてみせる。肩を荒立たせる翠はもう一度引き金を引こうとして、それが最後の装弾なのだと思い留まった。

 

「これを撃つのは、相手の幽鬼本体を狙う時だけ……。でも、こんなんじゃ」

 

 なぶり殺しだ。翠は歯噛みする。

 

 このままでは、幽鬼に一矢報いる事もなく、終わる。

 

 あの尻尾が操縦席を引き裂けば自分とて死ぬだろう。

 

 翠は操縦桿を力いっぱい握り締める。

 

「嫌だ……。負けない、負けたくない……」

 

 頬を涙が伝う。もう、負けるわけにはいかないのに、モリビトは動いてくれない。

 

「――負けられないんだぁー!」

 

 その声と、幽鬼の尻尾が弾き出されたのは同時であった。

 

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