ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第弐拾壱話「破壊の爪痕」

「本当、洒落にならないってこれは!」

 

 整備班の放った野次に、見学に来ていた翠は肩を縮こまらせる。

 

 どうやら整備班が二手に分かれて言い争いをしているらしい。翠は地下格納庫に入ったところからそっとそれを眺めていた。

 

「何にも記録されていないってどういう事なんだよ! 暴走時の録音がないって、そんなわけがないだろう? 常時録音機能は入っているはずなんだ。そっちの整備の都合で排除したのか?」

 

「そんなわけがないだろうに! 俺達がモリビトの機体制御機構を任せ切っている間に、そちらさんが取っ払ったんじゃないのか?」

 

 何を、と、そっちこそという声が荒々しく響く。何を言い争っているのだろう、と翠が窺っていると突然に背中を叩かれた。

 

 短く悲鳴を上げて飛び退る。サングラスをかけた山城が立っていた。

 

「びっくり……させないでくださいよ」

 

「悪いな。坊ちゃんにこんなところ見せちまって」

 

 どうやら下での言い争いには山城は噛んでいないらしい。何故なのだろう、と尋ねていた。

 

「山城班長は、どっちの言い分にも味方しないんですね」

 

「俺が言っちまうとそっちが正義になる。今言い争っているのは、モリビトの上担当と下担当だ」

 

「上、下ですか……」

 

 山城は煙草を取り出して火を点ける。翠も勧められたので手に取って火を点けてもらった。相変わらず煙草には慣れない。

 

「モリビトの上半身と下半身は別の担当部署になっているんだよ。キャタピラの制御なんて上担当は知らないんだ。逆に下担当は上の操縦席の事なんて全く知らない」

 

 そんな事がまかり通るのだろうか。翠は自然と尋ねていた。

 

「それじゃ、連携取れないじゃないですか?」

 

「いいや。逆って奴さ。上担当は上の事だけを責任持てばいい。下担当は下の事だけを責任取ればいい。つまるところ分業に近いんだよ。まぁ、分業制を敷かなければ、こんなどでかい鋼鉄の巨人を整備なんて出来やしねぇ」

 

 翠は改めてモリビト弐号を見やる。損傷箇所は少ないが、両腕が取り外されており、操縦席も検められていた。だが何も出なかったのだろう。だから喧嘩をしている。

 

「そもそも、だ! 操縦席を造った上がいい加減だから、こんな事態になったんだろうが!」

 

「何をう! お前らだって装甲の下まで精査しないから、妙な機構が働いたんじゃねぇのか?」

 

 言い争いは留まるところを知らない。掴み合いの喧嘩になるのでは、と思っていたが山城は冷静である。

 

「わけわかんねぇと誰だっていきり立つ。今は、分からん事を分からんと言い合えるのが理想だな」

 

「あの……モリビトがどうかしたんですか?」

 

 山城は目を見開いて翠を凝視する。驚き、よりも戦慄が混ざっているようだった。

 

「……覚えていないのか?」

 

「ええ、まぁ」

 

 何も覚えていない。上体を起こそうとしたところまでは記憶にあるのだが、それ以降は何一つ。

 

 翠の様子を察したのか山城は嘆息をつく。

 

「……准将殿は何も言わず、次の戦場にも坊ちゃんを繰り出そうって算段か。恐れ入るというか、どうにも上の人間の考えってもんは読めねぇな」

 

「モリビト弐号に、酷い損傷でも?」

 

「いんや、綺麗なもんさ。こんな綺麗な状態で帰ってきたのは久しぶりだ。ただな、まぁ……」

 

 山城は濁す。言うべきか迷っているようにも映った。

 

「何かあったんですか?」

 

「本当に、何一つ覚えちゃいないのか? それで帰還を?」

 

 そう言われてみれば奇妙である。自分があの戦場から無事に帰れている事も、モリビト弐号に大した損傷がない事も。あの時、幽鬼の放った尻尾の攻撃で追い詰められていた。だというのにどうやって逆転したのか。

 

 いや、そもそも迎撃成功したのかさえも分からない。

 

「幽鬼は、倒せたんですか?」

 

「倒せた、らしい。だが相も変わらずその部品は一欠けらも存在しなかった、とよ。幽鬼ってお上が名づけたのがよく分かる。あれじゃ本当に妖怪とか幽霊だとか言いたくなるもんだ」

 

 幽鬼には実体がある。それは相対した自分がよく分かっている。

 

「あれは、幽霊だとかそんな生易しいものじゃないですよ」

 

「俺もそう思う。だが、おかしな事に迎撃成功してもそいつの骸一つ転がっていないんじゃ、一時の幻か、あるいは集団催眠だとかを疑わざる得ない」

 

「そんな! オレは確かに戦いました! あれは、幽鬼は敵です!」

 

 そう判断した翠に山城は微笑む。

 

「現場判断ってもんが優先される時はある。坊ちゃんがそう言うんなら奴らはいるんだろうさ。ただ、実証の手段がねぇとな。幽霊の正体見たり、って言ってもその正体が依然として不明。誰かの神経の悪戯で見えたにしちゃ、死人が出ている。実害の出る幽霊なんざ、そんなもんは信じたくもねぇ」

 

「モリビト弐号で守るのに、不足ですか?」

 

「いや、不足はない。モリビト弐号はよくやってくれているし、こいつを操縦する坊ちゃんもよくやってくれていると思う」

 

 初めて山城の口から褒められて翠は赤面する。しかし、と山城は煙い吐息を吐いた。

 

「正体不明の敵に、こっちも正体不明の現象。ぶつかっちまえば何て事はねぇ、わけの分からんものを扱っていると鬱憤が堪るってもんだ」

 

「それは、整備班の人達も、ですか……」

 

 今にも掴み合いの喧嘩が始まろうとしている。山城は煙草を足で踏み消す。

 

「連中も、手放しで喜べないほうがでかいんだろうな。モリビト弐号……その正体も分からんってなると」

 

「あの、何があったのか教えてもらえますか?」

 

 ここで知らなければ自分はなぁなぁで戦う事になるだろう。山城は戸惑っていたが、決意したように書類を手渡した。

 

「記録にもない、しかも規格外で仕様にもない事が起こった。それを読んでどう思うかは自由だが、一つだけ守ってくれよ。モリビトを降りる、なんて言わないって」

 

 そう口にしてから、山城は怒声を飛ばして下の整備班達を黙らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「機体制御が全方面で展開、後に赤い発光現象を伴ってモリビト弐号、暴走に至れり。帝都建築物を破壊、及び損壊させ、幽鬼を迎撃。しかしその後も暴走状態は収まらず、完全に機能停止したのはブルブラッドの活動限界の生じた未明であった……。これ、本当だって言うのか」

 

 食堂に書類を持ち込んで翠は思案する。山城から渡された書類に記されていたのは自分の記憶の外にあるモリビト弐号の暴走記録であった。だが機体内部にある記録機器には一切の記録が存在せず、解明手段がなかった。そのせいで、誰かの不手際であると整備班内で決裂が発生、今に至る、というわけらしい。

 

「暴走って、いつ? オレの意識が落ちた後に?」

 

 だがモリビト弐号が勝手に動くなど考えられない。誰かが外部から操作した、と考えるのが妥当だがそうなるとモリビト弐号に触れるのは整備班のみ。不信が募るのも当然と言えば当然。

 

「だからって、整備士同士でいがみ合いしても……」

 

 自分が呟いたところで事態は好転しないのだろう。ため息と共に翠は箸を進めた。

 

「極秘資料片手に食事とは。これまたどうにも緊張感に欠ける操主ですね」

 

 その嫌味な声音に顔を上げると岩倉が立っていた。どこか恐れにも似た眼差しで自分を睨んでいる。岩倉も暴走状態の時立ち会ったのだろう。

 

「岩倉中尉。モリビト弐号はどうなったんですか」

 

「どうなった、とは要領の得ない言葉ですね」

 

 苛立ちを感じつつも翠は冷静に対処しようとする。

 

「暴走し、幽鬼を迎撃し、その後は? 本当に帝都の街並みを破壊したんですか」

 

 岩倉は対面に座り込み、うどんをすする。翠は問い詰めた。

 

「答えてください! オレの感知しない間に、何があったのか」

 

「何が、と言っても、その書類に書かれているでしょう。暴走し、ブルブラッドの動力限界が訪れるまで街を破壊し尽くした」

 

「だから、それは信じられないって……!」

 

「じゃあ、見に行きますか?」

 

 放たれた声に翠は閉口する。

 

「見に行く……?」

 

「ええ。帝都の街に行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運転席には初日と同じく草津が同乗した。まさか、ばれやしないだろうか、と思っていたが草津は気にする素振りもない。当たり前か、と翠は感じる。自分の送り届けた小娘が軍の仕官になって乗り合わせるなど普通は思うまい。

 

 窓の外から、翠は街並みを眺める。夜半に沈んだ街は静謐に包まれていた。

 

「この先です」

 

 岩倉の言葉に翠は窓に張り付く。

 

 その視界に入ったのは死屍累々の有様であった。

 

 破壊。

 

 崩壊に次ぐ崩壊。

 

 損傷した街並みが眠りに横たわっている。

 

 建築物が軒並み何かの巨大な爪痕に引っかかれたように削られていた。道路自体も踏みしだかれており、舗装されていないかのように車が揺れる。

 

「これが、オレの……モリビトのやった事」

 

「そう、モリビト弐号は暴走状態に達し、街を破壊せしめた」

 

「でも……、そんな、幽鬼は? 幽鬼は倒したんでしょう?」

 

 翠のすがるような声に岩倉は厳しく返す。

 

「幽鬼一体の迎撃で、それが清算されるとでも思っているのですか?」

 

 あまりに甘い、と言われているようだった。これだけの大破壊、死者は出なかったのだろうか。

 

「死傷者が今のところいないのが不幸中の幸いですね。モリビト弐号は人殺しはしていません」

 

 岩倉の見透かした声に安堵する気持ちと、どうしても振るい落としようのない現実として屹立する破壊による心のささくれに板挟みになった。

 

「どうして、モリビトはこんな……」

 

「原因不明、ですが、あなたがやったのではないか、という声も上がっている」

 

「オレが……?」

 

「モリビトの操主はあなたしかいません。誰が、どうやったってモリビトをあんな風には出来ないんです。あなたが、混乱して味方も敵も関係なく、壊し尽くした、と考えるのが妥当」

 

 鈍い衝撃を与えられたように翠はよろめく。眩暈がした。

 

 ――自分が、帝都を壊した?

 

 ほんの可能性でも、自分にとっては大きな事であった。運がよかっただけだ。人殺しをしていてもおかしくはない。

 

「その目に焼き付けてください。あなたが力を振るう、という事はこういう事なんです。操主とは、それ相応の責任の上に成り立つもの。いたずらに被害を増やしていけば、いずれ人殺しをしかねない。あなたの渡っている均衡という名の綱渡りは、思っている以上に危ういのだという事を、自覚してください」

 

 岩倉の責め苦に翠は顔を俯ける。自分がモリビトに乗らなければこんな事は起こらなかった、と言われているようなものだった。

 

「どうすれば……。どうすれば償えるんでしょう」

 

 暗闇の中に発した言葉に岩倉は返す。

 

「戦いしか、贖える場所はありません。戦ってください。戦って、勝ってください。それだけしか、僕からは言えません」

 

 勝利するしか、自分に出来る事はない。モリビトに乗り、幽鬼を撃退せしめる。それこそが一番の贖罪。

 

 山城が降りないでくれ、と言い含めたのはこれだったのだ。破壊の爪痕を目にしても、決して降りるとは言うな、と。

 

 それはもう許されない。今さら後戻りをして何もかもなかった事にするのは不可能だ。

 

 ならば――。

 

「犠牲を踏み越えてでも……」

 

 戦うしかない。

 

 戦って、一つでも勝つしかなかった。

 

 

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