ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第弐拾弐話「最高の作戦」

 基地に戻ると岩倉は部屋に篭ろうとした。

 

 今回の被害は自分の不手際でもある。日下部翠にそこまでは言わなかったが作戦参謀として適切な指示を下せていれば少しばかりの被害は減らせたかもしれない。これからは先の先を見据えた作戦が要求される。

 

 岩倉は自室の明かりを点ける。壁には帝都の地図と、幽鬼出現地点を記したもの。机はほとんど書類で埋め尽くされており、足の踏み場もないほどに関係各所への書類が山積している。

 

「後は、僕の番か」

 

 翠にばかり責任をおっ被せるのでは三流以下だ。あの時、暴走状態のモリビト弐号を止める手段はあった。あったのに自分は圧倒されていた。

 

 赤い血潮のような装甲を展開させたモリビト弐号。まさしく悪鬼羅刹の威容を伴って町を破壊し蹂躙する存在に、言葉をなくしていたのだ。

 

 自分のような小さな存在の下した作戦などまるで無意味と言われているようで。

 

 岩倉は作戦指示書を書こうとして鉛筆を折っていた。

 

 書けない。

 

 どうやっても、暴走した時の事を考えて筆が進まないのだ。

 

 完璧だと思われた作戦でも、一度モリビトが暴走すれば水泡に帰す。どれだけ自分が足掻いても、モリビトの暴走の原因さえも分からない以上、何をやっても無駄だと言われているようだった。

 

 だから翠に街を見せた。自分がどれほどの重責の下にいるのかを自覚させようとしたが、実際にはあれは自分への警句でもあったのだ。

 

 自分の指示の一つの間違いで、モリビト弐号は悪の化身になる。そんな巨大な存在を、操縦している翠以上に、自分は感じていた。

 

 自分の指示の一声で、人死にが出るかもしれない。ちょっと指示を間違えれば、街の被害を増やすだけかもしれない。

 

 ――怖い。

 

 指先が震え出す。怖くて堪らない。

 

 発令所の中でぬくぬくとただ指示を飛ばす自分と違って翠は戦場で命をかけている。初陣の時の基地だって、翠にきっちり作戦指示をしていれば被害を最小限に留められたかもしれない。

 

 どうしようもなく、自分の無力さが際立つ。

 

 最高指揮官である時雨も、その下にいる高木も何も言わない。自分の手腕には全幅の信頼を置いてくれている。

 

 だからこそ、恐怖が離れない。

 

 自分が下した決断がたとえ間違いでも、時雨や高木は何も言わないだろう。何も言わない代わりに、上と下から無言の圧力がかかってくる。

 

 ――どうして、無能のお前がその席にいる?

 

 ――どうして、無責任にも命令を下せる?

 

 操主である翠は当たり前に感じている重責だが、岩倉は押し潰されそうだった。

 

 自分の命令は正しいのか? そもそも自分などが指示をしてもいいのか? 誰かを殺しはしないか、死なせはしないか? 例えばモリビト弐号の進行一つを取ってしてみても、自分が左に行けと言うのと右に行け、と言うのとでは全く意味合いが違う。

 

 もし、右側に人がいたら? もし、左側に人がいたら?

 

 些細な判断ミスが命取りになる。

 

 自分の下した裁量如何で、モリビト弐号そのものがおじゃんになる可能性だってあるのだ。

 

「……どうしたんだよ、僕。書けよ……書けよぉ!」 

 

 手の震えを鎮めようと必死に手首を押さえるが震えは止まらない。作戦指示を書こうとしても一行も埋まらない。

 

 どうすればいいのだ。いつの間にか涙が頬を伝っていた。

 

「日下部大尉……あなたが生きていてくれれば、教えてくれたのに」

 

 情けなさに歯噛みする。どうして自爆なんてしたのだ。自分は撤退を指示した。だというのに、彼は自爆してしまった。

 

 幽鬼を道連れに死んでしまった彼に、自分は責を感じていた。もう二度と、操主は死なせまいと誓った。

 

 だが、その代わりに民間人が死ぬかもしれない。

 

 後にも先にも進めない自分はどこへ行けば……。

 

 その時、扉がノックされた。

 

 岩倉は涙を拭い、冷静を装って応じる。

 

「誰だ? こんな時間に」

 

 扉を開けると、廊下に立っていたのは日下部翠であった。岩倉は仰天する。まさか、彼が自分を訪れるとは思っていなかったのだ。

 

「何の用だ。日下部少尉」 

 

 恨み言でもぶつけに来たのか。それならば、新米操主に相応しい無様さだ。

 

 だが翠の発した言葉は違った。

 

「お願いがあります、岩倉中尉。勝手なお願いですけれど、作戦を、一緒に考えてくれませんか」

 

 発せられた言葉の意味が最初、分からなかった。

 

 作戦を考える? 自分と?

 

「……何を言っているんだ」

 

「オレ、未熟だって分かりました。操主としても、ですけれど、何よりもこの帝都を守るって言う自覚が。だから、自覚のないままに街を壊してしまった……そうだと思います。たとえ真実が違っても、オレ安く見ていたんです。モリビトを動かすって事を。だからお願いします。作戦を、岩倉中尉の下す作戦を、一緒に考えさせてください。それが、勝ちを増やす事になるのなら。オレの、贖罪になるのなら」

 

 一つでも多く勝利しろ、と自分は言った。だが、その言葉をただの嫌味として受け流す事は出来たはずだ。だというのに、彼は真っ直ぐに自分の下へとやってきた。力の及ばない自分に、作戦をくれ、と。

 

 岩倉は呆然としていた。それと同時に、つうと頬を涙が伝った。

 

「岩倉中尉……?」

 

 慌てて涙を拭うが止め処ない。岩倉は体裁を整えようとするが、熱く頬を伝うものだけは止められなかった。

 

「……どうして。僕の事を嫌な奴だって思わないんだ」

 

 発した言葉に翠は顔を上げる。岩倉は拳を握り締めた。

 

「僕の事を、無能だって謗れよ! 意味のない役職だって思っているんだろ! 暴走の時に、何も出来なかったでくの坊だって! ……大尉が死んだ時にも、何も出来なかった根性なしだって……!」

 

 堰を切って流れ出した思いに対して翠は首を横に振った。

 

「兄が死んだのは、岩倉中尉のせいじゃないでしょう。それに、オレ決めたんです。作戦とか、整備の人達とか、そういうの、絶対に軽んじちゃいけないんだって。一つでも軽んじる気持ちがあったから、モリビトは暴走したんだと思います。オレ、もう絶対に、一つも軽んじたりしません。みんなみんな、守ってみせます!」

 

「どうして……」

 

 どうしてそこまで真っ直ぐなのだ。どうして、もっと歪ではないのだ。どうして、もっと……。

 

「もっと、嫌な奴だったらよかったのに……」

 

 岩倉はその場に膝を落とす。彼の志の輝きには勝てない。もう、体面でも負けてしまったも同義だった。

 

 自分の至らなさを知って、その上で恥を晒す事を覚悟して言葉に出来る。それだけで自分はもう、日下部翠という人間に、真っ当な勝負を挑めない。

 

「岩倉中尉、大丈夫ですか?」

 

「……いい。作戦が欲しい、と言ったな」

 

 手を振り解いて岩倉は翠を見据える。もう泣くまい、とこちらも覚悟を決めた。

 

「くれてやるさ。絶対に成功する、誰も傷つかない最高の作戦を」

 

 翠はその言葉に挙手敬礼する。

 

「是非とも! 作戦参謀の仕事をお手伝いさせてください」

 

「よし、僕の部屋に入ってください。最高の作戦のためには、最高の地盤が必要です」

 

 岩倉の言葉に翠が部屋に入ってくる。奇妙なものだ、と自分でも感じる。

 

 あれほど拒絶していたぽっと出の仕官に、誰にも踏み入らせた事のない自室に招く事になるなど。

 

 翠は足の踏み場もない書類の山に辟易している。

 

「これが……作戦参謀の」

 

「そうです。これだけの膨大な資料があってもまだ、幽鬼の正体の一つでさえも掴めない」

 

「でも、オレは戦いました」

 

「そうです。少尉は戦い、その上で……感想を聞きたいんですが、幽鬼は何だと思いますか?」

 

 突然の質問に翠は戸惑ったようだ。

 

「その、帝都の敵です」

 

「他国の軍事兵器だとか、あるいはどこかの財閥の手のものだとか思ったことはないんですか?」

 

 翠はその話題に考える間を置いてから答える。

 

「……軍事兵器にしては、何ていうか、人の介入している感じじゃないです。財閥の兵器だとか言われれば、分からないですけれど」

 

「素直でいい」

 

 岩倉は机を叩き、壁にかけられている帝都の地図を顎でしゃくった。

 

「幽鬼の出現地点と、それに付随する何らかの事件の記録。中には幽鬼ではないものもあるかもしれません。ただ、幽鬼一体が暴れるだけでも百は超える資料が必要となってくる」

 

 翠は帝都の地図を眺め呆然としている。岩倉は言ってやった。

 

「日下部少尉。朝まで、僕の作戦に付き合えますか?」

 

 翠はその言葉に是を返す。

 

「ええ、最高の作戦とやら、聞かせてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「岩倉作戦参謀が起きてこない?」

 

 高木はその報告を受けて宿舎に向かった。今まで対策室の会議に岩倉は遅れた事がない。それどころか三十分は前に出席している。尋常ではない、と感じたのは自分だけではないようだ。しかし高木は一人で宿舎の扉を潜った。

 

 岩倉は前回の戦闘で精神をすり減らしている。まさか、自害か、と掠めた脳裏に思わず歩調が速くなる。

 

「岩倉中尉、入るぞ」

 

 足を踏み入れた瞬間、目を見開いた。 

 

 一つのテーブルに二人の人間が突っ伏しているのである。

 

 まさか、心中、と高木は駆け寄った。

 

 しかし、それが杞憂であった事をすぐさま知る事になった。

 

 聞こえてきたのは寝息だ。

 

 机に突っ伏している岩倉ともう一人――日下部翠がすうすうと寝息を立てている。二人は起きる様子がなかった。

 

 机の上には意見を交わし合った痕があり、いくつもの作戦が抜粋されている。

 

「二人で、朝まで作戦を立てていたのか……」

 

 いつの間にこの二人がそこまで親しく、と思った反面、自分の取り越し苦労に笑みを浮かべる。

 

「たまには、肩の力を抜くのも必要、か」

 

 高木は起こさずにそのまま出て行った。

 

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