ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第弐拾参話「人でなし共」

 

「――というわけで、これ! お願いします!」

 

 岩倉が整備班に向かって作戦指導書を提出している。

 

 翠はその同行者だった。整備班の面々は、というと突然の岩倉の申し出に面食らっている。

 

「な、何だ?」

 

 シゲも歩み出てその様子に目を見開く。

 

 山城に作戦指導書を提出している岩倉、という図に全員が慣れていないようだ。

 

「……これ、作戦参謀殿が考えられたんで?」

 

 指導書を受け取った山城が目線を向ける。翠も頭を下げた。

 

「オレも、一緒に考えました! これがモリビトにとっていい事か悪い事かは、その、中尉とだけでは決められないので山城整備班長の意見を仰ぎたいんです!」

 

 二人して頭を下げたものだから山城がサングラスの奥の瞳を見開いている。シゲが、「中尉殿が頭下げてる……」とこぼした。

 

「この提案、別に乗れないわけじゃねぇが、そうなってくるとこれまでの運用に支障が出るんじゃねぇか? それに整備班全体の指導にも関わってくる」

 

「だから、次の戦闘までに、とは言いません。この提案通りのモリビトを、山城班長のお許しを得たいと思ってここに来た次第です」

 

 山城は顎に手を添えて考え込む。やはり無理なのか、と翠が感じていると山城が指を鳴らした。

 

「なるほどな。現行の運用形態を変える、となると面倒だが、この提案書通りなら、最低限の運用形態の変化で済む。呑んでいいぜ」

 

 その言葉に岩倉が顔を上げた。

 

「本当ですか?」

 

「ああ。ただちっとばかし、この仕様形態にするには時間がかかりそうだ。だが、一週間ありゃ出来る。だよな! てめぇら!」

 

 応、と心強い返事が返ってくる。岩倉は翠と視線を交わしあった。

 

「やりましたね! 中尉」

 

「ああ、これが通れば幽鬼との戦闘も変わってきます」

 

 岩倉が山城とモリビトの新提案に関して話し合う中、自分はそっと退席した。後は岩倉と山城がいかに意見をすり合わせられるかの仕事だ。

 

「しかし、分からん事もあるもんだなぁ」

 

 シゲの声に翠は首を傾げる。

 

「何がですか?」

 

「おやっさんを一番に目の敵にしていたのって、あの中尉殿なんだよ。作戦参謀って言っても俺ら整備班とは反りが合わなくってな。一回もこの格納庫に来た事なんてないんだ」

 

「一回も?」

 

 思わず聞き返す。シゲは何度も頷く。

 

「あれだね、翠少尉が何かしてくれたお陰かね」

 

「そんな。オレはただ、中尉のお手伝いをしただけですよ」

 

「分からんな、それにしたって。あの二人、合うと思う?」

 

 提案書を二人とも凝視してああでもないこうでもないと議論を重ねている。きっと大丈夫だ、と確信した。

 

「大丈夫でしょう。それに、オレにはやる事がありますから」

 

「ああ、ナナツーの整備ね。終わったよ」

 

 自分は今以上に強くならなければ。そのためには訓練を積む事だ。一つでも勝ちを作るのには一つでも多く努力をしなければならない。

 

 翠とシゲはナナツーの格納庫に向かう。その途中、何人かの整備士も合流した。

 

「シゲさんだけで翠少尉と戦うなんてずるいですよ」

 

「そうだ、俺達のほうがシゲよりも上手いかもな」

 

「言ってくれる」

 

 シゲがナナツーの操縦席に収まる。翠も操縦席に収まり、調整器を操作してナナツーを直立させた。ここまでは出来るようになった。あとは戦えるようにする事だ。どこまでナナツーを、才能機を自分の手足のように使えるか。それに限ってくる。

 

「行きますぜ! 翠少尉!」

 

「よし、来てください!」

 

 車輪が舗装された地面を滑走し、ナナツーの鋼鉄の躯体同士がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナナツー同士による戦闘訓練。本来なら必要とも思わなかったが、窓の外の翠と整備士達が取っ組み合いをしている景色には思うところがあった。

 

 時雨からしてみれば想定外。だが悪い流れではないだろう。

 

「血続とはいえ、訓練は必要だからな」

 

「准将。日下部少尉には特別なお言葉をかけられないんで?」

 

 高木の質問に時雨は首を横に振る。

 

「いらないよ。彼は着実にわたしの理想通りの血続になりつつある。モリビト弐号を駆り、いずれは壱号幽鬼程度ならば問題なく倒せるようになるだろう」

 

 ここで問題視するべきは、と目線を室内に配る。

 

 伊勢と水無瀬が報告に来ていた。

 

「やはり、いずれの戦闘地帯の近くでも殺人が」

 

 回収された呪符は、今度は一般女性の死体の近くにあったらしい。

 

「よく見つけたな」

 

「大変でしたよ。当の死体は瓦礫の下でしたからね。こっちの呪符だって破れていないのが奇跡です」

 

 矢じりの形状をした紙片。時雨は考えを巡らせる。

 

「やはり、これには力があると思うかね?」

 

 伊勢は度重なる密偵を汲んで言葉を選んだ。

 

「力がない、とは言い切れません。こんな紙切れ、と言う分には易いですが、どの戦闘区域でもこれがある、となると関連性を疑うのは必然です」

 

「君らしい答えだ」

 

 時雨がそう評すると伊勢は、いえ、と軽く謙遜した。

 

「だが、幽鬼の発現と殺人を組み合わせて考えるとなると、本当に込み入った話となるな。殺人を防げばいいのか、幽鬼の発生を防げばいいのか」

 

「殺人の抑止、は物理的に不可能でしょう。この件に該当する殺人ではなくとも痴話喧嘩程度でも死人は出ます」

 

 全ての殺人事件を監視する心積もりでもない限りは殺人の抑制は不可能だろう。時雨は言葉を継ぐ。

 

「では逆に、この紙切れを持っている人間を炙り出すか?」

 

「それも難しいでしょうね。こんな紙切れ、誰でも持てます。重たくもなければ特段怪しいわけでもない。危なければ破って捨てればいい。この呪符そのものを監視する事もまた」

 

 不可能である、と判断せざる得ない。

 

 ではどうすれば幽鬼発生を抑えられるのか。時雨は資料にある刀使いの外見を目にする。

 

「この刀使い、が幽鬼を操っている、とするのに足る資料はない。同時に、この刀使いを追跡するのには」

 

「資料不足、ですね。刀使いを撮影した写真はどれも夜。まともにその顔さえも分からない。人相書きだって出来はしませんよ」

 

 八方ふさがりか、と時雨は資料を手に取る。

 

 刀使い。この人物さえ押さえられればもしかしたら一連の幽鬼による事件も繋がりが見えるかもしれない。だが、この人物そのものがまず不明。これではどこから手を伸ばせばいいのやら。

 

「幽鬼ほどの質量を持つ兵器と拮抗出来るのは人機のみ。だが、その質量が実は存在しない、本当の幽霊のようなものだと言う資料もある。何を信じ、何を疑えばいいのか、その線引きは極めて難しい」

 

「ジンキ……、ああ、前回の戦闘時に呼び名が変わったのでしたか。人型特殊才能機の略称と」

 

「そうだ。人のための機体、だよ」

 

「前回のモリビト弐号の暴走時の録音、記録は存在せず。ただ、私見を申し上げていいのならば……」

 

 伊勢の改まった様子に時雨は促す。

 

「話してくれ」

 

「あれは、鬼のようでした」

 

 鬼。そう形容されて時雨は問い質す。

 

「君達は、密偵任務の最中だったんだな」

 

「ええ、だからモリビト弐号の戦闘区域に近かったと思います。途中までは、本当に幽鬼に対し劣勢であったのに、突如として装甲が反転し、あのような姿に変貌しました。戦闘の記録はありませんが見ていた人間の記憶はあります。観測気球からの報告ではモリビト弐号が何かを求めて暴れているようであった、と」

 

「何か……、何だと思う?」

 

「私にはまだ。ですが、この暴走と呪符、無関係ではないのでしょう?」

 

 公式には伏せられている事だが彼らが見つけ出した事実だ。時雨は首肯する。

 

「呪符の効力によって暴走した、と?」

 

「早計かもしれませんが、呪符には何らかの力が宿っており、その力にモリビトは反応した。ブルブラッド活動限界がなければ際限なく暴れ、帝都は火の海であった事でしょう」

 

 モリビト弐号は何かを求め、暴走した。それが繰り返されない保証はない。

 

「問おう。モリビト弐号暴走時の挙動は、操主が操っている時よりもどうであったか」

 

 伊勢は逡巡を挟んだ後に目を伏せる。

 

「私の目には、暴走時のほうが、人機本来の挙動を忠実に行使出来ている、と思いました。つまりあれこそが、人機のあるべき姿であると」

 

 だがそれはあってはならない。暴走した時のほうが強力な決戦兵器など、兵器としては失格だ。

 

「モリビト弐号は片腕が無反動砲、片腕が簡素式の五指に鉤爪の格闘兵装だ。そんな状態の兵器に及第点を与える事は出来ない」

 

 時雨の言葉に伊勢は目を見開いて食いかかる。

 

「あれでもまだなお、准将は不完全だとお考えで?」

 

「それを聞くも野暮だろう。あれが、完全な人機だと?」

 

 問い返されて伊勢は言葉をなくしたようだ。無理からぬ事。時雨の目的とする人機には、誰も想像のつかないものがある。自分だけがその理想像を描ける。

 

「……失礼ながら、操主共々、万全とは言い切れないのは実情でしょう。ですが、これ以上何をお望みで? 日下部少尉は火の海の中、生還しました。それだけでも奇跡のはずです」

 

「通常の神経ならば、な。だが我々が相手取っているのは正気の沙汰ではないよ」

 

 幽鬼という例外。これ以上ともない異種。それに対して今のモリビト弐号では不足、だと時雨は言っている。伊勢も分かっているはずだ。先ほどから口を挟まない高木も、である。

 

「……幽鬼に関して、もっと多くの情報が必要でしょう」

 

「そうだ。頼りにしている」

 

「やめてください。あなたは誰も、本心では頼っていないでしょう」

 

 伊勢は過ぎた言葉だと感じたのか、「失言でした」と付け加える。時雨は手を払った。

 

「いいさ。部下の失言一つを槍玉に挙げるのでは、わたしとて上に立つ者としては失格だ」

 

「准将は、日下部操主が何か、変えられるとお思いですか?」

 

 伊勢の問いかけに時雨は小首を傾げる。

 

「変えられなければ死だよ。彼に信頼を置かないでどうする?」

 

「日下部翠少尉、という人間そのものに、そんな力がおありだと考えておられるのですか?」

 

 穿ち過ぎなほどの疑念。時雨はもしかすると伊勢が翠の内情に関しても探りを薦めているのかもしれないと考えた。だが、もし伊勢が実情を知っても誰にも言うまい。翠が女だと吹聴して作戦に支障が出るほうが今は得策ではないと知っているはずだ。

 

「不安かね?」

 

「不安、というよりも、あれだけの力を見せ付けられて、一個人に所有を任せていいものか、と」

 

 モリビト弐号の暴走は思っていたよりも深刻に伊勢には伝わっているらしい。時雨はそれだけ伊勢が真剣なのだと感じた。

 

「なるほど。暴走の危険性と操主の未熟さ……。この二つを掛け合わせた場合、不確定要素が多過ぎる、と。ではどうする? モリビト弐号に君が乗るかね?」

 

「出来得るのならば」

 

 返された言葉にも真剣さが滲み出ている。伊勢は本気だ。本気で、モリビト弐号の危険性と、その制御を危ぶんでいる。だが、時雨は決定を下している。

 

「前回、日下部孝雄大尉の時も言ったな。血続でしか、人機の本来の実力は引き出せない、と」

 

「やってみなければ分かりません」

 

「分かるさ。君はあの輪には入れない」

 

 時雨が顎をしゃくって窓の外を見やる。ナナツー同士での取っ組み合いだ。伊勢は歯噛みした。

 

「そうしたのは、あなたでしょうに……」

 

「ナナツーでの訓練も上々だ。日下部翠少尉が操主を続けるのに何の支障もあるまい。何か、問題視すべき点でもあるのか?」

 

 伊勢は何度か口を開きかけてはぐっと堪えたようだった。それを言えば全てが終わると理解しているのだ。

 

「……承知しました。任務に戻ります」

 

 挙手敬礼し、踵を返していく伊勢と水無瀬の背中を見送ってから高木が口を開いた。

 

「……あまりに浅慮なのでは?」

 

 高木の事だ。伊勢の立場も充分に分かっての言葉だろう。

 

「熟考の結果だよ。伊勢と水無瀬は二人で一組の諜報班。彼らが乱れては我々は二手も三手も遅れを取る」

 

「だからこそ、彼らには重要情報は開示しなくてよろしいので?」

 

「重要情報の開示、ね。諜報班にはあえて、知らない事になってもらっている」

 

「何故です? 医療班の医者は知っているのでしょう?」

 

「そりゃ、彼は日下部翠の傷を看てもらうんだ。その場合。すぐに女だとばれる。時間の問題の部署には通しておくのが筋だ」

 

「なのに諜報班には言わないのですか」

 

 時雨はナナツー同士の訓練を見つめながらぽつりと口にする。

 

「伊勢と水無瀬……特に伊勢だが、少し先走り過ぎている節がある。自分の思い通りになっていない事に憤慨する性質だ、あれは」

 

「なおさらでしょう? 日下部翠少尉の素性も、勝手に調べ出しますよ」

 

「調べるがいいさ。だが、その場合より分かるだろう。何故、血続でなければ人機には適さないのか。そもそも血続とは。それを知った時こそ、初めての理解者だよ」

 

 時雨は高木にさえも血続の情報に関しては口にしない。公言しない事が血続の秘密を守る事になるのだと感じているからだ。

 

「准将は、やけに血続にご執心のようですが、人機は汎用決戦兵器です。誰でも扱えなければ意味がないのでは?」

 

「なに、あらゆる要素が絡んでいてね。わたしとて、一概にこれという見解は示せない。いや、示してはならないんだ。まだ、その部分も不確定なのだから」

 

 翠の操るナナツーが整備士のナナツーの後ろを取り、押し出しで倒す。それを目にしてふっと笑みを浮かべた。

 

「微笑ましい事だ」

 

「納得がいかなければ、人はどこまでも調べます。それこそ、納得がいくまで。どこまでも。……執念深く」

 

 高木は伊勢の諜報能力ならば翠の素性に近づくのはさほど難しくないと危惧しているのだろう。だが時雨はその部分は問題視していなかった。

 

「それもまた、試しているのだよ」

 

「准将は、どこまでやる気なのですか。幽鬼の殲滅、はたまた別の理由にまで?」

 

 別の理由とは評議会でも出てくる「人機の兵器転用」だろう。これからの戦争を塗り替えるだけの力を人機は持っている。

 

「別に人機の特別な席につきたくて、わたしはこうもあくせくやっているわけではない。目の前の、幽鬼殲滅がまずは第一段階だ」

 

「日下部翠少尉は、そのための」

 

「誤解しないで欲しい。駒、などとはゆめゆめ思っていない。彼とて人間だ。人間を扱っている仕事だという事を忘れれば、軍籍があろうと勲章があろうと同じ事だよ。それをなんと呼ぶか、知っているか?」

 

 高木は首を横に振った。

 

「いえ、存じ上げていません」

 

 時雨は窓の外で繰り広げられる訓練を見つめつつ、そっと口にした。

 

「それは、人でなし、と言うんだよ」

 

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