「人でなし、の仕事だと思うかい?」
突然に問われて岩倉は硬直してしまった。隣にはサングラスをかけた山城の姿がある。自分に聞かれたのだと最初は分からなかった。
「軍部が、ですか?」
「俺達全員さ。こうしてあくせくと……、おい! そこ! 曲がってんぞ! しっかりやりやがれ!」
怒声が飛んで当事者ではないのに岩倉は縮こまってしまう。へい! と威勢のいい声が返ってきてから山城は話を続けた。
「戦争の道具を造っているのはよ」
岩倉は眉をひそめ、その言葉に疑問を浮かべる。
「戦争の道具って……。人機は帝都防衛の要です。それは戦争の道具なんかじゃ決してない」
「本当に、作戦参謀殿はお考えか? これが兵器転用されて何人も、何十人も、何百人も殺さないとは考えないのか?」
岩倉の脳裏には火の海の中で暴れ狂うモリビトの姿が浮かんだ。前回の暴走も汲んでの話なのだろう。
「人を殺さない兵器は、ありません」
「そりゃ作戦参謀殿もやっぱり、これが直接的ではないにせよ、人を殺すって考えているって事でいいのかい?」
岩倉は改めて組み上がっていくモリビト弐号を目にする。無反動砲の右腕に、鉤爪の交換された左腕。もし可能だとすればもっと兵装が増えるかもしれない。そうなればそれはもう、帝都防衛、というお題目だけで動かされる代物ではないだろう。
「もし、次の大規模な戦争があったら、この技術が使われるだろうという事は、時折考えます」
作戦参謀をしているのだ。モリビト弐号の兵力がどれほどのものなのかは知っている。
「人殺しの武器を造っている、って自覚はなくっとも、こいつはいずれ人を殺すだろうな。ほんの無自覚に、いつの間にか育てちゃいけない悪魔を育てているのかもしれない」
「やっぱり、整備班の人達は考えるんですか」
モリビト弐号を整備している彼らが、この力を悪用されればと考えないはずもなかった。
「考えるってほど高尚なもんでもないが、もし、今造っているモリビト弐号が、だ。攻めて来ればって思うとぞっとしねぇな」
自分達は帝都防衛、幽鬼殲滅の任を帯びている、という逃げ道がある。だが、整備班は直接、その兵力の凄まじさを知る。彼らほど敏感に、兵器転用という話を考えない職種もないだろう。
「僕は、所詮あの時、遠巻きに眺めていただけです。観測気球からの情報で知っただけで。後から日下部少尉と同行して行った時、ようやく分かった、という感じですよ。ああ、これはそういう道具なんだって。人を無慈悲に殺してしまうかもしれない、鋼鉄の兵器なんだって」
だが今はそれにすがるしかない。すがらずに生きていければ人間はどれほど楽だろうか。
「ブルブラッド、人機、か。正直、俺は最初、このどでかい鋼鉄の塊が動くって知った時にはおったまげたよ。それと同時に、凄まじく怖くなった。こいつが動くだけで、人間なんて紙くずみたいに死んじまう。結局よ、悪魔になるかそれとも善性のものになるかってのは使い手次第なんだろうな」
この場合、日下部翠次第。しかし、岩倉は少しだけ希望が持てた。
「日下部少尉が扱っている間は、きっと大丈夫ですよ」
「そう信じてぇよ、俺も」
山城も口元を緩める。翠に何かしら思うところはあるのかもしれない。
「変な人ですよね、あの人も」
「ああ、妙な坊ちゃんだ。整備士なんて替えの聞く連中と、ここまで対等にって仕官もいまいだろうに。その点、作戦参謀殿のほうが随分と冷静だよ」
自分は冷静なのだろうか。それは冷血動物と言われているような気がしていた。
所詮、作戦は机上で行うもの。だが整備士は違う。一個のネジの緩みで全てが狂う。それは時に人の命でさえも奪いかねないのだ。
「僕は、今まであまり、作戦で人を失う、という感覚を掴めていなかったんだと思います」
「そいつは意外だな」
「ええ、自分でも。どうして気づけなかったんだろうって。……あの時、一番に撤退命令を出したのは僕なんです」
日下部孝雄大尉の殉職。モリビト壱号の自爆に自分が関わっていなかったといえば嘘になる。
「撤退してくださいって、あの時ほど喉が張り裂けそうなほど言った事はなかった。僕は、日下部大尉に、本当に死んで欲しくなかったんだと思います」
「俺達だって同じだよ。壱号機と運命を共にした日下部大尉に、何にもしてやれなかったんだな、って後悔ばっかりさ。ろくな装備も与えてやれず、幽鬼にやられるがままだった大尉はさぞ無念だっただろうな」
「だから僕、安心してもいたんですよ。自爆したって聞いて。……殺されなかっただけ、ましだって」
だがそれは同じ事なのだ。人一人が死んだ、という事実には他ならない。
「そうやって、俺達も、壱号機のせいじゃない、大尉殿のせいだって思って逃げてんだよ。結局、逃げの口上だ。だから、その弟である日下部少尉には、逃げねぇように、って思ってる」
山城が初めて自分の思いを吐露しているのが分かった。岩倉はその言葉を繰り返す。
「逃げないように……ですか」
「ああ。最初はこんな坊ちゃんが、って侮ってはいたが、俺と飲み比べたんだ。度胸は買ってやるってな。度胸を買う以上は、死なせないようにするのが礼儀だよ。でなきゃ、あの時、飲み比べたのが意味なくなっちまう」
「礼儀、ですか。僕は……」
日下部孝雄に礼儀を通すのならば翠を死なせない。そのための作戦を立てるのが礼儀、いや人道、というものだ。人の道に準じるのならば、自分は一度だって人を死なせてはならない。もうこれ以上、判断の遅れは許されなかった。
それほどの立場にいながら、気づけなかった己の不明さが悔やまれる。人の死でしか、人は学べないのか。
「もっと早くに、気づきたかった……」
「いつだってそうさ。遅いか早いかなんて論じている間に、時は過ぎちまう。問題なのは、だ。その時に後悔しない判断を下せるのか。俺は、作戦参謀殿がもう二度と操主を死なせたくないってのは分かった。だから提案書を呑んだ。正直言えば、この提案通りのモリビトを造ってやるのも癪だが、初めて作戦参謀殿が俺とまともに口を利いて、頭まで下げてきたとなれば、無下には出来ねぇよ」
山城のてらいのない言葉に岩倉ははにかむ。
「僕も、まさか整備班の人達に頭を下げるとは思っていませんでした。日下部少尉が、僕を口汚く、罵るのだと思っていたんです。兄を死なせた大馬鹿者が、とでも。でも、彼は、何も言わない。僕が死なせたも同然なのに、責め立てもしない。作戦の立案に自分のような人間が関わっている事に、不満も漏らさない。……もっと嫌な人だったのなら、僕も曲がったままでいられたんですが」
「坊ちゃんは変に素直だ。だからこそ、やりづらい」
正直な胸中に岩倉も同調した。
「僕もですよ。あそこまで素直だと本当に、やりづらいですね」
「おやっさん! 例の提案書通り、仕上げの加工にかかります!」
「おう! 頼むぜ!」
山城は叫び返してから、モリビト弐号を眺めて息をついた。その目はモリビトの横顔に注がれているようだった。
「……作戦参謀殿よ。ちょっとした提案を呑んではもらえないか」
その声音が平時ではなかったからだろう。岩倉は自然と肩が強張っていた。
「何でしょうか」
「前回みたいに、どうしようもなくなった時には、モリビト弐号を行動不能にさせてもらう。言っちまえば強制排除だ。操縦区画の爆砕ボルトの火力を上げさせてもらう」
息を呑んだ。それはつまり、暴走して人を殺めてしまう前に――。
「操主である、日下部少尉を、殺す、という事ですか?」
鼓動が早鐘を打つ。山城は本気だろう。そうでなければこんな事は言うまい。
「分かりやすく爆弾なんて設置はしない。だが、爆砕ボルトの火力を上げるだけなら准将殿にもばれはしない。それこそ、本当に、操主だけが黒焦げになるだろうよ」
ならば何故、そんな事を自分に教える? 時雨にも言わない事を何故自分に?
そこまで考えて岩倉は答えを出した。
「作戦を立案する僕にも、同じだけ責任を負え、という事ですか」
山城はモリビトを見つめながら答える。
「卑怯だとは思ってるよ。こんなもん、俺一人が抱えとけってな。だが、抱えるにしては重過ぎる。それに、俺だけがこんな事を考えたって下手な考え休むに似たりって奴だ。だから、賢明な作戦参謀殿の指示を仰ぎたい。俺のやっている事の是非を」
自分は人でなしの仕事をしているのか、と聞いてきたのはそのせいか。岩倉は今さらに分かった自分の不出来さと、そこまで考え切れていなかった浅慮に恥じた。
「……客観的に考えて、でよろしいでしょうか」
ここで私見を交えるのは駄目だ。あくまでも作戦参謀として、モリビト弐号の戦いを預かる者としての考えを述べなければ。
「ああ、頼むよ」
「作戦参謀としては、全く、非を挟む余地はありません。整備班長の判断は正しい、と思います」
作戦参謀としては山城の判断を非難出来ない。翠を裏切っているような心地になるが、それさえもこの職務の内だろう。もしもの時の介錯くらいは自分達でしてやりたい。
「すまねぇな。俺ももうちょっと、自信があればこんな事は言わないんだが。前回の暴走で何を信じればいいのか分からなくなっちまった」
自分達が何を造っているのかの一番の不安があるのだろう。岩倉は頭を振る。
「いえ、整備班だけに重責を負わせるのは、間違いですから」
「それも、作戦参謀としての言葉かい?」
半分は職務の言葉だがもう半分は違った。
「半分は、僕個人の意見です。日下部少尉に、知らない間に人を殺させたくない」
もし翠が自分の与り知らぬところで人殺しをしていたと知れば、その衝撃に押し潰されてしまってもおかしくはない。自分達は緩衝材だ、と岩倉は判じた。
翠がモリビト弐号の責を負わなくって済むように一つでも、和らげる。
そのための、盾になる。それが自分や山城の考え方だろう。
「俺も同意見だよ。もう二度と、モリビトが街を焼くのなんて見たくねぇ」
山城が煙草を取り出す。吸っても、という目線に岩倉は応じた。
「いつもなら、禁煙だと言っていますが……。今は、少しばかり、不愉快な空気にも当たりたい」
そうか、と山城が紫煙をくゆらせる。
嫌な匂いだ、と思いながらも岩倉はその場を離れなかった。
自分も、その嫌な匂いの一つなのだろう。
「そろそろ飯にしようや」
整備士の一人の声にシゲと翠はナナツーで取っ組み合いをしていたのを中止する。
「ですね……。オレも疲れた」
「こっちもだよ、翠少尉。粘り強いったらありゃしねぇ」
「それだけが、取り柄ですから」
だがこちらも体力の限界だ。そろそろ休まなければ本当にへばってしまう。
整備士の一人が調理鍋と食器を持ってきた。外で食事をする許可を取り付けてきたらしい。
豚汁であり、匂いだけで一呼吸つけそうだ。息を吹いて冷ます。すすると、疲れた身体に染み渡った。
「あったけぇな」
シゲの言葉に翠は帝都の空を仰ぐ。
「本当に……」
「立派だと思う。俺はな」
何の事を言われているのか咄嗟には分からなかったが、今までの防衛戦歴の事を言われているのだと気づいた。
「……まだまだですよ」
「そんな事はねぇさ。立派だと思う」
「でも、前回は暴走させてしまった。オレの不手際です」
「いや、こっちにも責任はある。どこの部品が悪さしたのか知らないが、それを暴き出すまでは眠れそうにないな」
悪い事をしているのだろうか、と翠は自然と謝っていた。
「その、整備班の人達の手を煩わせて……」
「謝んなくっていいさ、操主は。だってこれからどんだけ壊すんだか分からねぇんだもん」
整備士の一人の声に皆がつられて笑った。
「違いねぇや! 壊す度に謝っていたら首が取れちまうよ、少尉!」
翠も笑ったが、それでも無感情に壊してしまう事を受け入れられそうにない。
「不安もあるだろうが、作戦参謀の注意殿のお陰で、もしかしたら上手く転ぶかもしれない。今はドしっと構えることだろうに」
シゲの声に翠は曖昧に微笑む。
「……でも、駄目なんですよ。オレ、見てしまったんです。壊された街並みを。見てしまったら、知らなかった頃には戻れません」
「変に責任背負わなくっても。俺達、全員、みんなで造り上げるモリビト弐号なんだ。たとえ暴れたとしてもそれは翠少尉だけの責任じゃない」
「でも、実際に操縦席にいるのはオレなんです。オレが、強くなければ」
強くならなければ、何も守れないのならば。
強くなるしか道はあるまい。強くなって、負けないようにする。負けないように、何よりももう――泣かないように。
「大尉も、似たような事を言っていたな」
シゲが豚汁をすする。翠は視線をやっていた。
「兄も?」
「大尉も考え性の人でね。自分はモリビト弐号の操主に、もっと言えば帝都防衛に相応しくないんじゃないかって何度か准将殿に進言していたらしい」
意外であった。まさか時雨にそのような事を言っていたなど。
「准将は、何も……」
「言わないだろうな。操主ってものに不安を抱かせたくないんだろう。どういう風に聞いている? 大尉は華々しく散った、とでも?」
そうではないが似たようなものだった。肝心なところが曖昧に濁されている。
「果敢に立ち向かった、とは」
「果敢に、などころか、あの人はいつも、戦わないで済む道はないのか、って事で中尉殿と揉めてた」
今度こそ目を見開いた。岩倉も当然ながらそのような事は一言も口にしない。
「揉めてた? 岩倉中尉と?」
「揉めるって言うか、意見の相違だな。モリビト壱号機での戦闘行為が、その後の世の中に悪い影を落とすんじゃないかって、そういう事を考える人だった」
「悪い影……戦争ですか」
「はっきりとは言わない。だが、まぁそうだろうな」
白米をかけ込み、シゲは首肯する。
「……オレ、そこまでは考えが及ばなくって」
「いや、いいと思うぜ、少尉はそれで。大尉ほど考え性だと、本当に、いざという時に躊躇うかもしれない。それこそ、天秤にかければ自分の命を投げ出してしまうほどに」
兄は、何かをやる代わりに自爆したのだろうか。何かから逃げたのだろうか。
「でも、兄は死んだんですよね。最期に、命令無視したって」
「撤退命令だった。それを無視して、前進し、幽鬼の侵攻を食い止めた。正直、後から壱号機の状態を見たが、見るも無残だった。あんな状態でよく前進をしたな、と思えるほどには。キャタピラだって壊れていたし、装備の状態から鑑みて多分、右も左も動かなかったんだろう。逃げるか進むかしか選択肢のない中で、あの人は進んだ。進んで、彼岸に行っちまった」
語るうちに、シゲも整備士の面々も無口になっていった。全員が兄の死を悼んでくれているのだろう。
「俺の担当するキャタピラの挙動をもっとしっかりしていれば」
「いや、操縦席を担当した俺も不手際だ。もっとペダルを踏めるように、油を入れておけば」
全員が後悔に沈む中、翠は声を張り上げた。
「でも! 今は! 今は、オレが操主です!」
わざとらしく張った声にぷっと笑ったのはシゲだった。それから整備士の皆が微笑んだ。
「そうだな。過去の話なんてしていたってしょうがねぇや」
「だな。壱号機は残念だったが今の俺達には弐号機と、それに日下部少尉がいる」
「挽回、出来るよな?」
全員が面を上げていた。そうだとも。今の彼らに、過去を悔い改めさせるのが自分の役目ではない。
自分はこれから先を描かせる事だ。
操主として出来る事はまだ少ない。ならば、せめて、希望くらいは持たせてやりたい。
「オレ、頑張りますから」
白米をかけ込んだが激しくむせてしまった。シゲが背中をさする。
「無茶すんなって」
「そうそう。まだまだなんだから、日下部少尉は」
それでも、頑張ります、と口にしていた。
自分が前を行かなければ誰が行く?
戦って一つでも勝つには自分から勝ちに行かなければならない。
それだけは翠でも分かっていた。