ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第弐拾六話「泣くもんか」

 

「これは……、またしてもか」

 

 発令所の人々がその予感にざわめいた。

 

 岩倉も感じている。モリビト弐号がまたしても制御の範疇を超えて活動している事を。それを示す映像が送られてきていた。

 

 もう既に息絶えている幽鬼を、モリビト弐号が持ち上げる。

 

 ぼろぼろになった装甲から青い血潮が漏れていた。

 

 比して、モリビト弐号の装甲板が捲れ上がり、赤い光を放出している。内部骨格そのものを震わせる燐光が棚引き、幽鬼を放り投げた。

 

 帝都の街並みに幽鬼の姿が沈む。

 

 モリビト弐号が両腕を掲げて空へと咆哮した。

 

 発光機能を備えていないはずの眼窩が赤く染まっている。

 

 何が起こっているのか、全て不明であった。

 

「日下部少尉……、聞こえているか、日下部翠少尉! 応答してください!」

 

 岩倉は必死に呼びかける。

 

 これでは以前と同じだ。

 

 自分と翠で建てた作戦は、この状態を引き起こさないための作戦であったはずなのだ。だというのに、翠が呑まれたのか、それともモリビトの性能か、また前回の状態が起こりかけている。

 

 発令所に詰めていた陰陽師が呟いた。

 

「怨念だ……」

 

「怨念……」

 

 岩倉の呆然とした声に映像を凝視する陰陽師は繰り返す。

 

「怨念が、今のモリビト弐号を衝き動かしている。あの中に、誰かいる」

 

 誰か、という言葉に明瞭な像は浮かび上がらなかったがまさか、という思いはあった。

 

 モリビトに巣食う怨念の主。それは自然と導き出される。

 

「日下部、大尉なのか……」

 

 そのようなはずがない、と思いつつもそれならば、と感じる自分もいる。

 

 あれが日下部孝雄だとすれば、人機モリビト弐号を制御するのにそれ以上の適任はいまい。

 

「……怨念なんて、そんなもの信じられるか! 日下部少尉! 応答してください!」

 

 今は、信じ難い怨念の存在よりも翠の安否である。

 

 モリビト弐号が強化されたキャタピラで帝都の街を踏みしだき、一気に肉迫する。

 

 幽鬼へと下段から振り上げた鉤爪の一撃が突き刺さった。幽鬼の装甲が剥がれて手近の建築物に撒き散らされる。

 

「止まってください! 日下部少尉! あなたは……」

 

 その言葉が通じる保証はない。伝令管を震わせているはずの声も、繋がっているのか。

 

 ただ岩倉は祈った。

 

 これ以上、モリビト弐号に罪は重ねさすまい、と。

 

 その瞬間である。

 

 天上より、青い稲妻がモリビト弐号へと突き刺さりかけた。

 

 降り立った静寂に、誰よりも驚愕したのは岩倉である。

 

「何だ……」

 

 何かが、モリビト弐号へと攻撃した。そうとしか思えない動きの雷撃に、発令所の人々は口を閉ざす。

 

 モリビト弐号は回避し切れず、右腕の砲門を犠牲にした。

 

 赤い血潮を滾らせるモリビト弐号が宙を睨む。その先を映すように観測気球の人物が映像を動かそうとしたが、その前に何かは暗闇に溶けるように消えていった。

 

「何かが、いた……」

 

 何がいたのかは分からない。だが、その何かがモリビト弐号の暴走を止めた。

 

 赤い光が失せていく。モリビト弐号はその場で機動停止した。

 

『……発令所の、岩倉中尉へ。こちら日下部翠……』

 

 息も絶え絶えの声音だ。岩倉は慌てて返事をする。

 

「日下部少尉? 何が……」

 

『こちらにも分かりません……。いつの間にか、モリビトが暴れて……手がつけられなくなった……』

 

 それが今出来る精一杯の報告のようだった。

 

 岩倉はモリビト弐号の暴走を咎めるより先に声にしていた。

 

「無事、なんだな? 日下部翠少尉」

 

『ええ……、オレは何とも』

 

 辛勝に違いない。

 

 帝都の街を傷つけてしまった。

 

 それでも、一つの勝ち星ではあった。

 

「ようやくだ」

 

 ようやく、これで幽鬼との戦いの基準点に達する事が出来た。

 

 だがこのような危うい綱渡りを毎度するわけにはいかない。

 

 打開策が必要であったが、今の岩倉には翠の無事以上の戦果はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてモリビトが制御を離れたのか。

 

 それは全く分からなかった。

 

 いつの間にか自分の肉体が、制御出来なくなっていたのだ。その現象を誰に言うべきかも分からない。

 

 ただ、翠には一つの光明が見えていた。

 

「……たとえオレが倒れても、モリビトは戦える。この帝都を守れる……」

 

 ――守れる、という安堵。

 

 それは不安以上に翠の心を占めていった。

 

 戦いで擦り切れてしまうものが多くとも、幽鬼を倒せるのならば。

 

 先ほどまで幽鬼の倒れていたと思しき場所には破壊の爪痕が残されていた。

 

 今は、これが精一杯だろう。

 

「……もう、泣かない。泣くもんか」

 

 涙を流す事さえも、自分には許されていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 第三章 了

 

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