ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第弐拾九話「黒の人機」

 

「これが写真です」

 

 茶封筒の中身を時雨は検める。入っていた写真には最大望遠で撮影された「それ」が映っていた。

 

「黒い機体色に、赤い光が浮かび上がっていました。私と水無瀬の二人が証人です」

 

 そう説明する伊勢に、時雨は写真を手に取り質問する。

 

「ではこれは、何だと思う?」

 

「幽鬼の一種、ではないかと思われましたが、違う意見もあります」

 

「違う意見。是非、拝聴したいものだ」

 

 伊勢は一拍置いてから口にする。

 

「……これは、人機、ではないのですか」

 

 扉の前で佇んでいる高木に緊張が走ったのが伝わった。

 

 秘中の秘とも言える会話。当然、聞き耳には気をつけなければならない。

 

「他の人間には?」

 

「言っていません。准将と我々だけが知っています」

 

 時雨は写真を片手に椅子から立ち上がる。窓から差し込む陽光に透かして、ふむ、と頷いた。

 

「人機、ね。だが人機はモリビト弐号以外にいないはずだ」

 

「大国の、我が国の技術を流用した人機では?」

 

「しかし、飛べる人機を我が国のブルブラッド専有以前よりも前に開発出来たとは思えんよ」

 

 伊勢は口を噤む。

 

 飛行する人機。この機体がモリビト弐号を攻撃し、手傷を負わせた。

 

 岩倉の報告書に上がっていた不自然な落雷もこの人機の仕業だとすれば。

 

 しかし疑問が残る。

 

「これほどの技術をもってして、何故この機体そのものが仕掛けないのか」

 

 時雨の疑問に伊勢は可能性を浮かべる。

 

「万全ではないからでは?」

 

「一理あるが、万全ではない人機を最前線に持ってくる理由が分からない。大国が人機の紛い物を開発しているという話は既に聞いているが、この飛行する人機とはまるで違うと前回の報告にあったが」

 

 伊勢と水無瀬は諜報活動を行っている。だから、以前の報告を忘れたわけではあるまい。

 

「……話にあった二脚人機ですか。確かに人型二脚の人機を開発している、とはありましたが、あれとは別とも言い切れません」

 

「おいおい、人型二脚だけでも驚嘆に値するのに、さらに飛ぶ、だって? それは考え辛いな」

 

 笑い話にしようとする時雨に伊勢は真剣な眼差しで問いかけていた。

 

「准将は、そういうお話を聞かれた事はないので?」

 

「ない。人型二脚を可能にする技術ですら危ういのに、飛行人機なんてあり得ない。それこそ夢想だよ」

 

「ですが、私の撮影した人機がここにそうやってあるわけです」

 

「これが、何かを見間違えたわけではない、という可能性は? それこそ凧か何かだったのかもしれない」

 

 その言葉に伊勢は執務机を叩いた。突然の事に水無瀬が肩をびくつかせる。

 

「准将! まともに取り合ってはくれないのですか!」

 

 真に迫った伊勢の声に時雨は透かしていた写真を降ろして、執務椅子についた。

 

「まともに取り合っているさ。だがね、飛行人機の可能性は相当考えられないんだ。こっちは陸上を行く人機を造るのにこれだけ開発期間があった。だというのにまだ不完全だ。どの国のものかも分からない飛行人機なんてものを信じ込むのは容易じゃない、と言っている」

 

 飛行人機を肯定すれば、その脅威にまた新たな委員会が発足しかねない。今度こそ、戦争を視野に入れた集団になる事だろう。時雨としては、それは避けたかった。

 

「ですが……。私は……」

 

「見たものを否定しろとは言わない。だが、熟考せよ。飛行人機の可能性はこちらでも探っておく。引き続き、伊勢、水無瀬両名には諜報任務を課す」

 

「……了解しました」

 

 踵を返す伊勢の背中に水無瀬が続く。

 

 二人の足音が遠ざかってから高木が口を開いた。

 

「准将。飛行人機、となれば委員会が黙っていません」

 

「だろうな。戦争を視野に入れた委員会が発足し、それこそ戦争法案の採択が急がれる。役人共は必死になるだろうさ。こちらがやられる前にやれ、という判断だ」

 

「分かっていらっしゃるのならば何故。伊勢は納得していません」

 

 時雨は息をついて写真を差し出す。高木が受け取って検分した。

 

「凧か何か、を見間違えたにしては鮮明です」

 

「だから困っているんだよ。鮮明に映っている。鮮明過ぎている。伊勢も水無瀬も一流だ。だからこそ、見間違いなんてあり得ない」

 

「だったら、伊勢の肩を持つべきではないのですか」

 

 伊勢はあのままでは暴走しかねない、という判断の声だろう。しかし、時雨はそう容易く飛行人機を認めるわけにはいかなかった。

 

「我々が苦心して陸上人機の運用を可能にしたのに、飛行人機一機がたったの一発でモリビト弐号を凌駕した、などと基地に噂が広まってみろ。誰もが絶望する。この開発計画に異を唱える人間だって出てくるだろう。モリビト弐号の開発、運用に支障の出る話は通すべきではない」

 

「……委員会にも黙っておくつもりですか」

 

「それはそうだ。委員会には金を落としてもらわなければならない。そのためにはモリビト弐号が如何に優れているのか、を宣伝する必要がある。飛行人機の脅威の札はまだ出すべきではないよ」

 

「いずれはばれます」

 

「だが、今ではない。今、委員会、引いては政府に飛行人機の脅威が露呈すれば、それこそ身の破滅どころではないよ。国家の危機だ。幽鬼殲滅とて、帝都のみの出来事だから大事になっていないものの、これを敵国の尖兵による強襲だという見方だってある。問題なのは、だ。モリビトの迎撃成功率を上げる事であって、無用な心配をばら撒くべきではない」

 

「……ですが事実は事実ですよ。伊勢が黙っていても、どこかで綻びは出ます。その時、どう対応するおつもりですか」

 

「その時はその時だろうさ」

 

 時雨の態度に高木は我慢ならないのか声を荒らげた。

 

「あまりに、浅慮なのではないですか、准将!」

 

「急くなよ。それほどまでに心配か。日下部翠が」

 

 図星だったのだろう。高木は目を背けた。

 

「一軍人として……、脅威を見逃すべきではないというだけです」

 

「日下部翠は我々の思っている以上に操主としての性能が高い。日下部孝雄を凌駕する、才能だよ、あれは」

 

「そのために、どれだけのものを犠牲にするつもりですか」

 

 高木の追及に時雨は口角を吊り上げた。

 

「決まっている。全て、だ。全てを犠牲にしてでも、日下部翠には戦ってもらわなければならない。モリビト弐号を希望の星だと、基地の人間には思わせておかなければ」

 

「暴走の一件で不安が高まっています。やはり、あの呪符、導入すべきではなかったのでは?」

 

 モリビト弐号の操縦席に今も収まっているであろう呪符。その不確定要素を抱えていると自覚しているのは自分達、上層部だけだ。山城は口を滑らせるまい。

 

「だが敵に学ぶ、というのは古今より兵法としては定石である。己が鏡として敵を見よ。敵の弱点はまた、己の弱点でもある」

 

「どうあっても、あの幽鬼の存在を確定したいのは分かります。ですが、破片にしたって、一個も回収されなかったんですよ」

 

「あの破片を、整備班が幽鬼の破片だと思ってくれているうちはいいさ」

 

 持ち帰った破片は幽鬼のものではない。

 

 あれは、あの夜、飛行人機を見つけ、狙撃した伊勢の功績によるものだ。

 

 それによって剥離した破片を幽鬼のものだ、と言って回収させた。

 

「飛行人機の情報を、教えずして引き出すつもりですか」

 

「だから言っているだろう。飛行人機などいやしない。あの落雷は自然現象だ、と」

 

 だが誰が探るのか分かったものではない。その点では味方の内に不安の要素が広がったも同義。

 

「委員会の発足の前に、まず内々での情報操作が必要かもしれませんね」

 

 高木の皮肉に時雨は応じた。

 

「なに、帝都の軍人は我々の考えているよりもずっと賢明だ。何が危うくて、何が安全か、それを見極める嗅覚くらいは備わっているものだよ」

 

 

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