ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第参拾壱話「怨嗟の声」

 

「ナナツーの制御系ってのは繊細でさ。力の入れ加減一つですぐに駄目になっちまうんだよ」

 

 シゲの漏らす苦言を翠は対面に座って聞いていた。

 

 卓上には丼がある。持ち出し禁止であったが、今回ばかりは整備班も休む暇もないらしく、格納庫での食事となった。

 

 翠も直っていくモリビトが見たいとわがままを言ったお陰で同席している。

 

 整備班の人々は皆、カツ丼を頬張っていた。

 

「それはお前がナナツーに入れ込んでいるからだろ。俺達の当面の相手はこっちだよ」

 

 一人の整備士がモリビトを顎でしゃくる。シゲはげんなりした様子で丼を置いた。

 

「モリビトもなぁ……。もうちょっと可愛げのある機体だったらいいんだが……」

 

「あの、すいません」

 

 思わず翠が謝ると他の整備士が首を振った。

 

「少尉のせいじゃないですよ。こいつがただ単にでかいのは気に食わないって話ですから」

 

「失礼だな、お前ら。俺だってモリビトの専従整備士だぜ?」

 

 言い合いをする整備士達とは離れたところで山城が声を張っている。

 

 僅かな休憩も取らなくて山城は平気なのだろうか。

 

「あの、山城班長のご飯は……」

 

「取ってあるからあとで食うだろ。あの人はでたらめな体力してるからなぁ」

 

「おやっさんを俺らみたいなへなちょこと一緒にしてもしゃあないって。あの人、モリビトの企画発足時からずっといる整備士だから誰も頭が上がらないし、誰よりもモリビトを知っているはずなんだ」

 

 誰よりもモリビトを知っている。

 

 そんな彼からしてみれば今回のような暴走はどのように映っているのだろう。

 

 異常事態か。あるいは癇癪を起こした我が子か。

 

「でもよ、モリビト弐号の裏規格に関して言えば、造っている俺達だって全然知らないもんなんだよな。装甲が裏返って赤くなるあの現象、解明されていないんだろ?」

 

 シゲの話に整備士達がめいめいに声を上げる。

 

「解明されれば、暴走、なんて言わないだろ。何で装甲が裏返って赤くなるのか、全然分からないんだもんな」

 

「発光現象に関して言えば、不明瞭な点が多過ぎる。本来光るはずのない部品まで光っている。しかも、だ。光った部品は使い物にならない」

 

 初めて聞く話ばかりで翠はうんうんと頷くばかりであった。

 

「光った部品が、使い物にならない?」

 

「ああ、そうなんだよ。光る原因が分からない上に、光ったら焼けたみたいになってしまって、使い物にはならないんだ。だから全とっかえなわけ。時間がかかっているのはそのせいもある」

 

 部品の継ぎ目が剥がされて持ち上げられる。制御管が焼け爛れたようになっていた。

 

「熱でも発しているんですか?」

 

「近いっちゃ近い。でも発熱するものなんて、血塊炉周辺くらいにしかないし、そもそも血塊炉だって耐久値を超えるほどの発熱は発生しないようになっているはずなんだ」

 

「そのためのブルブラッド活性炉だからね。あっちに熱を逃がしているわけ」

 

 尻尾のようなブルブラッド活性炉が取り外されている。ところどころに配管があり、熱を逃がす構造になっているのが窺えた。

 

「でも、光るし熱はこもる……」

 

「そうなんだよなぁ。何でなんだろう」

 

 シゲを含め、整備士が呻る。呻っても事態は好転するとは思えなかったが。

 

「おい、一斑! 休憩替われ!」

 

 整備に当たっていた他の整備士の休憩時間になったらしい。慌ててカツ丼をかけ込み、整備士が仕事に戻っていく。

 

「あの、シゲさん」

 

 呼び止めた翠にシゲが振り返る。

 

「どうした? モリビトの事で何か?」

 

「いえ、その……頑張ってください。オレ、何も出来ませんけれど」

 

 こんな事を言っている暇があれば自分の仕事をするべきなのだろう。だが、モリビトが直らなければ次の幽鬼襲来に対処出来ない。

 

「分かっているよ、少尉。任せとけ!」

 

 シゲが胸板を叩いて手を振る。翠は格納庫から出て行った。

 

 きっと、シゲ達なら大丈夫だ。

 

 モリビトは万全になるだろう。

 

 ――しかし、万全になったモリビトは自分の言う事を聞くだろうか。

 

 それだけが懸念事項だった。

 

 二度ある事は三度ある。

 

 暴走事故を起こさないための努力は踏んだつもりであったが、どれも空回りに終わってしまわないとも限らない。

 

「どうすればいいんだろ……。今は、整備班に任せるしかないけれど」

 

 格納庫へと振り返っている翠へと不意に声がかけられた。

 

「日下部、翠少尉ですよね?」

 

 誰だ、と警戒を注ぐ。

 

 袈裟姿の僧侶が数人、連れ立って歩いていた。

 

「陰陽班の五木、というものです」

 

 自己紹介され翠は気後れ気味に挨拶する。

 

「日下部、翠です」

 

「存じております。操主、ですよね。モリビト弐号」

 

 五木が格納庫を窺う。

 

 何の用なのだろう。翠は訝しげに五木の言動を観察した。

 

「あの、オレ、部外者なんで、格納庫には入る許可とかオレの一存じゃ」

 

「ああ、いえ。別に格納庫に入りたいわけでは。少尉に用があったのです」

 

「オレに?」

 

 信じられない。陰陽班が何の用だというのだろう。五木は咳払いして言いやった。

 

「モリビト弐号について、少しだけ話しませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五木が指定したのは陰陽班の総本山とも言える寺院であった。

 

 基地に寺などあるのか、と物珍しそうに周囲を見てしまう。

 

「帝都の基地は広いですから。お寺があるんですよ」

 

「はぁ」

 

 生返事を寄越すが五木を含む陰陽班はほとんど表情を崩さない。鉄面皮のような人々に翠はうろたえる。

 

「あの、それで、話ってのは」

 

「まぁ急かないで。本堂に入りましょう」

 

 木材で造られた本堂は先ほどまで整備班と共にいた格納庫とは真逆だ。

 

 鉄と油の匂いもしない。僅かな芳香と、線香の残り香がある。

 

「わたくし達はこういう場所が落ち着くんです。鉄と油ってのはどうにも苦手で」

 

 だから場所を選んだ、というのか。翠は差し出された座布団に腰を下ろす。整備班が夜を徹してモリビトを直してくれているのに、自分だけ柔らかい座布団に座るのは少し気が引けた。

 

 五木は緑茶の入った湯飲みを持ってくる。陰陽班の他の人員を下がらせて、本堂に自分達だけになってから、口を開いた。

 

「日下部翠少尉。あなたは、女性ですね」

 

 息を詰まらせる。

 

 突然に宣告されて翠は困惑した。

 

 それは最重要機密だと時雨が言い含めていたはずだ。しどろもどろする翠に五木が落ち着き払って手を掲げる。

 

「安心なさい。わたくし以外は気づいていない」

 

 本当だろうか。翠は落ち着きのない目線をやった。

 

 その姿に五木がようやく微笑む。

 

「そうやって落ち着きのないところ、どこかのお嬢様のようだ」

 

 そう言われて翠は赤面した。つい数日前まではまさしくそうだったのだ。

 

「……あの、オレが、その、女だって事は」

 

「口外しませんよ。時雨准将が抜擢したという事は、つまりそういう事でしょう」

 

 五木は納得しているらしい。しかし、どうしてばれたのか。それだけが解せない。

 

「あの、女だと思った原因って何です?」

 

「身振り、ですかね。男にしては柔らか過ぎる。それに軍人ではないのは一目で分かりました。陰陽に秀でているもので、そういう偽りは利かないんです」

 

 言われても翠にはぱっとしない事柄であった。

 

 自分がへまをしたであろうか、と考えてしまった始末だ。

 

「どうして、オレが女だって知って、声をかけてきたんですか?」

 

「前々から話をしたいとは思っていました。あなたと、それにモリビトの事を」

 

 そこで五木は湯飲みを手に取り、緑茶で喉を潤した。翠も同じように行動する。

 

「モリビトの、何なんです?」

 

 一息ついた五木は翠を見据えて言い放つ。

 

「あれは、以前までのモリビトではない」

 

「以前までの?」

 

 どういう意味なのかをはかりかねていると、五木は付け加えた。

 

「正確には、あなたが最初に搭乗した初陣の時とは違う。いや、もっと言えばモリビト壱号機とは全く違う」

 

 それは、その通りなのではないだろうか。壱号機の反省点を踏まえた弐号機なのだから。

 

「それは、当たり前なんじゃ……」

 

「いえ、全く違うといったのは兵器としての能力云々ではなく、そもそもあれは兵器ではない、という事です」

 

 思わぬ返答に翠は目をしばたたく。モリビトが兵器ではない、という言葉はあまりに意外であった。

 

「えっ、だって、あれは帝都を守る決戦兵器じゃ」

 

「それだけに徹するにしては、余計な装備が付いているのですよ。ここから先の話は時雨准将に口止めされていた話です」

 

「准将に?」

 

 それは命令違反ではないのか。そのような考えの些事にも構わず、五木は袈裟の中から紙を取り出した。

 

 千切られた矢じり型の用紙である。黒い線が走っていた。

 

「何ですか、これ」

 

「幽鬼の出現現場に必ずと言っていいほど存在する、謎の紙です。対策室の一部ではこれを呪符、と呼んでいます」

 

 呪符。明らかに自分とは無縁でありそうなその名前に翠は面食らう。

 

「その、呪符がどうかしたんですか?」

 

「……少しばかり、気には留めているのではないのですか? 幽鬼に質量がない事や、その破片がどうしてだか回収されない事を」

 

 一部の人間しか知らぬはずの違和感を五木は言ってのける。それだけでも驚愕に値したが、五木はその呪符を卓上に置いて線をなぞった。

 

「これは、陰陽道における一種の呪いです」

 

「呪い、って」

 

「言葉通りの。この呪符の発生させる力の場が、幽鬼出現に干渉している。この理論は既に准将もご理解の上の話です」

 

 翠は改めて矢じり型の紙を見つめる。薄っぺらく、こんなもので幽鬼がどうこうなるとは思えない。

 

「あの、考え過ぎなんじゃ……」

 

「物事は、考え過ぎなくらいがちょうどいいのです。幽鬼出現時に、殺人が発生している事を、あなたはご存知ですか?」

 

 殺人。あまりにかけ離れた事に思えるその二つに翠は首を横に振った。五木は目を伏せて残念そうに呟く。

 

「そうですか……。まだ、准将は隠し通すつもりなのですね」

 

「あの、話が見えない。この呪符と、幽鬼、それに殺人って、全然関係のない事じゃないですか。そんなの偶発的に決まって……」

 

「全ての幽鬼出現時に殺人が起き、その殺害現場と思しき場所から幽鬼が発生している。これを加味してもまだ、偶然だと言い張りますか?」

 

 五木の言葉に翠は声を詰まらせる。

 

 幽鬼出現と殺人。

 

 そんな事、時雨は今まで一度も口にしていない。

 

「……オレが、教えられていなかっただけ、ですか」

 

「それならばまだいいのです。教えられていない、だけならば。あなたはだって、操主の任を帯びている。余計な事を聞かせないほうがいい」

 

 それは操主であるのならば、まだ見過ごされている事象だとでも言いたげだ。

 

「准将は何をお考えで?」

 

 切り込む質問に五木は首を横に振った。

 

「私にも何も」

 

「何もって、じゃあさっきの殺人の件だって、本当かどうかは疑わしいじゃないですか」

 

「上層部はみんな知っていますよ。対策室のね。山城班長にも伝令は行っているはずですが」

 

 山城が? と翠は訝しげにする。

 

 全く聞いていない。

 

「もしそうなら、山城班長まで抱き込んで何で隠し立てするんですか。そんなの、公名情報のほうがいい。だってそれが幽鬼出現に関わるって言うのなら」

 

「ですが、殺人と幽鬼出現、それにこの呪符の因果関係を説明出来るのは、私と、陰陽班、それに時雨准将だけでしょう」

 

 遮って五木は呪符に視線を落とす。

 

 呪符は沈黙していた。このようなただの紙切れに何の力があるというのか。

 

「……信じられません。オレ、信じるものくらいは決めたい。だから、あなた達の話だって聞く価値があると思っている。平等に、情報は選択されるべきだ」

 

「その割には、准将があなたを欺いている、という結論には至りたくない様子ですね」

 

 歯噛みする。

 

 当然であった。自分は操主として、兄の後任として厳命された。それだけの信頼があるのだと思っている。

 

 だから、幽鬼に関して時雨が隠し事をする理由が思いつかない。

 

 話してくれれば進展するかもしれないのに。自分やシゲ、岩倉が渋面を突き合わせるよりもいい方法があるはずなのに。

 

「言ってくれないのは、言外に信用ならないって言われているようで……」

 

「信用、ですか。言っておきますが、准将は非情なお方です。自分以外誰一人として信用していない。高木少佐は例外中の例外です。准将は一人でも、この計画を推進する。血続と操主がいれば、あなたでなくとも構わなかったはずだ」

 

 ここに来て自分の存在意義を揺るがされる事に翠は我慢ならない。

 

「オレの侮辱なら、まだいい。でも、この、操主って立場を侮辱するのなら……!」

 

 それは前任であった兄さえも侮辱する事になる。

 

 それを悟ったのか、五木は顔を伏せた。

 

「失礼、そのつもりはなかったのです。あなたと、あなたの兄上を侮辱するつもりなど」

 

「だったら、何で准将はオレに言わないんですか」

 

「……直接聞いたほうがいい。私から話せるのは、この呪符と殺人、それに幽鬼の因果関係だけ」

 

 呪符とやらを睨むが、どこにも変わったところなどない。ただの紙だ。

 

「こんなの、誰だって用意出来る」

 

「しかし、全ての幽鬼出現地点に存在し、かつ幽鬼の出現前の殺人に際して使われた、となれば? そう考えるとおかしな事がいくつか」

 

「言ってみてください」

 

 五木は一呼吸ついてから口火を切った。

 

「殺人に関して。目撃証言が多々あります。上層部では〝刀使い〟という俗称を用いられています」

 

「〝刀使い〟?」

 

「全ての殺人が刀によるものである事と、事実、その姿を目にした人間の証言からです」

 

「目撃者は?」

 

「これも不思議なのですが、刀使いは一夜に一人しか殺しません。だから目撃者は今も生かされたままなのです」

 

 奇妙、ではあった。

 

 目撃者は消すのが流儀ではないのか。

 

「でも、刀使いがそのまま、幽鬼出現の根拠になるわけでは」

 

「もう一つ、あります。刀使いはこの呪符を、殺した人間に被せているようなのです。ここに」

 

 五木が示したのは千切れている紙片の一部であった。黒々とした血が染み込んでいる。

 

「血痕ですか」

 

「そう。殺してから、わざと傷の沁み込むうちにこの呪符を翳した」

 

「でも、だからって何で、幽鬼に繋がるんですか」

 

 攻撃的な翠の声音に五木は落ち着いて返す。

 

「呪符には……、にわかには信じ難いでしょうが、我々陰陽班は力、を感じ取っています。これを霊力、と便宜上呼びます」

 

 何とも胡散臭い。翠は眉根を寄せた。

 

「霊力、ね……」

 

「陰陽班が何故、存在するのかをまだ説明していませんでしたね。そもそも現行兵器の通用しない幽鬼に最初にその名をつけたのは、我ら陰陽班なのです。もう時代遅れの産物、とも思われがちな陰陽道ですが、時雨准将はいち早くこの戦いがただの兵器合戦ではない事を見抜き、我々を京の都から引き抜いてきました」

 

 ただの兵器合戦ではない。

 

 それは自分も薄々感じていた事だ。

 

 破片の一つも回収されない、謎の敵性兵器。

 

「でも、それが霊だとか、そういう胡散臭い話になるのは何でです? だって信用に足らない」

 

 五木は呪符に手を翳し翠に目配せする。

 

「私がこうしても、何も起こりませんね?」

 

 馬鹿にしているのだろうか。ただの紙に何の仕掛けもなければ当たり前である。

 

「だから?」

 

「しかし、こうやって」

 

 五木は数珠を取り出して何事かを唱え始めた。

 

 すると、呪符に刻まれた線が赤く輝き、淡い光を発生させる。

 

 翠は目を見開いていた。

 

 五木はとんとんと指先で呪符をつつく。

 

「これが霊力です」

 

「嘘くさい、いんちきなんじゃ?」

 

「信じられないのも無理からぬ事ではありますが、私はこれこそ幽鬼の正体を紐解くのに必要な事だと感じているのです」

 

「何がです? こんな、どこかで見たような仕掛けなんて」

 

「仕掛けも何も、この呪符は使う人間次第ではただの紙です。何かしら意味があって、この矢じり型に切り取られ、死者の血を沁み込ませられた」

 

 翠は立ち上がった。聞いていられない。

 

「あの、オレだって忙しいんで。そういう、はっきりしない事は嫌いなんです」

 

 女だと気取られたのはまずかったが、この場で五木の話を聞き続けるのも馬鹿らしい。

 

 立ち去りかけた背中に、五木は声を投げた。

 

「モリビト弐号の暴走の理由、まだお話していませんでしたね」

 

 足を止める。だが、相手は陰陽道を気取るいんちきだ。

 

「そんなの、あなたに分かるわけじゃないないですか。今、整備班の方々がしっかりと点検を――」

 

「点検しても、部品を取り替えても、起こりますよ。暴走は。何でだか、お分かりですか?」

 

 どこか確信めいた声音に翠は振り返らずに問い返す。

 

「何故です?」

 

「モリビト弐号のあの姿。赤い燐光を放つ禍々しさはまさしく怨念の輝き。我々はあの形態を、モリビト弐号怨、と呼んでいます」

 

 モリビト弐号怨。

 

 整備班が聞けば喧嘩が始まりそうな言い草だ。

 

「あなた達は整備班の人達の苦労を知っていて、そんな事を言うんですか」

 

「そういう風に聞こえてしまうのならば、それでも結構。私はあなたに、真実のみを伝えたい。モリビト弐号怨に乗り続ければ、いずれ操主であるあなたの精神をも蝕む」

 

 覚えず振り返って睨みつけた。自分に、戦うなと言いたいのか。

 

「遠まわしに操主に不適格だって言いたいんなら、准将に直訴すればいいじゃないですか。オレが……女だって言い振らして」

 

「違う。これは警告です」

 

 五木は取り乱しもせずに返す。我慢ならなかった。

 

「整備班の人達が気に入らないんですか? それともオレが? どっちにせよ、あなた達の言っている事は、後付の理論じゃないですか。殺人が起こっている。そりゃ、確かに事と次第によってはまずいかもしれません。呪符、ってものがある。それもそう。でも、オレや、現場で戦っている人達の苦労を足蹴にするような言い方は、許せない!」

 

 五木を見据えるが、彼は温厚な眼をこちらに返すだけだ。

 

「私は、あなた達の戦いを邪魔する気はない。ただ、そういう輩がいるのです。殺人を犯し、死者の魂を冒涜し、その死を練り上げて、幽鬼と成す。その根源が」

 

「だから、何の根拠もない!」

 

「あなたは先ほど、呪符が発動するのを見ましたね?」

 

「仕掛けか、そうでなければあれはあなたが用意しただけの代物だ!」

 

「ですがこういうものがしっかりと、手順を踏めば作用する事を、ご自分の目で見ましたね?」

 

「しつこいですね! だったら何だって――」

 

「モリビト弐号にも、これと同じものが組み込まれています」

 

 声を荒らげようとした翠にとってしてみれば、不意打ちであった。

 

 ――モリビト弐号に、呪符が?

 

 信じられない、と言い返そうとしたが、五木は強く言い含める。

 

「全ては時雨准将の采配。あの方が、モリビト弐号にこれと同じものを組み込ませた。

その次より、モリビト弐号は暴走するようになった」

 

「……でまかせだ」

 

「いいえ、でまかせなどではない。現にあなたは見た。この呪符は然るべき手段を踏めば、科学では説明出来ない力を作用させると。モリビト弐号に巣食う怨念が、この呪符を通し、暴走させているのです。モリビト弐号を動かしている、怨念の正体は……」

 

「やめてください!」

 

 叫んでいた。五木が呆気に取られたように固まっている。

 

 翠は泣きながら懇願した。

 

「頼むから、やめてください……」

 

 論理の帰結する先が見えてしまったからか、それとも心底、この陰陽師の言葉を聞いていられなくなったからか。

 

 自分の中でも判然としなかったが、涙となって伝い落ちる感情は本物であった。

 

 五木が言いかけた言葉を仕舞い、翳りを浮かばせる。

 

「……私とした事が、焦り過ぎましたね。すいませんでした」

 

「それも、オレを思って、だとか言うんでしょう?」

 

 沈黙が答えになっていた。翠はきっと睨みつける。

 

「話は、ここまでにしてください」

 

 踵を返す。五木は釈明の言葉を発していた。

 

「誤解しないで欲しいのは、暴走の根源を、だから叩こうだとか、そういうつもりじゃないんです。私が、陰陽班の代表として、この呪符を、鉄片としてモリビトの操縦席に組み込ませた。私も、同罪なんですよ」

 

 だからと言って、五木を許せる気分ではなかった。彼は自分と、関わっている人々を愚弄した。

 

「時雨准将も、高木少佐も、オレを女だからと言って侮る事はありませんでした。弱いって断じる事なんて、決して」

 

 それを捨て台詞にしたつもりだったが、五木は弱々しく口にする。

 

「あなたの事を、弱いなどと思った事はありません。むしろ、誰よりも強い。強く、美しい。だからこそ、言っておきたかった。これほどまでに強い人は、折れる時も紙一重です。折れてしまった時、あなたはもしかしたら、兄上と同じ結末を辿るのではないかと……」

 

「オレは絶対に、自爆なんてしません」

 

 操主として。日下部翠として。五木の言葉が許せなかった。

 

 陰陽班の寺院の入り口で、他の陰陽師と出くわす。

 

 彼らには言い合っていたのが聞こえていたのかいないのか。

 

 どこか余所余所しい陰陽師の傍を、翠は突っ切っていった。

 

 

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