ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第参拾七話「質と量」

「准将、これはどういう事なんですか」

 

 作戦指揮の書類を叩きつけたのは岩倉である。そこには三日後に来る模擬戦の話が書かれていた。

 

「見ての通りだ。我が方の人機、モリビトの性能が不満らしい」

 

「何が不満だというのです。防衛成績も最近はいい」

 

「連中が見ているのは幽鬼からの防衛云々ではないのだ。人機として優れているか否か」

 

「……整備班が全力を尽くしてくれています。不備はあり得ません」

 

「その全力が、大国の微力に敵うかどうかだよ」

 

 時雨の物言いがあまりにも横柄だったせいか、岩倉は頭を振った。

 

「モリビトが負ける事なんて、あってはならない。そうでしょう?」

 

 その通りだ。しかし性能面での不安はある。それを分かっているから、整備班ではなくこちらに直訴してきたのだろう。

 

「この勝負、対等ではない」

 

「足がしっかり付いている人機に対して、こちらはレールかキャタピラです。これでは勝負にならない」

 

「では何で勝負すれば納得する?」

 

「納得って……」

 

 言葉を濁した岩倉に時雨は畳み掛けた。

 

「白黒をつけなければならない物事というものがある。今回がそれだ。人機開発に関して、この島国では不満なのだと、大国自らが言ってきている」

 

「そりゃあ、大国のように資財も、ブルブラッドも無限じゃないですけれど」

 

「それだけではなく、我が国の内政干渉もしたい、というのが本音だろうな。軍部を掌握したいのだ。悪い芽は早めに摘み取りたいと言う気持ちだろう」

 

 岩倉は押し黙った。ここから先は政治家の役目であり、自分達軍属の役目ではないと判じたのだろう。

 

「ですが、そんな重要な事を、一回きりの勝負で決めるなんて」

 

「言いたい事は分かる。だが、ある意味では好機なのだ」

 

「好機?」

 

「モリビト弐号が勝てば、こちらの軍部に連中は入って来れない。完全な機密を保持する事が出来る」

 

「簡単に言いますね……」

 

「今のモリビトと、日下部翠少尉を見ていてどう思う? 作戦参謀として勝てると思うかね?」

 

 振り向けた声に岩倉は考えを巡らせる。

 

「正直、難しいと思います。今まで相手にしてきたのは、確かに命を削る本格的な戦いでした。しかし幽鬼と人機は全くの別物。それを相手取るのに日下部少尉の心の迷いがあれば、意味はないでしょう」

 

「日下部少尉は仕損じると思うかね?」

 

 逡巡を浮かべた後、岩倉は搾り出した。

 

「……ただのボールの奪い合いですが、人機同士の戦闘は想定外でしょう。モリビト弐号では不利に繋がる場合もあります」

 

「では作戦参謀として、日下部少尉を鼓舞してくるといい。彼はやってくれると思うが」

 

「そもそも、この戦闘自体、不確定なものが大きい」

 

「性能面では書面にて通してある。向こうも了承済みだ。こればかりはわたしの一存で通させてもらった。相手の性能が分からぬのでは話にならないからな」

 

「これを見せれば、納得してくれるとでも?」

 

「なに、不愉快ではないだろうさ。なぁ、少尉」

 

 その声に扉の向こうで聞き耳を立てていたらしい翠が、ばつが悪そうにノックした。

 

「今さら確認は要らないぞ」

 

 開けられた扉の向こうで顔を伏せた翠が佇んでいる。

 

「日下部少尉……。聞いていたのか」

 

「すいません。ちょうど、入ろうと思った時に、岩倉中尉の怒声が聞こえたものですから」

 

 岩倉が返そうとするのを時雨は手で制した。

 

「日下部少尉。端的に聞きたい。対人機戦だ。勝てると思うかね?」

 

 ここで迷いを浮かべる可能性もあった。しかし翠の眼差しはずっと鮮明であった。

 

「勝ちます。勝たなければいけない」

 

 何かあったのだろうか、と勘繰る前に、翠はつかつかと歩み寄ってきた。

 

「これが、レッドウォーリアの情報ですね?」

 

 気圧され気味に頷くと翠は書類を引っ手繰る。

 

「拝見します。お借りしても?」

 

「ああ、どうせ見せるつもりだったが……。どうにかしたのか、日下部少尉」

 

 岩倉の当惑に翠は強気に言い放つ。

 

「こんな人機に、負けている場合じゃない」

 

「そりゃあそうだが……。レッドウォーリアは強敵だ。どう対応するべきかで変わってくる」

 

「戦略をください。いつものように、勝てる作戦を」

 

 いつになく強引な翠の声音に岩倉のほうが困惑しているようだった。

 

 何かあったな、と時雨は推し量る。

 

「日下部少尉。幽鬼と違い、倒す必要はない。ボールを一定時間保持すればいい。だが、その条件ではモリビトは不利だ」

 

「分かっています。でも、この条件が突きつけられたのなら、戦います。全力で」

 

 その双眸にはいささかのてらいもない。

 

 本気で勝つつもりなのだ。

 

 時雨は口元を緩めた。

 

「強気な操主か。嫌いではない」

 

「レッドウォーリアの情報、整備班の皆さんにも開示して?」

 

「ああ、構わない。作戦に反映させたまえ」

 

 翠が挙手敬礼して部屋を出て行く。その背中に岩倉も続いた。

 

 高木は狐につままれたように目を見開いている。

 

「乙女が強気なのはお気に召さないか?」

 

 時雨のからかい口上に高木は慌てて咳払いする。

 

「ご冗談を」

 

「しかし、日下部少尉がやる気ならば構わないではないか。わたしは説得に一番時間がかかると思っていたが、その手間が省けた」

 

「ですが、先にも言った通り、モリビトでは」

 

「ああ、不利だとも。しかし、それが分かっていてもやらねばならないのだ。押し通さなければ未来はない。どうせ、我が方にもな」

 

 このまま大国の言いなりにならないためには勝ち星が必要であった。それこそ、人機による圧倒的な性能の差が。

 

「どうするつもりなのでしょう? この方式ではモリビトが不利に転がるだけです」

 

「それをどうにかするのが作戦参謀と操主だろう。まぁ、わたしが思っているよりも、彼らは熱くなってくれそうだ。そのほうがやり甲斐があるというもの。レッドウォーリア、初見ではあれほどの高性能人機、二脚、というのもまやかしだ。あり得ない」

 

「やはり、准将もそう思われますか」

 

 二脚型、という部分がどうしても引っかかる。書類の面でも二脚を強調していたが、幾度となく人機の性能確認を経てきた時雨の目は誤魔化せなかった。

 

「これはでたらめではないが、揚げ足取りだ」

 

「どういう……」

 

「恐らくは、そういう風に見せているだけの」

 

 そこまで言葉を次いで、時雨は窓の外を見やった。格納庫に明かりが点いている。

 

「まぁ、ここから先は、勝負する人間の領域だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レッドウォーリア? んなもん、聞いてねぇぞ」

 

 山城の第一声は予想されてしかるものだったが、その書類を確認するなり、その顔色が変わった。

 

「……シゲ。脚部の改造だ。急ぐぞ」

 

「お、おやっさん、やる気なんですか?」

 

 不安げな眼差しを送る翠に山城は言いやった。

 

「安心しろ。大改造なんて行わない。時間もねぇしな。挙動を上げるのと、この規格に合うようにちょっとばかし調整する」

 

「その、よろしくお願いします!」

 

 翠が頭を下げると山城は手を振った。

 

「気にすんなよ。操主様があんまり卑屈だと逆にやり甲斐がねぇもんだが、今回、その眼が燃えているからよ。やり甲斐がある」

 

 やはり、分かってくれているようだ。翠は言い足す。

 

「その、レッドウォーリア、何度も見ていて思ったんですけれど、二脚、なんですよね?」

 

「ああ、書面上はな」

 

「……やっぱり、班長も二脚って怪しいと思いますか」

 

 二脚型人機、という文字に疑問符を浮かべた翠に、岩倉が言葉を差し挟む。

 

「でも大国の技術ならばあり得る」

 

「いえ、これはその、実際に乗っている感覚から言わせてもらう経験則なんですけれど……」

 

 言い辛そうにしていると山城が促した。

 

「何かあるのか?」

 

「二脚って、相当な三半規管がないと、その、無理だと思うんですよ。立つのも」

 

 その言葉に裏打ちされたのは、何度も倒れてきた経験だ。ナナツーでの経験が、二脚型人機の否定に繋がっている。

 

 ナナツーレベルでもやっとの二脚を、モリビトの大きさまで拡大した、というのが信じられない。

 

 山城もそれを感じ取ったのか、なるほどな、と首肯する。

 

「ナナツーでも随分と肩慣らしにはなっただろうが、あれに乗ったんなら分かるって話か。おい、シゲ!」

 

 呼びつけられてシゲが戻ってくる。

 

「何です? 一刻も早く換装作業をしないと」

 

「ナナツーに乗った感想だ。お前、どう思った?」

 

 唐突な質問にシゲは面食らっていた。

 

「どうって……、ありゃ確かに難しいですよ。おれみたいに何回も乗って転んでやっと。あの大きさだから実現出来ている部分もあります。モリビトほどの大きさにするのには、技術も時間も足りないでしょう」

 

「やっぱり、その見解か」

 

「オレも、そう思っているんです。このレッドウォーリア。二脚って部分を強調してあります。それに、新たな移動方法も」

 

「ファントム、って奴か。動力弁に一時的な過負荷を与える事でわざと詰まらせて、ブルブラッドそのものの逆流現象を利用し、超加速を得る技法……。モリビトじゃあ、無理だな」

 

「脚が付いていませんからね」

 

「そのファントムも込みなんですけれど、どう考えたってこの人機、長くは戦えません」

 

 その見方に山城を含め、シゲも瞠目した。

 

「そりゃあ、何でだと思う?」

 

「二脚なんて人間でも何年もかかります。それを、人機の大きさで実現するのには、教育が足りてないと思うんです」

 

「教育、か。操主の教育、整備班の教育……。どちらにせよ、この大きさの機動兵器を使うのには、今の人々じゃ頭脳が足りねぇって言いたいんだな?」

 

 翠は頷き、さらに続けた。

 

「仮に造れたとしても操主です。問題なのは、操主がいかに優れているか。ここに下操主上操主とあります」

 

「下半身と上半身の動きを完全に隔絶する事によって、一人分の負荷を減らす。考えられてはいる」

 

「ですがそれだけでは」

 

「不充分、という事ですか」

 

 ようやく岩倉も納得したらしい。山城はむつかしい顔をする。

 

「しかし、理にはかなっている。上と下を分かれるって事は、つまり教育機関は単純に半分でいい。加えて今回、下操主さえ技量を満たしていれば可能な模擬戦。あんまり言いたくはないが、分は悪い」

 

「ですが、これこそが、勝つのに足る要素だとオレは思っています」

 

 その言葉に岩倉が目をしばたたいた。

 

「どうやって……、ですか」

 

「オレも一応は操主です。モリビトを動かしたのももう十回は超えている。だから分かるんです。下と上を分かてば、その隙が生まれると」

 

「上半身と下半身は分けても繋がってはいるからな。一機の人機を動かすっていう点で言えば、それは逆に呼吸が合っていないと難しい」

 

「呼吸を合わせるのには、時間も技量も足りていないはず」

 

「しかし、そこまで言えるのは何でだ? どうして自信が持てる?」

 

 自信はない。だが、自分があれほど苦労した人機の操縦をいとも簡単にやってのけるとは思えない。

 

 加えて相指の余裕も脳裏にはあった。レッドウォーリアは強いと豪語する少年。彼の頭にあるのはレッドウォーリアの性能面だけだ。実際に戦うのと頭の中で試算するのは違うはずである。

 

「オレが、何度も幽鬼と戦ってきました。それでは不満ですか?」

 

 発した声に山城はぷっと吹き出した。シゲも笑い出す。

 

「そりゃ、違いない! こっちからしてみれば坊ちゃんの言葉が一番正答だ!」

 

「モリビトの事を分かっているのは翠少尉もだからな。おれ達もやるよ。全力で頑張らせてもらう」

 

「オレの提言も、組み込んでもらえますか?」

 

 半ば図々しいか、と思ったが山城は快諾した。

 

「いいって事よ。今回は操主である坊ちゃんとモリビトの晴れ舞台にしてやるぜ」

 

「ぼ、僕は作戦を。勝てる作戦を組んでみせます」

 

 岩倉の言葉も心強い。翠は早速取り掛かった。

 

「絶対に、レッドウォーリアには負けない」

 

 

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