ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第参拾八話「戯言」

「早いものだな。もう到着したのか」

 

 港に停泊しているレッドウォーリアを積んだ巨大な貨物船に、伊勢が感嘆の吐息を漏らす。

 

「大きいですね……」

 

「クジラを運んできた船もあんなのだったさ」

 

 時雨は伊勢の護衛を得て、レッドウォーリアの下見に窺っていた。一つでも多くの要素を勝ちに持って行きたい。翠があれほどやる気なのだ。無下には出来なかった。

 

 軍部の証明書を見せて貨物船に入ると、隔壁の向こう側に立脚したレッドウォーリアが佇んでいた。

 

 間近で見るとその巨大さが分かる。

 

 人型兵器、という名目で造り上げられた人機であるが、ここまで人型を体現したものもないだろう。

 

 赤く塗られた機体は鍛え上げられた痩躯を思わせた。

 

 右腕には指の代わりに手首に接着されたくの字型の刃がある。

 

 もう片方の手には牽制用か、小型小銃であった。

 

 モリビトのように器用ではなさそうだな、と判断しつつ、時雨はレッドウォーリアを観察する。すると、声が振りかけられた。

 

「やはり、来たのですね、准将」

 

 先日の外交官であった。その隣には少年がいる。

 

 同じ光を目に灯していた。野心の光だ。それに自信もある。それほどの眼差しを持った少年はこの国ではなかなかお目にかかれない。

 

「プロフェッサー、タチバナ。その人ですか?」

 

 聞いていただけの名前を紡ぐと少年は額で玉を突いて頭の上で転がした。器用なものだ。

 

「そうだよ。ボクが、立花相指だ」

 

 自信に満ち溢れた声音である。

 

「お噂はかねがね。人機設計の第一人者だとか」

 

「ブルブラッドは凄まじいエネルギー源だ。あれ一つで機動兵器が数十機は生み出される。兵器研究は十年早まるだろう」

 

 階段を降りながら相指は口にする。その間もボールを落とす事はない。

 

「立花博士は、人機をどう扱うと?」

 

「兵器だよ、所詮人機なんてね。ボクらの与り知らないところで、色々利用されるんだろう。まぁ、ボクは人機をいじれる特権があればいい。どこだろうと、飛んで行くさ」

 

 肩を竦めてみせる少年の相貌を窺うが、いささかの冗談も見られなかった。本気で、人機の研究だけを考えているのだろう。

 

「人機はそれほどまでに魅力ですか」

 

「魅力も何も、これに何も感じないほうがどうかしている。レッドウォーリアは史上初の二脚型機動兵器だ。これが実現出来たのは全て、ボクの頭脳のお陰だよ」

 

 二脚型、という部分に時雨は問いを重ねる。

 

「本当に二脚ですかな?」

 

 その疑問を先んじて考え出していたように、相指は答えようとする。

 

「やはり、その疑問に行き着くか。まぁ実際に言えば、あれは――」

 

「プロフェッサー。これ以上は機密です」

 

 外交官の声に相指はわざとらしく口をつぐんだ。

 

「そのようだ。だからボクからは何も」

 

 やはり、そこが弱点か。時雨は確信すると共に一つでも翠とモリビトのために持ち帰らねば、とレッドウォーリアを観察する。

 

「装備が本格ですね」

 

「一応は兵器だからね。まぁ、弾は入っていない。そっちの口径に合わせてあるから、好きに使いなよ」

 

 それ以上は興味の範疇にない、とでも言いたげだ。時雨は突っ込んだ物言いをしてみた。

 

「戦えるんですか? 模擬戦ではなく実戦で」

 

 ある意味では挑発に聞こえただろう。しかし相指は慌てもしない。

 

「兵器、っていう言葉の意味を知っていれば出ない質問だけれど。大体、そっちの人機に成り代わろうって魂胆なんだから戦えないでどうする?」

 

「違いない」

 

 時雨は笑って見せたが、それが愛想だけなのは誰の目にも明らかだっただろう。

 

「あのさ、あんまり言いたくないけれど、ボクの前で嘘をつかないほうがいい。ついたって分かるんだよ。数式でね」

 

「数式?」

 

「ボクの眼には数式が見えている。万物全てに、だ。それが分かっている以上、下手な議論は逆に自分の首を絞める」

 

 そのような能力紛いの事が、と外交官に視線を流すが、何のてらいもなく頷かれた。

 

「本当ですよ。プロフェッサーには何でもお見通しなんです」

 

「まぁ神様とやらがいたとして、ボクにその眼をくれたってところかな。その神様も、数式で暴く事が出来るけれど」

 

 神をも恐れぬ発言は大国でも危険視されるだろう。だから研究機関を回っていたのか、と時雨は得心する。

 

「あなたの存在自体がある種の神聖な意味を帯びているようですね」

 

「ようではなく、その通りだ。人機開発そのものが現地の住民からは反対を受けていてね。青い血の石を無闇に使うな、いずれ天罰が下るぞ、と。天罰なんてボクからしてみれば一番に縁遠い」

 

 ブルブラッドの塊であるクジラを持ち帰った時にも似たような事があった。やはり血塊炉は未だ人類の触れていい範疇ではないのか。

 

「しかし、レッドウォーリア、こうして見ると見事」

 

 形だけの賞賛を送ると外交官は誇らしげだったが、相指はそうでもない。

 

「まだまだだ。開発のこんな途中で模擬戦なんてするはずじゃなかった。本当はもっと詰めたかったんだが、整備班から駄目が出てね。ここで打ち切られた。半端な代物だよ」

 

 研究者からそのような言葉が出れば事だろう。外交官は取り繕った。

 

「これでも充分な完成品です」

 

「これが完成品? 馬鹿を言っちゃいけない。こんなのじゃ、まだ……。ボクの理想の数式の半分も詰め込めちゃいない。その点ではそっちのモリビトもどっこいだったけれど、そっちには変な仕様があるね」

 

「変な仕様、とは?」

 

「数式で解読出来ない箇所が一個だけあった。操縦席にあんなものを詰め込むなんて正気の沙汰とは思えない」

 

 その言葉の意味がここにいて分かったのは時雨と相指だけだ。

 

 ――呪符の事を、彼は言っている。

 

 対策室の絶対の秘密をどうしてだか彼は看破した。その事に驚くよりも先に勝算が勝った。

 

「よくご存知で」

 

「あれで戦わせているって、信じられなかった。そりゃ暴走もするさ。ボクの眼でも完全には分からなかったものだ。忠告しておく。あれを使い続けると、持たないよ」

 

 その忠告の意味でさえも、時雨にしか分からない。

 

「それはどうも。しかし我々はすがらなければならない。すがらなければ、勝つ事さえも難しい」

 

「モリビト、よく整備が行き届いている。あれだけの未完成品をよく、仕上げたものだ。それでも未完成には違いないんだが今の技術水準では最高峰だろう」

 

「天才に認められて光栄、と思うべきでしょうかね」

 

「残念。レッドウォーリアはその上を行く。あの変な数式の兄ちゃんにもよろしく言っておいてよ。操主なんでしょ」

 

 まさか翠と面識があったとは。その言葉で翠があれほどまでに熱を上げている理由が分かった。

 

 天才に面と向かって何を言われたのか。

 

 推し量るしかないが、翠はそれでも勝つと言いたいのだ。ならば、自分はそれに報いねば。

 

「そちらの操主は。見当たらないが」

 

「ずっとこっちを見ているよ。レッドウォーリアの中からね」

 

 振り向くとレッドウォーリアが片腕を持ち上げた。まさか起動状態だとは思うまい。

 

 流暢な英語が漏れ聞こえる。通信機だろう。

 

「〝負ける気がしない〟だってさ」

 

 相指が翻訳する。時雨は言い返していた。

 

「ならばこうとも伝えてくれないでしょうか。〝望むところだ〟と」

 

 売り言葉に買い言葉の体に相指は鼻を鳴らす。外交官に伝えると目を見開いた。

 

「勝つのはこちらですよ」

 

「まだ勝負も火蓋も切っていない。取らぬ狸のなんとやらと言います」

 

 時雨の物言いに外交官が怪訝そうにする。相指だけが笑っていた。

 

「面白いね、時雨久隆准将。数式以上だ」

 

「わたしは数式の上ではどこまでやれるのでしょうかね」

 

「さぁ? 人間に見る数式は流動的でね。ボクは占い師じゃないし」

 

 ただ、と天才は付け加えた。

 

「あの妙な数式の兄ちゃん。あんまり囲っていても無駄だと思うけれど。正体に、誰も気づいていないってわけじゃないと思う」

 

 翠の正体。時雨は思わず息を詰めた。

 

「……天才は、そこまで看破しますか」

 

 半ば認めた形であったが相指は手を払う。

 

「言わないよ、誰にも。ただ、面白い事に、操主は女性が多い」

 

 その言葉の意味を、この場にいる誰が理解出来ただろう。

 

 少なくとも血続の有用性を説く時雨以外には、ただの戯れ言であった。

 

 

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