ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第参拾九話「戦いの日」

 運ばれてきたレッドウォーリアの威容にシゲが感嘆の息を漏らす。

 

「本当に人型なんだなぁ」

 

「なに感心してんだ。こっちだって人機だろうが」

 

「でも、ここまで完璧だと……」

 

 濁したのは翠にもそれが伝わったからだ。息を呑む。モリビトよりも完成された「ヒト」の形状をしている機動兵器。

 

「脚は……」

 

 立脚しているその姿はまさに巨人。唾を飲み下した整備班と翠に、歩み寄ってくる人影があった。

 

 軍服を身に纏っている二人組だ。一人はなんと女性仕官である。翠を認めるなり、鼻で笑った。

 

 流暢な英語による言葉が交わされる。

 

「日本語で話せ!」

 

 食ってかかったシゲに相手は余裕ありげに眉を跳ねさせた。

 

「失礼。島国の猿は理解出来ない高等な言語だっただろうから」

 

 今度は流れるような日本語である。全員が目を見開いていた。

 

「日本語、お上手ですね……」

 

「一般教養よ」

 

 差し出されたのは手だった。翠はおずおずとそれを握る。豪快に振り回され、女性が笑った。

 

「プロフェッサーの言う通り! こんなのが操主?」

 

 どのように伝えられたのか分からないが不名誉なのは間違いない。翠は頬をむくれさせた。

 

「モリビトが勝ちます」

 

 単純ながらに力を篭らせた一言だった。しかし相手は一笑に付す。

 

「勝つのはレッドウォーリア。それは揺るぎない」

 

 顔を見せたのは相指であった。それに気づいた女操主が笑顔を振りまく。

 

「プロフェッサータチバナ」

 

「ああ、変な数式の兄ちゃんじゃないか。どう? ボクのレッドウォーリアは。これでも勝てるって言う?」

 

 安い挑発だったが、翠は受けて立った。

 

「こっちにも、モリビト弐号があります」

 

「だからさ、モリビトじゃどう考えたって勝てないんだって。物分りはいいほうが潔い」

 

「勝ちますよ。オレは」

 

 頑として譲らない翠に女操主が嘆息をついた。

 

「頑固ね」

 

「どうとでも」

 

 相指が最終確認に入る。レッドウォーリアが整備班を引き連れて軍の管理する土俵に入った。

 

 モリビト弐号も格納庫から出されてくる。その脚部はキャタピラに完全変更されていた。

 

「最終確認に入るぞ! てめぇら、準備はいいな?」

 

 山城の張り上げた声に整備班が同調する。

 

 翠はモリビト弐号の操縦席に収まった。

 

「大丈夫だ。モリビトの仕様変更を、奴らは知らない」

 

 振りかけられたシゲの心強い声に翠は親指を立てた。

 

 審判は向こうの国の人間であった。当然と言えば当然だが、公平な審議を可能にするために時雨や高木も同席している。

 

「ルールは単純。ボールを保持していた時間の多いほうが勝ち。ボールは足で持っていても、手で持っていても構いませんが、フィールド外に出た場合、カウントストップとします。時間は三分間。最後の一分にはタイムボーナスが付き、最後の一分間だけその保持時間は二倍になります。最終的に保持していた側にさらにボーナスタイムが付くので最後の最後まで勝負は分かりません」

 

 方式の説明に翠は操縦桿を握り締めていた。

 

 ――大丈夫、モリビトならば出来る。

 

 そう自分に言い聞かせた。

 

 その時であった。

 

「おい! 何勝手に入っているんだ!」

 

 振りかけられた声に翠がハッとする。

 

 操縦席に入ってきたのは相指であった。

 

「何やって……」

 

「特別観覧席。ボクは許可されている」

 

 許可証を見せ付けた相指に翠は厳しい声を浴びせる。

 

「遊びじゃないんだぞ……」

 

「分かってるって。でもさ、いざって時に待ったを出せるのはボクだけだ。ボクの権限だけが向こうにも届く。こっちはイレギュラー揃い。クジラに、謎の機構に、それに兄ちゃんも」

 

 指差されて翠は困惑する。この少年はどこまで知っているのか。

 

「だから、どうだって」

 

「中立は貫くよ。ただ、モリビトの性能を見たいのもある。もしあっちが勝てば、モリビト弐号みたいなロートルな機体はお役御免だろう? だったら二度と精査出来ない」

 

 つまり興味本位という事か。翠は呆れ返った。

 

「危ないですよ」

 

「ご心配なく。ボクの数式の眼は安全な場所を探り出す。ここに座っていれば何の影響も受けない」

 

 相指が座り込んだのは操縦席の後部であった。

 

 整備班が作業をするために予備の安全帯が義務付けられている箇所だ。

 

「……どうなっても知らないからな」

 

「それはお互い様でしょ」

 

『坊ちゃん。作戦参謀の言う通りに動くんだ。今日まで積み上げてきたものを、無駄にするんじゃねぇぞ』

 

「了解です」

 

 返答し、審判が旗を振り上げた。

 

 レッドウォーリアから整備班が離れ、二脚型の巨人が姿勢を沈める。

 

 モリビト弐号の血塊炉には既に火が入っており、尻尾の如くブルブラッド活性炉を振り回せる。

 

 お互いに息を詰めた。

 

 直後である。

 

 甲高い警笛が鳴り響き、勝負の火蓋が切って落とされた。

 

 レッドウォーリアがまず、お互いに平等の距離にあるボールを手にしようと動く。

 

 その挙動に、やはり、と翠は確信した。

 

『やっぱり、そういう事だったか……』

 

 伝令管を伝わる山城の声が意味していたのは、レッドウォーリアの二脚の秘密であった。

 

 二脚から引き出されたのは無数の数珠繋ぎの車輪と――後ろ足であった。

 

 レッドウォーリアが駆け出す。

 

 車輪が地を踏み締め、激しく回転した。

 

 相手は二脚ではなく厳密には、四脚。

 

 それがレッドウォーリアの正体であった。

 

 前足と後ろ足で姿勢を保持し、両脚を繋ぐ車輪で滑走する。

 

 ある意味ではモリビトのキャタピラと大差ない。

 

 これを二脚だと言い張って脅威に見せようという魂胆だったのだろう。相手の女操主の声が張り上げられた。

 

『いただき……!』

 

 しかし、それよりも速く、ボールへと肉迫していたのはモリビト弐号のほうであった。

 

 キャタピラが回転し、それ以上に、異常なほど巨大な駆動音が鳴り響く。

 

 ブルブラッドの音ではない。

 

 その音が木霊した時には、モリビト弐号はボールを左腕で保持していた。

 

 観覧席についていた大国の人々が立ち上がる。

 

『何で? こんなに速いはずがないのに』

 

「そりゃそうだ。モリビトはこの日のために全力を尽くすと決めた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モリビト弐号の装甲の見直し?」

 

 提言した言葉に山城が聞き返す。

 

 岩倉と翠はモリビト弐号の簡易設計図を基に、作戦を建てていた。

 

「このままじゃ、モリビト弐号は重過ぎる。それは班長も分かっているでしょう」

 

 岩倉の言葉に山城は腕を組んで憮然とする。

 

「装甲軽量なんてしたら幽鬼との戦いに間に合わねぇぞ」

 

「僕が言いたいのは、装甲を薄くするのではなく、この密度はあまりに堅過ぎると言っているのです」

 

 岩倉が指差したのはモリビトの下腹部周りであった。キャタピラとの接合の都合上、何度も改修が行われている箇所だ。

 

「ここを一括改修して、見直しをしたほうがいいと同じ結論に至りました」

 

「だがそれは、これから先の戦いに支障を来たすだろう。そんな計画は通らないぞ」

 

「でも、これ。レッドウォーリアの腰周りなんですけれど」

 

 翠が出したのは先行して開示されていたレッドウォーリアの設計図である。お互いの設計図の開示はある程度の均衡を保つために義務付けられていた。

 

 窺うなり山城は渋い声を出す。

 

「かなり細いな」

 

「これ、どうやら換装も視野に入れてのものらしいんです。つまり、レッドウォーリアは脚部換装が可能に造られている」

 

「これを真似て、脚部にもうちょっとゆとりを持たせる……そう言いたいのか?」

 

 山城の反対はある程度覚悟していたが、彼は顎に手を添えて思案する。

 

「どうでしょうか? 整備班の都合上、無理ならば諦めますが」

 

「いや、無理じゃないが、そうなった場合、脚部に繋がるブルブラッドの管が通りにくくなる。逆に反応が遅くなるんじゃねぇか?」

 

「だから、思い切って、レール案は切り捨てます」

 

 翠の放った言葉に山城は正気を疑ったようだ。

 

「レール案を切るって、今まであれだけ重宝してきたのを……」

 

「クジラがあります。それに今回、自由に走れなければボールを取る事も出来ない」

 

「そりゃそうだが、思い切りがよすぎるぞ、おい」

 

「そのための折衷案として、今回の腰周りの変更があるんです。腰周りを変えて、今までの従来の装備の接合面を見直しする。そうする事でこちらも換装前提での装備にします。これで随分と軽くなるはずです」

 

 岩倉の説明に山城は首をひねった。

 

「そう簡単じゃねぇと思うが……」

 

「ですけれど、今の装備じゃ重いんです。やはり軽くするには足回りしかありません」

 

「……まぁ、モリビトの装甲を薄くしろ、っていう命令が来ると思っていただけに、そっちのほうがましに聞こえるが」

 

「幽鬼迎撃のため、装甲は犠牲に出来ません。ですが、足回りを少し変えるだけなら、これからの幽鬼迎撃もしやすくなります。これ一回きりじゃなく、今度も見据えての計画です」

 

 岩倉の必死の説得に山城は思案顔でモリビト弐号を仰ぐ。

 

 今も改修されているモリビト弐号は出来るだけ無駄を減らすようにと厳命が下っていた。

 

「無駄を減らせ、って言われたと思ったら、今度は足をいつでも変えられるようにしろ、か。普通なら一ヵ月、いや半年は欲しいな」

 

「やはり、駄目でしょうか……」

 

 岩倉の諦めかけた声音に山城はその背中を豪快に叩く。

 

「普通なら、って言っただろうに。坊ちゃん、俺達は幾度となく無茶をこなしてきた。三日あるんだろ? やるさ」

 

 山城が全員を呼び出し、岩倉の提案した企画書を読み上げる。シゲや他の整備士も難しそうな顔をしていたが、それを説得したのは山城だった。

 

「足回りの変更が今回出来れば次からもしやすくなる。今後を見据えた計画だ」

 

「でも、そんな事をしたら、ブルブラッドの循環が悪くなるんじゃ? 足に血が行きませんよ」

 

 その懸念に山城は断ずる。

 

「違う、逆に考えろ。キャタピラの接合をいつでも切り替えられるようにするって事は、だ。あちらさんの足回りだって使えるって考えたなら、どうだ?」

 

 山城の言葉は意想外だった。まさか、レッドウォーリアの二脚を導入する事まで検討しているとは。

 

 その慧眼にシゲが呻る。

 

「確かに、これに勝てればレッドウォーリアの予備部品もこっちのものになる。二脚型をいつでも換装可能になるとなれば、こいつはおいしいですね」

 

「あの……オレ、勝てるかどうかは……」

 

「何言ってんだ、坊ちゃん。てめぇが一番勝つつもりだっただろうが。今さら弱音吐いてるんじゃねぇ」

 

 山城の心強い言葉にシゲ達も同調する。

 

「やってやろうじゃないの! モリビト弐号をもっと強くしよう! 整備班の名にかけて!」

 

 散り散りになる整備班の面々は一様に覚悟を固めていた。

 

 自分も覚悟しなければ。

 

 翠は拳をぎゅっと握り締める。

 

「山城さん! 軽くなった分、モリビトの挙動、変わりますよね?」

 

 その言葉に山城は笑みを深く刻んだ。

 

「ああ、慣れてもらわなきゃどれだけモリビトが速くなろうが変わらねぇ。肩慣らしの時間はあんまりねぇぞ」

 

 それでもやるか。無言の確認に翠は首肯する。

 

「やります。やらせてください」

 

 

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