ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第四拾話「エクステンドチャージ」

 ボールを取ったのがまさかのモリビト弐号だったからか、観覧席が湧き立つ。

 

「まさか、モリビトが先に取るとは……」

 

 高木の声音に時雨は笑みを深くした。

 

「やはり、日下部翠は特別だな」

 

 既に時間は動き出している。

 

 あと二分と四十秒。それだけの時間、モリビトが保持出来れば勝利だが……。

 

「敵もそれほど易くはあるまい。簡単に行かないのが勝負の常だよ」

 

 モリビト弐号がボールを持ち上げようとすると、割って入るようにレッドウォーリアが肉迫した。

 

 ――やはり、軽いな。

 

 時雨の確信通り、レッドウォーリアの動きは軽快だ。脚が張りぼての四脚であったのは予想外だったが、それを加味しても速い。

 

 くの字型の刃は布を被っているが、モリビト弐号の腕からボールを奪うのには充分であった。

 

 地面を転がったボールをいち早くレッドウォーリアが物にする。

 

「さて、ここからが勝負だ、日下部翠。君はどう出る?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初に取ったのは驚いた。でも、ここからだよ」

 

 後部に座っている相指の声に翠は声を荒らげた。

 

「黙っていてくれ! こっちだって集中しているんだ!」

 

 操縦桿を握り締め、翠はレッドウォーリアを睨む。

 

 足回りの駆動範囲は狭いとはいえ、四脚の内側にボールを入れられている今の状態では容易く取り上げられないだろう。

 

「ここは……突進する!」

 

 押し出して無理やりボールを奪うしかない。モリビト弐号が駆動し、その手を伸ばしたが、弾いたのはくの字型に曲がった刃であった。

 

 僅かに射程が長い。モリビト弐号が腕を伸ばすより先に制する事が出来る。

 

「このままじゃ……」

 

 時間を窺う。

 

 あと二分と十秒。

 

「今のままじゃモリビトには十秒くらいのボーナスしかないよ」

 

 相指の余裕しゃくしゃくの声音に苛立つよりも、今は必死になる事だ。

 

 回り込んでレッドウォーリアを押し出そうとする。しかしその動きを予見したようにレッドウォーリアは逃げに徹した。

 

「追いかけっこじゃ、モリビトには分がない」

 

 分かっている。どこかで勝算を固めなければ。

 

 翠は先んじて立てていた作戦の第二陣を実行する事に決めた。

 

 モリビト弐号が立ち竦む。

 

 勝負を捨てたように映ったのだろう。相指が面白がる。

 

「あれ? 追わないの?」

 

 翠はレッドウォーリアを注視した。こちらが追わないと見るやその動きを止める。車輪のせいか、僅かに制動時、その機体の軸がぶれた。

 

 ――今だ!

 

 翠は右腕を制御する操縦桿を引いていた。

 

 モリビト弐号がクジラの盾を後方に保持する。盾の表面の空間が歪み、たわんだ瞬間、モリビト弐号の重量級の機体が――浮かび上がっていた。

 

 その挙動にレッドウォーリアの操主も、相指も硬直していたのが分かった。

 

 翠は雄叫びを上げる。

 

 踊り上がったモリビト弐号が空中からキャタピラによる過重攻撃を放った。

 

 当然、レッドウォーリアは逃げようとする。ボールを保持する、などという考えは浮かぶまい。

 

 取り残されたボールをモリビト弐号が手にした。

 

 あまりにも荒々しい行動に相指は半笑いしている。

 

「……まさか、リバウンド効果を利用して飛ぼうなんてね。そこまでの覚悟だとは思わなかった」

 

 だが今の行動、一回限りだと翠は感じていた。

 

 岩倉もこれを使う時は成功率も五分五分だと告げていた。

 

 しかし、捨て身によってレッドウォーリアからボールは奪えた。時間は、と目線を走らせる。

 

 あと一分五十秒。

 

『させない!』

 

 駆け込んできたレッドウォーリアにモリビトが盾を振り翳す。

 

「近づかせない!」

 

 発生した磁場と反射効果によってレッドウォーリアが僅かに後ずさった。

 

 何度も使える技ではないが一時的にレッドウォーリアの攻め手を奪う事は出来る。

 

 あとは逃げに徹すれば、と翠が判じたその時であった。

 

『使う事になるとはね』

 

 女操主の声にもう一人の操主の声が弾けた。

 

『――ファントム』

 

 レッドウォーリアが姿勢を沈め、軋むような機械音を上げた次の瞬間であった。

 

 その機体が輝きを帯び、瞬時に移動していた。

 

 残像すら居残さないほどの瞬間移動。

 

 レッドウォーリアの姿が眼前に迫り、翠は思わず制動をかける。

 

「何で? こんなに速いなんて」

 

「これがファントムさ。言ったろ? 革新的な移動方法だと」

 

 くの字型の刃がモリビト弐号の腕を弾き上げる。ボールが宙を舞い、地面を転がった。

 

 声を詰まらせ、翠はそれを追おうとする。だがそれを阻んだのはレッドウォーリアの機体であった。明らかにモリビト弐号の通路を塞いでいる。

 

「これじゃ……近付けない」

 

「賢い戦法だ。レッドウォーリアはいつでもボールが取れる。だからこそ、最大限までモリビトに近づかせない。これでこちらが優位に立った」

 

「まだ……まだだ!」

 

 盾を反射材に使おうとするが、それを見越したようにレッドウォーリアが距離を取り、またしても四脚の内側にボールを挟み込んだ。

 

 これでは先ほどの再現である。

 

 しかも二度もあの奇襲が通用する相手ではないだろう。

 

「さて、どうするのかな、変な数式の兄ちゃん。これじゃ勝てないよ?」

 

 勝てない。その言葉が重石のように翠の胃の腑に落ちていく。

 

 レッドウォーリアは万全だ。この状態でどうやって勝利する?

 

 既にこちらの手は出し尽くした。

 

 もう打つ手はない。

 

 翠はそれでもモリビト弐号にレッドウォーリアを追わせた。無様と分かっていても、最後まで勝負を投げる気にはなれない。

 

 嘲笑うかのようにレッドウォーリアが距離を取る。モリビト弐号は追従するも、足の速さが違った。

 

「あのさ、もう追っても無駄だって。ほら、あと一分だし」

 

 相指の言葉を無視して翠はモリビト弐号を走らせる。既にブルブラッド循環炉が異常を来たしたのか先ほどまでよりも足が遅い。

 

「ブルブラッドにあれほど負荷かけておいて、それでもやるってのが、分からないなぁ」

 

「黙って」

 

 断じた翠がレッドウォーリアへと手を伸ばす。それをくの字型の刃が遮った。

 

 ――やはり、無理なのか。

 

 一分を切っている。

 

 あと数秒だけでも。

 

 翠の願いも虚しく、モリビト弐号は動きを鈍らせた。硬直したようにその機体から力が失せていく。

 

「こんな時に……、モリビト弐号! オレ達は託されたんだ!」

 

 檄を飛ばすように叫んでも、モリビト弐号の反応はない。

 

 ここまでなのか。

 

 レッドウォーリアが振り返り伝令管から声が飛んでくる。

 

『諦めは、日本でも潔いほうがいいはずでしょう?』

 

 相手の女操主の声だ。翠は歯噛みする。

 

「負けない……、負けたくない」

 

「口で言うのは簡単だよ。でもさ、無理ってものがある」

 

 レッドウォーリアが再び逃げに走ろうとする。

 

 翠は腹腔から叫んだ。

 

「応えてくれ! モリビト!」

 

 ――動いて、あたしの身体、モリビト……!

 

 その瞬間、思惟が飛んだ。

 

 何が起こったのか、瞬時の理解は不可能であった。

 

 操縦席の奥にある何かが煌き、モリビト弐号の内部骨格が赤く輝いた。

 

 明滅したそれを確認する前に、モリビト弐号の機体が瞬く間に輝きを放つ。

 

 翠の意識はモリビト弐号の内部へと集約されていた。血塊炉の機関部が火を噴き、必死に翠の思いに応えようとする。

 

 そっと手を触れた。

 

 意識の手で触れた血塊炉は熱く煮えたぎっているわけではない。

 

 人肌のように、柔らかで、温かい。

 

 クジラの意識か、血塊炉の熱の波を立たせて翠を深層へと導く。血塊炉の青い血の向こう側に、一つの言葉があった。

 

 その言葉を翠は読み解く。

 

 途端、小さな肉体へと意識が戻っていた。その唇が言葉を紡ぐ。

 

「――エクステンド、チャージ」

 

 白い靄が、モリビト弐号を包み込んで眼窩に命の輝きが灯った。

 

 その直後、モリビト弐号が掻き消える。

 

 どこへ、と誰もが視線を巡らせた。

 

 その最中、レッドウォーリアへと駆け抜けたのは一陣の疾風。

 

 どちらも気づけなかった。

 

 それほどの刹那の中、モリビト弐号がレッドウォーリアからボールを奪い取っていた。

 

 遅れてきた身体感覚がようやくボールを保持している事に気づく。

 

 相指が唖然として声を放った。

 

「勝ったのは……」

 

 警笛が鳴り、時間切れを示す。

 

 モリビト弐号の保持時間が僅かに、レッドウォーリアを上回っていた。

 

『ご、五秒の差で勝ったのは、モリビト弐号……』

 

 審判も信じられない心地で口にしたようであった。

 

 観覧席の人々も全員立ち上がっている。

 

 その中で拍手が一つ、割って入るように起こった。

 

 それを嚆矢として拍手の波が巻き起こる。翠は呆然としたまま操縦桿を握り締めていた。

 

 ――今、何が起こったのか。

 

 明確にそれを言えなかった。ただ、モリビトの操縦席後部に居座る相指が頬を引きつらせて笑っていた。

 

「今の、なに? なにやったのか知らないけれど、今の瞬間、ボクの数式の眼に、変なのが焼きついた。すごいな、この数式……! 今まで見た事のない奴だ。まだ、解く術も分からない!」

 

 興奮する相指に対して翠は拍手共々、置いてけぼりを食らった感覚だった。

 

「モリビト……応えてくれたのか」

 

 そう呟くもモリビト弐号は沈黙している。

 

 レッドウォーリアが刃を突き出した。戦闘の気配はない。伝令管に割り込んだ声は冷静だった。

 

『まさか、負けるとはね』

 

 女操主の声だ。翠は応じていた。

 

「こっちも、まさか勝つとは……」

 

 勝つつもりではあったが今のは完全な想定外だ。それを相手も悟ったのか、ふふっと笑う。

 

『偶然の積み重ねでも、勝ちは勝ち。負けたわ。これで、モリビト弐号の有用性が証明された』

 

「いやだな、レッドウォーリアがお払い箱って言うのは。どっちの人機開発にも心血を注ごう。それが一番だ」

 

 相指の言葉に翠は呆れ返ったが、彼なりの厚意なのだろう。

 

 布に包まれた刃は差し出された手と同義だった。

 

「こちらこそ……」

 

 握り返そうとモリビト弐号の左腕を動かしたその時――。

 

 赤い砲弾が二体の人機の間を行き交った。

 

 どちらも反応出来なかった。

 

 そんな中、気後れ気味の警報が鳴り響く。

 

 幽鬼襲来の警報だった。

 

 しかし、今はまだ昼過ぎだ。こんな時間に出現するはずが、という理性を振り払うように、第二射が襲ってきた。

 

 今度はレッドウォーリアを狙った一撃だ。間一髪でレッドウォーリアが離脱するも、危ういのは明らかだった。

 

『何?』

 

 女操主の驚愕を他所にいつからいたのかも分からない幽鬼が慄然と、軍の基地に入り込んでいた。

 

 以前と同じだ、と翠は感じる。

 

 気配が一切ない中、忽然と現れる存在。

 

 レッドウォーリアの操主は困惑よりもこれもこちらの趣向なのだと理解したらしい。くの字型の刃の布を取り払った。

 

『こういうの、嫌いじゃないわね!』

 

 レッドウォーリアが幽鬼へと滑走していく。その背中を止める前に幽鬼が筒先を輝かせた。

 

 レッドウォーリアが回り込むと同時に刃の腕を薙ぎ払う。幽鬼の装甲に亀裂が走った。至近距離に間合いを詰めたレッドウォーリアが小銃を突き出す。

 

『これで!』

 

 弾丸が撃ち込まれ幽鬼から炎が舞い上がった。幽鬼が景色に溶けて消え行く。その最中、レッドウォーリアが向き直った。

 

『サプライズね。こういうのが日本式?』

 

 冗談交じりの声に割って入ったのは圧倒的な気配であった。肌を粟立たせたのはどこからかの視線だ。その視線の主から発せられているのは明確な――殺意。

 

 逃げなければ。戦闘本能が告げる。

 

 これは今までの幽鬼の比ではない。

 

「モリビトからレッドウォーリアへ! 離脱を!」

 

 悲鳴のような声にもレッドウォーリアは臆する事はない。幽鬼へと太刀筋を見舞う。幽鬼が爆発しようとした、その瞬間であった。

 

 不意に空が裂け、赤黒い光の束が発射される。

 

 レッドウォーリアを狙ったその攻撃に彼らは反応出来なかった。完全に隙を突かれた形のレッドウォーリアが立ち竦む。

 

『何――』

 

 その機体が光の瀑布に飲み込まれていった。

 

 

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