ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第四拾壱話「ライフ・エラーズ」

「モリビト、それに、トウジャか」

 

 刀使いはキリビト燕の操縦席に収まり、その状況を俯瞰している。

 

 ハイアルファー【ライフ・エラーズ】を一時的にでも使ったのはその戦力を知るためであったが、トウジャタイプの人機は思っていたよりも善戦した。

 

「この時代の人機技術をこれ以上先に進めるわけにもいかない。それに、トウジャがいるという事は、あの男がいるはずだ。我らを生み出す遠因になったあの男が」

 

 雲間を引き裂き、キリビト燕の巨躯が浮かび上がった。観覧席の人々が腰を上げている。

 

 刀使いはすっとトレースシステムの右腕を持ち上げさせた。キリビト燕の右手が開かれ、リバウンド干渉波が押し広げられる。

 

「ゴミ共が」

 

 吐き捨てた声音と共に攻撃が実行されるかに思われた。

 

 しかし、それを防いだのは新たなる声であった。

 

『リバウンド、フォール!』

 

 通信網を震わせた声に刀使いはハッとしてキリビト燕を下がらせる。反射された赤黒い炎――リバウンドプレッシャーが空間を貫く。

 

「まさか、あのモリビトタイプ……」

 

 視線の先には盾を構えた形のモリビトがトウジャを守っていた。刀使いは歯噛みする。

 

「やはり……我らの道を阻むのは、モリビトの姿を取る機体か!」

 

 キリビト燕を一気に降下させた。その威容に二機の人機がたじろいだのが分かる。

 

 当然だ。キリビト燕は大型の人機である。飛翔機構を携え、さらに大出力のリアクターはハイアルファーの安全装置にもなっている。

 

『こんな機体……』

 

「あるはずがないって? だが、存在している。この時代にはなくとも、百年後には到達する、境地だ」

 

 刀使いは操縦席を開け放ち、キリビト燕の頭部から這い出た。

 

 その姿にモリビトの操主が息を呑んだのが伝わる。

 

『この状況で、出てくるなんて』

 

「信じられないか? 我はしかし、この時こそだったのだと思っている。トウジャとモリビト。その両方を滅ぼすのに、これしか機会がなかったのだと。そして、いるのだろう? 立花相指」

 

 その名を呼ばれたのが意外でしかないように、モリビトが警戒する。刀使いは矢じり型の金属片を翳した。

 

 アルファーは正常作動し、血続の位置を特定する。

 

「なるほど、そのモリビトタイプの中か」

 

『何者なんだ』

 

 モリビトの操主の声に刀使いはフッと笑みを浮かべる。

 

「そうだな。もう隠し立てする必要もあるまい。この時間軸の歪は正すべきなのだから」 

 

 仮面に手をかけて黒い相貌を引き剥がした。

 

 緑色の髪とその精悍な顔はまさしく――。

 

『……オレ、なのか』

 

「やはり、そうか。お前が、百年後の我々のオリジナルの、祖先だな」

 

 何を言われているのか分からないのだろう。モリビトの操主がうろたえているようだった。

 

 キリビト燕の操縦を担当している上操主の少女が声を振り向ける。

 

「イレギュラーワン。私だけではキリビト燕も【ライフ・エラーズ】も」

 

「そうだったな。イレギュラーツー。キリビト燕は燃費が悪い。我とお前という血続を擁してやっとの暴れ馬だ」

 

 操縦席に戻ろうとするとトウジャが左腕を振り上げた。

 

『帰すと思っているのか!』

 

 小銃の掃射に刀使い――イレギュラーワンは手を振り払った。

 

「キリビト燕、防御を」

 

 動いたキリビト燕の腕が容易く銃弾を弾く。この時代の銃ではキリビト燕の装甲に傷一つ付けられまい。

 

『何て硬さ……』

 

「防御に秀でいるつもりはないのだがな。これが標準になるのだが、百年前だ。当たり前のように虚弱」

 

 操縦席に収まったイレギュラーワンはモリビトへと突進しようとする。モリビトが盾を突き出し、防御姿勢を取ろうとするが、その瞬間、血潮のようにモリビトの装甲が反転した。

 

 赤く染まった装甲が燐光を棚引かせ、内側からの咆哮を浮き立たせる。その呻き声にイレギュラーワンは悟る。

 

「この時代にも、狂った科学者の一人や二人はいるのか。我のハイアルファーを真似て、モリビトに入れたな。結果として、アルファーの特性を引き継いだそのハイアルファーが、モリビトに新たなる力を確約した」

 

『何を、言っている!』

 

 振るわれた左手による薙ぎ払いをキリビト燕がいなし、その腕を引っ掴んだ。

 

「何を、か。全てだ」

 

 キリビト燕の頭部がモリビトと突き合わされ、その双眸が接近する。

 

「我はこの日のためだけに、時代を渡り、爪を研いできた。全てはオリジナルの――エルニィ立花。その血の根絶のために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相指は名前を呼ばれた瞬間から震え上がっていた。翠とて余裕はない。正体不明の人機が突然に強襲してきた。それだけでも異常事態なのに、あの顔立ちは……。

 

「何で、オレと同じ顔をしている?」

 

 問うてもろくな答えは返ってこない。ならば、とモリビト弐号に強攻策を取らせた。

 

「この! 偽者が!」

 

 突き上げた左腕で射撃を放とうとしたが相手の巨大人機はそれを容易に受け止めた。

 

『キリビト燕とパワー勝負はしないほうがいい。いくらハイアルファーで疲弊しているとはいえ、百年後の技術だ』

 

 キリビト燕、という名前らしい相手の人機にはまだ余裕があるように思われた。翠は操縦桿を引く。

 

「近づくな!」

 

 右腕の盾を展開し、相手を引き剥がそうとする。干渉波が生まれる前にキリビト燕が離脱した。

 

 推進剤が焚かれており、完全に――飛翔している。

 

 どうやって飛翔する人機を倒す? そもそも相手は何者なのだ? 

 

 分からぬ事だらけであったが一つだけはっきりしているのは、相手が敵意を持ってこちらに接触している事だ。

 

「喧嘩を買った覚えはないけれど……」

 

 どうするか、と翠は次の手を打とうとする。飛んでいるキリビト燕を倒すのには、モリビト弐号だけでは駄目だ。

 

『よく分からないけれど、あの人機、倒しちゃっていいのよね?』

 

 レッドウォーリアの操主がモリビト弐号へと接近して尋ねる。翠は慎重に答えた。

 

「……そう容易くないと思います。相手は、今までの比じゃない」

 

『幽鬼とか言うのよりかは強いと思っていいのかしら?』

 

 レッドウォーリアが右腕の刃を振り翳して威嚇する。

 

 キリビト燕はそれを見下ろし、片手を振るった。

 

 その手から磁場が迸り、赤黒い球体が練られていく。

 

「いけない……! 離脱を――」

 

 しようとしたが、それに反してモリビト弐号が前進した。またしてもモリビトに制御不能な何かが取り憑き、装甲を赤く染まらせているのだ。

 

「何で? クジラがいればこうはならなかったのに!」

 

「兄ちゃん、きっと、あいつのせいだ。あいつがモリビトに巣食う何かを増長させている」

 

 相指の言葉に応じる前にモリビト弐号が相手の射線へと飛び込んだ。

 

 赤黒い球体が発射される。それをクジラの盾で制し、そのまま反射させた。キリビト燕が回避して一挙に肉迫する。

 

 片腕から赤く染まった剣筋が出現した。

 

『Rソード!』

 

「あんなの、受けきれるわけ……」

 

 後退を指示しようとしても、モリビト弐号はこちらの操縦を無視して猪突する。盾と剣がぶつかり合い、激しい火花が散った。

 

「モリビト! 言う事を聞いて!」

 

『無駄だ。もうモリビトを制御しているのは、お前ではない。もっとおぞましい何かだ』

 

「おぞましい、何か……」

 

 何故だろう。そう紡がれた瞬間、兄の横顔が浮かんだのは。

 

 モリビト弐号が左腕を突き出してキリビト燕へと追撃する。キリビト燕は攻撃しようとして、横合いから入ってきたレッドウォーリアの刃に阻まれた。

 

『忘れられては困る!』

 

『忘れる? そもそも戦力に入れていない。この時代のトウジャなど!』

 

 薙ぎ払われた剣にレッドウォーリアの左腕が焼き切られた。

 

 観覧席へと落下したレッドウォーリアの左腕が爆発し、炎を散り散りに発生させる。

 

「何で、あいつ、トウジャの名前を知っているんだ? ボクしか知らないはずなのに……」

 

 相指の疑問に答えるよりも今はモリビト弐号の制御であった。

 

 モリビトは獣のように吼えてキリビト燕へと特攻する。

 

「お願い! モリビト! 言う事を!」

 

『怨念に取り憑かれている。ハイアルファーに近いが、それよりもなお濃いな。我の【ライフ・エラーズ】にそっくりだ』

 

「……お前。お前が、幽鬼を生み出してきたのか」

 

『この時代ではそう呼ばれているらしいな。幽鬼、か。確かに、勝てない存在を目にすれば、人はそれを超自然的な何かに回答を求めるものだが』

 

 笑みさえ含ませた声音に翠は怒りを覚えた。こいつが、敵。

 

 今まで様々なものを壊してきた……兄を死なせた、怨敵。

 

 そう感じた瞬間、身体中の細胞が沸騰したように目の前が真っ赤に染まった。

 

 モリビトの鼓動が同期し、ブルブラッドの血液が逆流する。

 

「よくも、にいにい様を!」

 

 目の前のこの人機が敵。そう断じた神経がモリビト弐号に血脈として宿る。

 

 右腕を保持するクジラの盾の表面に当たる空間が揺れ動き、左腕で思い切り地面を抉りつけた。

 

 飛び散った破片の一つ一つに攻撃性能が宿る。

 

「リバウンド、フォール!」

 

 それはまさしく散弾であった。破片がリバウンドの加護を受けてキリビト燕へと殺到する。

 

『そういう使い方もあるな。リバウンドをこの短期間で使いこなした。やはり、血続の力は恐ろしい!』

 

 リバウンドを纏った散弾を相手は赤黒い粒子を棚引かせて霧散させる。赤い剣がモリビト弐号を貫かんと迫った。

 

「させない!」

 

 後ずさったモリビト弐号が盾を突き出し、キリビト燕に接近をさせなかった。左腕を構えるが、その時にはもう離脱されている。

 

 舌打ち混じりに、翠はモリビトを駆け抜けさせる。

 

「まだ! まだだ!」

 

『怨念のまま戦うか。だが、それは最も愚かな結末を導く事になる。それを衝き動かしている基も知らずに』

 

「黙れっ! オレは、この時のために!」

 

 突き上げようとした拳が不意に軋んだ。

 

 何だ、と思った瞬間、キャタピラが動作不良を起こしているのが分かった。

 

「こんな時に……!」

 

『脚もついていない人機ではここまでだろう。だから、愚かしいと言っている』

 

 開かれた掌に赤黒い粒子が充填されていく。明らかに必殺の気配が漂っていた。

 

 翠はキリビト燕を睨み据える。

 

 その時、レッドウォーリアが眼前に佇んだ。

 

「何を!」

 

『プロフェッサー、彼をお願いします。今の彼も、モリビトも、我を忘れている。この状態では、勝てるものも勝てないでしょう』

 

 女操主の声に翠はいきり立って反発した。

 

「オレは、この時のために生きてきたんだ。この時を果たせるのなら、命なんて……」

 

「うぬぼれないで!」

 

 その怒声に、翠は呆然とする。振り返ったレッドウォーリアの頭部には亀裂が走っていた。

 

『命なんて……って格好つけているつもり? 命を軽んじて、そんな戦い方をして、勝ったところで、何が残るの? あなた、それが分かっているものだと思ったけれど』

 

 ハッとして周囲を見渡す。破壊の爪あとが色濃い軍の基地内部ではそこらかしこが燻っていた。

 

 あの日、練習に明け暮れたナナツーの倉庫が焼け崩れ、逃げ惑う人々を押し潰す管制塔に、翠は息を呑む。

 

 ――自分は、何をしていた?

 

 怒りに衝き動かされ、守るどころかその正反対の戦いをしていたのだ。

 

『忘れない事ね、モリビトの操主。戦って、勝つという事の責任を』

 

 くの字型の刃を突き上げ、キリビト燕へとレッドウォーリアが立ち向かっていく。

 

 赤い剣と交差した瞬間、レッドウォーリアの脚部が切りつけられた。

 

 たたらを踏んだレッドウォーリアは無理やり身体を叩き起こし、二の太刀を見舞おうとする。それを見越したように、赤い剣が胸元へと突き刺さった。

 

 ブルブラッドの青い血が噴き出し、レッドウォーリアが痙攣する。

 

『この時代のトウジャでは足りないと、言ったばかりだが?』

 

 震えるレッドウォーリアの機体を見据えた翠はその言葉を反芻していた。

 

「……守るために、戦う」

 

「兄ちゃん?」

 

「そうだ、いつだって、そうだった」

 

 今まで何のために戦ってきた?

 

 守りたいから、戦ってきたのだろう。

 

 復讐よりも、守るために、これ以上誰かを泣かせないために、戦いに明け暮れてきた。

 

「モリビト……。お前が怒りに震えるのならば、オレはそれを否定はしない。怒りもまた、感情の一部だ。でも、怒りに任せて戦うのならば、それに異を唱える。怒りで得られるものは結局のところ、意趣返しだけだ」

 

 肺の中の空気を入れ換え、深呼吸する。

 

 そして、自分の頬を思い切り叩いた。

 

 決別のため。何よりもケジメのために。

 

 翠は双眸に光を携え直し、キリビト燕を睨む。

 

『……気配が変わった?』

 

「モリビト、深呼吸して。ゆっくりと、そう……」

 

 言い聞かせるとモリビトの機体を循環している怒りの血流が少しずつではあるが冷えてくるのが分かった。

 

 鼓動が怨嗟で爆発しそうなほどに高鳴っている。翠はそっと触れてやった。

 

 その鼓動の主を、その瞬間、感じ取った。

 

 翠と対面する形で、モリビトの心臓部に触れている。

 

 彼の相貌に翠はハッとした。

 

「にいにい様……」

 

 日下部孝雄が、モリビトの心臓に触れていた。鏡像のように翠と対面している。

 

 ――翠か。

 

 思惟の声が感知野を震わせる。

 

 その瞬間に全てが理解出来た。

 

 モリビト弐号怨の正体。その怨念の根源は何だったのかを。

 

「……にいにい様、もう、やめましょう。怨念で戦っても、残るのは虚しさばかりです」

 

 だからか、諭す側になるなど思ってもみなかった。自分は兄に会えば無条件に喜ぶとばかり予想していたのだが、実際の翠の行動は違った。

 

 兄の幻想に触れ、その肩を押した。

 

 モリビトから離れさせたのだ。

 

 ――翠。

 

 その言葉と共に意識に感情が流れ込んでくる。

 

 憎い、憎い、憎い、憎い――。

 

 真っ黒な憎悪の怨念がモリビト弐号を支配し、血潮を滾らせているのだ。

 

 翠はしかし、その怨念に真っ向から対峙した。逃げず、臆する事もなく、目を離さなかった。

 

 対面した兄の怨念は飲み込まれそうなほどに暗く、凄まじい。しかし、翠の取った行動は一つだ。

 

 身一つで、その怨念へと歩み出す。

 

 思念の身体を闇が引き裂き、牙が貫いても、それでも歩む事をやめなかった。

 

 ――何故、恨まない?

 

 兄の怨念の問いかけに翠は応じる。

 

「だって、あたしは、そんな事のために戦ってきたわけじゃないから」

 

 兄もきっとそうだったはずだ。

 

 恨むために、憎むために、戦ってきたわけじゃない。もっと単純であった。

 

 ――守るために、戦ってきたのだ。

 

「ありがとう、にいにい様。今まで翠を守ってくれて。でも、あたし、もう一人で立てる」

 

 決別の言葉に孝雄の魂が一瞬だけ呆然としたが、やがて微笑んだ。

 

 ――なら、貫いてみせるんだ。その戦いを。

 

「うん、約束するよ。だから、さよなら、にいにい様」

 

 もう、あなたの魂にすがり付いて泣いたりはしない。

 

「もう、泣かない」

 

 小さな肉体へと戻ってきた感覚に、翠は喉を震わせた。

 

「泣くもんか!」

 

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