ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第四拾弐話「命の河」

 

 モリビト弐号の赤く染まった装甲が一挙に消し去った。

 

 怨念を吹き飛ばし、モリビトの機体に新たな色が添えられる。

 

『これは……』

 

「発光現象……? でもこの色は……」

 

 赤く染まっていた装甲から漏れたのは柔らかな……緑色の光であった。人の温もりを感じさせる光の渦に、モリビト弐号が産声を上げる。

 

「行こう」

 

 その言葉にモリビト弐号が応じるように、吼えた。

 

 軋みを上げていたキャタピラが新たに土を踏みしめ、キリビト燕へと突進する。

 

 その勢いが今までと違う事を悟ったのか、キリビト燕がにわかに離脱する。レッドウォーリアの隣へとモリビトが並んだ。

 

『もう、大丈夫なの?』

 

 女操主の声に翠は応じる。

 

「はい。もう、迷いません」

 

 その言葉に満足したのかレッドウォーリアが刃を掲げる。

 

『あの人機を倒す!』

 

「はい!」

 

 張り上げた声にキリビト燕が急降下してくる。

 

『不可能だ! 百年前の人機で、キリビト燕を倒す事など!』

 

 赤い剣が瞬き、ほとんど動けないレッドウォーリアの胴を引き裂いた。しかし、モリビト弐号はその期を逃さない。

 

「――捕まえた」

 

 レッドウォーリアの背後に位置していたモリビト弐号が盾を使って赤い剣の勢いを殺し、それを引っ掴んだ。

 

 その挙動に相手も驚愕したらしい。

 

『離れろ!』

 

 振り回される形のモリビト弐号だったが、決して離すまい、と翠は操縦桿を強く握った。

 

「離れるもんか!」

 

『この!』

 

 掌がすっとモリビト弐号の胴体に向けられる。

 

 放たれた赤黒い粒子の放射が、モリビト弐号の下半身を根こそぎ吹き飛ばした。

 

 モリビトの痛みが伝わったように、翠が顔をしかめる。

 

「こんの!」

 

 突き上げた盾による一撃がキリビト燕を引き剥がしたが、それはモリビト弐号の落下を示していた。

 

 下半身を失ったモリビト弐号は戦いようがない。

 

 背筋を打ち据えて翠は激痛に表情を歪ませる。

 

「まだ、まだなのに……」

 

 まだ戦わなければならないのに。

 

 その悔恨を発する前に、キリビト燕の手がこちらへと向けられる。

 

 逃げ切れまい。このまま塵芥と化すのか。

 

 覚悟した、その時であった。

 

『翠少尉! こっちだ!』

 

 シゲの声である。振り返ると、格納庫からレールに乗せられて引き出されたものがあった。立脚したその姿は、レッドウォーリアの脚部である。

 

『せっかく規格を合わせたんだ! 接合しろ!』

 

 山城の声に翠は応じようと操縦桿を引いた。盾を利用し、跳躍しようとするが時間がかかる。

 

 姿勢の立て直しだけでも三十秒は必要だった。しかし相手は待ってくれない。

 

「これじゃ……」

 

 諦めかけた翠へと操縦桿に触れた手があった。

 

 相指である。

 

 彼はすっと前を見据えていた。

 

「兄ちゃん、落ち着くんだ。落ち着けば、きっと行ける。モリビトを信じて、その性能に身を委ねるんだ」

 

 相指の数式を見る眼にはこの状況はどう映っているのだろう。彼は翠の手をゆっくりと補助する。

 

「そう、力を抜いて。それでもモリビトは応えてくれる」

 

 あえて翠は焦らなかった。今にも撃たれると思われた相手の攻撃であったが、それを阻んだのは軍の基地から放たれる無反動砲や機銃掃射であった。

 

 自分は一人で戦っているのではない。

 

 心強く感じた翠はモリビト弐号の機体を起こし終えていた。

 

「ありがとう。みんな。オレは、飛ぶ」

 

 リバウンドを得た盾の重力が歪み、上半身だけのモリビトを跳躍させた。

 

 その着地点にはレッドウォーリアの脚部がある。接合した瞬間、クジラが甲高く鳴いた。

 

 ブルブラッドの血脈が自動的に繋がっていき、血を通わせる。

 

 しかし、誤算であったのは四脚のはずの脚部が展開しない事だった。

 

 重量に、モリビト弐号が傾ぐ。

 

「こんなの……、ナナツーで培ってきた感覚に比べれば!」

 

 姿勢制御は何度もナナツーで身体に覚えさせた。

 

 翠は血が通った脚部を奮い立たせる。

 

 二脚が、モリビト弐号の機体を映えさせた。

 

『モリビトが……』

 

『大地に立った……』

 

 誰しも意想外の事のように呟いていた。

 

 二つの足で大地を踏み締めたモリビト弐号は新たな生命の息吹を得て、中空のキリビト燕を睨む。

 

「これが、新しいモリビト弐号の姿だ」

 

『小賢しくも二脚で立ったか。だが、付け焼刃で!』

 

 赤い剣を突き上げる形でキリビト燕が迫る。翠はナナツーの感覚を呼び覚まし、その剣を紙一重で避けた。

 

 左腕を突き上げてキリビト燕の頭部へと拳を放つ。

 

 不意打ちであったのだろう。その拳がキリビト燕の頭部にめり込んだ。

 

「入った……」

 

 相指の声に翠は続ける。

 

「まだまだっ!」

 

 さらに突き上げる形で盾を食い込ませようとしたが、それは急速に焚かれた推進剤の勢いに掻き消された。

 

 キリビト燕の頭部を引っ掴んだまま、モリビト弐号も持ち上げられる。空気を切り、加重がモリビト弐号の関節を軋ませた。

 

『おのれ、モリビトタイプが……! オリジナルの血続の力の加護でここまで来たのだろうが、終わらせてやる!』

 

 キリビト燕が手を突き出す。赤黒い粒子が充填された。

 

『ここでお前を下し、我は未来を変える! リバウンド……』

 

 翠は息を詰めてモリビト弐号の手を離した。中空に投げ出された形のモリビト弐号を狙って、光の瀑布が放射された。

 

『プレッシャー!』

 

「させない! リバウンド、フォール!」

 

 盾で受け止めるも、相手の攻撃の過負荷は相当であった。全関節系統が赤く染まり、蒸気計算機が「戦闘不能」を叩き出す。

 

 それでも翠は諦めなかった。相指の手が自分の手に触れている。様々な人達が自分を支えてくれている。

 

 報いなければならない。全力で、戦い、全てを制する。

 

「弾け!」

 

 その瞬間、リバウンドフォールの皮膜が引き剥がされた。相手の赤黒い放射の光がモリビト弐号を押し包んでいく。

 

 ボロボロになったモリビト弐号が真っ逆さまに落下した。破片を散らし、今にも空中分解しそうであった。

 

『ここまでだ! モリビトタイプ、それに我々のオリジナルとなる人間の祖先よ、潰えろ!』

 

 キリビト燕が再度赤黒い瘴気を掌で練っていく。

 

 翠は操縦桿を引いて喚いた。

 

「モリビト! 今! 今、動いてくれなきゃ、何のために……! オレは……、ここまで来たんだ、だから、応えてくれ! モリビト弐号!」

 

 叫んだ声音がモリビトの鋼鉄の心臓部に残響する。

 

 その瞬間、緑色の眼窩に光が灯った。

 

 モリビト弐号が反転し、盾を用いて姿勢を立て直す。しかし、地面は目前であった。

 

「ぶつかる!」

 

 目を瞑った相指に対して、翠は最後まで目を開いていた。

 

 ――信じる。

 

 モリビト弐号を、自分を、そして今まで培ってきた全てを。

 

 刹那、モリビトの鼓動が脈打ち、翠の脳神経を震わせた。

 

 何かが語りかけてくる。

 

 モリビトの中にいた兄の声でもあり、それ以外の、あらゆる人間の声であった。

 

 聞いた事のない言語や、原始的な言葉が行き交う。その中に、翠は不可思議な光景を目にしていた。

 

 幽鬼、と呼んでいた物体が蛇のようにのたうち、その広大な光の運河を進んでいく。

 

 今、モリビトに接合されているクジラのような生命体が当たり前のように存在し、それらが形作っているのは一つの生態系であった。

 

 生きている。生かされている。

 

 この惑星に。この地上に。

 

 人間も、どんな生物も、いずれそこに還る。円環の向こう側、生命の河へと。

 

 翠が目にしたのはほんの一瞬。生命が見つめる事のできるほんの瞬きに過ぎない。

 

 だが、それこそが人の営みであり、生きる事の意義であった。

 

 これから先、生きていく事。これまでを振り返りながら、前に進む事。誰かと歩む事。誰かと人生を伴にする事。

 

 全てが大きなうねりと螺旋の中にうねり、一つの言葉を紡ぎ出す。

 

 ――生きて、生きて、その向こう側へ。高く、もっと上へ。

 

「……飛翔べ」

 

 喉を震わせたのはたった一語であった。

 

 消えるか消えないかの瞬間、赤黒い破壊の奔流がモリビト弐号を埋め尽くした。

 

 

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