ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第四拾参話「FLY AWAY」

 

「モリビトは……、消滅したのか……」

 

 時雨は信じられない心地であった。他の人々も同じだろう。

 

 モリビト弐号は謎の飛翔人機と交戦し、無様に墜落した。

 

 そう思われた。

 

 しかし、誰かが声を上げる。

 

「見ろ!」

 

 指差した方向には赤黒い破壊の息吹を受け止めたモリビト弐号の姿があった。

 

 ――否、その姿は今まで見たモリビトとは一線を画している。

 

 力強い二脚を有し、青い装甲と緑色の反射装甲が煌いている。

 

 肩口からは鋼鉄の翼が伸びており、モリビトの飛翔を支えていた。

 

「飛んでいるのか……」

 

 茫然自失の時雨へと新たな姿を得たモリビトが目線を振り向ける。

 

 その眼差しに射竦められたかのように時雨は膝を落とした。高木が慌てふためく。

 

「准将!」

 

「……なるほどな。分かってしまったよ。あれが、ああ、わたしに相応しい末路だな。魂をもてあそんだ、わたしには」

 

 時雨は今の一睨みで目が見えなくなっていた。モリビトの放つ光が眩しく、一閃で時雨を失明せしめたのだ。

 

「眼が……」

 

「いい。それでも、感覚で分かる。日下部翠、君は飛ぶのだな。わたしが想定したよりも高く、もっと上へ」

 

 その先に地獄が待っていようとも、彼女は飛翔を選ぶに違いない。

 

 せめてその道筋に幸あらん事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が、起こったの?」

 

 翠は自分の身体を見つめてハッとした。

 

 緑色の線が身体に走っており、血脈を思わせる図柄になっている。

 

 既に操縦席は存在しなかった。操縦桿も、何もない。光を下方から発生させる円だけが存在する空間に自分は浮かんでいた。

 

「あの子は……?」

 

 目線を巡らせると空間を震わせた声があった。

 

 ――ここだよ、変な数式の兄ちゃん。いいや、やっぱり姉ちゃんだったか。

 

 衣服は全て消え去っており、最早隠し立ては不可能だった。

 

「相指……どこに行ったの?」

 

 ――何だか分からないけれど、ボク、この人機と一体化しているらしい。すごいよ、この数式。見た事がない。今のボクらなら出来る。飛べるよ! 

 

 昂揚したような声音に翠は笑みを浮かべた。モリビトの眼窩が見据える先にはキリビト燕の邪悪に染まった姿がある。

 

『馬鹿な……、エクステンド化しただと……! この時間軸で、その進化はあってはならない!』

 

「うるさいわね! あんたとじゃれあっている暇はないのよ!」

 

 最早、男であろうとした契りも何のそのであった。今は、ただただ相手の邪悪を食い止める。その一心で立っている。

 

 ――やれやれ。じゃじゃ馬なのは変わらないな、翠。

 

 その声の主に翠は瞠目した。

 

「にいにい様……。にいにい様も、モリビトになってくれているの?」

 

 ――彼との折半だけれど、ようやく、誰も恨まずに済みそうだ。これからは……行こう、翠!

 

「うん! にいにい様!」

 

 翠が身体を開く想像をする。すろと、モリビト弐号が両肩に備え付けられた翼を拡張させた。

 

 最早、これはモリビト弐号ではない。それを超えた新たなる機体――。

 

「真機! モリビト弐号エクステンド!」

 

 名を紡ぎ出した瞬間、モリビト弐号が跳ね上がった。今までにない挙動でキリビト燕へと迫りゆく。

 

『消え去れ! 紛い物の人機が!』

 

 赤黒い怨念の塊を、モリビト弐号が左手を翳して振り払った。その一動作でキリビト燕の腕がねじられていく。

 

『アルファーの思念波? こんな、こんな奴に!』

 

 翠の雄叫びがキリビト燕を押し飛ばす。その勢いは留まらず、雲間を抜け、高空へと躍り出た。

 

 キリビト燕が過負荷に耐えかねて亀裂を走らせる。そこらかしこから青い血が噴き出した。

 

『空中分解だと! お前が、こんなところで!』

 

「人機を信じず、何も信じない心に、明日はない! あたしは、信じている。あたしを育んでくれたみんなに! にいにい様と相指を! 何よりもモリビト弐号を!」

 

 キリビト燕から怨念の漆黒が滲み出す。赤く輝き燐光を内部から発生させた。

 

『……ここで死ぬのなら、使ってやる。ハイアルファー【ライフ・エラーズ】! 我の命を吸い上げ、キリビトを進化させよ!』

 

 キリビト燕の肩口が赤く縁取られたかと思うと幽鬼の頭部と砲口が出現した。幽鬼の力を自在に使っているのだ。

 

 砲弾がモリビト弐号を狙い澄ます。翠は即座に離脱していた。

 

 空を抜け、日本が小さく見えるほどの高空に至ったモリビト弐号が幾何学の軌道を描いて射線を避ける。

 

『消えろ! 消えろ!』

 

 まさしく命を振り絞った攻撃。

 

 当然、命中すればそれだけの負荷がかかってくる。肩口に命中した砲弾が弾け飛び、中から未発達の赤子が出現した。

 

 恐怖した翠の心につけ入るように、二発、三発と着弾する。

 

 ――恐れるな! 機体についた穢れは俺達が弾き飛ばす!

 

 孝雄の声に砲弾が消滅した。モリビト弐号が反射装甲を全面展開し、緑色に輝く。

 

『全身がリバウンド装甲か! だが、思念の波は止められまい! ハイリバウンド――』

 

 キリビト燕が両腕を掲げる。日本を、それどころではない、大陸を覆いつくしかねない邪悪な瘴気がキリビト燕の頭部に寄り集まっていく。

 

「邪念……、幽鬼も、何もかも、人の作り出す刹那の幻なのに……あいつは、それを利用している」

 

 ――だから消し去らなくっちゃならないんだ。姉ちゃん、準備は!

 

「出来ている! 行こう、モリビト弐号。青空へ!」

 

 両肩の翼がさらに鋭く尖り、緑色の粒子を迸らせた。

 

 翼を広げたモリビト弐号がクジラを構える。クジラの単眼が瞬き、その生命を感じさせた。

 

「生きている。生き続ける。そのために悪を討つのは、清浄なる心!」

 

 ――その名は!

 

『――プレッシャー! 消し飛べ、忌むべき血筋よ!』

 

 大陸を消し去るほどの赤黒い瘴気の渦がこちらへと向かってくる。

 

 怖い。しかし、目を瞑るのはもっと怖い。

 

 目を逸らさず、全てを反射し、叫べ。その名は……!

 

「リバウンド、フォール!」

 

 モリビト弐号の血塊炉が十字に輝き、その力を爆発的に増長させる。

 

 発生したリバウンドの反射膜が赤黒い瘴気を消し飛ばした。それだけではない。反射した瘴気の渦が反転し、緑色の風へと変貌する。

 

『これは……この、暖かな風は……!』

 

「風の向こうに。還れ、虚無の魂よ」

 

 キリビト燕は消滅していた。

 

 欠片も残さず、そこには思念の一粒だけが残された。

 

『お前さえ、いなければ……』

 

 何かを変えるためであったのだろう。きっと悪い未来を変えるため、苦肉の策だったに違いない。

 

 しかし、この時代の人々を恐怖に陥れ、命をもてあそんだ事に違いはなかった。

 

「還った、のかな……」

 

 ――この時代では、まだどうとも言えないかもしれない。だけれど、後の時代が証明してくれる。

 

 ――この戦いに意味があったって事をね。

 

 翠は浮遊感に身を任せ、そのまま意識を失った。

 

 昏倒した翠を支えたのは鋼鉄の掌だった。

 

 モリビト弐号の眼がこちらを見据えている。

 

「帰ろうか……」

 

 呟いたのを最後にして、この時代には早過ぎた人機の姿は消えて行った。

 

 

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