ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第七話「対策室」

 

 対策室、と呼ばれているのは軍部の一区画で、時雨のいた将校用の執務室にほど近い場所であった。

 

 作戦参謀、整備班長などが出席し、モリビトの運用と、それに伴う幽鬼の殲滅が可能かどうかを話し合う部署である。陰陽師、と呼ばれていた者であろうか、僧衣姿の人間もいる。

 

 誰もが新参者の翠に視線を振り向けるが、女である事は勘付かれていないようだ。

 

「それが新しい操主かね、時雨准将」

 

 整備班長と呼ばれた男がサングラス越しに視線を振り向ける。時雨は両手を組んで答えた。

 

「そうだ。わたしが選出した」

 

「日下部翠、と名簿があるが、今日から対策室の一員だと考えていいのか?」

 

「それで構わない。日下部少尉、挨拶を」

 

「はっ」と翠は立ち上がり、一同を見渡す。

 

「日下部翠少尉です。以後、お見知りおきを」

 

 その挨拶に作戦参謀が得心したように声にする。

 

「なるほど。日下部孝雄大尉の家系か。となると、血続である、と考えていいのでしょうかね」

 

 血続とは何だろう、と感じつつも翠の代わりに時雨が返事をする。

 

「ああ、血続であるのは間違いない。人型特殊才能機を動かすのに、それ以上の適任はないからね」

 

 高木も出席しており、作戦参謀に口を挟んだ。

 

「次の襲撃は十日以内、とありますが」

 

「陰陽班が解析した結果です。相手は十日前後で復活し、再び帝都を襲う」

 

 僧衣姿の男が述べる。その言葉に何人かが嘆息をついた。

 

「十日以内……。モリビトの整備も間に合うかどうか……」

 

「整備班としちゃ、もう一ヶ月は欲しいですがね。今のモリビトは急造だ。そんな状態でなおかつ……、新参の操主では話にならない」

 

 整備班長の視線が射るように立ったままの翠を見据える。翠は萎縮しないように声にした。

 

「オレは、負けません」

 

 その言葉に整備班長が鼻を鳴らす。

 

「口では何とでも言える。問題なのは、日下部大尉ほどモリビトを理解し、熟知しているかどうかだ。説明書は?」

 

「通してある。しかし全文を読むのには時間が足りないだろう?」

 

 時雨の目線に翠はつい先ほど手渡されたモリビトの操縦の手引きを思い出す。一朝一夕ではとてもではないが覚えられるものではなかった。

 

「当分は七二式を使っての練習が主になるだろう」

 

 七二式とはモリビトよりも先に造られた機体であり、モリビトが戦闘用であるのに対し、完全な非戦闘用の機体であった。しかし、小型で複雑な動きを可能にしている分、モリビトよりも精密さが前面に出ている、と手引きには書かれていた。

 

「七二式主体でどこまであれに対応出来るか、だな」

 

 整備班長が後頭部に手をやる。大方、翠の手腕に期待していないのだろう。それもそうだ。いきなり操主と呼ばれても実感もなければ、信頼もない。

 

「しかし、七二式に慣れれば少しばかり安心は出来ますよ」

 

 助け舟を出してくれたのは高木である。

 

「山城整備班長の考えているほど、日下部少尉は軟弱ではない、とわたしからも付け加えておこう」

 

 時雨と高木の言葉に山城と呼ばれた整備班長は鼻を鳴らす。

 

「どうだかね」

 

「問題なのは、十日前後に出現する幽鬼に対して、何ら有効策を考えられていない点です」

 

 僧衣姿の男の言葉に一同は眉根を寄せる。

 

「出現地域は?」

 

「絞り込みは出来ていません。前回と同じならば、水道橋の辺りに出るはずですが」

 

 帝都の地図が広げられる。僧衣姿の男の説明するのには、出現地域は今まで三度変わっており、いずれも法則性はないとの事であった。

 

「前回と同じならばまだましだ。問題なのは、前回と全く違う地区に出現する事」

 

「そうなると、モリビトの機動性能ではまず到達出来るかどうか」

 

「キャタピラの修繕は済んでいるが、あまり機動力の点では当てにはならんかもな。大体、武器も無反動砲と突撃型の鉤爪だけって言うんじゃ」

 

 翠は必死にモリビトの図面を思い出そうとするが全くついていけない。困り果てていると僧衣姿の男が纏める。

 

「まぁ、今のところ、十日前後の猶予があると思えば」

 

「前向きに考えれば、そうか? モリビトの整備だってすぐ済むわけじゃねぇんだぞ」

 

「ですが、幽鬼の動きをそれまでに判定出来ればこちらの優位になります」

 

 高木の言葉に翠も同調した。

 

「そうです。オレだって、やってみせます」

 

「やってみせます、って言われてもな。まだ七二式だって乗りこなせていない坊ちゃんが」

 

 それに関しては言いわけのしようもない。時雨が口を差し挟む。

 

「仕方がないだろう。操主とて急揃えなんだ。彼に関してはわたしにも責任がある。出来るだけ早く、操主として自立してもらえるようにしよう」

 

「出来るだけ、早く、ね。頼んますよ、本当に。使い物にならない操主掴まされたんじゃ、堪ったもんじゃないですからね」

 

 山城が立ち上がり、対策室の会合から席を外す。それを潮にして僧衣姿の男も職務に戻った。

 

 作戦参謀と時雨、それに高木だけが残った形となる。

 

「座りたまえよ。いつまでも立っているんじゃ」

 

 時雨に促されて自分がいつまでも立っていた事にようやく翠は気づいた。

 

「……馬鹿にされていますよね」

 

「仕方ない。昨日今日現れた人間にモリビトを任せられるか、と言えば否だろう。整備班は昼夜を徹して整備に当たってくれているんだ。我々のような会議室の人間とは無縁だろうさ」

 

 時雨の評に翠は息をつく。あの山城という整備班長は明らかに翠を侮っていた。

 

「七二式に乗れば、少しはまともに評価してくださるんでしょうか」

 

「七二式は操縦席の内観は極めてモリビトに近い。そういう点では判断材料にはなるでしょうね」

 

 高木の言葉に翠は決断する。

 

「あの……今から七二式の訓練、出来ますか?」

 

「今から、ですか……。でも、それは……」

 

「今からは、帝都の地理について、頭に叩き込んでもらいます」

 

 そう言って議事録を書き終えたのは作戦参謀である。

 

 少年のようなかんばせで、自分が言えた義理ではないが女性に近い目鼻立ちであった。

 

「岩倉中尉だ。彼は帝都に来てまだ日が浅い。せめて地理の一つくらいは叩き込んでくれ、とわたしが直々に頼んだのだ」

 

 翠は気後れ気味に頭を下げる。

 

「その、よろしくお願いします」

 

 その声音に岩倉は鼻を鳴らした。

 

「ついてきてください」

 

 その言葉に翠は会議室から出て行った。

 

 岩倉は自分よりも背が低い。男にしては珍しいのではないだろうか。

 

「その、岩倉中尉。オレは何をすれば」

 

「勉強を。まずはしてもらいます。あなたは帝都に関してずぶの素人だと、時雨准将から聞かされました。地理の一つも分かっていないのでは幽鬼と渡り合えません。当然、いざという時に逃げる事も」

 

 逃げる、と翠は胸中に繰り返す。地理が分かっているのとそうでないのとでは、作戦の組み方が変わってくるからだろう。

 

「でも、逃げるだなんて。そんな事、考えていません」

 

 その言葉に岩倉は足を止めて振り返る。背が低いので相手は見上げる形となったが、睨む眼差しの鋭さは本物だ。

 

「……いざという時に逃げられないと、本当にどうしようもないんですよ。モリビトだって消耗品ではないのですし、何より操主に代えはないのですからね」

 

 翠は息を呑んだ。岩倉は思っていたよりもずっと本気である。

 

「それは、兄の事を言っているんですか」

 

 覚えず喧嘩口調になってしまう。岩倉は頭を振った。

 

「……あの人は逃げられたんです。でも逃げなかった。それと、逃げるべき時に逃げ方も分からないのでは意味が違う、と言っているんです。いいですか? 逃げも戦術の内です。いざという時には撤退でさえも戦術に入っているんです。その命令もろくに聞けないのでは、意味がありません」

 

 岩倉は結局、戦術の一つも頭に入っていないのではモリビトを動かす資格なし、と言いたいのだろう。翠はそれには反発した。

 

「だから、逃げる気はないと」

 

「とにかく、地理を。それが分からなければ話にならない」

 

 話を打ち切って岩倉が招いたのは様々な資料の置かれた部屋である。岩倉がその一つに手を伸ばそうとするが届かない。翠が手を貸してやると岩倉はつんと視線を逸らした。

 

 どうやら背が低いのは自覚しているらしい。

 

「ではこれより、作戦上必要な地理を覚えていただきます」

 

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