ジンキ・エクステンド 翠聖の翼   作:オンドゥル大使

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第八話「操主への道」

 

「あの岩倉って仕官、小難しい話ばっかり……」

 

 帝都に来たばかりで無論地理など覚えられるはずもないのに一個言えば十個理解できると思っている人間の言い草だ。翠は頭が痛くなるのを感じたが、次いで行かなければならない場所があった。

 

 工場のうちの一つであり、整備班が取り付いているのは操縦席が剥き出しの小型兵器であった。モリビトの頭部区画だけをそのまま切り出したような兵器で、短い足に車輪がついており、両腕を有していた。

 

 簡素ではあるが五指がある。

 

 取り付いていた整備班の一人が駆け寄ってきた。出っ歯で、眼鏡をかけている。山城と違い少しばかり人懐っこそうであった。

 

「あんた、新しい操主?」

 

「ええ、まぁ」

 

「じゃあ、七二式を試しに来たんだよね。乗って、乗って」

 

 早口で翠は半ば圧倒される。その勢いをそのままに引っ張られて七二式の操縦席に座らされた。

 

 操縦桿が両側についており、足元には三つのペダルがあった。

 

「モリビトはもっと複雑なんだけどね。ナナツーは簡素なんだ」

 

「ナナツー?」

 

「ああ、こいつの名前さ。七二だからナナツー、って愛称。上の操縦桿で上半身の制御、ペダルで下半身の制御になっている。試しにシャッターの辺りまで走らせて見て。ほら」

 

 急かされても翠にはまるで動かし方など分からないのだ。ペダルを踏んでから、両腕の操縦桿を引こうとすると、ナナツーは腕を振るってすっ転んだ。操縦席周りに柔らかい素材が使われているので怪我はないが突然の動きについていけない。

 

「ああ、駄目だってそんなんじゃ。走る時ってどうするか、きっちりイメージしなきゃ」

 

「どうするのかって……」

 

「いいかい? よく見て」

 

 男は隣にあるナナツーに乗り込むなり、操縦桿を引き、ナナツーの姿勢を沈ませた。手を拳に変えさせ、地面につかせる。腰を引き、ナナツーは次の瞬間車輪を回転させて走り出した。

 

 すぐさまシャッターまで辿り着き、身を翻してみせる。翠は目を見開いていた。

 

「そんな器用な真似……」

 

「出来なきゃ、モリビトには乗せられないよ。ナナツーの基礎技術だからね。とりあえず真っ直ぐ走る。そうでなければ話にならない」

 

「……これ、車とかと同じなんですか?」

 

「車みたいな単純な機構をイメージするんじゃ駄目だよ。武器が付いているわけだからさ、モリビトには。これよりもっと複雑な操縦が必要になってくる。まぁ、ナナツーをとりあえず走らせられれば、及第点かな」

 

 翠はナナツーを起き上がらせ、男のやったように走り出すために姿勢を沈ませようとする。その瞬間、車輪が空転して前のめりにずっこけた。ほとんど引きずる形で転んでしまい、男は額に手をやる。

 

「おたく、本当に操主? 才能ないなぁ」

 

 それには乾いた笑いを浮かべるしかない。男はもう一機のナナツーで立ち上がらせると共に、こちらのナナツーの手を繋いだ。まるで親に連れ添う子供のようだ。

 

「いいか? 車輪を動かすペダルの踏み込みは慎重に。そうでなければさっきみたいにすっ転んでしまう。重量のさほどないナナツーだから大事には至らないけれど、これがモリビトならば大変な事だ。まぁキャタピラを装備したモリビトですっ転ぶって事はないが、調整器が滅茶苦茶になれば、相手に向き直る事も出来ない」

 

 先ほどから専門用語ばかりで翠にはさっぱりである。男の動かすナナツーがゆっくりと走り出し、翠のナナツーを引率した。ゆっくりと、落ち着いて動かせば翠でもナナツーを走らせる事くらいは出来る。ただ手を離されると危ういのは同じであった。

 

 男のナナツーが急停車すると、翠のナナツーだけが先に行ってしまう。結局、ナナツーは転んでしまった。それを目にして男は口にする。

 

「操主の資格ありって言われたんだよね? 操縦の勘がないよ」

 

「お、オレも、真面目にやっているんですけれどね」

 

 立ち上がらせるが、ナナツーは安定してくれない。再び男のナナツーに立ち上がらせてもらった。

 

 汗だくである。翠は妙に体力を使っている事を自覚した。

 

「操主って、その……体力が……」

 

 息も絶え絶えに口にすると男は首肯する。

 

「うん。要るんだよね、体力。それと集中力かな。そこいらの人じゃ動かせないのはそれだよ。だから才能機って呼ばれているわけ。才能がないと全然駄目」

 

 才能。

 

 自分は元々機械などてんで詳しくないのだ。だというのにいきなり動かせなどどだい無理な話である。

 

「コツ、とかないんですか?」

 

「コツ、ねぇ……。集中を切らさない事かな。あと、余計な力は必要ない。ペダルもさほど重くないでしょ? ナナツーの全長から考えて、この重さにしてあるんだけれど、モリビトは重いよ、あれは動かない。でも、モリビトを意のままに動かせないと話にならないのは本当だね」

 

 男はナナツーに乗ったまま、その機体を走らせる。驚くべき事に同じナナツーに乗っているはずなのに男のほうが随分と軽やかだ。今にも跳躍して曲芸でもし出すのではないかとはらはらする。

 

「……オレなんかよりよっぽど操主に向いていますよ。えっと……」

 

「ああ、川本重里って名前。他の整備の連中からはシゲさんって言われてるよ」

 

 軽く自己紹介した相手に翠も挨拶する。

 

「日下部翠です。階級は少尉」

 

「日下部……って、前の操主だった日下部孝雄大尉の?」

 

 兄の名前が出てきて翠はうろたえる。シゲは気安い笑みを浮かべて翠に握手を求めた。

 

「そっか……。って事は、やっぱり血続じゃないと動かせないって判断なんだな、上は」

 

 先ほどの会議でも出てきた名前だ。

 

 血続とは何なのか。

 

「あの、血続ってのは……」

 

「うん? 知らずにここまで? えっと、日下部大尉とは」

 

「兄だったんです」

 

「そうか。お兄さんか。じゃあ一応は軍の機密かな。血続ってのは操主の中でも、人型特殊才能機を動かすのに特化した人間、って言われている。先天性の才能って言うべきかな。日下部大尉は慣れるの速かったよ。そこはさすが血続ってところだったんだろうね」

 

「兄も、血続だったんですか?」

 

「うん、確かね。このナナツーはさ、モリビトの開発段階で不要になった血塊炉を拝借して動かしているわけなんだけれど、あっ、そこから説明しようか」

 

 どうやらシゲはナナツーについて語れる同志を歓迎しているらしい。翠は促されるままに、ナナツーの格納庫の奥へと進んだ。

 

 そこには巨大なエンジンがあった。横長で円柱の形状をしている。今は電気が通されていないらしく、音の一つもしない。

 

「これ、ブルブラッド活性炉ね。ブルブラッド、日本語での血塊炉ってのが入っているのが才能機だってのは聞いた?」

 

「……ええ、まぁ」

 

「でもナナツーの大きさの血塊炉なんて造れないわけ。小さ過ぎてね。だからナナツーには血塊炉の代わりに車のエンジンに近いモーターを組み込んでその中に血塊炉の象徴であるブルブラッドを通す。整備班では〝血を通してやる〟って言っているんだけれど、まぁ見てると分かるよ」

 

 言ってシゲはナナツーを操り、活性炉に繋いだ。配線を細かく接続し、最後に活性炉の炉心の電源を入れる。すると低い唸りを上げて活性炉が発動する。

 

 ナナツーへと青い血脈が宿り、機動音が鋭く鳴り響いた。

 

「これは……」

 

「充電って言っても民間には伝わっていないかな。つまりはブルブラッドエンジンに予め活性炉を使って叩き起こしてやるんだ。そうするとブルブラッドの負荷も低くなるし、何よりも無駄がない。こんなでかいのつけて動くなんて出来ないしね」

 

 活性炉からは蒸気が漏れ出ている。幾つかの配管から放出された蒸気の渦に翠は平気なのか、と訝しげにした。

 

「ああ、大丈夫。これくらい何て事はない。モリビトにも同じものが使用されているはずだよ。この大きさの、十倍くらいはあるんじゃないかな。動かす時に一度火を点けてやらないとモリビトほどの巨大兵器じゃ思った通りに動いてくれないんだよ」

 

 はぁ、と翠は生返事をする。ナナツーのような小型兵器でもこのような事をしなければ動かないのか。充電を終えたナナツーを外し、シゲは動かしてみせる。先ほどまでより動きにキレがあるような気がした。

 

「どれくらい動くんですか?」

 

「一回の充電で半日かな。まぁほとんど動かさないで、半日だけれど。全力に使うと一時間と持たないよ」

 

 ならば夜明け前まで戦うモリビトにはそれ以上のものが必要となってくるのだろう。一体どれほどのものなのか、翠には想像もつかない。

 

「すごいんですね……、才能機って」

 

「そりゃ、日本の自慢の技術を使ったもんだからね。高津重工もこの技術如何で大分金を国から搾り取れるって言うんで必死だよ。結局のところ利権欲しさで高津重工も参加している部分はあるからさ。前大戦の戦時需要の恩恵を一番に受けたのは高津重工だとかその辺りだって言われている。有り体に言えば、お金を持っている層が増えたんだけれど、あまりにたけのこみたいに金持ちが飛び出したもんだから、国も大変みたいだよ」

 

 事情通らしいシゲの言葉に翠はただただ圧倒される。

 

 田舎の町ではそんな事も全く意味を成さなかった。前大戦があったのは知っているがそれもたまに都会風を吹かしに来る成金や、新聞や雑誌での事情に過ぎず、シゲの話しているような現実と地続きのものではなかった。

 

「色々、あるんですね……」

 

「そ。色々あるんだよ。モリビトだって好景気じゃなければ造られなかっただろうね。あんなこちらにかかる負担を度外視した巨大兵器なんて」

 

「でもモリビトは……特殊才能機は帝都防衛の要と聞きました。それは平和のためのものなのでは?」

 

 するとシゲはたちまち訝しげになった。

 

「……あんたさぁ、本当に軍人?」

 

 そう言われてしまえば翠は困惑するしかない。誤魔化すように笑っているとシゲは嘆息をつく。

 

「平和のための兵器なんて矛盾しているんだって。モリビトみたいなのがもし、次の世界大戦で使われるとしたら? そっちのほうが心配だね」

 

「モリビトが、戦争のための兵器だと?」

 

「そうなってくる、って話だよ。いずれは、の話。どれだけ取り繕っても、綺麗事を並べても、結局のところ、モリビトって言う機械の兵隊がいて、それを今は、内側の防衛に向けているけれどその矛先が外側になったらたちまち凶器になる。そういうのは出来れば御免で行きたいんだけれど、御国の方針じゃどうしようもない」

 

 お手上げだ、とでも言うようにシゲは肩を竦める。整備士でもそこまで考えるのか、と翠は感心した。

 

「オレは、まだそこまで実感がなくって……。今はただ、幽鬼を倒すために出来るだけモリビトに早く慣れたい」

 

「ナナツーを動かせないんじゃ世話ないけれどね」

 

 シゲの笑みに翠も自然と笑っていた。その時、整備班長の山城がこちらを見つけ声を張り上げた。

 

「おい! 川本! てめぇ、またサボってやがんな!」

 

「やべっ、おやっさんだ! へい! 何でございましょう!」

 

「モリビトの兵装チェックの最終確認はてめぇだろうが! なに油売ってんだ!」

 

「いや、その……。例の操主志願の少尉殿がね。ナナツーを動かした言っていうもんで」

 

「操主ぅ?」

 

 山城がナナツーの傍に座っている自分へと目線をやる。目礼すると鼻を鳴らされた。

 

「あんなひよっこなんて放っておけ! 今はモリビトの整備だ! 十日って言われているんだからな」

 

 山城のわざと大声で言いつけた声音に翠は肩身が狭くなる。帽子を取って了承したシゲはこちらへと駆け寄ってきた。

 

「悪いね。モリビトの整備しなきゃいけないんだ。ここの鍵、渡しておくからいつでもナナツーを乗りたくなったら来なよ」

 

 工場の鍵を渡され、翠は狼狽する。

 

「いいんですか? オレ、まだ操主になり立てで……」

 

「だからだって。ナナツーをろくに動かせもしない操主様にモリビトは任せられないってね。練習台にするといい。大丈夫、おやっさんにはこっちから説明しておくから」

 

 シゲはそう言って離れていった。翠は鍵を手にナナツーの機体をさする。

 

「……もう一巡、やってみるか」

 

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