けれども家族会議は容赦なく開催される
普段は親しい人たちの糾弾する声が心に響く
もはやそこに慈悲は存在しなかった
「提督!ちゃんと目を見て話しなさいな!」
「ね、司令官、ただ魔が差しただけなのよね、二度としないって約束してくれたらいいの」
現在の提督室に入室することは燃え盛る炎に自ら身を投じる行為に等しい
『家族会議』
それは民主国家の基盤たる憲法や法律でも侵すことのできない不可侵領域である
ひとたび会議が開催されれば議論の発散・収束に関わらず進行を止めることはできない
自身の立場を守るために血のつながりや親愛を超えて議論が交わされ、議論の放棄が決定されるとちゃぶ台が宙を舞う
離婚や両親の別居などの重要法案においては、リビングはもはや戦場となるのでここでは省略する
「そんな甘いことを言ってるからクズ司令官がつけあがるのよ!」
「なによ!厳しくするばかりが教育じゃないの!」
さて子供にとって家族会議は自分の非が問われる場所であることが多く、事前に根回しを行い、しっかりと両親を味方につけておくか
もしくは最終手段として家出などの行為により開催を妨害することができる
但し、後々の戦況に多大な悪影響を与える可能性が高いのであまりおすすめしない
そう、家族会議は参加することに意義がある
明らかに子に責任がある場合、子は参加しつつもだんまりを決め込むことで、これ以上の自分の非をさらさずに日付が変わり「明日も学校があるんだから寝なさい」の言質を獲得することができる
一方で両親は家族会議に先立って、子供の行った行為の責任が自分に降りかからないようPTAや学校に責任を追及する
ある親は事前に「悪いことしたら家族会議するよ」の一言を日常的に用いて子供の行動を大幅に制限する
このどちらが正しいかは結論の無い問いである
「あんたが甘やかした結果がこれでしょう?いい加減にしなさいな!」
「違うわ!厳しくし過ぎたから司令官はストレスが溜まってこんなことをしちゃったのよ!」
ただここで問題となるのが親は大抵の場合、2人いるということだ
無条件に孫が可愛い祖父母たちは家族会議の場においては子の味方に回る場合が多い
家族会議において年の功が役に立つことはなく、「おじいちゃん、おばあちゃんは黙ってて!」と言われないようにするのが精一杯である
ますます議論が白熱するにつれて子の行った「悪いこと」に関する議題は有名無実化し、やがて脱線をし始める
ブレーキを失った感情の先には、日頃の互いへの鬱憤が待ち構えている
厚生労働省の統計によるとおよそ80%ほどの確率で両親同士の責任のなすりつけ合いに発展する
そう、ここまで来れば子は「ちょっとトイレ行ってくる」と言い残し、自分の部屋へ避難することができる
現在の提督室における状況はここまで進行している
「すまん、ちょっと俺、トイレ行ってくる」
「あら司令官、お腹痛いの?お薬取ってくるわね」
「いや、・・・あの、そんなわけではないんだ・・・ちょっとな」
「提督!あんたそう言って逃げる気でしょう!?分かってんのよ!」
「ちょっと霞!司令官が本当に具合が悪かったらどうするのよ!」
「雷!それが甘やかしてるっていうのよ!」
「あなた司令官が心配じゃないって言うの!」
「なら私がトイレに付いていってもいいのよ!」
「あ・・・その、すまん。気のせいだったみたいだ」
撤退叶わず正座の姿勢のままうなだれると、背中が冷や汗でびっしょりになっていることに気付く
会議開始から1時間、雷と霞の声だけが夜の鎮守府に響き渡る
誰もこの状況から俺を助けようと提督室を訪れる者はいない
もはや痺れた足に感覚は無い
「普段、クズ提督と一緒にいるのはあんたでしょう!あんたが猫かわいがりするからこんなことになったのよ!」
「なによ!わたしだって遠征で忙しいの!戦闘ばっかりやってる霞には分からないでしょうね!」
「私だって好きで戦闘やってるわけじゃないわ!」
「その戦闘に使う資材は誰のおかげなのよ!駆逐隊や潜水艦のみんなが頑張らなければ戦闘することだってできないのよ!」
「なんですって!私達がぼろぼろになるまで戦ってるからこうして安心して暮らせるのよ!」
二人ともやめるんだ!
それだけは言ってはいけない!
「誰のおかげでメシが食えると思ってんだ!」「誰のおかげで暮らしていけると思ってんだ!」は家族会議の場で使ってはいけない言葉だ
使ったが最後、議論の体を成さなくなる上に、どうしようもない憎しみだけが残る
そして互いの心を深く傷つけ、未来永劫その傷跡が消えることはない
提督としての威厳など遠い昔に失われた気がするが、この場で二人を止められるのは俺しかいない
俺が悪かったのだと正直に謝るしかない
何を言われようとも黙って頭を下げ続けるしかない
これ以上・・・二人が争う姿を・・・見ていられない
「司令官はどっちの味方なの?」
「提督はどっちが正しいと思ってんの?」
禁断の問いに時間が止まる
目の前が真っ暗になる
何も見えない
もう何も聞こえない
自分の心臓の鼓動さえ感じられない
俺は痺れた足に苦戦しながらも立ち上がり、一目散に扉へと駆け出す
嫌だ!
もうこの場には1秒たりともいたくない
助けて!
助けて!鳳翔さん!
足がふらつきやっとのことでドアノブに手をのばそうとした瞬間、ひとりでに扉が開け放たれる
眼前には顔を真っ赤にした少女
つややかな唇が音を奏でる
「このクソ提督!潮の着替え覗いたんですって!死にたいの!?家族会議開催よ!」
(艦!)
お読み頂きありがとうございます!
家族会議は嫌なものです
身内だからこそ醸し出される緊張感
けれども霞に怒られるのだったら私は自らこの身を差し出します
頑張ります!