戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

10 / 110
第七話:ラギールとの商売

ラウルバーシュ大陸を縦横に走る交易路は、現神セーナルによって管理をされている。セーナル神殿は特定の中心を持たないが、各地に神殿領を持ち、大陸公路をはじめとする各交易路を保護している。「実益」を与えてくれる神であるため、商売人に広く信仰されており、その勢力は大きい。だが、三神戦争以前のセーナル神は、罪を犯したため追放をされていた。セーナル神は「嘘」を得意としており、謀略によって自己の利益を得るような側面がある。そのため、他の現神から嫌われていたと言われている。三神戦争時において、現神勢力の勝利に貢献したことで追放処分が許されるが、その時に用いた謀略は、良く言っても「ペテン」以外の何者でもないと言われている。

 

セーナルは、他の現神のように「真面目」な活動で信者を増やすことをバカバカしいと考えていた。セーナルは人間族の「利益追求志向」をいち早く見抜いており、いずれ大陸を横断する「交易」が盛んになると読んでいた。三神戦争終結後、他の現神が人間族の信仰を得るために、治安維持や治療奉仕などに精力を傾ける中、セーナルは「交易路整備」という仕事を自ら志願した。戦争終結直後は、主神アークリオンをはじめとした上位神が人間族の信仰を独占し、セーナルは第三級という「決して高くはない地位」に甘んじていたが、国家形成期以降は、その勢力は急拡大し、信者の数においても神殿の経済力においても、アークリオンをも超えるほどとなった。

 

セーナルは、ラウルバーシュ大陸を幾つかの「商圏」に分け、活躍する商人を「神格者」とすることで、商圏維持を図っている。神格者にするのは、主に「商才溢れる商人」である。後年、大商人たちに対して「社会奉仕」を求める風潮が生まれ、商人たちも自分たちの得た利益から、奴隷解放や失業者救済などを行ったが、その額は得た利益に比して微々たるものであり、「世間体のため」というのは誰の眼にも明らかであった。実利主義のセーナル神らしいと言えるだろう。

 

セーナルが指定した商圏の中で、最も利益を上げているのが、中原から西方南部の商圏代表「ラギール商会」である。ラギール商会は、両替商や銀行業のほか、各国と出資をしあって「産業振興」に寄与している。その一方で、奴隷売買などの「裏業」なども扱っていると言われており、光と闇の両面性を持った商会である。奴隷売買をする「汚い商会」と蔑まれる一方で、奴隷という地位を自助努力で克服する機会を与えており、一概に非難は出来ない、という擁護の声もある。いずれにしてもラギール商会が多大な利益を上げ、その利益を「投資」という形で社会に還元し、数多くの産業を振興したことは事実である。

 

ラギール商会の長「ラギール」は謎の人物とされている。あまりに巨大な商会であるため、身を護るために正体を秘密にしている、というのが一般的な見方であるが、ラギールに対面したと自称する人間の中には、ラギールは二十代の若い女だった。実際のところは、名前が知られ過ぎて、正体がバレると酒場で痛飲出来ないからだ、などと得意気に語る者もいる。いずれにしても、ラギール商会は設立してから千年間に渡って、大商会として繁栄を続けている・・・

 

 

 

 

 

『たったニ年でよくもまあこんなに・・・』

 

プレイアの街に入ったディアンは、さっそく「ラギールの店」へと向かった。店先を見たディアンは呆れてしまった。両替店の隣に、各種雑貨を扱う店が出ている。いつの間にか拡張したようだ。店には何人かの可愛らしい売り子が声を上げている。男ウケするように、リタが選んだのだろう。こうしたところは本当に抜け目が無い。ディアンは雑貨店に入った。中は客でごった返している。戸棚には武器や薬品の他、他地方の珍しい素材なども扱っているようである。戸棚は盗難防止のために、透明なガラスが張られている。正に「雑貨店」であった。

 

『ムムッ?カネの匂い!お金の匂いがしますよぉ~!』

 

店の奥から浅ましい声を上げて、女商人が出てきた。客をかき分け、ディアンの前に姿を現す。

 

『カネ蔓・・・じゃなくて「上客様」発見ッ!って、ディアン?』

 

『相変わらず、商売の才能は飛び抜けてるな。胸も相変わらずだが・・・』

 

ディアンは苦笑いをしながら、リタに挨拶をした。リタはディアンの後ろに目をやる。普段は一緒にいるはずの「使徒」がいない。

 

『・・・アンタ独りで来たの?レイナやティナは?まさか、捨てたんじゃないでしょうね!』

 

『どうしてそうなる・・・取り敢えず、久々の再開だ。時間を貰いたいが、出直したほうが良いか?』

 

『そうねぇ~商売の話なら、すぐにでも時間を取るけど・・・』

 

『なら急いだほうが良い。相当な「儲け話」だぞ』

 

リタの眼が光り、満面の笑みを浮かべた。一旦、店を出て裏口から入る。客間に通された。仕事柄、プレイアの名士たちとも会うことが多いのだろう。商売人にとって、上客のためのこうした客間は必須である。向き合って座ったディアンは、リタの気配に微妙な変化があることに気づいた。だがそれには言及せず、まずはこの二年間の近況を伝えた。

 

『アンタがケレース地方にいたとはねぇ。あの地方には行商路を持ちたかったんだけど、途中で通行止めをしているヤツがいて、どうしても路が拓けなかったんだよねぇ。いま、アヴァタール地方からケレース地方に行商に行く商人は、誰もいないはずだよ。あ、ひょっとしてアンタが口利きをしてくれるとか!』

 

『鋭いな、正にそのとおりだ。通行止めをしている魔神アムドシアスと直接交渉した。二ヶ月に一度、一隊だけなら通行を認めてくれる。で、その行商人としてお前を指名したい』

 

リタは呼び鈴を鳴らした。まだ幼い少女が茶を運んでくる。どうやら「客」として認めてくれたようだ。揉み手をしながら、リタは商人の貌になった。ディアンはリタに「三角貿易」の構想を語った。

 

『へぇ、これが「石鹸」ねぇ。面白い商品だし、売れそうだけど、もう一つの商品「麦酒」については何とも言えないね。実際に飲んでみないと・・・』

 

『当然だな。スティンルーラ人の集落クライナで、試験的な仕込みをしている。一月後に飲み頃になっているはずだ。どうだ、久々にオレを「護衛役」にして、ケレース地方まで行商に行かないか?』

 

『そうねぇ・・・悪くない話だけど、私としては「行商人として呼ばれた」のであって、こちらから行商に「行かせてもらう」わけじゃないんだよ?つまり「タダ」で護衛をしてもらうけど、それで良い?ニヒッ』

 

ディアンは肩を竦めた。こうした「商売話」では、リタには敵わない・・・

 

 

 

 

 

その日は、リタの計らいで宿に泊まった。行商路確立の話は、より詰めておく必要がある。リタは商人だ。個人的な「友誼」では動かない。どれだけの費用が掛かり、どれだけの利益が生まれるのか、細かい部分まで計算をしておく必要がある。さらには、スティンルーラ族の「庇護」の問題もあった。西方に平和国家が出来ることは、レウィニア神権国にとっても利益になるはずだ。だがそれには時間が必要だ。スティンルーラ人が最低でも一万人に増える必要がある。あと百年近くは必要だろう。それまで、多少の支援をしなければならない。翌日、ディアンは水の巫女の神殿へと向かった。

 

『あなたが、黄昏の魔神「ディアン・ケヒト」ですね。主である水の巫女様より、話は聞いています』

 

ディアンは、レウィニア神権国の「王」と対面をした。神殿に「外交目的」の趣旨を伝えると、建設中の王宮へと通されたのだ。水の巫女の第一使徒であり国王でもある「ベルトルト・レウィニア」は、理知的な瞳を持つ穏やかな人格者であった。元々は神殿の神官であり、社会奉仕活動に熱心であった人間であったが、家族がいないことなどが選定理由となったようである。王政はえてして、外戚が特権階級として跋扈し、腐敗が始まる。水の巫女らしい先見性といえるだろう。だが、レウィニアという名前は既に途絶えていたはずだ。ディアンの疑問に、王が笑って答えた。

 

『水の巫女様より、レウィニア家の名誉回復が図られたのです。既に途絶えた家ですが、私が当主として継ぎました』

 

レウィニア王は、水の巫女を祀る「司祭」と、国政を司る「国王」を兼ねている。水の巫女からの信託により、国政を動かしているが、いずれは貴族たちによる統治を考えているようだ。レウィニア王は確かに人格者であったが、「王としての意志」を持っていなかった。そういう意味で、レウィニアは正に「神権国」であった。ディアンは王に対して、スティンルーラ人への支援の話をした。

 

『大規模である必要はありません。彼らの存在を認め、交易をすること。これだけでも彼らに「自立心」を与えます。国とは「与えられるものではなく、自ら打ち立てるもの」だと思います』

 

『・・・水の巫女様の言われていた通りですね。あなたはとても「魔神」とは思えません。私は思いもかけず、王となってしまいました。あなたのお話は、他の神官や水の巫女様とも話し合い、決めたいと思います』

 

悪く言えば「暖簾に腕押し」の返答であった。ディアンは予見していた。「決定力のない王」は、いずれ傀儡となるだろう。貴族派が台頭し、政治の実権を握ろうとする。そして水の巫女を絶対視する神殿派と対立する。自分のいた国「ジパング」でも同じようなことがあった。「ソガ氏とモノノベ氏の対立」と呼ばれる権力闘争であった。

 

そうした歴史を知るディアンは、レウィニア神権国は、貴族派が政治権力を持つべきだと思っていた。「絶対視」などという「狂信者の政治」より、民を考えない貴族派による「腐敗政治」のほうがマシである。いずれ国が混乱し、反乱なども起きるだろうが、レウィニア神権国内の問題で決着するからだ。狂信者が政治権力を持てば、「聖戦」という名の下に、必ず他国を侵略する。まずは「支援」として軍隊を派遣し、やがて拠点を持ち内政に干渉するようになる。それを拒否すると侵略を開始する。十字軍のような「狂信者の暴走」はどこでも起きうるのだ。

 

『二十日間ほど、この街に滞在をします。出来ましたら、その間に決定をして頂けますと、嬉しく思います』

 

ディアンは王に一礼し、宮殿を後にした。

 

 

 

 

 

『石鹸、さっそく使ってみたよ。良いね。きっと売れると思う。生活雑貨だから、普及させようと思ったら、値段を高く出来ないのが痛いけどね』

 

酒場でリタと食事を共にする。思えば二人きりでの食事は初めてであった。リタは腸詰め肉を美味そうに頬張りながら酒を呷っている。相変わらずの飲みっぷりであった。話題が一段落したところで、ディアンは気になっていることを尋ねた。リタの気配が変わっていることについてである。

 

『リタ、お前はオレの正体を知っているから、率直に聞こうと思う。お前、誰かの「使徒」になったのか?』

 

リタの手がピタリと止まった。ディアンは話しを続けた。

 

『使徒になれば、人間とは異なる気配を放つようになる。「神気」、あるいは「魔気」と呼ばれるものだ。レイナもティナも、オレの使徒になり、そうした気配を放つようになった。そして、お前からも同じような気配を感じる』

 

『ちょうど、半年ほど前かねぇ・・・』

 

リタはポツリポツリと語り始めた・・・

 

 

 

 

 

『あわわっ!マズイよ、これは・・・』

 

リタ・ラギールが率いる行商隊は、古の宮への行商路を切り拓くべく、再びアヴァタール地方東方域にあるチルス山脈西端に向かった。ディアン・ケヒトという凄腕の護衛役がいない以上、より万全の準備をしておく必要がある。リタは十名もの護衛役を雇い、古の宮を目指していた。商隊の規模も大きい。プレイアとバーニエで、塩や酒、穀類などを仕入れ、五十両を超える荷車を率いていた。

 

『途中までは良かったんだけどね。古の宮にあと一歩ってところで、とんでもないヤツが現れてね・・・』

 

それは「はぐれ魔神」であった。規模を大きくしたため、目立ってしまったのだろう。チルス山脈に入る途中で、巨大な邪気が漂い、目の前に無数の触手を持った魔神が出現したそうだ。

 

『正直、よく覚えていないんだよ。なんて言ってたかなぁ~ たしか・・・ラテン・・・なんとかとか・・・そんな名前の奴だった』

 

『・・・それで?』

 

『ソイツが目の前に現れて、護衛たちも腰を抜かしちゃってね。私も死ぬと思ったよ。でもね、その時いきなり光が現れてね。アレは間違いなく「商神セーナル」だよ。たちどころに魔神を撃退してくれてね。その後で、セーナルが言ったんだ。自分の神格者になれ。商才を活かし、人々の暮らしを豊かにせよ・・・ってね』

 

ディアンは顎をさすって考えた。リタの言っている魔神とは「ラテンニール」のことだろう。ラテンニールは驚異的な再生力を持つ魔神で、たとえ神核を傷つけても一瞬で復活してしまう。正に「不死の神」であった。だがその分、知性に欠ける。何か狙いがあって、意図的にリタたちを襲ったとは思えない。そしてその場に、セーナルが出現したことも奇妙だった。現神は滅多なことでは神骨の大陸から出てこない。魔神などの「神」と戦う時だけ、出現することがあるそうだが、はぐれ魔神と戦うために出現するはずがない。となれば、可能性は一つしか無い。リタの商才に目をつけたセーナルが、自分の使徒にするためにラテンニールを仕向けた、ということだろう。謀略に長じたセーナルなら、それくらいはやりかねない。

 

『藁をも掴むってやつだねぇ~ 私は別に、セーナル信仰が篤かったわけじゃないけど、まあ商売人だから、それなりに感謝はしていたんだ。でも今では、セーナルを主神として崇めているよ』

 

『・・・そうか、セーナルの「神格者」になったのか。なるほど・・・』

 

ディアンは低く笑って、杯を呷った。自分の推理は何の証拠もない。ならば、目の前の商売相手が信仰している神を貶めるのは避けるべきだ。それに、レイナも喜ぶだろう。仕える神が違うとはいえ、レイナにとってリタは数少ない親友なのだから・・・

 

『あ、一応言っておくけど、神格者になったからって、アンタと戦うつもりは無いからね。私はあくまでも「商人」だから、利益になるなら魔神とも商売しますっ!』

 

商神セーナルの神格者「リタ・ラギール」は、かつてと同じようにあっけらかんと笑った。

 

 

 

 

 

プレイアの街に入ってから十五日目に、ディアンは再び王宮に呼ばれた。だが国王とは対面せず、側近と思われる家臣から言伝を受けた。行商路が確立次第、レウィニア神権国はスティンルーラ部族に援助を贈る、というものであった。ディアンは謝意を示して王宮を去った。滞在期間中、水の巫女から呼ばれることは、ついに無かった。

 

『ニッシッシッ!久々の行商だよぉ~ みんな、気張って商売しましょう~』

 

南方の果実や穀類、プレイア産の麦酒や葡萄酒、さらには珍しい書籍類などを満載し、リタ・ラギールの行商隊は出発した。最初の目的地は、西に五日間進んだところにあるスティンルーラ人の集落「クライナ」である。

 

 

 

 




【次話予告】

ディアンと共にケレース地方に来たリタは、さっそく行商店を開店させた。数十年ぶりに、ケレース地方西方に行商店が開かれると聞き、大勢の客が殺到する。その様子を見て、ディアンはこの地方の未来に思いを馳せる。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第八話「夢の国」

少年は、そして「王」となる・・・

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。