戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第九十話:ルビース家の誇り

ターペ=エトフ歴十年、アヴァタール地方南部の各都市が一堂に会し、法律や商習慣、通貨などを共通化させる話し合いが行われた。レンストの顔役であった「ドルカ・ルビース」の尽力によって実現したこの会合は、「障害(barrier)無く(less)した」ことから「バリアレス会議」と呼ばれ、後のバリアレス都市国家連合へと繋がる。ドルカ・ルビースは、中原に国家が勃興してきたこと、またそれに伴ってラギール商会をはじめとする大商会が誕生してきたことから、行商隊への護衛派遣業を見切り、傭兵派遣業へと業態転換を図る。バリアレス都市国家連合は、西方諸国への玄関口であるベルリア王国と、アヴァタール地方の大国レウィニア神権国とを結ぶ大陸公路の要衝に位置していた。そのため物流量も盛んであり、多くの人々が行き来をしていた。バリアレス都市国家連合は国土こそは狭いものの、物流拠点として栄えるようになった。

 

ターペ=エトフ歴二百十年に正式に建国されたバリアレス都市国家連合は、それから百年間ほどは平穏な時代をおくる。しかしニース地方に闇夜の眷属の国「エディカーヌ王国」が誕生したことで、光側の大国であるレウィニア神権国やベルリア王国と、闇側の大国であるエディカーヌ王国とに挟まれるようになり、両国の影響を受けるようになる。光側に位置するとして、神殿勢力からの援助を受けつつも、エディカーヌ王国からの物流に力を貸すなど、光闇相克の狭間で立ち回りを余儀なくされるのである。バリアレス都市国家連合の立場が明確になるのは、レウィニア建国歴八百九十二年に発生した「新七古神戦争」を待たなければならない。

 

 

 

 

 

プレメル近郊にあるディアン・ケヒト邸は、三百年近くのの間に徐々に拡張されてきた。ディアンだけでも、書斎、寝室、研究室の三部屋を持っている。書斎と寝室は使徒や弟子たちも入ることが許されていたが、研究室だけは立ち入り禁止であった。その研究室で、ディアンは黒壁に書かれていた「カルッシャ」の名前に斜線を引いた。

 

『残りはメルキアとレウィニアか…メルキアさえ潰してしまえば、レウィニア神権国からの支援物資も届かなくなる。さて…』

 

黒壁には人物名も書かれている。フランツ・ローグライア、ヘルマン・プラダ、そして「水の巫女」であった。人物名を見て、ディアンの瞳に殺気が走った。

 

『ヘルマン・プラダはどうでもいい。嬲り殺しにして終わりだ。だが、フランツ・ローグライアは使えるな。そして、水の巫女は…』

 

眼を細めたまま、ディアンは暫く沈黙していた。

 

 

 

 

 

メルキア王国西方の大都市「バーニエ」の領主にして、メルキア王国宰相の地位にもあるプラダ家は、魔導技術研究においても国内第一の立場にあった。とは言っても、魔法石からの魔力抽出調整などの研究で一定の成果を出した程度であり、ターペ=エトフの技術から比べると児戯に等しい水準である。魔導技術の研究者を雇い、邸宅内の研究室を与えているが、それは本人よりも祖母の意向によるものであった。当主であるヘルマンは、魔導技術研究よりも宮廷闘争やバーニエの繁栄に力を入れていた。

 

『まるで穴の開いた甕に水を注ぐようなものではないか。いくら支援をしても、奴らは一向に成果を出さん…だが、ここで止めればこれまでの「投資」も無駄になってしまう…どうしたものかな』

 

メルキア王国がハイシェラ魔族国への支援を続けているのは、ターペ=エトフを危険視したという理由もあるが、より実利的な理由もある。ハイシェラ魔族国には、イソラ王国を経由してレスぺレント地方からの支援物資も届いている。つまり、これまで不可能であったレスぺレント地方との交易が可能となっていた。ハイシェラ魔族国の宰相ケルヴァンは、地の利を活かして、レスぺレント地方とメルキア王国との交易を取り持っていた。バーニエに落ちる利益も少なくない。ヘルマンが宮廷内を説得できているのは、こうした実利があったためである。だがそのために、ターペ=エトフを敵に回すことになった。生活必需品であるオリーブ油をはじめとして、石鹸などの化粧品類も価格が跳ね上がっている。当初は数年で済むと思っていたのに、二十年以上に渡ってその状況が続いているのである。宮廷内でも魔族国への支援を止めるべきという声が大きくなりつつあった。

 

『止めれば、レスぺレントとの交易も止まってしまう。ターペ=エトフが価格を元に戻すという保証もない。進むも地獄、退くも地獄ではないか』

 

『…自業自得だろ?』

 

背後からいきなり声を掛けられ、ヘルマンは叫び声をあげそうになった。だが声が出る前に、口を塞がれた。猿轡を噛まされ、椅子に縛り付けられる。漆黒の外套を纏い、仮面をつけた男が見下ろしている。右手には細身の短剣が握られている。

 

『ヘルマン・プラダ…ベルジニオ・プラダ殿の孫だな?』

 

ヘルマンは呻き声を上げながら頷いた。仮面の男は冷たい声で告げた。

 

『ベルジニオ殿は先の見える男だった。彼であれば、間違ってもターペ=エトフに手を出そうとはしなかっただろう。目先の利益や下らぬ権力闘争に汗を流すお前など、祖父の足元にも及ばん』

 

男はヘルマンの首筋に短剣を突き付けた。ヘルマンが首を仰け反らして目を瞑る。額からは大量の汗が流れていた。

 

『安心しろ。反省する時間は十分にある。痛みと共に、己の所業を悔いるがいい』

 

『んんんーー!!』

 

短剣が一振りされる。左耳がポトリと落ちた。あまりの痛みに、ヘルマンが喚く。その時、部屋の扉が叩かれた。老女の声が扉の向こう側から聞こえてくる。

 

『ヘルマンや…なにかあったのですか?入りますよ?』

 

仮面の男は眼を細めたまま、短剣を握った。だが扉の先に立っていた人物を見て、眼を見開いた。思わず呟く。

 

『リザベル・ドーラ=プラダ殿…』

 

『おや、懐かしい声ですね?ずいぶん昔に聞いた声です。もうこの婆は眼も効かなくなりましたが、その分、耳と鼻は良くてよ?血の匂いがしますね。あなたがやったのね?ディアン・ケヒト殿…』

 

ディアンは短剣をしまい、リザベルの手を取った。椅子に腰を掛けさせる。リザベルは微笑みを浮かべながら、ディアンに尋ねた。

 

『ヘルマンは…私の孫は生きているのですか?』

 

『生きていますよ。左耳は頂きましたがね』

 

『貴方がこんな行動に出たのは、何か理由があるからでしょう?孫には政敵が多くいますが、貴方がそんな目的で雇われるはずが無い。孫を傷つけた理由を教えて頂けないかしら?』

 

『魔族国への支援…それが理由です』

 

リザベルはそれだけで頷いた。齢三百歳をずっと超えているはずなのに、その聡明さは些かも衰えていない。リザベルは孫に向けて話しかけた。

 

『ヘルマン…だから言ったでしょう。魔族国を利用して他国を滅ぼすなど、御爺様は決して許さないと…貴方の祖父ベルジニオは、ルドルフ王と共に「戦のない世」を志していました。平和の時代を創るために、あえて剣を手にしたのがルドルフ王です。その志から外れた時、メルキアに災厄が訪れる。目の前の彼は、貴方が馬鹿にしていた「御爺様の日誌」に出てくる「魔神D」なのですよ?』

 

ヘルマンがディアンを凝視する。「そういえば、そんなこともあったな…」と、ディアンも昔を思い出していた。リザベルは首を振って、溜め息をついた。

 

『今すぐに、魔族国への支援を止めなさい。貴方のやったことは、ルドルフ王の志を裏切り、メルキアを危機に晒す愚行です。ディアン殿、孫の不始末は教育に失敗した私の責任です。この婆の命で、どうかお許しください…』

 

だがディアンの中には、もう殺意は消えていた。リザベルの前に片膝をつき、手を取った。

 

『解って頂ければ、それで良いのです。リザベル殿、貴女に会えたことを本当に嬉しく思います。どうか、いつまでもお健やかに…』

 

優しく語り掛け、立ち上がる。自分を見つめるヘルマンを見下ろして告げた。

 

『ケレース地方から一切の手を引け。それで、お前のことは勘弁してやる。リザベル殿に感謝をするんだな。そして忘れるな。魔神Dがメルキアを見ているとな』

 

ヘルマンが頷くのを確認し、静かに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

バリアレス都市国家連合は、各都市ごとの「統治者」が話し合いをして連合としての方向を決める。そうした意味では、全体を統括する「王」は存在していないが、話し合いをする以上は取りまとめ役が必要となる。後世において三重の防壁に囲まれた「城塞都市」となるレンストは、この時代においても「戦の匂い」が漂う街であった。東西から武芸に優れた人材が集まり、傭兵として雇用されメルキア王国や西方諸国へと派遣される。猛者たちが競い合う「闘技場」などもある。賭博場や娼館なども複数あり、レウィニア神権国の貴族たちなどもお忍びでやってくる。この「欲望が集まる街」の統治者が、バリアレス都市国家連合のまとめ役でもある「セリオ・ルビース」である。

 

『またラギール商会からの申請か。ここのところ多いな』

 

セリオは書類に眼を通しながら鼻を穿った。レンストの統治者と言っても、王宮などは存在しない。ルビース家の祖である「ドルカ・ルビース」から続く事務所が、セリオの城である。建物こそ改築をして大きくなっているが、ドルカが使っていた金庫やルビース家の家宝である「南方交易地図」などはそのままの状態だ。ラギール商会からの申請書には、荷車二十両をフノーロまで通す旨が書かれていた。レンストから南東部は「腐海の地」と呼ばれ、罪人などが追放される土地でもある。南方の希少資源や珍しい食品類を目的とした行商人も存在しているが、ラギール商会はこの一年間で延べ数百両もの荷車を動かしている。あまりにも不自然であった。

 

『こいつは一度、調査する必要があるな…』

 

セリオは申請書を「保留」の箱に入れ、立ち上がった。葡萄酒が入った杯を持って、壁に掛けられた地図を眺める。遥か三百年前、護衛斡旋業を開業してレンストを栄えさせた「ドルカ・ルビース」も、同じように地図を眺めていたはずだ。そんなことを思いながら、セリオは地図に書かれた「腐海の地」を眺めていた。扉が叩かれ、部下が入ってくる。

 

『ルビースさん、面会希望者が来ています』

 

『ん?約束はしていないはずだが?』

 

『そ、それが…』

 

部下が一通の封筒を差し出してきた。封蝋の印を見て、セリオの顔色が変わった。右下には「ドルカ・ルビース」の署名が入っている。「直筆」に間違いなかった。

 

『すぐに客間へお通ししろ!あと、俺の今日の予定は全部取り消しだ!』

 

セリオは少し躊躇して、封蝋を割った。

 

 

 

 

 

セリオは少し緊張した表情で客間の扉を叩き、中へと入った。「いかにも商人」という雰囲気の女性が座っている。そして奥の窓際には、黒衣の男が立っていた。男は振り返ること無く、呟いた。

 

『この窓からこの街を見るのは、二百六十年ぶりだ。レンストも大きくなったな。当時はちょうどこの窓を背に、ドルカの机が置かれていたはずだ』

 

『建物自体を改修したんだ。今では上の階も下の階も、俺の事務所になっている。お前さん、本人…なんだよな?』

 

黒衣の男が振り、近づいてくる。右手を差し出した。

 

『ディアン・ケヒトだ。ドルカ・ルビースは、オレにとって忘れがたい友人であり、恩人だ。彼の子孫に会えて嬉しく思う』

 

『セリオ・ルビースだ。待たせてすまなかったな。アンタの名前を聞いて、台帳をひっくり返していたんだ。ドルカ・ルビース時代の台帳に、たしかにアンタの名前が載っている。護衛役としてのアンタの評価も見た。全部空白だったよ。ただ一言「最強、最高の護衛役」とドルカが書いていた』

 

『そうか…オレの正体については、書いていなかったのか。オレは…』

 

『あぁ、いやいや!言わなくていい。先祖が書かなかったのは、理由があったからだろ?なら、知りたくない。俺は長生きしたいんだ』

 

ディアンは頷き、腰掛けていた女性を紹介した。

 

『ラギール商会会頭、リタ・ラギールだ。彼女もドルカ・ルビースを知っている』

 

『リタ・ラギールです。ルビース護衛斡旋所には、その昔は随分とお世話になりました。ラギール商会の今があるのも、ドルカさんのお陰です』

 

『こりゃ驚いた。まさか、ラギール商会の会頭が、こんな若い女性だったとは…』

 

セリオは思わず自分の頬を叩いた。あまりに驚くことが多すぎて、夢なのではないかと思ったのだ。着席した三人は、ドルカの話で盛り上がった。セリオにはどこか、ドルカの面影があった。豪放磊落でありながら、人の面倒見が良かったドルカは、当時のレンストでも顔役として誰もが一目置く存在だった。ディジェネール地方から街に出て、右も左も解らないディアンを拾ってくれたのがドルカだった。ドルカ・ルビースに出会わなければ、いまのディアンは存在していない。だからこそ、その子孫には出来るだけ恩返しをしたいと思っていた。頃合いを見て、ディアンが用件を切り出した。

 

『今日、ルビース殿を訪ねたのは、ある商談をしたいからだ』

 

『ルビース殿は止めてくれ。セリオと呼んでくれていい。ドルカ・ルビースの手紙に書かれていた。この手紙を持ってきた奴には、出来るだけ便宜を図ってやってくれとな。何なりと言ってくれ』

 

『では、オレのこともディアンでいい。セリオ、既に気づいているかもしれないが、この数年、ラギール商会が腐海の地への輸送量を増やしている。今後はそれがさらに拡大するだろう』

 

『あぁ、その点は気になっていた。腐海への出入りはこのレンストで管理しているからな。あの地は罪人なども流されるから、あまり出入りを増やしたくないんだ。さっきも、ラギール商会からの申請を保留にしていたところだ』

 

『なぜ、ラギール商会が急に輸送量を増やしたか、その理由を説明しよう。出来れば、他人には聞かれたくない。少し細工をさせてもらうぞ?』

 

ディアンは、既に部屋隅に貼っておいた「歪魔の結界」を作動させた。

 

『腐海の地には、間もなく統一国家が誕生する。「闇夜の眷属の国」だ』

 

セリオは黙ったまま頷いた。ディアンが話を続ける。

 

『統一国家の名前は「エディカーヌ王国」、国王は「ソフィア・ノア=エディカーヌ(闇夜の混沌に「唯一」叡智を齎す者)」。建国の資金源は、ケレース地方のターペ=エトフが出す』

 

『ターペ=エトフだと?たしか、「黄金郷」と呼ばれているケレース地方の国だな。何故、ターペ=エトフがカネを出すんだ?』

 

『そう遠くないうちに、滅びるからだ』

 

ディアンはそう言って瞑目した。少し間を置いて、話を続ける。

 

『ターペ=エトフは現在、ハイシェラ魔族国という国と戦争をしている。負けることはない。だが、国王インドリト・ターペ=エトフは高齢で、世継ぎとなる子女がいない。戦争中の王国で国王が崩御し、王家が途絶える…それが何を意味するか、解るだろう?』

 

セリオはゆっくり頷いた。話が少し見えてきたからだ。ディアンが説明を続ける。

 

『ターペ=エトフは「理想郷」「黄金郷」と呼ばれている。それはもちろん、国民が豊かに暮らしているということもあるが、それ以上の理由がある。ターペ=エトフの首都プレメルには、光の神殿と闇の神殿の両方が建てられている。光も闇も、現も古も関係なく、どのような神を信仰しても構わない。このディル=リフィーナで唯一、「信仰の自由」が存在している国だ。人間族、亜人族、悪魔族が手を取り合って、皆で助け合って豊かに暮らしている。闇夜の眷属たちも多く暮らしている。その理想郷が滅びようとしている。インドリト王はターペ=エトフの理想を遺すために、腐海の地に新たな理想郷を作ろうと考えたのだ』

 

『なるほど…この数年、ラギール商会が腐海への出入りを増やしていたのは、ターペ=エトフから物資を送っていたからか。事情は良くわかった。それで、俺に何をして欲しいんだ?』

 

『ラギール商会の無制限往来を許可して欲しい。ターペ=エトフは三百年近く、ラギール商会を御用商人としてきた。新国家においても、その関係は継続させる。物資移動はリタ・ラギールが直々に指揮を取ってくれている。今後、さらに増えるだろう。それを認めて欲しい』

 

『おいおい…ラギール商会はこの一年だけでも数百両は行き来しているんだぞ?さらに増えるっていうのか?』

 

『最低でも年間一千両、多ければ数千両の荷車が往来するだろう。出来るだけ急ぐが、それでも二十年は続くはずだ』

 

『…ターペ=エトフってのはどれだけ金持ちなんだよ?』

 

セリオは呆れた表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

ラギール商会の無制限往来を許可するとなると、レンスト一都市だけでは決定できない。セリオは各都市の統治者が集まる「バリアレス会議」を招集した。ブレニア内海西方との交易で栄える「ポートリル」や、塩業の街「メルクバスタート」、ディジェネール地方北部への玄関口「トゥルーナ」などの各都市から統治者たちが集まる。ディアンが持ってきた話は、会議を紛糾させるに十分であった。腐海への出入りをラギール商会に独占させるということよりも、腐海に新国家が誕生するということ自体が問題だったのである。

 

『その「エディカーヌ王国」というのは闇側の国であろう?つまり我ら連合は、南北に光側の国、闇側の国を持つことになる。万一にも南北で戦争でも起ころうものなら、この地が主戦場になるのではないか?』

 

『ターペ=エトフが建国するとなれば、その新国家は誕生当初から途方もない勢力になるかも知れん。連合の安全を考えると、ここは拒否すべきだろう』

 

『いや、それは早計だ。確かに腐海の地は混沌としており、罪人などの追放先になっている。だがもしその地に国家が誕生し、一定の秩序が生まれれば、新たな交易先の開拓にも繋がるのではないか?闇夜の眷属の国だからと言って、危険と決めつけるのはどうかと思うが…』

 

意見が百出したところで、セリオが立ち上がった。

 

『私はこの話に乗って良いと思う。確かに、隣国に「闇夜の眷属の国」が誕生すれば不安を感じるだろう。だがここで建国に手を貸せば、彼らに恩を売ることが出来る。使者の話では、新国家建国の暁には連合と相互不可侵条約を締結したいという話だ。ラギール商会会頭がその証人となる。信用できると思う』

 

『だが…』

 

反対意見に対して、セリオが手を挙げて止めた。

 

『もう一つ…この話は我々に莫大な利益を齎す。考えても見て欲しい。何故、腐海と呼ばれる危険地帯に、行商人たちが入っていくのか?それは、あの地にしかない希少資源や珍しい食べ物などを求めているからだ。危険を犯してでも、大きな利益が見込めるから、行商人たちは腐海を目指すのだ。もしここに統一国家が出来れば、そうした品々が安定して供給されるようになる。さらに、ニース地方まで道がつながればどうなるか。現在はアヴァタール地方東域にしかない「香辛料の道(スパイス・ロード)」が、新たにこの地に誕生することになる。我らはこれまで、東西にしか物流路がなかった。ここに南北の太い道が走るのだ。その利益は計り知れん』

 

全員が沈黙をした。セリオの話はディアンの受け売りではあるが、誰もが納得する力を持っていた。バリアレス都市国家連合は、傭兵派遣が主な産業である。だがその需要は戦争によって左右される。実際、各都市の歳入は不安定な状態であった。もし東西南北の交易路の中心地となれば、莫大な富がこの地に落ちるだろう。セリオがトドメの一言を発した。

 

『かつて、私の先祖であるドルカ・ルビースは、将来を見越して連合を形成し、行商隊への護衛斡旋から傭兵派遣業へと業態転換を図った。時代の変化とともに自分たちの在り方、考え方を変えなければ、生き抜くことは出来ない。それがドルカ・ルビースの教えだ。そして今、再び時代が変化しようとしている。かつて我々の先祖が勇気を持って変化したように、我々も新たな地平を目指そうではないか!』

 

沈黙の後、一人、また一人と立ち上がり拍手が起こった。やがてそれは、部屋全体に響いた。

 

 

 

 

 

連合会議の決定を受け、リタ・ラギールは早速、荷車や人員の手配などを開始している。フノーロの街は、まだ国家と呼べるほどの規模ではないが、法が発布され秩序が出来始めている。ターペ=エトフからヒトとモノが入ってくれば、急速に国家へと向かうだろう。ディアンは挨拶のためにセリオの事務所を訪れた。

 

『本当に世話になった。決して後悔はさせない。お互いに気持の良い関係を続けたいものだ』

 

『利益のある話だったから、皆を説得できたのさ。お前さんの話は、俺たちにとっても夢のある話だった。道は険しいだろうが、頑張ってな』

 

互いに握手を交わした後、セリオが一通の封書を取り出した。

 

『ドルカの真似じゃねぇが、持っていてくれ。俺の子孫に当てた手紙だ。何かあったら、この手紙を子孫に渡してくれ。力を貸すように伝えてある』

 

受け取って裏面を見る。封蝋が押され、セリオの署名が入っている。蝋の印は、かつてドルカ・ルビースが使っていたものだ。中年の男が、愛嬌のある笑顔を浮かべている。ディアン自身、ずっと疑問に思っていた「奇妙な印」である。セリオが笑いながら説明した。

 

『「愛と平和(Love&Peace)」、ルビース家の家訓であり、誇りだ』

 

傭兵斡旋業者とは思えない言葉に、ディアンも思わず笑った。

 

 

 

 




【次話予告】

ターペ=エトフ歴二百六十五年、エディカーヌ王国建国に向けてラギール商会の大規模輸送が開始された。しかしそこに横槍が入った。レウィニア神権国プレイアにて、輸送隊が足止めを受けたのだ。プレイア駐在官のエリザベス・パラベルムの説得も虚しく、レウィニア神権国は正式に、ターペ=エトフとの同盟を破棄する。ディアンは覚悟を決めて、プレイアに乗り込んだ


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第九十一話「同盟破棄」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。
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