戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第九十一話:同盟破棄

ラウルバーシュ大陸中原アヴァタール地方の大国「レウィニア神権国」は、東西に伸びる大陸公路に位置し、温暖で肥沃な土地とブレニア内海の良好な港を持っている。繁栄が約束されたようなこの地に、人が集まるのは必然であった。しかし、その歴史は決して平坦なものではない。メルキア王国との軍事的緊張関係は、レウィニア神権国建国当初から続いてた。また、西にスティンルーラ王国、南にエディカーヌ王国が誕生すると、軍事力の一層の強化が求められた。その結果、レウィニア神権国は十一もの軍団で形成される強力な軍事力を持つことになるのである。

 

レウィニア神権国は段階的に軍拡を行うが、その最初の契機となったのが、レウィニア建国歴二百七十六年(ターペ=エトフ歴二百六十五年)の「対ターペ=エトフ同盟破棄」であることは、歴史家たちの見解も一致している。レウィニア建国歴二百七十六年「星月夜の月(九月)」十五日、レウィニア神権国は国王の名において、ターペ=エトフとの同盟関係を正式に破棄をする。二百五十年以上に渡って続いた同盟関係を一方的に破棄したことについては、スティンルーラ王国から非難声明が出されるなど、周辺諸国にも大きな影響を与えた。しかしそれ以上の衝撃が、しばらくしてレウィニア神権国貴族層に発生する。それが同年の豊穣の月(十月)に起きた「神託」である。

 

 

 

 

 

バリアレス都市国家連合の正式な承諾を受けて、リタ・ラギールは荷車と人員の調達を行った。プレイア、プレメル、クライナの三角貿易を継続させながら、同時に腐海の地まで物資を輸送するとなると、プレメル郊外に物資集積所なども設けなければならない。フノーロでは地上にも建物などが出来始めているが、大図書館の書籍などは地下迷宮に運び込む予定だ。膨大な量であるため、人員配置を計算し、計画的に進める必要がある。幸いなことに、ターペ=エトフや新国家エディカーヌ王国の行政官たちは優秀で、事務的な手続きは滞り無く進んでいた。武器や食料、耕作のための道具類などを載せた百両の荷車がプレメルを出発したのは、ターペ=エトフ歴二百六十五年の夏のことであった。

 

『はぁ?なんで足止めを受けるのよ?アタシはラギール商会の「リタ・ラギール」だよ?レウィニア神権国から自由交易権も受けているのに、なんで止められるのよ!』

 

リタ・ラギールはプレイアの本店で地団駄を踏んだ。南方への輸送隊がプレイアで足止めを受けたのだ。本店を構えて以来、無かったことである。王都プレイアに本店を構えるラギール商会は、一定の税を収めることで東西南北のいずれにも行商隊を出すことが許されている。ヒトとモノの行き来を活発にすることで、レウィニア神権国も莫大な富を得てきた。「法を守る限り、自由を侵されることはない」、この信頼があるからこそ行商人たちがプレイアを拠点としているのだ。リタは顔を赤くして、行政庁に抗議に行った。

 

『現在、ターペ=エトフからの物流は全て、プレイアで止めています。これは行政庁の決定です』

 

『だから何でよ!こっちは商売でやってんのよ!商会(ウチ)の信用に関わる問題だよ!』

 

『何と言われようとも、通すわけにはいきません!』

 

行政庁の担当者は冷徹な表情でリタの抗議を突き返した。リタは納得がいかず、貴族や有力者の伝手を頼る。だが誰もがリタを避けているようであった。ようやく聞き出した情報は、リタを愕然とさせるものであった。レウィニア神権国は、ターペ=エトフとの同盟関係を正式に破棄し、国交を断絶させようとしていたのだ。リタは顔色を変えて、在プレイア駐在官を訪ねた。

 

 

 

 

 

『アイツら、バカなんじゃないの!?ターペ=エトフからの物流が途絶えるってことは、オリーブ油や鉱石、香辛料なんかも途絶えるってことだよ。もし国交断絶なんてなったら、街灯一つ灯らなくなるんだ!』

 

リタは呆れたように文句を吐き、葡萄酒を呷った。在プレイア駐在官エリザベス・パラベルムも憂鬱な表情を浮かべる。

 

『どうやら、裏で動いているのは複数の貴族のようです。メルキア王国が下りたことで、ターペ=エトフ包囲網は瓦解しました。呼びかけ人であった公爵は、政治的に追い詰められています。公爵は水の巫女信仰の篤い方で、国政にも強い発言力があります。その影響力が低下したため、他貴族がその隙きに権勢拡大を狙っているようです』

 

『つまり権力闘争ってこと?でもハッキリ言って、これは自殺行為だよ。レウィニア神権国が無くたって、ターペ=エトフは困らないんだ』

 

『この屋敷も事実上の軟禁状態になっています。いざという時の「人質」のつもりでしょう。状況は、鳥を使って伝えました。リタ殿、この屋敷にはもう来ないほうが良いでしょう。このままでは、貴女まで巻き込まれてしまいます』

 

『アタシとしては、むしろレウィニア神権国が心配だよ。お偉方は、「ターペ=エトフの黒き魔神」の存在を忘れてんじゃないの?』

 

リタは溜息をついて首を振った。

 

 

 

 

 

ターペ=エトフ歴二百六十五年「星月夜の月」、レウィニア神権国はターペ=エトフに「同盟破棄」を通告した。エリザベス・パラベルムの国外退去を命じると共に、ターペ=エトフとの通商を断絶するというものである。宰相シュタイフェは怒りを通り越して呆れてしまった。レウィニア神権国がハイシェラ魔族国に支援をしていたことは、ずっと前から把握をしていた。それにも関わらず通商を続けていたのは、オリーブ油などの生活必需品が途絶えれば、アヴァタール地方の民生に影響が出るからだ。

 

『一体、何を考えているんでヤスかねぇ~ ターペ=エトフからのオリーブ油が無くなれば、連中は半年で干上がりヤスぜ?』

 

『恐らく、レウィニア神権国内で何らかの権力闘争があるのだろう。ターペ=エトフ包囲網を呼びかけたのはフランツ・ローグライア公爵だが、その背後にいるのはレウィニア国王であり水の巫女だ。水の巫女は魔神ハイシェラをけしかけて、ターペ=エトフを滅ぼそうとした。だがその目論見は失敗した。その結果、貴族層を中心に「水の巫女の権威」そのものが低下をしているのだろう。ターペ=エトフのオリーブ油が無くなれば、レウィニア国内で生産をするしか無い。つまり「新たな利権」がそこに生まれる』

 

『なるほど…民を考えない特権階級の連中が考えそうなことですな。ですが、現実問題としてどうしヤスか?レウィニア神権国を通れないとなると、南方建国計画を見直す必要がありヤスぜ?』

 

シュタイフェの問いに、ディアンが沈黙した。レウィニア神権国を通らずに物資を運ぶとなると、スティンルーラ王国を経由して船で運ぶしか無い。積み替えなどの費用が倍増するため、出来れば避けたい方法だ。だが通常の外交方法では、レウィニア神権国を通ることは出来ないだろう。

 

『簡単な方法は、極大純粋魔術でプレイアを消滅させてしまうことだが…』

 

ディアンの呟きに、シュタイフェは身を震わせた。それはつまり五十万人以上を虐殺することを意味するからだ。慌てて止める。

 

『ディアン殿!それだけはヤバイですぜ!どんな理由があろうとも民を虐殺してしまったら、ターペ=エトフは歴史に永遠の汚名を残しヤす!そもそも、インドリト様がそんなことをお許しになるはずがない!』

 

『あぁ、解っている。そんなことはしないさ』

 

シュタイフェは黙ってディアンを見つめた。目の前の男は、徐々に変質をしてきている。以前のディアン・ケヒトなら、そんなことを口に出す筈がなかった。暴力による短絡的な解決を忌避していた筈であった。愛弟子と共に追いかけてきた理想が消えようとしているからだろうか。「人と魔神」という均衡が、徐々に魔神へと傾いてきているように感じた。

 

(もし、ディアン殿が破壊神になろうものなら、その悲劇は姫神フェミリンスの比ではない。これを止められるとしたら…)

 

シュタイフェの憂鬱そうな表情に気づくこと無く、ディアンは別手段を考えた。

 

『仕方がないな。フランツ・ローグライアの首を使って国王を脅そうと思っていたが、状況がこうなってしまったら生かしておくしか無いだろう。対立する貴族派を皆殺しにして、ローグライアの権勢を回復させるか…』

 

『…話し合いで、なんとかならないものでヤスかね?』

 

『忘れるなよ?オレたちには、時間が無いんだ。今は、相手を説得する時間すら惜しい』

 

『………』

 

シュタイフェは暗い表情で沈黙した。

 

 

 

 

 

王宮の中庭に、赤き月ベルーラの光が刺している。月明かりの中でディアンは黒衣を羽織った。背中に剣を刺し、黒い仮面をつける。その瞳は月と同じく、赤い光を放っていた。これからレウィニア神権国王都プレイアに乗り込み、貴族を皆殺しにするつもりであった。国王とローグライア以外の全員を抹殺し、その首を王宮に並べれば国王も頷くだろう。死の恐怖によってローグライアを働かせ、その上で全てが終わった暁には、ローグライアもレウィニア国王も水の巫女も殺す。レウィニア神権国の滅亡後には、スティンルーラ王国なりメルキア王国なりが統治すればいい。冷たく、暗い怒りをディアンは感じていた。意を決して飛び立とうとした時に、背後から声を掛けられた。

 

『師よ、どこへ行くのです?』

 

ディアンは一瞬、息を止めた。瞑目してゆっくり振り返る。賢王インドリト・ターペ=エトフが、剣を抜いて立っていた。

 

『見事だ。私に気づかせること無く、背後を取るとはな』

 

ディアンは苦笑しながら仮面を外し、インドリトを褒めた。だが褒められたほうが、哀しそうな表情を浮かべて、首を振った。

 

『違うでしょう。師の背後を取ることなど、誰にも出来ません。背後を許したのは、師の中に「濁り」があるからです。師は今、道を踏み外そうとしています。御自身でも気づいているのに、それを無視して突き進もうとしています。必要のない血を流そうとされています。なぜ、それほどまでに急がれるのですか』

 

『インドリト、お前も解っているはずだ。ターペ=エトフには時がない。話し合い、根回し…そんな時間を掛けていたら、ターペ=エトフは滅亡してしまう!誰かが、手を汚さなければならないんだ。そして、それが出来るのは私だけだ!』

 

『師よ…それは何の為ですか?人々を恐怖させ、血を流し続け、その果てに新国家が出来たとして、そこに正義はあるのですか?貴方と私が目指した理想は、そんなものだったのですか?』

 

『綺麗事では理想は実現できん!種族も、信仰も超えて皆が共存する世界、神に依存するのではなく、自らの意志で歩む世界… だがこの世界には、それを是としない連中がいる。自分の利益の為、自分の立場の為…小さな拘りに汲々として、より大きな理想を見ようとしていないのだ!時が十分にあれば、説得という道もあるだろう。だが現状では、そうした抵抗は力で打ち砕くしか無い!』

 

『それは違うわ。ディアン…』

 

インドリトの背後から、レイナが姿を表した。瞳から雫が溢れている。

 

『ディアン、あなたの今の言葉は、ずっと昔、西栄國の懐王が言った言葉と同じよ?自分の理想を推し進めるために、力づくで抵抗を排除するなんて、そこに大義は無いわ。そんなこと、あなただって解っているでしょう?解っているから、仮面を着けているのでしょう?』

 

『………』

 

『師よ、今の貴方をプレイアに行かせるわけにはいきません。これは王命です。もし否と言うのであれば、ここで貴方を誅します!』

 

ディアンは暫くの間、拳を握り続けていた。だがやがて力が抜け、大きく息を吐いた。瞳から赤い光は消えていた。

 

『話し合いで解決するとすれば、水の巫女を動かすしか無い…か』

 

レイナが泣きながらディアンに抱きついた。インドリトもようやく、顔が緩んだ。レイナの頭を撫でながら、ディアンが苦笑しながら弟子に顔を向けた。

 

『私もまだまだ未熟だな。お前に諭されるまで、魔境を彷徨っているとは…有り難う、インドリト』

 

『シュタイフェにも礼を言って下さい。彼が私に相談を持ち掛けてきたのです』

 

シュタイフェの表情にすら気づいていなかった。自分自身、そこまで追い詰められていた。いや、自らを追い込んでいたのだ。ディアンは自省をしながら、頷いた。

 

 

 

 

 

『ここが、水の巫女様が御座す「奥の泉」か…』

 

水の巫女神殿の最奥「奥の泉」に、レウィニア神権國国王アーダベルド・レウィニアを先頭に、ローグライア公爵、オフマイヤー伯爵など主だった貴族の当主たちが入る。全員が入ると、重い扉が閉ざされた。清浄と神気に満ちた泉に、貴族たちも息を呑んだ。国王は黙ったまま桟橋を渡り、中ほどの亭に進む。石像が神気に包まれる。国王が片膝をついた。貴族たちも慌てて、それに倣う。光と共に、美しき神が出現した。

 

『我が主よ、この度は主のお手を煩わせ、誠に恐懼の極みでございます。無能非才の我が身では、此度の混乱を収拾すること叶わず、主のお力にお縋りしたく…』

 

水の巫女は頷き、神気を放ったまま透き通った声を発した。

 

«皆、表を上げなさい…»

 

神が発する圧倒的な気配と、美の結晶のような姿に、顔を上げた貴族たちは全員が慄いた。貴族たち一人ひとりの顔を見て、水の巫女が神託を告げる。

 

«私は、レウィニア神権国は人々自身の手によって、その歴史を紡ぐべきだと考えています。ですが今、レウィニア神権国は大いなる災厄を目の前にしています。この場にいる一人ひとりがそれを自覚し、皆で力を合わせぬ限り、その災厄から逃れることは出来ないでしょう»

 

『恐れながら、我が主よ…その「災厄」とは…』

 

水の巫女が後ろに目を向けた。皆も振り返る。そして全員が驚愕の表情を浮かべた。漆黒の外套を纏い、剣を背に刺した黒衣の男が、暗黒の気配を放ちながら立っていたからだ。

 

«「ターペ=エトフの黒き魔神」…皆も聞いたことがあるでしょう。レウィニア神権国はターペ=エトフとの同盟を破棄し、物流まで止めています。その結果、民から怨嗟の声が出始めているのを皆は知っていますか?»

 

『み、巫女様…それは…』

 

対ターペ=エトフ同盟破棄を主導した貴族たちが慌てる。圧倒的な神気と圧倒的な魔気に挟まれ、他の貴族たちも狼狽えていた。魔神はただ黙って、それを見下ろしている。水の巫女は瞑目して、抑揚の無い口調で言葉を続けた。

 

«それも人が決めた歴史…私はそう思っていました。ですが「彼の魔神」は、もし物流を回復しない場合は、民を苦しめる者たちを殺戮すると言っています。このままでは、皆はこの泉から生きて出られません…»

 

『我が主よ…如何すれば宜しいのでしょうか』

 

«私はかつて、魔族国への支援を神託として下しました。ターペ=エトフの流れを止めなければ、やがてレウィニア神権国の民たちに混乱が起きると考えたからです。そして、その流れは止まりました。ですがその結果、新たな危機が起きようとしているのです。ターペ=エトフとの同盟は回復できないでしょう。しかし物の流れは回復をさせなさい。ターペ=エトフからの物資がなければ、民たちが苦しむのです»

 

国王と貴族は一斉に頭を下げた。

 

 

 

 

 

全員が退出した後、ディアンは魔神の気配を放ったまま、水の巫女に歩み寄った。右手に力を込め、水の巫女の神核を目掛けて突き出す。水の巫女は瞑目した。だが衝撃は無かった。指先が柔肌に触れる手前で止まっている。ディアンの気配が、魔神から人間へと戻った。水の巫女の神気も収まる。

 

『巫女殿…貴女には借りがある。ハイシェラとの戦いで死にかけた時、トライスメイルを動かしてオレを助けてくれたという借りがな』

 

『私を恨んではいないのですか?』

 

ディアンは溜息をついて、肩を竦めた。石椅子に腰掛けて足を組む。

 

『つい先日までは、貴女を殺そうと考えていた。今でも、思うところはあるさ。だがまぁ、貴女の言い分も解る。ターペ=エトフは急ぎすぎた。急進的変革は、必ず歪みを生み出す。そんなモノは自然淘汰されれば良いとも思うが、貴女はもう少し、歩みを抑えろと言うのだろう?』

 

『それが「新しい国」の答えなのですね?』

 

ディアンは片眉を上げた。

 

『…何で知っているんだ?秘密保持には相当、気を使ったつもりだが?』

 

『貴方の弟子、インドリト王から教えてもらいました。ターペ=エトフは滅びる。けれども、その理想は滅びない。神として、自分の理想の行く末を見守って欲しいと…』

 

ディアンは瞑目した。水の巫女はレウィニア神権国の絶対君主であると同時に、一柱の「神」として存在している。ならば神としての役割がある。インドリトはこの世界に生きる一人として、自らの理想を神に示し、神としての役割を求めたのだ。

 

(こんな方法もあったのか…)

 

新旧、光闇の相克に誰よりも固執していたのは、自分だったのだ。自分よりも、弟子のほうが遥かに視野が広かった。ディアンは溜息をついて笑った。額に手を当てて、上を見る。

 

『何をやっていたんだろうな、オレは…』

 

『新しい国「エディカーヌ王国」…その国が目指す理想がどのような実を成すのか、私も見守りたいと思います』

 

ディアンは頷き、立ち上がった。気持ちが軽くなったところで、重要なことを思い出したからだ。

 

『新たな理想郷は、ハイシェラを打ち破った後に見えてくる。恐らく次の大戦は、ケレース地方全土を巻き込むだろう。オレは戻る。巫女殿、いずれまた会おう』

 

水の巫女は一度だけ頷いて、石像へと戻った。ディアンも奥の泉から飛び立ち、プレメルへと急いだ。ターペ=エトフ歴二百六十五年「豊穣の月」の七日のことであった。

 

 

 

 

 

ラウルバーシュ大陸西方域、大封鎖地から南西にある「ペリセ公国」は、森と湖に囲まれた、マーズテリア信仰の篤い国である。マーズテリア神殿総本山から派遣された神官長「ロベール・スーン」は、包容力のある人柄で人々から慕われていた。南方のリガーナル半島から来たという黒髪の女性とこの地で出会い、数年の恋愛の後に結ばれた。そしていま、新たな命が生まれようとしていた。一心に、マーズテリア神への祈りを捧げるロベールに、慌てた声が掛けられた。

 

『神官長様!生まれました!女の子です!』

 

ロベールは慌てて立ち上がって、部屋へと走り込んだ。妻が笑顔を向けてくる。その枕元に、珠のように輝く赤子がいた。黒髪と蒼く大きな瞳をしている。ロベールは慎重に赤子を抱え上げた。手にした瞬間、電流のような何かを感じた。赤子は、凄まじい魔力を潜在させていた。だが今は、そんなことはどうでも良かった。母子ともに無事であったことをマーズテリア神に感謝した。

 

『何と美しい…きっとお前に似て、素晴らしい美人になるぞ!』

 

『あなた…この子に、名前を付けてあげて下さい』

 

『透き通るような肌と絹のような黒髪、そして強い力を持っている。出来れば心も、それに相応しく成長して欲しい。決めたぞ。この子の名は「クリア」だ!クリア・スーンだ!』

 

満面の笑みを浮かべるロベールの腕の中で、赤子は眠りに落ちていた。

 

 

 




【次話予告】

ターペ=エトフ歴二百七十年、エディカーヌ王国建国に向けて、ターペ=エトフからの大規模輸送が続いていた。新たな国は、これまで以上の経済力を持たなければならない。ディアンは交渉のため、ディジェネール地方へと入った。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第九十ニ話「腐海の名産品」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。

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