戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第九十七話:第三次ハイシェラ戦争

後世の史家たちは、ケレース地方で発生した「ハイシェラ戦争」は、大きく三つに分けられるとしている。ハイシェラ魔族国が「国家」としてまとまった第一次ハイシェラ戦争、国家および魔神間の激烈な戦争によってケレース地方全土を破壊した「第二次ハイシェラ戦争」、そしてインドリト・ターペ=エトフ崩御前に、ターペ=エトフを引き受けるべく、ハイシェラ単身でプレメルの王宮を襲撃した「第三次ハイシェラ戦争」である。これらは「The Lord of "Thapae=Etoffe(ターペ=エトフへの途)"」の中で描かれているが、後世の歴史家が一様に疑問を提示しているのが、魔神ハイシェラはどのようにしてターペ=エトフを統治したか、という点である。

 

ターペ=エトフ行政府は、インドリト王一人で運営をしていたわけではなく、数百名の行政官が存在していた。また各種族の代表である元老院もあり、長年に渡る敵国であったハイシェラ魔族国を「新たな統治者」として受け入れるのは簡単では無かったはずである。事実、ハイシェラ魔族国は数年で瓦解している。ハイシェラ魔族国を攻め滅ぼしたマーズテリア神殿軍が見たものは、無人に近いプレメルの街と行政府であった。しかし、僅か数年間とはいえど、物産を行い、イソラ王国を滅ぼした軍を食べさせていたのである。街の治安維持、軍の補給などを担当していた行政官は誰だったのか。また彼らは何処へ消えたのか。ターペ=エトフからハイシェラ魔族国への移行については、大きな謎となっている。

 

 

 

 

 

第二次ハイシェラ戦争から十年が経過した。ハイシェラ魔族国は軍の規模こそ縮小させたが、それなりに安定した国家運営を行っていた。遁走したケルヴァンの後を引き継いだシュタイフェは、自衛のための軍こそ残したが、それ以外の亜人族などは全て帰郷させた。かつてのガンナシア王国とほぼ同規模程度まで縮小したが、ターペ=エトフの宰相として蓄えた知識が役に立った。農畜産業の生産力は飛躍的に高まっている。現在のハイシェラ魔族国は「閉鎖経済」であるが、ほぼ完全な自給自足が可能であった。人間族の国であれば、王族や貴族が民衆から搾取し、贅沢三昧の暮らしをするのが常であるが、ハイシェラはそうしたことには興味が無かった。練兵場で調練をする日もあれば、街を歩いて亜人族の子供の相手をしたりしている。その姿は、破壊に明け暮れる魔神とは程遠いものであった。

 

(やはり、ただの魔神では無いでヤスね。下手な王よりも、ずっと立派な名君でヤス…)

 

シュタイフェが抱いた感想は、ケルヴァンと同じものであった。元々、ハイシェラは魔神の中でもかなりの上位に属する。膂力や魔力といった戦闘面での強さのみならず、その知性や精神性も低位の魔神とは比較にならない。ハイシェラは魔族国の王という地位の中で、少しずつ変化をしていた。「天地の狭間に己独り」という孤高の存在ではなく、他者の存在を考えるようになっていた。ハイシェラの視界には、これまで「虫ケラ」と呼び、眼にも留まらなかった存在が映っている。ディアン・ケヒトがハイシェラを殺さなかった理由が、シュタイフェにも理解できた。

 

(ですが…やはり王としては欠落している部分がありヤスね。魔神ハイシェラには「志」が無い。王として、何を成し遂げたいのかが無い…これでは、国を纏めることは無理でヤス…)

 

ハイシェラはターペ=エトフを占領後、ケレース地方を武力統一するつもりでいる。だが「何のために統一をするのか」が無かった。

 

「強いて言うなら、面白そうだから…だの」

 

ハイシェラ自身に聞いたら、きっとこう答えるだろう。シュタイフェは諦めたように首を振った。

 

 

 

 

 

「皆伝」を得たとは言え、インドリトにとってディアン・ケヒトは師であった。本来、王太師という地位は「王への助言役」である。南方にエディカーヌ王国が誕生し、ターペ=エトフの落日は確実なものとなった。だがインドリトには不安があった。エディカーヌ王国への「民衆の移動」である。巨大転移陣によって百名単位での転送が可能とはいえ、ターペ=エトフには十五万もの民が生活をしている。各種族の元老たちも、インドリトが崩御するまで、決してターペ=エトフを離れないと断言していた。自分が死んだ後、この地を占領するであろう魔神に、彼らを護るよう約束をしてもらう必要があった。

 

『我が君、魔族国に派遣をした使者が戻りました。魔神ハイシェラは、面会を受諾したとのことです。会談場所は「北華鏡平原の集落」を指定してきました。それに伴い「華鏡の畔」に通過許可を打診し、許可を得ております』

 

ディアンの報告に、玉座の王が頷く。シュタイフェが不在であったため、ディアンは王太師と宰相役を兼任していた。インドリトの指名に、元老院からも反対の声は出なかった。ターペ=エトフの落日を前に、宰相を務められる人材が他にいないこともあるが、それ以上に「王の願い」という感情的理由が大きかった。

 

…インドリト王が、自分が死ぬまでの「最後の宰相」として指名をしたのだ。誰が反対できる…

 

『アムドシアスより、贈り物として「馬車」が届いています。我が君の御移動の為に使って欲しいとのことです』

 

『馬車ですか。昔は「無駄なもの」と思っていましたが、今にしてみると、それは誤解だったのかもしれませんね。有難く使わせてもらいましょう』

 

かつて、レウィニア神権国で初めて馬車を見た時、インドリトはまだ二十歳前だった。だが、三百歳を超えた肉体では、馬での移動は辛いものがあった。ディアンは何も言わず、頭を垂れた。

 

 

 

 

 

『インドリト王よ、良く参られた。美を解する偉大なる王を心より歓迎する』

 

華鏡の畔で一泊し、北華鏡へと向かう予定である。馬車から降りたインドリトをアムドシアスが出迎えた。インドリトには哀愁を纏った優しい瞳を向けるが、馬から降りたディアンには、一変して怒りの色を見せた。その夜、庭園内を歩いていたディアンに、アムドシアスが声を掛けた。怒りの表情である。

 

『どうした、何を怒っている?先の戦争で、庭園に被害でも出たか?』

 

『そのようなことではないわっ!』

 

ディアンの胸ぐらを掴む。

 

『貴様、なぜ何もしない!なぜ、ターペ=エトフをこのまま滅亡させるのだ!インドリト王を使徒にするなり、貴様が王になるなりすれば、ターペ=エトフは続くではないか!』

 

ディアンは黙って、アムドシアスを見つめた。アムドシアスの瞳には、怒りよりも哀しみが浮いていた。

 

『ゾキウが死に、インドリトも去り、お主まで居なくなる!美を解し、共に語り合う者はみな消え、あのような野蛮なヤツだけが残るというのか!』

 

ディアンは何も言わなかった。アムドシアスも掴んでいた手を離す。「何かを共にする」ことの喜びを知ったのは、ハイシェラだけではなかった。美を愛する魔神もまた三百年の時の中で変化をしていた。

 

『…我は去らぬぞ。この地で、あの戦争バカに思い知らせてくれる!』

 

背を向けたアムドシアスに、ディアンが声を掛けた。

 

『…もしもの時は、南に出来た新興国「エディカーヌ王国」に来い。今のお前であれば、エディカーヌ国王も歓迎するだろう』

 

アムドシアスは何も言わずにその場を去った。

 

 

 

 

 

華鏡の畔を抜けると、景色が一変する。十年前の大戦の痕が色濃くなる。だが、焼き尽くされた森や平原に新たな生命が芽吹いていた。やがて集落が見えてきた。爆発によってできた池を囲むように、家々が並んでいる。

 

『こんなところに集落があったのか…』

 

馬を降りたディアンは、馬車を先導するように集落に入った。人間族や亜人族が、畑を耕したりしている。まだまだ小さいが、長閑な光景であった。馬車から降りたインドリトが集落を眺める。子供たちが笑いながら駆けている。その奥から、赤髪の美女が歩いてきた。ディアンを含めた護衛たちが構える。だがインドリトがそれを止めた。

 

『この集落は、我の元にいた亜人族たちが作ったのじゃ。故郷へ帰らず、このような場所に住んでおる』

 

馬車が珍しいのか、子供たちが興味深そうに見つめている。その様子を眺めるハイシェラは、とても魔神とは思えなかった。それだけで、インドリトの目的は、半ば達成していた。ディアンが進み出て、ハイシェラに一礼した。

 

『ハイシェラ魔族国国王ハイシェラ様、この度は会談を受諾いただき、有難うございます。何分、私たちはこの集落を存ぜぬ故、会談に向けて適当な場所をお教えいただきたいのですが…』

 

『ついて参れ。こちらで準備をしている』

 

池の畔に大樹が一本だけ生えていた。あの戦争で残ったのだろう。その木陰に椅子が二脚、置かれていた。インドリトが頷き、ディアンたちに告げる。

 

『ここからは、私とハイシェラ王とで会談をします。皆は休んでいなさい』

 

ディアンは一礼し、他の従者たちと共にその場を離れた。二人の王が向き合って座る。ハイシェラは黙って老王を見つめた。髪も髭も真っ白である。ハイシェラは瞑目して呟いた。

 

『もう百年早く、汝とは出会いたかったの…』

 

『ハイシェラ殿、それは私も同じ思いです。もっと早く、できれば別の形で出会いたかった』

 

こうして、ケレース地方の歴史に名を残す「二人の王」の会談が始まった。

 

 

 

 

 

『ハイシェラ殿…この四十年間、貴女は様々なものを見たと思います。かつて王宮を襲撃した貴女と、今の貴女では全くの別人に見えます。教えてください。貴女は、何を見て、何を感じたのですか?』

 

ハイシェラは沈思した。何のために、自分は王になったのか。当初は、黄昏の魔神との闘いを望んでいた。自分が得た強大な力を試す目的もあった。だが今となっては、そこにあまり価値を見出してはいない。闘争自体は望むところだが、「闘えばそれで満足」という自分ではなかった。ハイシェラは整理するように、語り始めた。

 

『我は元々、ディアン・ケヒトと闘うことを望んでおった。大いなる力を試したいということもあったが、我は飽いておった。三神戦争以来、破壊と殺戮を繰り返し、もう誰を殺したのかも我は覚えておらぬ。じゃがその中で、あの男が我の中に残っていた。数多の闘争でも満たされなんだ我を満たせるのでは無いか、そう期待していた。じゃが…』

 

『満たされなかったのですね?』

 

『黄昏の魔神との闘争は、確かに愉しかったの。じゃが闘争が終われば、再び渇き始める。ターペ=エトフという大国との戦争で「高揚感」はあれど、我の渇きは癒えぬ。そんな時じゃ。我は街を歩いた。ただ見て回っておっただけじゃが、襲われている者がおってな。何となしに助けた。「弱者を援ける」など、我には思いもよらぬことだの。礼を述べられた時、僅かではあったがこれまでにない感覚を持った』

 

インドリトは黙って、ハイシェラの呟きを聴いた。

 

『魔神グラザを誘うために、モルテニアに行った。グラザという魔神は、我と同類だと感じた。闘争を本質としながら、それを抑えていた。それを開放する場を与えると言ったのに、奴はそれを拒否しおった。我の気配に慄くこと無く、グラザを護るために子供から石を投げつけられた。その時に思った。グラザは「別の何か」で満たされておった。魔神にとって、破壊衝動は本能じゃ。じゃがグラザは本能に従うのでも抗うのでもなく、共存しながら生きておった。その生き方を見た時、我は戸惑った。我という存在は、一体なんなのだ?これまで感じたこともない「苦しみ」を感じた…』

 

『今も、その苦しみを感じますか?』

 

ハイシェラは池の畔で釣りをしている子供たちを見た。

 

『不思議なものだの。この肉体は、元々はセリカという人間のものであった。心の隙きをついて、我が肉体を奪った。セリカは今でも、この内に眠っている。じゃが時に、我の邪魔をしておった。ゾキウと闘った時も、汝を殺そうとした時も、セリカを感じた。じゃがこの十年、セリカはずっと眠ったままじゃ』

 

大胆に開けた胸元に手をあて、ハイシェラは暫く瞑目した。だが開いた瞳には、強い力が宿っていた。

 

『じゃがな、インドリト王よ。我は己が考えを変えるつもりはないの。衝動はなくとも、我は闘争を好む。強き者との熱き闘いこそ、我が望みよ。それに変わりはない!』

 

インドリトは微笑んだ。自分やゾキウとは異なる「猛々しい覇気」である。それは決して悪いことではない。自分とは異なる「在り方」で、ハイシェラは民を束ねてきたのだ。

 

『それで、ターペ=エトフの後で、貴女はどうするおつもりですか?』

 

『ケレース地方を統一する。かつて存在しなかった程の巨大な魔族国を作り上げる。我を忌避する者は去るが良い。だが我に従うのであれば、我もまた決して見捨てぬ』

 

『それはつまり、イソラ王国や華鏡の畔を攻め滅ぼす、ということでしょう。何のためにです?この地を統一して、貴女は何を成したいのですか?』

 

「理由は無い。闘いたいからだの」…そういった回答をインドリトは予想していた。だがハイシェラの答えは、予想を大きく裏切った。

 

『インドリト王よ… 遥か昔に起きた大戦「七古神戦争」を知っておるか?』

 

ハイシェラは真剣な表情で問い返した。

 

 

 

 

 

『七古神戦争ですか?三神戦争を逃れた古神七柱が、アヴァタール地方以東において集結し、現神と戦った大戦…と理解していますが?』

 

『不思議に思わぬか?三神戦争から七古神戦争まで、千年以上の時が流れておる。何故、千年後になってから古神七柱は立ち上がったのだ?もっと早く戦っても良かったではないか?』

 

インドリトは沈黙した。自分の問いかけには、全く答えていない。だがハイシェラが何かを言いたいことは理解できた。遠い目をしながら、ハイシェラが呟いた。

 

『主客転倒とはこのことだの…七古神戦争は、古神たちが現神に闘いを挑んだのでは無い。現神たちが古神たちを侵略しようとしたのだ。そしてそれは、いまも続いておるの…』

 

ハイシェラの言いたいことが見えてきた。もしターペ=エトフが消え、ハイシェラも去り、この地にイソラ王国のみが残ったらどうなるか。マーズテリア神殿領やバリハルト神殿領が出来、この地の悪魔族や闇夜の眷属たちは駆逐されるだろう。

 

『ターペ=エトフの滅亡は、西方にも大きな衝撃を与えるだの。「布教」を名目に、西方から神殿軍がこの地に押し寄せ、民たちを勝手に峻別し、従わぬ者を追放するであろう。ターペ=エトフという大国があればこそ、この地には西方神殿勢力も進出をしてこなかった。ケレース地方だけでは無い。レスペレント地方東方「モルテニア」なども、厳しい状況になる。誰かが、この地を護らねばならぬ。西方神殿勢力と対峙できる巨大な力のみが、この地を護るのだ』

 

インドリトは考えた。確かに、ハイシェラの言葉にも一理あった。ターペ=エトフには光闇の神殿が並び、理想郷を作っている。西ケレース地方に棲む種族たちは、信仰や文化といった互いの垣根を尊重しあい、相互扶助の中で平和に暮らしている。だがそれを維持できたのは、ターペ=エトフの法治であり、それを有効にしていたのが行政府や軍部、警備機構、そして自分という王の存在であった。もしそれらが消えればどうなるか…

 

『我がこの戦争を始めた。なればその顛末を引き受けねばなるまいの…インドリト王よ、ターペ=エトフの民は我が護ろう。この地に残るも良し。あの男が画策している新国家に移住するも良し。いずれにせよ、自らが決めし身の振り方を尊重するだの』

 

『しかし、それでハイシェラ魔族国は維持できますか?民が居なくなれば、王国は崩壊します』

 

『我は魔神じゃ。我独りが存在するだけでも、重みが出るというものだの。それに、どこぞの誰かが送り込んだ宰相が優秀での。案外、上手く纏まるやも知れぬ…』

 

シュタイフェのことを言われ、インドリトは苦笑するしか無かった。シュタイフェが出奔した時、インドリトはその意図を正確に見抜いた。王国が滅亡するからという理由だけで、あの忠臣が出奔するはずがなかった。インドリトは頷き、手を差し出した。

 

『後はお任せします。ハイシェラ王…』

 

差し出された手を握り、ハイシェラはインドリトを見つめた。その瞳には、微妙な感情が漂っていた。

 

 

 

 

 

木陰から、馬車を見送る者がいた。顔を伏せ、その表情は暗い。必要なことであったとは言え、無断で出奔してきたのだ。会わせる顔が無かった。馬車が森に消えた後、見送っていた美しき魔神が、振り返ること無く、声を掛けた。

 

『出て参れ、シュタイフェ!』

 

宰相シュタイフェは瞑目し、諦めたように姿を現した。ハイシェラは首だけ振り返り、頷いた。

 

『汝の企みなど、最初から気づいておったわ。我も、そしてインドリト王もな。「民たちを頼む」…インドリト王からの伝言だの』

 

シュタイフェの両膝が崩れた。地面に両手をつき、肩を震わせる。ハイシェラはそれに目を向けること無く、小さく呟いた。

 

『これが…羨ましいという感情かの…』

 

西陽の中で、赤い髪が輝いた。

 

 

 

 




【次話予告】

「大封鎖地帯からマーズテリア神殿軍を撤退させる」という試練を終えたクリア=スーンは、正式に聖女「ルナ=クリア」となった。枢機卿たちの前で、ルナ=クリアは今後の展望を語る。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第九十八話「聖女誕生」


Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla,
Teste David cum Sibylla. 

Quantus tremor est futurus, 
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!

怒りの日、まさにその日は、
ダビデとシビラが預言の通り、
世界は灰燼と帰すだろう。

審判者が顕れ、
全てが厳しく裁かれる。
その恐ろしさは、どれほどであろうか。

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