戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第八話:夢の国

理想国家「ターペ=エトフ」は、その最盛期においてはケレース地方西方全域を統治下に置いていた。多様な部族はそれぞれに集落と縄張りを形成しつつも、互いに交易を行い、ターペ=エトフの「憲法」によって秩序が保たれていた。ルプートア山脈はケレース地方西方域をU字型に囲んでおり、天険の要害を形成している。国祖「インドリト・ターペ=エトフ」の晩年期を彩る「ハイシェラ戦争」は、主にターペエトフ北部のルプートア山脈東方部において行われている。これは、ルプートア山脈が南部に行くほどに高く険しくなること、またケレース地方南部は魔神アムドシアスが住む「華鏡の畔」やエルフ族の領「トライスメイル」が広がっており、南部からの侵攻は、事実上不可能であったからである。ハイシェラは、ガンナシア王国を滅亡させた後、華鏡の畔を迂回し、北方からの侵攻を図るが、「魔神間戦争」と呼ばれる、第二次ハイシェラ戦争は、北華鏡が主戦場であった。魔神ハイシェラをして、インドリトの存命中にルプートア山脈を超えることは、ついに出来なかったと言われている。

 

ターペ=エトフは、ルプートア山脈からの豊かな水資源と豊富な鉱石、岩塩に恵まれ、更には広大な森林と平原を持つ大国であった。山間部には数万本ものオリーブが植えられ、平原では農耕と畜産が大規模に行われていた。魔獣たちの縄張りを尊重するため、森林の伐採は最小とされていたが、それでも十分な木材を得ることが出来ていた。南北を流れる河川は整備され、オウスト内海からターペ=エトフの本城まで、多くの交易船が行き交いをしていた。ターペ=エトフで生まれた子供は、六歳から十二歳まで、国営の学校で学ぶことが義務付けられ、それらは全て「無料」であった。また「医療」も全て無料とされ、そこで使用される薬類は、トライスメイルのエルフ族から仕入れられた質の高いものであった。全ての国民は衣食住に困ること無く、月に一度は祭りがあり、全ての部族たちがそれを楽しんだ。まさに、ターペ=エトフは「夢の国」だったのである。

 

この夢の国を支えるには、強大な経済力が必要であった。その経済力は無論、オリーブ栽培を主産業とした独自産業の振興が基盤なのだが、それら産業を支えたドワーフ族の「魔導技術」と、ラギール商会による「大規模交易」を見逃すことは出来ない。ターペ=エトフは、西方に住んでいた「イルビット族」の協力を得て、魔導技術を格段に進歩させた。ターペ=エトフ滅亡後、魔焔の製法はアヴァタール地方東方域の「古の宮」に伝わり、やがてメルキア帝国へと広がるのだが、そのメルキア帝国でさえ、ターペ=エトフの魔導技術には及ばないと言われている。ターペ=エトフにおいて、魔導技術はおもに「産業目的」に進化を遂げていた。具体的には、南北を行き来する交易船や山間部での輸送方法、生活排水の浄化など各種公共施設に魔導技術が活躍した。またオリーブ油の精製なども、魔導技術により大規模化、半自動化され、低費用で膨大なオリーブ油を製造することが可能となった。魔導技術がなければ、ターペ=エトフの繁栄は無かったと言われている。

 

そしてラギール商会は、ターペ=エトフが生み出す膨大なオリーブ油や物産品を一手に取り扱っていた。生活品であることから、高値で売ることをせず、庶民の手に届く価格を設定した。その分、利幅は小さくなるが、オリーブ油は料理以外にも、オイルランプ、浴剤、医薬品、駆虫薬として日用されており、売れ残ることは無かった。また、オリーブ油から製造された「石鹸」「髪油」などは、レウィニア神権国の上流階級を中心に普及し、やがてはアヴァタール地方東方域まで広がった。ターペ=エトフとの交易を独占したラギール商会は、莫大な利益を獲得し、それを元手に各地へ支店を出すことが出来たと言われている。ターペ=エトフの滅亡は、ラギール商会にとっても死活問題であったが、それから程なくして、ニース地方に誕生した「エディカーヌ王国」との交易を引き受けるようになり、ラギール商会の業績は復活をするのであった・・・

 

 

 

 

 

『へぇ、綺麗な琥珀色だねぇ』

 

リタはガラス製の杯を眺めた。一月の熟成を経て飲み頃となった「スティンルーラ産麦酒」である。ディアンとエルザも杯を持つ。乾杯をして一気に飲む。甘みの中に、特有の苦味と香りが溢れる。予想以上の出来であった。

 

『くはぁっ!こりゃ旨いねぇ~』

 

リタは一気飲みをして更に杯に麦酒を注いだ。塩漬けにした獣肉を食べながら、二杯、三杯と飲む。ディアンは思わず止めた。

 

『おいおい・・・エール麦酒は従来の黒麦酒よりも効くぞ。そんな勢いで飲んだら・・・』

 

『ん?大丈夫大丈夫、アタシはこう見えても強いんだから』

 

エルザもリタに合わせて勢い良く飲んでいる。たった一樽しか仕込んでいないため、このままではすぐに消えてしまうだろう。ディアンは二人を止め、仕込みを手伝った者たちにも振る舞った。皆が驚きの表情を浮かべている。従来の麦酒とは全く別物だからだ。

 

『あぁ・・・私の酒が・・・』

 

『これは「商品」だろ。で、感想はどうだ?』

 

もう少し飲みたかったのか、リタが名残惜しそうな表情をする。ディアンは自分の杯をリタに渡して、感想を尋ねた。リタは嬉しそうに飲みながら、答える。

 

『いけるよ!これは売れると思う。ドワーフ族もそうだけど、プレイアでも酒の消費量が急増しているんだ。人が集まっているから、酒場も増えているし、この酒ならどの酒場も喜んで仕入れると思うよ!』

 

リタはその場で、可能な限りエール麦酒を醸造するように依頼した。大麦の仕入れなどの手付金まで渡す。ディアンはカラハナ草の栽培を提案した。ツルは高く伸びるため、クライナを囲む「防御壁」の建造と合わせて壁で栽培をすれば、一挙両得である。また各家々でも栽培できるだろう。毬花摘みは妊婦でも可能な仕事だし、子供だって手伝える。子育てと経済活動を両立させることが可能である。エルザは笑顔で頷いた。

 

 

 

 

『ニッシッシッ!いやぁ、帰り道が楽しみだよ。あの酒をプレイアに運んで、酒場に売れば・・・クヒヒッ!』

 

翌日、少し顔を朱くしながら、リタは上機嫌で馬に揺られていた。スティンルーラ部族の将来が見えたためか、昨夜は祭りのような大盛り上がりであった。リタはディアンが呆れるほどに酒を飲んでいた。

 

『麦芽の焙煎時間を変えれば、より苦味の強い麦酒を作ることも出来る。プレイアでの販路が確立したら、様々な種類を醸造してみよう。麦酒はいずれ、葡萄酒を超えるとオレは確信している』

 

『だね。葡萄酒は醸造に時間が掛かるし、値段も高い。あの酒なら安くて美味くて、それでいて程よく酔える。大抵の料理にも合うしね。クライナの集落がもう少し大きくなったら、支店を出したいなぁ~』

 

ディアンはリタが羨ましかった。リタは商神セーナルの使徒となり、不老の肉体を得ている。だが彼女には、無限の時間を使う道として「商売」がある。リタの夢はアヴァタール地方各地に支店を出し、様々な商売を行うことらしい。利益はもちろん大事だが、「良い商売をする」ことが、リタの喜びのようだ。「何のために生きているのか」が明確ならば、無限の寿命も意味があるというものだろう。

 

クライナの集落から北上し、ケレース地方に入る。ケレース地方南部は、魔神アムドシアスとトライスメイルの領域で、盗賊や魔獣などの出現はまず無い。リタ行商隊は、特に問題なく「華鏡の畔」に辿り着いた。ディアンが水晶に魔力を通すと、結界が消える。リタはそのまま通過せずに、白亜の城に向かいたいと言った。ディアンは思わず躊躇したが、リタは平然とした顔で応えた。

 

『挨拶をしておく必要があるでしょ?あと、土産を用意しているしね』

 

 

 

 

城門が開くと、楽隊の演奏が始まった。魔神アムドシアスが出迎える。ディアンとリタは馬を降りて入城した。ディアンの前に立ち、リタがアムドシアスに挨拶をする。

 

『初めましてぇ!私、プレイアの街で商店を構えている「リタ・ラギール」と申す者です。この度は、通行許可を頂けるとのこと、誠に有難うございますぅ~』

 

揉み手をしながら満面の笑みでアムドシアスに挨拶をする。魔神の気配に全く慄く様子がない。これにはアムドシアスも少し驚いたようだ。

 

«我はソロモン七十二柱が一柱、アムドシアスである。美を解する魔神ディアン・ケヒトとの約定により、二月に一隊のみ、行商隊の往復を許可した。その行商隊がそなたか・・・なるほどな»

 

リタの気配から、「使徒」であることを察したようだ。オレは誤解がないように、アムドシアスに説明をした。

 

『リタはオレの使徒ではない。商神セーナルの神格者だ。いずれアヴァタール地方全域に商店を出すだろう。オレの知る最も優れた商人だ』

 

『ちょ、ちょっとディアン、いくらなんでも褒め過ぎだって!たとえ事実でもっ!』

 

リタはそう言いながら、油紙に包まれた品をアムドシアスに差し出した。東方諸国の弦楽器「琵琶」である。アムドシアスは表情を崩した。

 

『東方諸国から齎された弦楽器です。元々は、東方諸国から来た盲目の吟遊詩人が使用していたそうです。手を尽くして、入手を致しました』

 

アムドシアスは早速、構える。撥を持ち、弦を弾く。独特の音が響く。

 

«おぉ・・・これまでに無い音色だ。実に幻想的で、美しい・・・»

 

「美を愛する魔神」は、目を細めて音を愉しんでいる。夢中になってしまったようで、リタはどうしたら良いか解らない。ディアンは苦笑いをしながらリタを退け、アムドシアスに呼びかけた。

 

『おい、楽器を愉しむのは後にしろ。それより、リタに「例の水晶」を渡してやってくれ』

 

忘我の世界から戻ってきた魔神は、懐中からディアンの持つ水晶と同じものを取り出した。

 

«この水晶に魔力を込めよ。極小で十分だ。それでこの結界は一時的に消える。だが忘れるな。一度の往復は二月に一度だ»

 

リタは揉み手をして、水晶を受け取ると大事そうに箱に収めた。白亜の城を後にし、ドワーフ族の集落へと向かう。途中、リタは少し悩んでいる様子であった。ディアンが尋ねると、簡単な、それでいて当たり前の悩みであった。

 

『例の魔神から貰った水晶だけど、どうやって魔力を込めるの?』

 

リタは魔法が使えない。その悩みは当然であった。ディアンは魔力について簡単に説明をし、自分の家で簡易の修行をつけることを約束した。極小の魔力なら一日で十分のはずである。

 

 

 

 

 

『リタッ!久しぶりっ!』

 

集落の広場には、レイナとグラティナ、ファーミシルスが来ていた。インドリトの姿も見える。それ以外にも、龍人族やイルビット族、獣人族の姿も見える。ケレース地方西方に行商人が来るのは数十年ぶりのようで、噂が広まっていたようだ。族長のエギールがリタに挨拶をし、広場を使うことを許可した。早速、リタ行商店の設置を始める。リタはレイナやグラティナと抱き合い、ファーミシルスと挨拶をする。インドリトには土産として南方の菓子を用意していたようだ。

 

『さぁ!リタ行商店の開店ですよぉ!皆様、本日はお忙しい中、ご来店を頂きまして誠に、誠に有難うございます。当店では、アヴァタール地方やニース地方の珍しい果実や食材、酒類などを取り揃えております。また他国の書籍類や素材などもあります。見物だけでも大歓迎です。武器や素材、各物産との交換のほど、七重の膝を八重に折り、隅から隅までズズずいーと、御願い奉りますぅ~!』

 

リタの口上により、行商店が開店をした。レイナやグラティナも手伝う。この集落には、窃盗などという邪な者などはいない。亜人族や闇夜の眷属は、本来は純朴なのだ。インドリトも珍しい品々を見ている。イルビットの芸術家、シャーリアも来ていた。画集などの書籍や、南方の素材を求めている。ディアンの姿に気づいたシャーリアが近づいてきた。

 

『中々の品揃えだ。欲しかった画集も手に入ったし、私はこれで失礼をする。次回の出店が決まったら、また教えてくれ』

 

表情には出ていないが、満足をしているようであった。ドワーフ族は、やはり酒を求めている。葡萄酒や黒麦酒のほか、南方の「米酒」まであるようだ。ディアンは思った。酒は文化である。蒸留技術を確立させれば、焼酎なども作れるようになる。ディアンはいずれ、自分で焼酎を作ろうと思った。リタ行商店は、大盛況で初日を終えた。

 

 

 

 

『いやぁ~ いい湯だったよぉ~』

 

リタが湯から上がってきた。三人のほか、インドリトも一緒である。ディアンだけは混浴を許されず、仕方なく夕食の仕込みをしていた。猪鍋である。鍋に湯を沸かし、肝と脳を溶けこませる。茸類や各種野菜と猪肉を煮込み、山椒をふりかける。程よく塩を効かせる。〆は、水で練った小麦粉を伸ばし、細く切った「麺」を用意した。リタは、一応は客人である。それなりの料理を用意する必要があるのだ。囲炉裏を囲むように座り、まずはリタに取り分ける。一口食べて、リタが唸る。

 

『ディアン、アンタって料理も一流だったんだね。料理人としても食べていけるよ』

 

『喜んでもらって何よりだ。では、我々も食べようか』

 

黒麦酒や葡萄酒を飲みながら、久々の再会で歓談をする。ファーミシルスもリタと打ち解けたようだ。食事中に、リタはこの二年間の話をした。魔神と遭遇し、商神セーナルに助けられその神格者となったことを話す。レイナもティナも驚いていたが、友人もまた、不老となったことを素直に喜んだ。ディアンはスティンルーラ人の話をした。夕食は大いに盛り上がった。食事が終わると、土産が用意された。ディアンはリタに、書籍類や各種品々を発注していた。夕食後にそれらが皆に渡される。ディアンが見立てた衣類や武器などだ。インドリトには本や無記入の紙束、インク壺と羽筆である。ケレース地方は大抵のものは揃う豊かな土地だが、衣類に関してはアヴァタール地方産が一番であった。

 

 

 

 

 

『初めてケレース地方に来たけど、いい場所だね。古の宮のような危険はないし、住んでいる人たちはみんな誠実で、とても暮らしやすい場所だと思う。何より、いい温泉もあるしね』

 

インドリトの就寝後、ディアンは書斎でリタと話をしていた。リタは客室ではなく、レイナの部屋で寝るようである。その前にディアンの書斎を尋ねたのだ。ディアンは葡萄酒を差し出し、向き合って座った。

 

『ケレース地方は闇夜の眷属が多いため、危険地帯だと思われている。そうした側面も確かにあるが、お前も感じたように、闇夜の眷属たちは本来は純朴なんだ。オレから言わせれば、人間族のほうが遥かに穢れている』

 

『そうかもね。でも今日は驚いたよ。まさかアンタがあそこまで、周りから慕われているなんてね。龍人も獣人も、みんなアンタに挨拶をしていたよね。ディアン、アンタの目的はなに?短い間だったけど、アンタと旅をして気づいたことがある。アンタは変わった。以前は、旅を愉しみながら、どこかで迷っているような、寂しそうな表情をしていたよ。でも今回は違う。なにか、明確な目的があるように感じたよ』

 

ディアンは杯を干して、葡萄酒を注いだ。リタにも注ぐ。やおら、ディアンが切り出した。

 

『・・・インドリトを見て、どう思った?』

 

『え?あぁ、あのドワーフの子供ね。うーん、可愛らしいし、素直で良い子だと思うよ。ただ、ちょっと大人びているかな。あの子の養育を依頼されているんでしょう?アンタの女好きが感染らないと良いんだけど・・・』

 

『・・・アヴァタール地方をはじめ、この大陸は国家形成期だ。いずれケレース地方にも国が出来る。いや、もう出来ている。この地は天嶮の要害のため、国を造らなくても、暫くは平穏無事に暮らせるだろう。だがいずれ、他国からの侵略を受ける。この地は豊かだ。鉱石、木材、岩塩、穀類、肉類などは溢れるほどに採れる。養蜂も行われているし、北のオウスト内海には良港となる湾もある。他国から見たら垂涎の土地だろう。だが、もしこの地に国ができたら?』

 

『アンタの目的は、国を興すことなの?でも魔神のアンタが王になんて・・・あ、そうか』

 

『そう。インドリトが王になる。ドワーフ族の王の下、龍人族の宰相や魔族の将軍など、多様な種族が平等に仕え、すべての種族が一つの法の下で平等に扱われる。光も闇も関係なく、どんな神を信じても良い国、それぞれの種族が自分たちの文化を守りながら、他の文化を尊重しあって生きる国・・・そんな国をインドリトが造り上げる』

 

『夢の国だね。そっか・・・アンタにも生きる道が出来たんだね。皆が平和に暮らす「夢の国」を創るって道が・・・』

 

リタは嬉しそうに頷いた・・・

 

 

 

 




【次話予告】

リタ行商店が出店をしてから三年、インドリトは十五歳になり、身体つきも一回り大きくなった。三姉妹との修行も修め、いよいよディアン直々の試験が行われる。そしてインドリトは、師の正体を知ることになる。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第九話「魔神の試験」

少年は、そして「王」となる…

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