戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第百話:それぞれの途

インドリト・ターペ=エトフの葬儀から二日後、民衆の哀しみは未だに癒えぬままであったが、絶壁の王宮において「ターペ=エトフ最後の元老院」が開かれた。ドワーフ族、獣人族、龍人族、ヴァリ=エルフ族、イルビット族、悪魔族、人間族の七大種族長が集まる。ターペ=エトフの宰相としてディアン・ケヒトが、御用商人としてリタ・ラギールが出席をする。これまでインドリトが座っていた「国王の席」には、赤髪の魔神が座った。種族長全員が複雑な表情を浮かべている。決して好意は抱いていないが、目の前の魔神が、ただの破壊者とは一線を画していることは、全員が認めていた。ハイシェラが口を開いた。

 

『ターペ=エトフは滅びた。じゃが、我は勝ったなどとは毛ほども考えておらぬ。ターペ=エトフは滅ぼされたのではない。自らの意志で、その歴史に幕を下ろしたのだ… 故に、我は汝らを束縛するつもりはない。汝らがこの地に住みたいというのであれば、我が責任を持って護ろう。別の場所に移りたいのであれば、必要な物資を持って行くが良い。汝らの望むがままにせよ』

 

『その…ハイシェラ…様…』

 

老龍人が言い難そうに発した。ハイシェラは笑った。

 

『無理に様付けなどする必要は無い。何じゃ?』

 

『ではハイシェラ殿、貴女様はこれから、どうされるおつもりか?』

 

『ケレース地方を統一し、西方神殿も手を出せぬ「巨大魔族国」を作り上げるつもりだの。無論、インドリト王との約定は守る。この地に残りし者は、我が護ろうぞ。じゃが、神殿の進出は認めぬ。最後まで残ったイーリュン神殿の神官も、引き上げたと聞いておるしの。現神の手出しは鬱陶しいだけじゃ』

 

『ケレース地方の統一…つまり戦をされるというわけか。軍はどうされるのか?』

 

『我が率いている軍だけでも十分だと思うがの。まぁ残りたい者は残るが良い。兵士に加わりたい者は加えよう。戦いたくなければ、無理に戦う必要も無かろう。繰り返すが、我は汝らを縛るつもりはない。汝らの望むがままにせよ』

 

『あ、あのー』

 

リタが恐る恐る手を挙げた。ハイシェラが顔を向ける。

 

『何じゃ?詐欺師セーナルの下僕よ』

 

『タハッ!こりゃ手厳しい。アタシはリタ・ラギールと申します。ターペ=エトフの御用商人として、商売をさせて頂いていました。オリーブ油や石鹸などの産業は、今後はどうなるのでしょうか?』

 

『知らぬの』

 

『え?あの…その、ハイシェラ様?』

 

『レウィニアの水の巫女や他の国々も、ターペ=エトフを滅ぼすために我が魔族国に支援をしていたの?そしてターペ=エトフは滅びた。つまりターペ=エトフから買っていたものも買えなくなるということじゃ。当然であろう?』

 

『いやいや、それじゃ皆が困ります。ターペ=エトフからのオリーブ油が無ければ、アヴァタール地方の人たちが…』

 

ハイシェラは、バンッと机を叩いた。これまでの穏やかな気配が一変する。眉間も若干、険しくなっている。

 

«困るのであれば、何故、ターペ=エトフを滅ぼそうと動いたのだ?よもや魔神である我が、虫ケラ共を気遣うとでも思っていたわけではあるまいな?ターペ=エトフの民は、最後までこの地に残り戦い続けた。故に我も認めておるのじゃ。安全な場所で策動しながら、己の利益のみを求める卑劣漢など、どうなろうと知ったことではないわ!そのような虫ケラに、我は生きる資格を認めぬっ!»

 

リタ・ラギールの顔が蒼くなる。だがハイシェラの言葉は、他の種族長たちの琴線に触れた。ターペ=エトフ滅亡の責任がリタ・ラギールにあるわけではないが、レウィニア神権国をはじめとする周辺国に対しては、割り切れない思いを抱いていたのである。ディアンが手を挙げた。

 

『ハイシェラ、一つ意見を言わせてもらっても良いか?』

 

呼び捨てにされたことを特に気にする様子もなく、ハイシェラは頷いた。

 

『レウィニア神権国をはじめとして、アヴァタール地方の各国はターペ=エトフ産のオリーブ油に頼っていた。それが途絶えれば半年もしないで干上がるだろう。まぁそれは各国の為政者たちの責任だから、オレも知ったことではない。だが現実問題として、この地には十五万の民が暮らしている。その全員が移動するとしても、数年の歳月は必要だ。つまりそれまで、物産をしなければならない。オレやお前とは違い、食わなければ生きていけないからな』

 

『なるほどの…まぁ確かに、食わねばならぬの。その辺は、汝が送り込んだ変態魔人が、上手くやるであろう。必要なら、レウィニア神権国との交易も認めよう』

 

『移住するか、残るかについては、各種族の希望は既に聞いている。今後は物産も徐々に減る。数年もせずに、アヴァタール地方のオリーブ油の価格は暴騰するだろう。夜になれば灯りは消え、治安も悪くなる。為政者に対する怨嗟の声も起き、権力者の何人かは消えることになるな。全て、自業自得だ。彼らに、現神の加護があらんことを…』

 

ディアンは大仰に天を仰いだ。ハイシェラも元老たちも、その様子に思わず笑った。リタは思わず、溜息をついた。その時、扉が叩かれ青肌の魔人が入ってきた。宰相シュタイフェである。元老たちに一礼する。各元老も軽く頷いた。

 

『何用じゃ?シュタイフェ』

 

『ヘイッ!ケテ海峡を監視していた斥候が戻りヤした。昨夜夜半に、十二隻の軍船がケテ海峡を通過したとのことです。紅地に金の刺繍があったとのこと…恐らく、マーズテリア神殿の軍と思われヤス』

 

『やはり来おったか。戦いもせず、この地を掠め取らんとする盗賊どもだの!我が成敗してくれる!』

 

『待て、オレが行く』

 

ディアンが立ち上がった。ハイシェラは興味深そうにディアンを見た。

 

『ほう… 汝が行くとな。我に仕える気になったか?』

 

『勘違いをするな。お前はターペ=エトフの民に責任がある。お前が動けば、マーズテリア神殿も本気で乗り出してくるぞ。オレが行けば、はぐれ魔神の災厄で済む。お前のためじゃない。民のためだ』

 

ハイシェラはしばらくディアンの顔を見て、頷いた。

 

 

 

 

 

夜陰に紛れるようにケテ海峡を通過したマーズテリア神殿軍は、一旦は陸から離れ、オウスト内海洋上で夜を過ごした。日の出と共に、再び船を進める。目指すは西ケレース地方フレイシア湾である。

 

『警戒しつつ前進させよ。一刻も早く、フレイシア湾に入港し、陸に上らねばならぬ』

 

聖騎士エルヴィン・テルカの指示により、兵たちも周囲を警戒する。間もなくフレイシア湾に入ろうとしていた時、先頭の軍船がいきなり弾けた。船尾が水面から跳ね上がり、真っ二つに割れて沈む。黒い影が飛び出てきた。目にも留まらぬ速さで、エルヴィンたちが乗るマーズテリア神殿旗を掲げた旗艦に迫る。

 

ドンッ

 

音を立てて、甲板に黒衣の男が着地した。全身から暗黒の気配を放ち、右手には白銀の剣を持っている。その瞳は深紅に輝いていた。

 

«こんなところにマーズテリア神殿の船団がいるとはな…三百年ぶりか。久々に遊ぼうぜ?»

 

圧倒的な魔の気配に気圧され、兵士たちが下がる。だが悲鳴を上げる者がいないのは、流石にマーズテリア神殿の精兵たちと言えた。エルヴィンが兵士の間から出てきた。海に落ちた兵士たちの救助を命じた後、魔神に顔を向けた。

 

『かつて、カルッシャ王国の船団を壊滅させた「漆黒の魔神」だな?お前の正体は判っている。ターペ=エトフの黒き魔神、ディアン・ケヒトッ!』

 

«…ほう?»

 

ディアンは片眉を上げてエルヴィンと対峙した。

 

«何故、オレの名を知っている。誰から聞いた?»

 

『お前には関係のないことだ!魔神め、この場で滅してくれる!』

 

マーズテリア神殿最強の聖騎士が、漆黒の魔神に斬りかかった。人外の速度で動き、人を凌駕する力で打ち込む。マーズテリア神の名の下に、西方や北方で上位悪魔族や低級魔神を封じてきた「歴戦の猛者」の一撃である。確信を持って放った「必殺の一撃」…しかし目の前の魔神は、それを簡単に受け止めた。

 

『なっ…』

 

エルヴィンは驚愕の表情を浮かべ、距離を取った。

 

«どうした?もう、終わりか?»

 

歯ぎしりをして、聖騎士が再び動く。今度は連撃であった。様々な角度から、殆ど同時に剣が打ち込む。魔神の右腕が消えた。大剣に近い剣を片手で小枝のように振り、全てを弾き返す。あまりの衝撃に、身体ごと吹き飛ばされた。魔神は呆れたような表情を浮かべた。

 

«…お前、本当にマーズテリアの聖騎士か?技と速さはそれなりだが、剣質が軽いな。オレの弟子のほうが、お前の倍は強いぞ?»

 

兵士たちが槍を構える。暗黒の殺意とともに、魔神の貌に凄惨な笑みが浮かんだ。

 

『お止めなさい!皆、下がりなさい!』

 

兵士の後方から鋭い声が響いた。二つに割れた間から、純白の聖衣を着た絶世の美女が現れた。魔神の眼が少し、細くなった。

 

 

 

 

 

『先王インドリト・ターペ=エトフの師、ディアン・ケヒト殿ですね?私はマーズテリア神の聖女ルナ=クリアです。この度は、偉大な王をお亡くしになり、お悔やみ申し上げます』

 

ルナ=クリアは丁寧に一礼した。ディアンの身体から、魔神の気配が引いた。

 

『マーズテリアの新しい聖女殿か。悔みの言葉には感謝する。だが弔問であるならば、何故、軍を率いている?貴女たちは何を目的として、この地に来たのだ?』

 

『ターペ=エトフ王国の滅びを察知し、この地に生きる民たちを護るために来ました』

 

ディアンは鼻で笑った。

 

『笑わせる。正直に言ったらどうだ。ハイシェラ魔族国がターペ=エトフを占領すると、周辺諸国が迷惑をする。巨大魔族国の誕生を許すわけにはいかない。だからその前に、ターペ=エトフを占領しに来たとな。だが残念だったな。既にハイシェラ魔族国の軍はターペ=エトフに入っている。魔神ハイシェラは玉座に座り、新たな統治のために動き始めているぞ。さて、どうする?』

 

兵士たちがざわめいた。エルヴィンの表情も険しい。だがルナ=クリアは涼しい表情のままだった。

 

『やはり、遅かったようですね。残念ですが、この場は退いたほうが良さそうです』

 

『…随分と諦めが良いんだな?』

 

『私の目的の半分は、既に達しています。私がこの地に来たのは、ディアン・ケヒト、貴方と言葉を交わすためです』

 

表情を変えなかったが、ディアンは内心で警戒をしていた。目の前の女から、得体の知れない居心地の悪さを感じていた。この感覚は、過去にも経験をしている。どこであっただろうか。赤髪の女性の記憶が蘇える。サティア・セイルーン(古神アストライア)と言葉を交わした時の感覚と似ていた。黒髪の美女は微笑みながら、言葉を続けた。

 

『前聖女ルナ=エマの日誌の中に、貴方の名前が出ていました。それぞれには断片的な情報であっても、それを集め、組み立ることで、全体像が見えてきます。ディアン・ケヒトの正体は、ただの魔神に非ず。現神信仰のディル=リフィーナ世界を覆さんとする「革命家」である…私はそう判断しました』

 

『過分な評価には痛み入るが、オレはそれ程に大層な存在ではない。その日その日を楽しく過ごす、ただの魔神だ』

 

『神の肉体と人間の魂を持つ「神殺し」…さらにその上、「神からの自立」という思想を掲げ、エディカーヌ王国という国家まで誕生させた貴方が、ただの魔神ですか?』

 

『………』

 

賢しさが鼻についた。目の前の女は、一体どこまで気づいているのだ?ディアンはようやく、言葉を発した。

 

『…大したものだ。どうやら、マーズテリアはこれまでにない知恵者を聖女としたようだ』

 

『ですが、解らないこともあります。貴方に直接会って、聞きたいと思っていました。貴方が目指している「神からの自立」は、つまるところ宗教の否定ということなのでしょうか?であれば、エディカーヌ王国の「神の道」とも相容れないと思うのですが?貴方には何が見えているのです?そして一体、何を目指しているのです?』

 

『質問に答える理由が無いな。貴女はマーズテリアの聖女だ。他に目を向けず、ただマーズテリア信仰を続ければ良いだろう。オレが何を考え、何を目指そうとも、貴女には関係の無いことだ』

 

ディアンは左手に魔力を込め、横を通り過ぎようとしていた軍船に放った。帆が炎に包まれた。

 

『アンタはオレに会いに来たようだが、オレはアンタに話など無い。一刻も早く、ここから立ち去れ。オレがまだ穏やかなうちにな…』

 

黒衣の魔神は甲板から飛び去った。その背を見ながら、ルナ=クリアは小さく呟いた。

 

『どうやら、本当の激動はこれからのようですね…』

 

聖騎士の指示の下、軍船団は反転し、マーズテリア神殿領へと引き返した。

 

 

 

 

 

マーズテリア神殿の船団が引き上げてから五日後、フレイシア湾からモルテニアに向けて「最後の商船」が出港しようとしていた。武器や食料、金銀宝石類などを満載している。

 

『良いのか?エディカーヌ王国でも、カネが必要だろう?』

 

魔神グラザの問い掛けに、ディアンは首を振った。

 

『悪魔族や闇夜の眷属を受け入れて貰ったのだ。これくらいは当然だ。ソフィアも、承知をしている。ターペ=エトフは滅んだ。レスペレント地方の歴史にも影響が出てくるだろう。モルテニアへの圧力も強くなるはずだ。面倒を掛けて、済まないと思っている』

 

『気にするな。自警団はしっかりしているし、ターペ=エトフの元帥まで来てくれるのだ。平穏は維持できるだろう』

 

ディアンとグラザは、泣きながら抱き合っている四人の美女を見た。六翼を持つ飛天魔族ファーミシルスが、三人の使徒たちと別れの挨拶をしている。ディアンも少し瞑目し、真顔に戻った。

 

『グラザ、お前に忠告、というか助言をしておきたい』

 

『なんだ?』

 

『レスペレント地方は、光神殿の力が更に強くなるだろう。モルテニアでお前が頑張っても、いずれ限界が来る。そこでだ。人間族との間に、子を作ったらどうだ?』

 

『…何を言っているんだ?お前は?』

 

冗談だと思ったのか、グラザは笑った。だがディアンは表情を変えなかった。

 

『「血」というものは、一つの象徴だ。お前は魔神だ。お前がモルテニアに居る限り、カルッシャ王国などはお前を滅ぼそうと狙い続けるだろう。半魔神であれば、光と闇を束ねられるかも知れん。少なくとも、純粋な魔神よりは風当たりも弱くなる』

 

『フム… まぁ今は考えられんが…』

 

『今すぐでなくとも良い。将来、モルテニアの平穏が危機に晒されそうだと判断した時、思い出してくれ』

 

『解った。覚えておこう』

 

その時、ファーミシルスが近づいてきた。グラザに一礼し、ディアンを見つめる。

 

『三百年…本当に世話になった。この地で、お前たちと一緒に過ごした時間は、私の宝だ。改めて、礼を言いたい』

 

『礼を言うのはこちらだ。お前がいてくれたから、使徒たちも寂しい思いをせずに済んだ。これは今生の別れではない。モルテニアとスケーマは、いずれ転送機で繋ぐつもりだ。いつでも遊びに来てくれ』

 

差し出された手を握り、ファーミシルスは笑顔で頷いた。

 

『また会おう。友よ』

 

グラザに従って、ファーミシルスは船に乗り込んだ。帆を上げ、出港する。ディアンと三人の使徒は、水平線に消えるまで見送った。

 

 

 

 

 

シュタイフェは連日徹夜で、計算を続けた。十五万人を一度に転送させるのは不可能である。一度の転送で消耗する魔力量と魔焔の残量を計算し、人口が減ることによる物産への影響などを考慮しながら、綿密な移住計画を建てる。本来、一人で出来る仕事ではない。だがシュタイフェは、ターペ=エトフの行政官たちを使うつもりはなかった。彼らに会わせる顔が無いからだ。流石に疲れが溜まったのか、机の上でうたた寝をしてしまった。気づいた時、以外な光景が目に飛び込んできた。目の前の書類の山が無くなっていた。元部下たちがそれぞれの机で、仕事をしている。

 

『あ…あの、皆さん?アッシは…』

 

『大方、こんなことだろうと思っていました。大臣がインドリト王を裏切ったなんて、誰も信じちゃいませんでしたよ。移住計画、我々も手伝います』

 

元部下たちが笑っている。シュタイフェは目頭を抑え、立ち上がって一礼した。一方その頃、ディアンはハイシェラと葡萄酒を飲みながら話をしていた。

 

『マーズテリア神殿か…まぁ聖騎士がその程度であれば、特に警戒する必要も無さそうだの』

 

『聖騎士だけならな。オレはむしろ、聖女が気になる。ルナ=クリアとかいったな。聖女としての魔力以上に、相当な知恵者だ。思いもよらぬ方法で、攻めて来るかも知れん』

 

『…汝が居てくれれば、我も安心なのじゃがの?』

 

ハイシェラからは、自分を好きな時に抱いても良い、という条件まで出されていた。だがディアンは断った。この地での旅は終わったのだ。

 

『何かあったら、オレを呼べ。手伝いくらいはしてやる。それに、その姿のお前を抱く気にはなれん。お前の中には「男」がいるんだろ?』

 

『確かにの…』

 

ハイシェラが胸元を抑えて笑みを浮かべた。ディアンが話題を変えた。

 

『…ハイシェラ、前々から聞きたいと思っていたんだが、お前は本当に「魔神」なのか?』

 

『何じゃ?唐突に』

 

『神族が他の神族の肉体を奪う場合、神核を移し替えるという方法が考えられる。というか、それ以外に方法がない。だがお前は、肉体そのものを融合させたと言っていた。そんな方法はオレは知らないし、そもそも理屈に合わん。お前だけの特殊能力としか思えなくてな』

 

『………』

 

『異質のモノ同士を融合させる能力… かつて、そうした能力を持っていた女神がいたそうだ。ひょっとして、お前は機工…』

 

『知らぬの!何のことじゃ?我は「地の魔神ハイシェラ」じゃ。今も、昔も、これからもな』

 

ディアンは沈黙してハイシェラを見つめた。ふっと笑い、肩を竦めた。

 

 

 

 

 

出発の日、ディアンたちは行政府を訪れた。エディカーヌ王国に移住をする第一陣が列を作っている。陣頭指揮を部下に任せ、シュタイフェが挨拶に来た。

 

『ダンナ、いよいよ出発ですかい?』

 

『あぁ、もう家も引き払っているし、ソフィアも向こうで待っている。そろそろ行こうと思う。シュタイフェ…お前には嫌な役を押し付けてしまった。詫たい』

 

丁寧に一礼するディアンに、シュタイフェは手を振った。

 

『ヒッヒッヒッ…アッシは魔人、元々が悪人でさぁ!お気になさらず…』

 

ディアンは水晶片を差し出すと、真剣な表情をした。

 

『何かあったら、すぐにオレを呼べ。必ず来る。この地はこれからが大変だ。ハイシェラは暢気にしているが、マーズテリア神殿が攻めて来る可能性もある。シュタイフェ、死ぬなよ?たとえ自分の手足を食ってでも、生き延びろ。お前が死ねば、ターペ=エトフを語り継ぐ者がいなくなる。オレも大事な友人を失う。だから頼む。死ぬなよ』

 

『ヒッヒッ!どうせなら、美女に懇願されると嬉しいのでヤすがねぇ~ アッシはしぶといのが取り柄でさぁ。ダンナよりも長生きして見せますよ』

 

笑いながら、二人は固い握手をした。飛び立つために中庭に向かうと、二人の使徒の他にハイシェラともう一人が立っていた。トライス=メイルの白銀公であった。意外な人物に、ディアンは首を傾げた。

 

『ハイシェラ、見送りに来てくれたのか?』

 

『何を甘えたことを… このエルフが、汝に用があるそうじゃ。まぁもののついでに、見送りをしてやるかの』

 

ディアンは笑った後、白銀公に一礼した。美しいエルフも、優雅に一礼する。

 

『白銀公、まさか貴女が来ていたとは』

 

『ディアン殿にお教えしたほうが良いと思い、罷り越しました。インドリト王のことです』

 

三人が頷くのを見て、白銀公が静かに語った。

 

『先日、ルリエン神より神託がありました。「ガーベル、シウとも話し合い、インドリト・ターペ=エトフの魂を転生の門へと送った…」とのことです。いずれ再び、インドリト王はこのディル=リフィーナに、生まれ変わってくるでしょう』

 

『そうか… ルリエンも味な真似をする』

 

ディアンは頷いた。二人の使徒も、嬉しそうな、それでいて寂しそうな表情を浮かべる。

 

『生きていれば、会うことも出来るでしょう。ディアン殿、貴方という存在は光にも闇にもなります。どの途を選ぶかは、貴方の自由でしょう。願わくば、貴方自身にとって悔いのない選択をして欲しいと思います』

 

『そうだな。反省することはあっても、悔いる人生は送りたくないな。この三百年で多くの学びを得た。次は、もっと上手くやるさ… 世話になったな。礼を言う』

 

白銀公は頷いて、中庭を後にした。ディアンがハイシェラに最後の挨拶をした。

 

『ハイシェラ… 後は頼むぞ。そして、達者でな』

 

『後は我に任せよ。さらばだ。我が強敵()よ』

 

黄昏の魔神と二人の使徒は、絶壁の王宮から飛び立った。ハイシェラは瞑目したあと、顔を引き締めて刮目した。気配が一変する。

 

«誰かある!これより、軍を見廻るぞ!ケレース地方を統一してくれるわ!»

 

美しき赤髪の覇王は、圧倒的な覇気を上らせた。その貌には、猛々しい笑みが浮かんでいた。

 

 

第二期:了

 

 

 

 

【Epilogue】

 

ルプートア山脈の遙か上空を飛ぶ。三人は宙に止まり、振り返った。見渡す限りの美しい地であった。銀髪の使徒が呟いた。

 

『…去り難いな』

 

『そうね…』

 

金髪の使徒が頷いた。二人が仕える黒髪の主人は、黙ってその地を見つめた。風の中に、微かに声が聞こえた気がした。

 

(先生… また、会いましょう)

 

様々な想いが、胸中に去来する。まさに惜別であった。主人はその地を見つめたまま、小さく呟いた。

 

…オレは生きる。お前のように、生きて、生きて、生き切って見せる。さらばだ、我が弟子よ…

 

顔を前に向けた。二人の使徒に声を掛ける。

 

『後ろにあるのは過去の思い出だ。前にあるのは未来だ。行くぞ。理想はまだ、終わってはいない』

 

南に向けて、三人は再び飛び始めた。

 

 




【あと書き】

「戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~」は、これで終わりです。およそ一年がかりで、書き上げました。誤字脱字なども多く、未熟な私に最後までお付き合いを下さり、有難うございました。

第三期のスタート時期は未定ですが、その前に書きたいなと思っているのが『外伝』です。仮のタイトルですが…

『戦女神×魔導巧殻 第二期外伝:ハイシェラ魔族国興亡伝』

ターペ=エトフを滅ぼした魔神ハイシェラは、ケレース地方統一に向けて動き始めた。一方、マーズテリア神殿聖女ルナ=クリアは、魔族国を滅ぼすべく、新たな計略を練り始めていた。ラウルバーシュ大陸最大の魔族国はどのように終わりを迎えたのか?宰相シュタイフェ、そして地の魔神ハイシェラの運命は?

歴史に名を残す「ハイシェラ魔族国」の滅亡までを描きます。2017年5月あたりから、
投稿を始めたいと思います。

皆様、有難うございました。
これからも応援の程、宜しくお願い申し上げます。

Hermes

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