戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第十一話:イソラの街

ケレース地方は、一般的には「亜人族と魔族の多い無統治地帯」と認識されている。それは誤りではないが、人間族がいないわけではない。ケテ海峡沿岸においては、レスペレント地方を追われた闇の現神を信仰する人間族が集落を作っている。また後世においては、マーズテリア神殿が進出し、フレイシア湾に砦を構えている。しかしながら、いずれもその規模は小さく、ケレース地方に生きる知的生命体の大多数が、亜人族あるいは魔族であることは間違いない。

 

そのケレース地方の歴史において唯一、人間族の国家が存在していた。それが「イソラ王国」である。イソラ王国は、ケレース地方東北部において、人間族が街を形成したところから始まる。元々はレスペレント地方から船によって入植をしてきた集団で、光の現神を信仰し、特にマーズテリアとイーリュンを信奉していた。イソラの街が形成された背景としては、ケレース地方西方部と比べて、東方部では南部に獣人族や悪魔族が集落を形成している程度で、沿岸部は手付かずであったことから、比較的入植がしやすっかったからである。

 

しかしながら、入植当初こそはマーズテリア神殿の支援もあり開拓が進んだが、光の現神を信仰する「人間族のみの街」という考え方は、ケレース地方には馴染まず、その排他的、独善的な行動に、周囲の亜人族や魔族たちは悪印象を持つようになっていった。南部にガンナシア王国が誕生したことにより、南方開拓が困難になったこと、また南西部に続く交易路を魔人アムドシアスが結界によって塞いでしまったことから、イソラの街は発展が滞るようになる。さらに「ターペ=エトフ」が誕生したことにより、イーリュン神殿がターペ=エトフの首都「プレメル」に移転し、それに伴って信徒たちもプレメルに移住をしてしまったことが、イソラ王国衰退を決定的にした。イーリュンは、現神の中では例外的に、あらゆる種族を差別すること無く治療をする「癒やしの女神」であり、イソラ王国がケレース地方に存在する「理由」でもあったのである。

 

国王インドリト自身はガーベル神を信仰していたが、ターペ=エトフでは信仰の自由が保障されていたため、首都プレメルでは闇の現神「ヴァスタール」「アーライナ」「グ・レドー」、光の現神「イーリュン」「ガーベル」「ナーサティア」の神殿が建てられた。またその他にも、睡魔族が信仰する「ティフィティータ」や魔術師が信仰する「ルシュヌ」など、多様な神々が共存していた。特に「アーライナ」と「イーリュン」は、癒やしの神として医薬品の無償支給など、平等に保護を受けていた。そのため他地域では対立する両神殿も、プレメルでは暗黙の協力関係が生まれていたと言われている。

 

ターペ=エトフの建国とともに、イソラ王国は衰退し始め、やがて魔人ハイシェラによって滅ぼされるのだが、インドリトの死によって、ターペ=エトフが先に滅亡をしたため、首都プレメルに住んでいた「光の現神を信仰する人間族」が、イソラ王国に流れ、一時的に活気が戻ったという事実は、皮肉というほか無い。イソラ王国滅亡により、マーズテリア神殿はケレース地方における拠点を失うことになった。再び、マーズテリア神殿がこの地に拠点を構えるのは、ターペ=エトフ滅亡から四百年後、聖女ルナ=クリアによって、フレイシア湾に砦が築かれるのを待たなければならない。

 

 

 

 

ディアン一行は、華鏡の畔で、美を愛する魔人の歓待を受けた。インドリトは、ディアン以外の魔神を初めてみたが、拍子抜けをした。もっと恐ろしい存在だと思っていたが、美術と音楽を愛する魔神は、理知的で気位が高く、それでいて弱者に優しかった。インドリトのために菓子類まで用意をしていたようである。無論、これには裏があり、ディアンはアムドシアスより、楽器や芸術品を土産とするよう、依頼を受けていた。西方諸国では「管弦楽器」という新しい楽器が作られている。だが西方諸国は光側の神殿が多く、魔神ですら簡単には立ち入れない。光神殿との繋がりの強いレスペレント地方西方諸国であれば、手に入るはずである。華鏡の畔を抜けた一行は、そのまま北東の街「イソラ」を目指した。

 

『先生、魔神とはあのように皆、優しいのでしょうか?』

 

『アイツは特別だ。魔神は種類が多い。私の知る魔神は、戦いを嗜むような奴もいる。何もしていないのに、戦いたいから襲ってくるような魔神だ』

 

『この旅で、他にも魔神に出会うのでしょうか?』

 

『そうだな…少なくとも一人、会ってみたい魔神はいる。アムドアシスとは違うはずだ。下手をしたら、殺しあうことになるかもな』

 

ディアンは笑ったが、インドリトは身を震わせた。師との死合は、いまでも夢に出てくるのである。

 

『見えてきたぞ。あれがイソラの街だろう』

 

グラティナが前方を指差した。石造りの城壁が見え始めていた。

 

 

 

 

イソラの街に近づくにつれ、周囲には田畑が広がり始める。畑仕事をする人間、物を運ぶ人間ともすれ違う。皆が一様に、ディアン一行をジロジロと見た。

 

『…先生、何か様子が可怪しいのですが…』

 

インドリトも居心地の悪い空気を感じていた。周囲からあからさまな「敵意」を向けられているからだ。ディアンはそれを無視して、街に近づいた。停滞していると聞いていたが、周囲は立派な城壁で囲まれている。もはや国と言っても良いだろう。堀には跳ね上げ橋まで掛けられている。それを渡り、街にはいろうとすると兵士が飛び出してきた。

 

『止まれっ!ここはお前たちの来る場所ではない!』

 

ディアンは馬を降りて兵士に挨拶をした。

 

『我々は西方から来た旅の一行です。このまま北ケレース地方を周って、レスペレント地方に行きたいと考えています。久々の街なので、一泊をしたいと思い、訪ねました。何か不都合があるのでしょうか?』

 

『この街では、人間族以外の入城を認めておらんっ!人間族二人は認めるが、他の者達は立ち去れ!まして、魔物など認められるか!』

 

飛天魔族「ファーミシルス」とレブルドル「ギムリ」を交互に見ながら吐き捨てた。ファーミシルスから殺気が立ち上る。ギムリも唸り声をあげる。だがインドリトが前に出てきた。

 

『この子は魔獣ではありません。ギムリという私の友達です。姉も魔物ではありません。飛天魔族ですが、ドワーフ族や他の人達とも一緒に暮らす、心優しい姉です』

 

『黙れ亜人がっ!』

 

兵士が槍の石突きで、インドリトを突き飛ばそうとした。ディアンは抜剣し、槍を真っ二つにする。そのまま兵士の喉元に剣を突き立てる。笑みは浮かべているが、目を細めている。殺意を持った時のクセであった。

 

『…「人間族だけ」などという考え方が、このケレース地方で通用すると思っているのか?ましてオレの仲間を魔物扱いするなど…この場で殺してやろうか』

 

『き、貴様ッ!』

 

他の兵士が仲間を呼んだ。城門から十名ほどの兵士が出てくる。

 

(インドリトに見せるには、まだ早いが…コイツらを皆殺しにするか…)

 

ディアンがそう思った時、中から厳しい口調が響いた。女の声である。

 

『何をしているのですっ!大勢で旅人を取り囲むなど、誇りある兵士のすることですか!』

 

白い鎧を身にまとった、美しい女騎士が出てきた。胸にはマーズテリアの紋章が描かれている。兵士は慌てて、両脇に整列し、槍を立てた。騎士は頷くと、ディアンたちに歩み寄り、一礼をした。

 

『旅人よ、大変失礼をしました。私はマーズテリア神に仕える騎士、ミライア・ローレンスと申します。この者達の無礼、お許しを願いたい』

 

『丁寧な御挨拶、痛み入ります。私はディアン・ケヒト、西ケレース地方から来た旅人です。この者たちは、私と旅を共にする仲間です』

 

ディアンは剣を背に納め、挨拶をした。当然、警戒をする。マーズテリアの神官戦士ならば、ファーミシルスやギムリを魔物扱いし、切り掛かって来ても不思議ではないからだ。だがミライアは丁寧に事情を話し始めた。

 

『この者達にも、事情があるのです。以前は、この街にも亜人族が行き来をしていました。ですが北で起きた大戦以降、人間族と亜人族、闇夜の眷属たちとの対立が激しくなりました。また南には、ガンナシア王国という「闇夜の眷属の国」があり、しばしば我々に攻撃を仕掛けてきます。そのためこの街では、人間族以外の立ち入りを禁止しているのです』

 

『事情は理解しました。そういうことであれば、我々も立ち去りましょう。ですが一言、このケレース地方において「人間族だけ」などという街は通用しないでしょう。そのような排他的考え方は、いたずらに他の種族たちの嫌悪を買うだけです。今は仕方が無いかもしれませんが、ガンナシア王国との外交の道を考えたほうが良いでしょうね』

 

ディアンはそう告げ、背を向けた。ミライアは考えるような眼差しで、ディアンの背を見つめた。

 

 

 

 

『どうして、光と闇は争わなければならないのでしょう?』

 

ディアン一行は、イソラの街から少し離れた森に野営をしていた。焚き火に当たり、気持よく眠るギムリの頭を撫でながら、インドリトが呟いた。インドリトの家があるプレメルでは、光側のイルビット族と闇側の龍人族が、歴史や文化について、笑い合いながら情報交換をしている。互いに認め合うことで、二項対立は発生せず、光と闇が並立しているのだ。微かな気配を感じたが、ディアンは無視をしてインドリトの疑問に応えた。

 

『光と闇…同じ現神でありながら争い続けている。そしてそれぞれの信徒たちも、現神に倣って争っている。私も不思議に思う。現神同士が対立をする、これは百歩譲って良いだろう。だがそれは、所詮は他人事だ。なぜ我々まで争う必要があるのだろうか。神々の喧嘩など、勝手にやらせておけば良い。この大陸まで争いごとを持ち込まれては、迷惑この上ないな』

 

『先生でも、解らないんですか?』

 

『私なりの「仮説」はある。だが検証のしようがない。信仰は目に見えるものではない。それぞれの「心」の中にあるものだ。だから簡単に踏み込んで良い領域ではないのだ。西ケレースでは、各部族たちがそのことを確認し、お互いの心には踏み込まないことを約束した。だから並列できている』

 

『私はガーベル神を信仰しています。最初は、ドワーフ族だからという理由からでした。ですが、多くの人々と話をし、多くの信仰に触れる中で、私の中で一番しっくり来る教えが、ガーベル神の教えだったのです。ですが、それは私だからであり、他の人には他の人の信仰があります。先生は以前、仰りました。「何が正しいかは自分で選択をする、そして他人の選択を尊重する」と…』

 

『そうだ。お前はガーベル信仰を自分の意志で選んだ。だから他人の意志を尊重できる。私は最近、思うのだ。例えば今日のマーズテリア兵たちだ。彼らは本当に、自分の意志でマーズテリア信仰を選んだのだろうか?』

 

『…自分の意志ですよ』

 

インドリトは驚いて飛び上がった。三姉妹が武器を構える。ディアンは平然と振り返った。マーズテリア神官戦士ミライアが立っていた。

 

 

 

 




【次話予告】

ミライアはマーズテリアの教えについて、ディアン一行に語る。ディアンはその内容に対して、疑問を提示する。言葉を通じて、光と闇がぶつかり合う。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第十ニ話「マーズテリア神官との問答」

少年は、そして「王」となる…

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