戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第十三話:長の役割

『…フッ…』

 

インドリトが剣を振るった。腕が傷ついたゴウモールは一時的に下がる。ケレース地方東方域から、北ケレース地方へと向かう途中で、ゴウモールの縄張りに入ってしまったのだ。ディアンは、可能な限り殺すなと命じた。インドリトは「殺しに来る相手を殺さずに退ける」ことが、どれほど大変かを思い知った。かつての師の言葉が思い出される。

 

(相手を必要以上に傷つけること無く、確実に護りたいものを護るには、最強の力が必要…)

 

レイナ、グラティナ、ファーミシルスの「姉」たちも、相手の攻撃を躱し、斬りつけている。ディアンはまるで舞のように相手の間を滑りながら、胴体にV字の傷をつけていった。圧倒的な力の違いを見せつけられ、ゴウモールが退いていく。インドリトは息を弾ませていたが、なんとか殺さずに済んだことを安心していた。

 

『インドリト、良くやった。縄張りに入ったのは我々の方だ。身を守るために戦わなければならないが、相手を殺す必要はないのだ』

 

『解っています。ですが、想像以上に難しいですね』

 

インドリトは深く息を吐いた。師も姉たちも、汗一つ流していない。

 

(この人達は…本当に「怪物」だ…)

 

インドリトは苦笑いを浮かべた。師の足元に及ぶには、あとどれくらいの修行が必要なのだろうか…

 

 

 

 

トリアナ半島を回るとレスペレント地方へと入る。トリアナ半島は、魔族が多い土地であるが「楔の塔」が結界の役割を果たし、ケレース地方の強力な魔物の侵入を阻んでいる。ディアンがその気になれば、結界を破ることも出来ただろうが、楔の塔には深凌の楔魔「第七位カファルー」が封印されており、下手をしたら復活させかねない。これから行くレスペレント地方のカルッシャ王国や各光神殿を敵に回すことにもなるので、ここは半島を迂回するしか無かった。フォア部族の集落を経て、レスペレント地方の入り口「モルテニア地方」へと向かう。

 

『フォア部族は亜人族だが、人間族を嫌っている。そして非常に乱暴な側面を持っている。集落には寄らずに、そのまま進んだほうが良いだろう』

 

この辺りは、ファーミシルスも知る土地のようだ。上位悪魔族であるラウマカール族であれば、トリアナ半島に入ることは難しいだろう。レスペレント地方からアヴァタール地方に入る際に、この道を通ったらしい。ディアンはファーミシルスの助言に従い、集落を避けて森を進んだ。途中でフォア部族の警戒を感じたが、向こうから手を出してこない限りは無視するつもりでいた。だが、フォア部族の勢力圏を抜ける直前に、事件は起きた。フォア部族たちに囲まれたのである。目の前に屈強な亜人が現れた。

 

『ここは俺たちフォア部族の縄張りだ。挨拶もなしに通り抜けようなんて、虫が良すぎるじゃねえか』

 

『我々は、ケレース地方からレスペレント地方へと向かう旅の一行です。フォア部族にご迷惑を掛けるつもりはありません。通して頂けるのであれば、すぐに立ち去ります』

 

ディアンはあくまでも下手に出た。亜人族の縄張りを侵したのは事実である。まずは先方の言い分を聞く必要があるのだ。亜人の男は笑った。

 

『人間以外に、ヴァリ=エルフや飛天魔族、それにドワーフと魔獣まで連れている。珍しい取り合わせだから様子を見ていたが、このまま通られたんじゃ、俺たちの面子に関わる。悪いが、通行料を払ってもらうぞ』

 

『通行料…具体的には、何をお支払いすれば良いのでしょう。あまり多くを持ってはいませんが…』

 

周囲からフォア部族の兵たちが現れた。二十名程度である。ディアンを人間として侮ったのだろう。皆が嗤っている。

 

『なに、俺たちは日頃の見回りで随分と溜まっているんだ。そこの美人三人が、俺達の相手をしてくれるのなら、通してやっても良いぜ?』

 

インドリトは背中が震えた。姉たちの空気が変わったことを感じたのだ。恐る恐るレイナを見ると、冷たい表情に笑みが浮かんでいる。インドリトは戦いを覚悟した。だがディアンは、まだ言葉を続けた。

 

『この三人は、私達の仲間であり、大切な存在です。仲間を傷つけるわけにはいきません。他の物で満足をして頂けませんか?』

 

『そんなことは知ったことじゃねぇ!俺たちはソイツらをご所望なんだ!さぁ、死にたくなかったら言うとおりにしろ!』

 

『あなた方がやっていることは、まるで野盗です。嫌がる相手に非道を行おうとすること、そこに恥や罪悪感は感じませんか?』

 

『うるせぇ!』

 

フォア族の男がディアンに斬りかかってきた。ディアンはクラウ・ソラスを抜剣し、男を一刀両断にした。血を吹き出しながら、男が真っ二つになり左右に倒れる。亜人族たちは慄いた。ディアンの気配が変わっているからだ。魔神の貌が出現している。

 

«…どうやら非道に対して恥も罪悪感も無いようだな。ならばこちらも合わせよう。お前たちに対して非道を行う。皆殺しという非道をな…»

 

三姉妹が剣を抜き、次々と亜人族たちを斬り殺していった。インドリトは驚いて動くことが出来なかった。だが、立ちすくむインドリトにフォア族の男が斬り掛かってきた。インドリトは夢中になって剣を振るった。気がついたら、男は首から血を噴き出して死んでいた。周囲も静かになっている。二十人以上の亜人族が全滅したのだ。ディアンは愛剣を一振りして、鞘に収めた。あまりの(むご)さに、インドリトは吐き気を覚えた。その場でしゃがみ込み、嘔吐する。介抱しようとするレイナを止め、ディアンはインドリトを見下ろした。師を見上げながら、喘ぐようにインドリトが聴く。

 

『せ、先生…なぜこんな、酷いことを…』

 

『立ちなさい。まずはここから離れることが先だ』

 

ディアンはインドリトを立ち上がらせた。インドリトはフラつきながらも、自分の馬へと向かう。目を見開き、舌を出した首が転がっているのを見て、再び吐き気を覚えた。なんとか耐え、その場から離れた。

 

 

 

 

『初めて、人の命に手を掛けたな。今の気分はどうだ?』

 

その夜、ディアンはインドリトに尋ねた。レイナたちはあえて、二人きりにしたようだ。インドリトの顔色は悪い。手が震えている。

 

『先生…私は、先生という人が解らなくなりました。先生は無意味に命を奪う人では無いと思っていました。ですが、今日は違いました。傷つけて追い返すことも出来たのに、先生は「殺戮」をしました…』

 

『そうだな。確かに私は「殺戮」をした。そしてインドリト、お前も亜人の命を奪った。夢中だった、そんなつもりはなかったというのは、ただの言い訳だ。お前も私と同様に、殺人を犯したのだ』

 

インドリトは両肩を抱えて震えた。夢中だったが、相手の肉を切り裂く感触は、今でも鮮明に思い出す。ディアンは頷いた。

 

『インドリト、お前の反応はまともな反応だ。命を奪っておきながら、平然としていられる方が、どうかしている。お前は今、自らが犯した殺人に、強い罪悪感を感じているのだろう』

 

『先生は、感じていないのですか?』

 

『感じているさ。私はこれまで、多くの殺人を犯してきた。これからも犯していくだろう。私は、大きな罪を背負って、これからも生きていくのだ…』

 

『なぜ、あのような殺戮をしたのですか?』

 

『その質問に答える前に、まずはお前に考えてもらいたい。インドリト、お前に尋ねるが、あの亜人族たちは「善」か?それとも「悪」か?』

 

『…彼らは、私達を傷つけようとしました。先生が「別の物なら」と言ったにも関わらず、彼らは私達を傷つけようとしました。「悪」だと思います』

 

『そうだな。では彼らは「悪」だと認識していたと思うか?』

 

インドリトは、師と亜人族とのやり取りを思い出した。「罪悪感を感じないか」という師の問いに、剣を向けたことを思い出す。

 

『いえ、彼らは「悪」だと認識していなかったと思います。まるで、自分たちの当然の権利のように、それが当たり前のように言っていました』

 

『そうだ。私たちは彼らを「悪」だと認識した。だが彼らから見れば、自分たちが望む通行料を支払わない我々が「悪」なのだ』

 

『以前、先生が仰いました。善悪は相対的なものだと…』

 

『私達にとっては向こうが「悪」、向こうからすれば私達が「悪」…どちらが善で、どちらが悪か、答えがあると思うか?』

 

インドリトはしばらく考えた。だが答えが出ない。

 

『フォア部族と私達とでは、善悪の判断基準が違う。私達にとっての「悪」が、彼らにとっての「善」…さて、これを解決するにはどうしたら良いと思う?話し合いで解決できるだろうか?』

 

ディアンの言葉に、インドリトは悩み続けた。言葉を通じて、互いの「基準の違い」を明らかにすることは出来るだろう。だが、言葉だけではその先は続かない。「どちらも正しい」からだ。善悪の基準が違うのであれば、話し合いはどこまでも平行線を辿ってしまう。

 

『言葉を交わすことは最も尊い行為だ。だが話し合いにも限界が存在する。そこから先をどうするかは、個々人が判断すべきだ。私は「相手の判断基準に合わせる」ことを選んでいる。つまり「向こうの善悪」に則って、相手に対して行動をすることだ。奪っても構わない、殺しても構わないと思っている相手ならば、奪い、殺すことにしている…』

 

『…私には、その判断が出来そうにありません。殺す必要が無いのであれば、殺さないようにしたいと思います』

 

『それで良い。お前はお前の判断を大事にすべきだ。だがインドリトよ。お前一人ならそれで良いだろう。だが「ドワーフ族の長」になったらどうする?長として判断をする場合も、同じように「できるだけ殺さない」で対応するのか?』

 

『それは…』

 

『お前も経験したな。殺しに来る相手を殺さずに追い返すことは、難しいことだ。お前一人なら出来るかもしれないが、ドワーフ族全員にそれを求めるのか?』

 

『……』

 

思い悩むインドリトの肩をディアンは掴んだ。

 

『今すぐ答えを出す必要はない。だが考え続けなさい。お前はいずれ、人を率いる立場に立つ。お前一人の感情で動けない立場になるのだ。ドワーフ族のみならず、ケレース地方に住む全ての種族のために、どうしたら良いのかを考え続けなさい』

 

『…厳しいことを仰います。正解のない問題を考え続けろとは…』

 

『それが、長の役割なのだ』

 

インドリトは溜息をついた。だが、師が何を考えてあの殺戮を行ったのかは理解できた。自分には許容できないが、師が間違っているとも思えなかった。そして、この時の師の問い掛けは、インドリトの生涯を通じて悩む課題となったのである。

 

 

 

 




【次話予告】

レスペレント地方「モルテニア」に到着した一行は、ファーミシルスの案内で「魔人シュタイフェ」を訪れる。魔人の下品さに辟易する三姉妹だが、その下品さにある種の「狙い」が隠されているとディアンは感じていた。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第十四話「魔人シュタイフェ」

少年は、そして「王」となる…

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