戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第十四話:魔人シュタイフェ

ディル=リフィーナ世界において、よく間違えられるのが「魔神」と「魔人」の違いについてである。一見すると似ている両者であるが、ここには明確な違いが存在する。魔神は生まれながらに「魔神」であるが、魔人は生まれは「人間」だということである。つまり、両者とも広義では「魔」に属するが、魔神は「神族」なのに対し、魔人は「人間族」なのである。

 

魔人になるには、幾つかの方法が存在するが、いずれも長きに渡る修練と、非道な行為が必要であり、魔人は人間族の中で最も忌み嫌われている。具体的には、悪魔族などとの「肉体的融合」や、精霊などを強制的に取り込むことで「擬似的神核」を体内に形成する方法である。魔人になるためには、身体的強靭さは無論だが、何よりも精神力が必要であり、魔人に生る途中で「狂死」する者も少なくない。魔人への途とは、ある意味では「神に頼らずに神になろうという試み」に他ならないのである。

 

一般的に「邪悪」と言われている魔人であるが、それはその過程があまりにも非道であるためであり、魔人の全てが邪悪の存在というわけではない。むしろ長年に渡って人外の修練を蓄積し、非道であっても初志を貫徹する不屈の精神力を有していることから、透徹した哲学を持つ魔人も存在する。無論、善悪の基準については人間族とは一線を画す部分もあるのだが、人間族の判断基準が絶対であるわけではないため、特に闇夜の眷属たちからは、魔人はある種の敬意を払われることが多い。

 

魔人として特に著名な存在は、リガナール半島に帝国を築き上げた「魔人イグナート」であろう。イグナートは、元々は王立魔法学院に籍を置「人間」であったが、富も家門も無く、才能と野心だけがあった彼は、素材収集や知識獲得のためには、自らの肉体を駆使する他なく、いつしか魔人に転じたと言われている。イグナートが統治する帝国「ザルフ=グレイス」は、闇夜の眷属の国ではあるが、イグナート自身は「光の神殿」の存続を許しており、各王国を統治していた王族たちはともかく、民衆は差別無く、統治をされている。そのため、アークリオン神殿やマーズテリア神殿をして、ザルフ=グレイス討伐へと踏み切れず、リガナール半島を封鎖するだけに終始している状況である。

 

魔人の中には、限りなく「魔神」に近い存在もある。それが「神殺し」と呼ばれる存在である。神殺しとは、神族(現神、古神、魔神)と戦いその肉体を奪った存在であり、人間の魂と神の肉体を持つことになる。神核を有しているため、自らの神格者(使徒)をつくることも可能であり、事実上の「魔神」といえる存在である。「神殺し」となった場合、その力は神々すらも凌ぐ可能性を秘めることになる。その理由は「人間の魂」にある。神々の魂は、原則的に不変であり「魂の成長」は無い。そのため魔神として生まれた場合、死ぬまでその力は殆ど変わらないのである。しかし、人間の魂は「喜怒哀楽」「希望と絶望」「苦難の克服」などにより成長をする可能性があり、それに伴って魂が生み出す魔力も、その質と量を変えていく。魔神の肉体は魔力に依存するため、人間の魂を持つ神となった場合、その生き方次第では現神すらも超えかねないと言われている。

 

しかしながら、人間でありながら神族に打ち勝つことはまず不可能であり、それほどの力を持っているのならば、既に「魔人化」しているため、神殺しは理屈上は存在しても、現実的には存在しないと言われていた。その定説が破られるのは、ディル=リフィーナの歴史上、唯一の「神殺し」となった元バリハルト神殿騎士「セリカ・シルフィル」の登場を待たなければならない。

 

 

 

 

 

北ケレース地方を抜けたディアン一行は、レスペレント地方東方域の入り口「モルテニア」に入った。モルテニアは、イウーロ連邦の南端にあり、海と山のある穏やかな地帯である。姫神フェミリンスによって、レスペレント地方から追放されかけていた闇夜の眷属たちは、ケレース地方に近いモルテニアに集まっていた。ディアン一行は、山麓にある集落に入った。

 

『懐かしいな。この地に来るのは三十年ぶりだろうか。当時はまだ幼かったが、それでもこの地は数少ない思い出深い土地だ』

 

ファーミシルスは嬉しそうに集落を見て回った。村人たちは、龍人族や異形の亜人族、悪魔族などだが、ディアン一行をあまり気にしていないようだ。闇夜の眷属の中には、人間族も存在しており、ヴァリ=エルフや飛天魔族も一緒にいるため、ディアンたちも闇夜の眷属と思われているのである。ファーミシルスはある一軒家に向かった。

 

『ここだ。三十年前、私と母を世話してくれた魔人が住んでいるはずだ』

 

ファーミシルスは叩扉した。だが反応が無い。二度試したが、住人が出てくる様子は無かった。

 

『どうやら留守のようだ。少し、他の住民に聞いてみよう・・・』

 

ファーミシルスは、通りがかった住民たちに、知人の行方について尋ねた。どうやら住んでいるのは確かなようだ。扉に背を向け、ファーミシルスの様子を伺っていると、急に扉が開き、背後から、剣を突き付けられた。人間の速度ではない。ディアンですら、反応が出来なかった。

 

『お前たち、一体何者だ?』

 

背後から声が掛けられる。レイナとグラティナが動こうとするが、背後の魔人が一喝する。ファーミシルスも様子に気づき、慌てて戻ってきた。魔人に語りかける。

 

『シュタイフェ!私だ。ファーミシルスだ。三十年前に、お前によく世話になっていただろう!』

 

『確かに三十年前に、ファーミシルスという娘を世話していたことがある。だが、お前がそうだという証拠はあるのか?』

 

『・・・・・・』

 

『この地は、いま光神殿の奴らと微妙な関係だ。お前たちは多種多様な種族の集まり(パーティー)だが、それだけに油断できん!不確定要素は、排除する』

 

ディアンの背に突き付けられた剣に力が込められた。ディアンの目が細くなった。ファーミシルスは慌てた。

 

『どうしたら、私がファーミシルスだと信じてくれるっ!』

 

緊張した面持ちのファーミシルスに、背後の魔人が大真面目に回答した。だが気配が変わっている。

 

『そうだなぁ・・・ファーミシルスは左胸にホクロがあった。あと内股の付け根にも・・・それを見せてくれたら、信じても良いぞ?(*´Д`)ハァハァ』

 

『・・・はぁ?』

 

一瞬の弛緩の空気をディアンは逃さなかった。人外の速度で翻し、左手で剣を抑えると同時に右手で抜剣し、魔人の首に突きつける。剣を落とし、両手を上げて降参する。

 

『い、いやだなぁ旦那・・・冗談ですぜ・・・ファーミシルスの「芳しい(にほ)い」は、一度嗅いだら忘れられないから・・・ところで、もう男は知ったのか?ファミ』

 

『こ、この男は・・・』

 

下半身を前後に動かす魔人に対し、顔を赤くしたファーミシルスが連接剣を抜いた。レイナとグラティナが止める。インドリトは首を傾げながら、魔人を見上げた。背に翼を生やし、一見すると悪魔族に見えるが、気配がどこか人間である。ディアンは剣を突きつけながら呟いた。

 

『・・・ファミの知り合いにしては、随分と品が無いな?』

 

『品が無いなんて言われると、恥ずかしいッスよぉ~ せめて「お下劣」って言ってちょーだい』

 

どこまで本気なのか解らない。だが少なくとも害意が無いことは確認できた。であれば、これはこの魔人の「個性」であろう。ディアンは苦笑して剣を収めた。

 

『ディアン・ケヒトだ。遥か南方のディジェネール地方出身の旅人だ。今はケレース地方に住んでいる』

 

『アッシは、シュタイフェ・ギタル。「痴の魔人」って呼ばれてまさぁ~』

 

『それを言うなら「知の魔人」であろうが!』

 

ファーミシルスが激昂する。ディアンは笑った。面白い奴だと思ったからだ。

 

『シュタイフェ、オレたちはこの地に着いたばかりだ。出来れば一泊の施しを受けたいが・・・』

 

『他ならぬファミの友人なら、粗略に出来ませんな。大したもてなしは出来ませんが・・・』

 

ディアン一行は、シュタイフェの家へと入った。

 

 

 

 

シュタイフェの自宅は「知の魔人」にふさわしく、書籍に溢れていた。ディアンがペラペラとめくると、実に多岐にわたっている。難解な魔術書の下に、どう見ても猥本としか思えないような本が積まれている。どうやら、シュタイフェもディアンと同様、読書においては雑食のようだ。シュタイフェが茶を入れて来た。椅子に座ると茶の香気を嗅ぐ。

 

『はぁ・・・美しい女子三人分の香りが混じって・・・これだけでアッシ、イッちゃいそう・・・』

 

ビキッという音がした。グラティナの杯にヒビが入っている。三人の殺気が一人の変態魔人に向けられる。だがシュタイフェは気にすること無く、茶を楽しんでいた。インドリトは感嘆した。姉三人の気当たりを平然と受け流しているからだ。余程強いか、余程鈍感かのどちらかであろう。

 

『それで、シュタイフェ・・・お前に聞きたいことがあるんだが』

 

『何でしょう?アッシの初体験なら、今から百五十年ほど前に・・・』

 

『いや、そうじゃない。魔神グラザを知っているか?』

 

『グラザ?グラザって女は知りませんねぇ。アッシもそりゃぁ、この年までかなりのパコパコをしてきましたが・・・』

 

『恍けるな。お前の書棚にある書籍・・・雑多だがかなり難解な魔道書もある。例えば「悪魔の偽王国」・・・魔神召喚の方法が書かれているが、かなり難解な暗号のはずだ。その隣には「ピカトリクス」・・・四百以上の調合薬が文字と絵で暗号化されている。あれらを読めるのであれば、お前は相当な知性を持った魔術師のはずだ。秀で過ぎた知性と能力を見せないために、あえて下品な話し方をしているのではないか?それと相手の反応を観るために・・・』

 

シュタイフェは黙って立ち上がった。書棚の前に立ち、ディアンたちに背を向ける。聞こえるか聞こえないかの小声で呟いた。

 

«やれやれ・・・ファミの友人だから、丁重にお帰り願いたかったんですけどねぇ・・・»

 

背中から発する気配が変わる。そこにいるのは、冗談めかした猥談を語る陽気な魔人ではなかった。数多の魔術を極め、人ならざる存在へと転じた第一級の魔術師「知の魔人シュタイフェ」がいた。シュタイフェを知るファーミシルスでさえも息を呑んだ。剣術ならともかく、魔力であれば間違いなく、相手のほうが上であることが解ったからだ。ディアンも立ち上がり、人間の貌を外した。全身から魔神の気配が立ち昇る。

 

«・・・どうやら漸く、本音で話し合えそうだな。その様子だと、オレの正体にも気づいていたか?»

 

«使徒の気配を放つ二人を連れた男、ただの人間であるはずがない。薄い皮膜のように全身を魔力で覆っているのも妙だしな。魔神グラザに何の用だ?殺しに来たのか?»

 

«会って話しをしたいだけだ。聞きたいこともあるしな»

 

«お前、得体が知れんな。グラザのもとに連れて行くには危険過ぎる。だがこの集落から去るつもりも無いのだろう?ならば方法は一つしか無い。この場で、お前を殺すしか無いな»

 

『ま、待てシュタイフェ!ディアンは私が連れてきたんだぞ!それを信じないのか?』

 

«三十年・・・それだけ歳月が流れれば、誰しも変わるものだ。グラザは、闇夜の眷属に必要な存在・・・危険は、迅速に排除する»

 

«なるほど、グラザはこの地にいるのか・・・»

 

ディアンは家を出た。通りにはいつの間にか、屈強な兵士たちが整列している。思い思いの鎧で身を固めているが、それぞれが相当な力を持っていた。ディアンの放つ魔神の気配にも慄く様子はない。相当に鍛えられ、かつ日常的に魔神と接しているからだろう。兵たちが、ディアンに向けて、剣を構える。シュタイフェが背後から声を掛けた。

 

«このまま立ち去れ。そうすれば誰も傷つかずに済む・・・»

 

«言っただろう。誰も傷つけるつもりはない。グラザに会いたいだけだ»

 

«こちらも言ったはずだ。それは出来んと・・・皆の者、ソイツを捕らえろ!»

 

突き付けられる剣に対し、クラウ・ソラスを一閃した。兵士たちの持つ剣が途中から切れ落ちる。仰天する兵士たちを尻目に、ディアンはシュタイフェに目を向けた。

 

«かなり鍛えられた兵たちだが、オレの相手をするには役不足だな。シュタイフェ、お前が来い・・・»

 

ディアンが放つ気配が更に強くなる。圧倒的な気配を前に、シュタイフェの頬には汗が伝った。目の前の魔神がその気になれば、この集落を一瞬で消し去ることが出来る。それがハッキリと理解できた。だが、自分が退くわけにはいかなかった。シュタイフェは家を出て、ディアンと向き合った。両手で魔力を操る。

 

«・・・無理矢理に会おうとするなら是非もない。及ばずながら、アッシの全てを賭けてもアンタを止める!»

 

«お前をそれほどに心酔させるとはな。ますます興味が湧いた。オレ自身も無理やりは嫌いだが、グラザに会うために旅をしてきたのだ。目的を果たさせてもらうぞ!»

 

二人の魔力が極限まで高まり、歪んだ空気がぶつかり合う。互いに魔術を駆使し、相手を屠ろうと構えた時、集落の奥に強い気配が出現した。間違いなく、魔神の気配である。その気配が徐々に近づいてきた。陽炎のように空気を歪ませながら、赤銅色の肌をした大男が現れた。

 

«シュタイフェ・・・俺を訪ねてきた客人なら、会う会わないは俺が決める»

 

«グ、グラザ様!»

 

魔人シュタイフェや兵士たちが一斉に膝をついた。ディアンは、自分より頭二つ分は背が高い大男を見上げた。男もディアンを見下ろす。これが、ディアン・ケヒトの生涯の友となった、魔神グラザとの邂逅であった・・・

 

 

 

 




【次話予告】

深凌の楔魔の一柱「魔神グラザ」と共に、ディアンたちは「ブレアード迷宮」へと降りる。壮大な迷路を抜け、闇夜の眷属たちの本拠地へと入る。グラザはディアンが驚くほどに懐が深い男であった。だが、本来の魔神が持つ本能が、グラザを苦しめていた。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第十四話「グラザという漢」

少年は、そして「王」となる…

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