戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第十七話:フェミリンス戦争(後編)-姫神フェミリンスの呪い-

ブレアード迷宮は、魔力で発光する魔法石を敷き詰められている。また換気のために魔法による空気の循環が行われている。全長二千里とも言われる大迷宮を維持するためには、膨大な魔力が必要であった。ブレアード・カッサレは魔力の供給源として、三神戦争時において古神の拠点であった天空城「ベルゼビュード宮殿」に目をつけた。

 

ベルゼビュード宮殿は、三神戦争において古神「ベルゼブブ」が拠点とした「天空に浮遊する城」であり、膨大な魔力を貯蔵していた。ベルゼブブ封印によって、ベルゼビュード宮殿は天空から落ち、ディル=リフィーナ最大の内海である「オウスト内海」に沈没した。しかしながらその魔力は失われておらず、二千年以上に渡って「浮上の機会」を探っていたのである。

 

ブレアードは、ベルゼビュード宮殿を浮遊させていた魔力に目をつけ、宮殿とブレアード迷宮を接続し、魔力の供給を受けていた。迷宮維持のみならず、上級悪魔の召喚や、魔物同士の配合、魔物創造などを行っている。これらを兵士として、フェミリンス神殿兵や人間族と戦ったのである。そのため、レスペレント地方に住んでいた亜人族や闇夜の眷属たちは、フェミリンス戦争に殆ど参加をしていないと言われている。

 

ブレアード・カッサレが創造した魔物たちは、フェミリンス戦争終結後は各地に飛散し、独自の生態系を構築している。現在、ラウルバーシュ大陸に住む多くの魔物種の「一割」が、ブレアード・カッサレが生み出したとも言われている…

 

 

 

 

しばしの休憩後、グラザの部屋に皆が集まった。

 

『ブレアードは、迷宮の拡張と整備を行った。迷宮を維持するために「古神の宮殿」などを活用したりしていた。ブレアードは、レスペレンス地方の亜人族たちの参戦を決して認めなかった。人間族と戦うための兵士として、魔物の錬成や召喚などを行っていたな…』

 

『ブレアードの魔道書には、召喚術や錬成術などが載っている。読んでいた時は「悪趣味」と思っていたが、そうした研究成果が役立っていたわけか』

 

グラザは頷いた。

 

『ブレアードは、俺たち魔神から見ても、傑出した魔術師だった。あれほどの魔術師は、恐らく二度と現れないだろう。第二次フェミリンス戦争の失敗で、深凌の楔魔は七柱へと減った。だが誰も悲観していなかったな。封印された三柱の存在が、それほど大きくは無かったということもあるが、失敗時点で、既に次の作戦が決まっていたことが大きい。まるで失敗を見越していたようだった…』

 

グラザは語り始めた。あの大戦の佳境「第三次フェミリンス戦争」の真相である…

 

 

 

 

 

『そうか、エヴリーヌ、ゼフィラ、ヨブフを失ったか…』

 

魔神ラーシェナは瞑目した。生真面目な魔神であるため、それがブレアードが画策し、ザハーニウとカフラマリアだけが知る「意図された失敗」であったことなど、想像すらできない。だが魔神パイモンは、最初からこの作戦の「真の目的」を読んでいたようだ。微笑みを浮かべながら、話題を切り替える。

 

『我々は三柱を失いました。手痛い損失ですが、これを最大限に活かさなければなりません。そこで、ある作戦を考えました』

 

それはブレアードが当初考えていた作戦とほぼ等しかった。姫神フェミリンスを迷宮に引き込み、四方から捕らえるという作戦である。だが、パイモンの作戦は更に念の入ったものであった。

 

『地下に出現した巨大迷宮…いくら調子に乗った人間族とはいえ、いきなり迷宮に入ってくるかは解りません。そこで噂を流します。ブレアード・カッサレは今回の作戦の失敗で、深凌の楔魔との関係が上手くいかなくなり、魔神たちは動かない状態となっている…この噂を流し、さらに地上戦でニ、三度敗けましょう。そうすれば人間族は勢いづいて、大挙して迷宮に押し寄せてきます。それを皆殺しにします。冷酷に、一人残らず生かして還しません。その次に、人間族は捕らえられ、本拠地の牢獄に閉じ込められている、魔神たちに生気を吸われ、日に日に干からびていっている…と流すのです。人間族はきっと、姫神に泣きつくはずです』

 

思い込みが激しく、噂に流されやすい人間族の隙をついた作戦であった。パイモンの作戦は的中した。人間族を偏愛する姫神フェミリンスは、罠と承知のうえで、迷宮に侵入をしてきたのである。

 

『ここまでの道程で、罠と奇襲攻撃で徹底的にフェミリンスを弱らせましょう。四六時中、どこからか攻撃を受ける。遥か東のこの地まで、決して休ませないのです』

 

それは巨大迷宮だからこそ出来る「ゲリラ戦」であった。姫神フェミリンスが率いる神殿兵たちは、昼も夜も攻撃を受け、その数を減らしていった。地上の出口は完全に封鎖している。来た道を戻るか、進むかしか無いのである。だが姫神フェミリンスは、流石に現神であった。序列二位のカフラマリア、序列七位のカファルーを封じたのである。だが、魔神二柱との激闘は、確実にフェミリンスを弱らせていた。本拠地「ヴェルニアの楼」にフェミリンスが辿り着いた時、兵力の七割を失い、フェミリンス自身も瀕死の状態であった…

 

 

 

 

 

『ヴェルニアの楼では、フェミリンス迎撃にザハーニウ、ラーシェナ、パイモンがあたった。俺とディアーネは、万一に備えて地上でフェミリンス神殿兵の迎撃にあたっていた…』

 

一つ一つを思い出すように、グラザは語った。その時の口調や息遣いまで聞こえてきそうだ。フェミリンス戦争は、いよいよ最終幕を迎えようとしていた…

 

 

 

 

 

『捕らえた!姫神フェミリンスをついに捕らえましたよ!』

 

魔神パイモンは子供のように声を弾ませた。ブレアードと自分の合作の作戦が的中したのである。謀略家気質のパイモンにとって、自分の張った罠に獲物がかかった時が、最高の喜びであった。特に今回の獲物は特上である。何しろ現神なのだ。ブレアードは結界に閉じ込められたフェミリンスの前に進み出た。現神らしく圧倒的な巨体と神気を放っている。とても瀕死の状態とは思えなかった。ブレアードは静かに語った。

 

『姫神フェミリンスよ、あなたと語るために、どれだけの犠牲が払われたのでしょうか。儂はただ、あなたと語り合いたかった。語り合うことで、人間族と亜人族、闇夜の眷属との共存の道を探りたかったのですよ。お聞きしたい。あなたはなぜ、それほどまでに人間族に肩入れし、亜人族や闇夜の眷属を憎むのですか?』

 

フェミリンスは、目の前の小さな老魔術師を見下ろした。そして口を開いた。

 

『魔術師ブレアード・カッサレ…お前たちには解るまい。私の怒りなど、お前たちには理解できまい…』

 

『怒り?何に対する怒りなのですか?』

 

『決まっておろう!お前たち闇夜の眷属たち、亜人族たち、人間以外の全ての種族たちに対する怒りだ!』

 

姫神フェミリンスは激昂し、その巨体を動かそうとした。強力な結界によって封じられているが、その結界が軋みをあげていた。

 

『なぜです?なぜ、それ程までにお怒りなのですか?あなたの怒りの原因は何なのでしょう?』

 

『…私には、弟がいた。いつも私の後ろについて来る可愛い弟…ある日、我が家は旅に出た。レスペレント地方の東方域、そこは闇夜の眷属たちが特に多い土地だった。父は光側神殿の神官で、光の現神の教えを解くべく、東へと向かったのだ。そして、その土地で弟は病に倒れた。直せない病では無かった。だが、集落の誰もが助けようとしなかった。弟が、光の現神を信仰する人間だったからだ!解るか、弟を殺したのは、貴様ら闇夜の眷属たちだ!そして亜人族たちだ!』

 

ザハーニウ、ラーシェナ、パイモンが互いに顔を見合わせる。フェミリンスの怒りは、人間としてはもっともだ。だがフェミリンスは現神なのである。憎悪の感情のままに神になれば、それは破壊神と同じになってしまう。ブレアードは驚いて聞き返した。

 

『あ、あなたは、弟の仇を討つために、自分の憎しみを晴らすために、姫神になったと言うのですか?光の現神たちが、それを認めたというのですか!』

 

『現神たちは言った。お前の感情はもっともだ。神となって、神罰を下せとな』

 

 

 

 

 

『バ、バカな!光の現神たちが、破壊神を創造したというのか!そんな、そんなことが許されるわけがない!』

 

グラティナが激昂して机を叩いた。レイナが宥めるが、顔色が悪い。当然であった。これが事実であれば、「現神の正義」など大嘘である。人間族の信仰を獲得し、同時に闇の力を弱らせる、一石二鳥の策として「破壊神」を造ったのだとしたら、あまりにも生命を冒涜している。

 

『信じられないのも無理はない。だがこれは俺が自分の耳で聞いた話だ。あの時、地上からの神兵は来なかった。俺はフェミリンス封印が気になり、持ち場を離れて地下に降りた。その時に、フェミリンス自身から聞いたのだ』

 

グラザは当事者である。嘘をつく理由はない。ディアンは目を細めながら、話しを促した。

 

『ブレアードも、三柱たちも呆然としていた。あまりに衝撃的だったのだろう。一瞬の忘我、その隙をフェミリンスは逃さなかった。残された魔力を暴走させ、結界を打ち破ったのだ。ザハーニウ、ラーシェナ、パイモンがフェミリンスに跳びかかり、抑えこもうとした…』

 

 

 

 

 

『ブレアード!我々ごと封印するんだ!早くっ!』

 

ラーシェナが叫んだ。弱っているとはいえ、現神である。魔神三柱で長くは抑えられない。ザハーニウもパイモンも頷く。

 

『仕方がありません。こんな破壊神、表に出すわけにはいきませんからね』

 

『短い間であったが、楽しかったぞ…ブレアードよ!』

 

ブレアードは瞑目し、意を決した。空中に術式を描く。凄まじい魔力が洞窟内に集中する。そして…

 

『極大封術:永劫封印ッ!』

 

姫神フェミリンスの巨体が足元から石になっていく。三柱も同じであった。ザハーニウがグラザに気づいた。

 

『グラザッ!闇夜の眷属たちの未来を…』

 

ザハーニウは石へと変わった。そしてフェミリンスは…

 

『おのれ…この恨み、この怒り…我を封印するだけでは終わらんぞ。フェミリンスの血を引く者たちが、必ず受け継いでくれよう。そして、貴様も同じじゃ!』

 

フェミリンスは舌を噛み、ブレアードに自らの血を浴びせかけた。封印が完成するまで、術式を解くことは出来ない。ブレアードは全身に、フェミリンスの呪いを受けた。フェミリンスは哄笑しながら、石へと変わった。封印の眩い光が消え、洞窟内は薄暗くなり、先ほどまでとは打って変わって、静寂に包まれた。呆然としていたグラザは我に返り、ブレアードの元に駆け寄る。支えようとすると、ブレアードが止めた。

 

『儂に触れるな!触れればフェミリンスの呪いを受けるぞ!』

 

騒ぎに気づいたディアーネも地下に降りてきた。フェミリンスと共に、同士三柱が石になっているのを見て、ブレアードを責めようとした。だが全身が血まみれになっている様子を見て、異変に気づいた。ブレアードの全身から、邪悪な気配が放たれていたからだ。グラザは自分が見たことを、ディアーネに説明した。あまりのことに、ディアーネも混乱している。

 

『…グラザ、ディアーネ…お前たちに頼みがある。闇夜の眷属たちを束ねてくれ。姫神フェミリンスが封印されたとなれば、彼らの中から人間族への攻撃を仕掛ける者も出るだろう。だが、それをさせてしまっては、この地に種族を超えた平和など永遠に来なくなる…お前たちが率いてくれれば、魔神に責任を押し付けることが出来る…頼む、お前たちの力で、この地の未来を守ってくれ』

 

『ブレアード、あなたはどうするのだ?』

 

『儂は呪いを受けた。そう遠くないうちに、儂は破壊神となり、災いをもたらす存在になるだろう。そうなる前に、儂は自らを封じる。この呪いは、死したとしても、同じ血を引く者に受け継がれてしまう。カッサレ家の誰かに、フェミリンスの呪いが掛かってしまう。テリイオ台地に、地下深くまで続く大洞窟がある。その最深部で、儂は自らの生を永遠に封印するつもりだ』

 

『ブレアード…』

 

『最後までお前たちに面倒を押し付けて、申し訳なく思う。だがどうか、儂の最後の願いを聞き届けてくれ…』

 

大魔術師ブレアード・カッサレは、残された深凌の楔魔二柱の前から姿を消した。フラつきながら北を目指し、迷宮内に消えていった大魔術師の後ろ姿に、グラザもディアーネも敬意を送った。

 

 

 

 

 

『その後、俺はディアーネと話し合い、闇夜の眷属たちの中でも特に恨みの強い者たちをディアーネが率いることになった。ディアーネは現在、北方に国を興し、人間族と戦っている』

 

『ブレアードの願いを聞き届けたのか…』

 

『ブレアードは最後まで、レスペレント地方に「種族を超えた平和」を望んでいた。あの男はただの人間族、ただの魔術師だったが、俺たち魔神にすらも、大きな影響を与えたのだ。最後まで、偉大な魔術師だった』

 

『ブレアード・カッサレは、いまどこに?』

 

『テリイオ台地には「野望の間」という大迷宮がある。その深さは地下百階とも言われている。その最深部で、やがて来る時を待っている。呪いを解くための研究を続けながらな。そして間に合わない時は、破壊神となる直前に、自らを封印するつもりだろう』

 

『最後まで研究か…ブレアードらしいな』

 

レイナもグラティナもファーミシルスも涙を浮かべていた。インドリトもブレアード・カッサレという男の壮絶な生き様に、心からの敬意を払った。ディアンはしばし瞑目して、決心した。

 

『もし間に合うのなら、会ってみるか…ブレアード・カッサレに』

 

ディアンの言葉に、インドリトは頷いた。

 

 

 




【次話予告】

モルテニアの集落を離れたディアンたちは、テリイオ台地の地下にある大迷宮「野望の間」に入った。地下百階を目指し、数多の魔物たちを退けながら進む。そして最深部でついに、ディアンは大魔術師との邂逅を果たす。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第十八話「野望の間」

少年は、そして「王」となる…

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