戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第二十話:洋上の宣言

後世、レスペレント地方は魔人グラザの一人息子「リウイ・マーシルン」によって統一される。リウイは「光と闇の共生」を掲げ、レスペレント地方に種族を超えた平和を実現するために奔走する。だが、カルッシャ王国の滅亡によってフェミリンスの血統が絞られたため、この地を覆っていたフェミリンスの呪いも弱くなる。そこで蠢き始めたのが、ブレアード迷宮で眠っていた「深凌の楔魔」たちである。フェミリンス戦争から、実に一千年後の話である。そしてもう一人、蠢き始めた存在があった。「野望の間」の地下百階で生き延びていた「ブレアード・カッサレ」である。

 

リウイに同行していた「カーリアン」の証言では、ブレアードは魔人となりリウイの殺害を図ったという。レスペレント地方に再び大戦を起こそうとしていたため、リウイをはじめとするメンフィル帝国は総力を結集して、魔人ブレアード討伐に乗り出した。大魔術師らしく、魔人ブレアードは幾度もリウイの前に立ちはだかるが、ついには滅ぼされ、神骨の大陸にあるという異界「神の墓場」に封じられるのである。

 

後世の歴史家たちは首を傾げる。それはブレアード・カッサレの行動についてである。ブレアード・カッサレが活躍したフェミリンス戦争は、リウイ・マーシルンが誕生する千年前の話である。仮に、千年間も野望の間で生き続けていたのであれば、彼は一体、何をしていたのであろうか。千年を経て、フェミリンス戦争は「神話」となり、ブレアードの名前もお伽噺の中でしか出てこないほどに忘れられていたのである。大魔術師が、千年間にわたって全く歴史に登場をしなかった理由は、後世の歴史家たちにとって大きな謎となっている。

 

 

 

 

 

儂を・・・殺してくれ・・・

 

ブレアードの懇願に対して、ディアンは首を横に振った。

 

『諦めるな!まだ破壊神になると決まったわけじゃない。アンタは大魔術師だろうが!』

 

『この十数年、研究をし続けた結論だ。この呪いを解く術は無い・・・』

 

『だったら封印してやる!アンタを殺したって、カッサレ家の誰かに呪いが掛るんだろ?』

 

『「永劫封印」は、永遠に封印されるわけではない。五百年か、千年か・・・いずれ必ず封印は解ける。儂を殺した後は、すぐにニース地方に行くのだ。カッサレ家の場所は記してある。お前の手で、カッサレ家を絶やしてくれ・・・』

 

ディアンは唇を噛んだ。確かにブレアードの言う通りにすれば、フェミリンスの呪いを終わらせることは出来るかもしれない。だが魔物や盗賊を殺すのとはわけが違うのだ。「呪われるかもしれないから」という理由だけで、罪もない人間を殺すことになるのである。それはディアンの性格上も出来ないことであった。ディアンは決意した。右手首を切り、血を滴らせる。

 

『何をする気だ!早く儂を殺すのだ!』

 

『オレに手を汚せと言うのか?ゴメンだね。アンタの願いは理解できるが、オレにも譲れない(さが)というものがある。アンタを封印する。そして、オレが研究を引き継ぐ。今は無理でも、五百年後、千年後には呪いを解く方法が見つかるかもしれない』

 

『・・・お前という奴は・・・』

 

『オレが必ず、フェミリンスの呪いを解いてみせる!』

 

血を滴らせながらブレアードの周囲を一周したディアンは、術式を構えた。ブレアードはもはや抵抗しなかった。最後の言葉を残す。

 

『最後に、お前という男に会えて嬉しく思う。儂には叶わなかったことも、お前なら出来るかも知れん。この世界を「より良き世界」に導いてくれ・・・』

 

『アンタの研究と志は、オレが確かに引き継いだ!さらばだ、ブレアード・カッサレ、我が師よ!』

 

ブレアードの周囲に張られた結界が青白く光る。ブレアードは瞑目した。未来への希望なのか、口元には笑みが浮かんでいる。ディアンが術式を発動させた。

 

『極大封術:永劫封印ッ!』

 

青い光がブレアードを包み込む。足元から石に変わっていく。ブレアードは身じろぎ一つせず、石化を受け入れた。光が収まった時、大魔術師の石像が残った。静寂の中で、ディアンは瞑目した。瞼が少しだけ、熱かった・・・

 

 

 

 

 

瞑目する師の横で、インドリトは感じていた。ブレアード・カッサレの思想と彼の目指していた世界についてである。ブレアードは封印される直前まで、種族を超えた平和と繁栄を望んでいた。そしてその原点は、現神同士の争いという「二項対立世界への疑問」からであった。インドリトは思った。

 

(ブレアード・カッサレが目指していた世界に、最も近いのは「西ケレース地方」ではないか?様々な種族たちがプレメルに集まり、お互いを尊重し合いながらも「地方全体の繁栄」を目指して協力し合っている。光の現神を信仰するドワーフ族と、古神の眷属である龍人族が手を取り合っている。魔神までも協力をしてくれている。西ケレース地方は、この世界で唯一の「二項対立を超えた地」なのかもしれない・・・)

 

もし自分が長になった時に、その世界を毀してしまったら、ブレアードは自分を許さないだろう。西ケレース地方をさらに発展させるのは、ブレアードの思想を聞き、その貴重さを知った自分なのである。インドリトは決心した。

 

(私は、王になる)

 

 

 

 

 

ブレアード・カッサレの封印後、ディアンはブレアードの研究室に入った。実験器具や大量の書きつけが整理されている。どうやら自分が来ることに合わせて、引き継ぎの整理をしていたようだ。机の上に、一冊の書籍が置かれていた。「カッサレの魔道書(grimoire)」である。これまで見てきた魔道書より少し分厚い。表紙を捲るとこれまでに無かった一文が書かれていた。

 

ディル=リフィーナ世界に新たな光を齎すことを祈念し、我が最後の魔道書として著す。

心有る者よ、願わくば我が志を解し、此の書を未来の希望に役立てんことを・・・

Blaird Kassere

 

まだ筆墨が乾ききっていない程に、真新しい一文であった。しばし文章を眺め、ディアンは魔道書を革袋に収めた。十数年間もこの部屋に籠り、研究を続けていたのである。資料の数は膨大であった。ディアンたちは幾度かに分けて、地下一階まで転送機を使って運び出した。食糧を消費していたため、帰り道は空の荷車を使うことが出来る。全てを運び出し、ディアンは地下十一階に降りた。転送機を念入りに調べ、抱え上げる。思った以上に重かった。レイナが護衛についている為、立ち止まることなく地下一階まで運び上げることが出来た。

 

『さぁ、戻ろうか・・・モルテニアに』

 

ディアンたちは久しぶりの地上に出た。陽の光に、ディアンは目を細めた・・・

 

 

 

 

 

モルテニア地方 闇夜の眷属たちの集落に近づいたディアン一行の前に、グラザ以外の魔神が出現した。

 

≪汝がディアン・ケヒトか、グラザより話は聞いている。グラザは汝を認めておったが、我は自分の目で見ぬ限り、認めることは出来ぬ。さぁ、我と戦え!≫

 

普段なら魔神化するところだが、いまは過酷な旅から戻ってきたばかりである。ディアンは溜め息をついた。

 

『疲れているんだ。通してくれないか?そもそも・・・お前、誰だ?』

 

ディアンは意図的にぞんざいな態度を取った。相手の性格を予想しての態度である。それに疲れているのは本当であった。案の定、目の前の魔神は顔を赤くしている。怒りが湧いているのだ。

 

≪貴様・・・この地で魔神といえば、深凌の楔魔に決まっておろうが!我が名は魔神ディアーネ、深凌の楔魔が一柱ぞ!≫

 

『ディアーネ?・・・あぁ、思い出した。たしか序列十位だったな。一番弱い奴だ』

 

無論、ディアンは目の前の魔神の正体に気づいていた。だが戦うのが面倒だった。敢えて挑発し、一瞬で決着をつけるつもりだった。案の定、ディアーネは激昂した。

 

≪序列九位だ!大体、あれは召喚の順番だ!貴様ぁ、許さん!≫

 

伸縮性のある槍を抜くと、ディアンに飛びかかってきた。

 

≪我が暗黒槍を喰らえッ!≫

 

人外の速度ではあるが、単純に飛びかかってきただけである。ディアンは難なく躱し、懐に入ると剣を頸元に突きつけた。ディアーネの動きが止まった。敗北を察したのだ。

 

『・・・魔神というのはどうしてこう、単細胞なんだ?グラザは例外的に思慮深い奴だが、お前は典型的な魔神だな。ちょっと挑発されただけで激昂し、隙だらけのまま突っ込んでくる。単純な力と速さだけで、闘いに勝ち続けてきたのだろうな・・・』

 

ディアーネが槍を落とした。ディアンも剣を収めた。

 

『インドリト、今の戦い方を覚えておきなさい。力と速さだけで勝てるのは、相手が素人の場合だけだ。知恵を使えば、たとえ人間でも魔神に勝てる』

 

『ハイッ!』

 

≪クッ・・・我をわざと挑発したのか・・・まるでパイモンのような奴だ≫

 

『挑発に乗ったのはお前だろう。剣と魔術を交えることだけが戦いだと思っているのなら、お前の寿命は長くないぞ?』

 

ディアーネは歯ぎしりをしたが、溜め息をついて力を抜いた。敗北を認めたのだ。

 

『これから集落に入る。グラザの為にも、お前も魔力を身に纏え。ブレアードの最後を聴きたいだろう?』

 

「ブレアードの最後」と聞いて、ディアーネの顔色が変わった。

 

 

 

 

 

『そうか、ブレアードを封じたか。間に合って良かった・・・』

 

グラザは腕を組み、瞑目した。ブレアード迷宮内にあるグラザの居室である。ディアンとディアーネは集落に到着すると、その足でグラザのもとに向かったのだ。ディアンからの報告を受けたグラザは溜め息をついて頷いたのだ。だが、ディアーネは不機嫌そうな表情をしている。ディアンが聞いた。

 

『ディアーネ、さっきから機嫌が悪そうだが、何か引っかかっているのか?』

 

『悪いに決まっておろう!ブレアードめ、グラザにだけ伝言を残し、我には何もないというのか!我とて、闇夜の眷属たちをまとめるために苦労しておるのだ!』

 

『あぁ・・・そういえば、お前にもあったな』

 

『なに?なぜ早く言わぬ!』

 

『いや、大して重要でもないと思っていたから忘れていた』

 

ディアンは即席で嘘を考えた。この程度ならブレアードも許してくれるだろう。

 

『お前にはこう言っていた。「序列九位にしてスマン。お前はゼフィラより強い。それは間違いない」・・・だそうだ』

 

グラザはすぐにディアンの嘘を見抜いた。だが何も言わない。好ましい嘘だと思ったからだ。その証拠に、ディアーネが嬉しそうにソワソワする。

 

『そ、そうか・・・うむ、確かに大したことではないな。だがまぁ、ブレアードがそう言うのなら、許してやっても良い』

 

明らかに顔がニヤついている。単純な奴だと思いながら、ディアンはブレアードが残した最後の魔道書を机の上に置いた。

 

『ブレアードが遺したものだ。研究資料とは異なり、誰かに読まれるために書かれている。ブレアードの知識の全てが、この一冊にある』

 

渡そうとするディアンをグラザが止めた。

 

『俺に渡しても無意味だ。ブレアードが封印されたと同時に、俺の中にあったブレアードの魔力も消えた。もう俺には「カッサレの魔道書」を読むことが出来ない』

 

驚くディアンに対して、グラザが言葉を続けた。

 

『本拠地「ヴェルニアの楼」に残されていたブレアードの資料は、まとめて荷車に積んである。俺が持っていたカッサレの魔道書も含め、全てをお前に引き継ごう。ブレアードを苦しめ続けた「フェミリンスの呪い」を解いてくれ』

 

『・・・わかった。必ず解呪法を見つけ出す』

 

『・・・話しは終わったようだな。では、我はそろそろ行く。グラザよ、達者でな。ディアンよ、いずれまた会おう。次は敗けん』

 

ディアーネにも感じるところがあったのか、静かに部屋を出ていった。

 

 

 

 

シュタイフェの手配により、帰りは船が用意されていた。モルテニア地方からフレイシア湾まで行く帆船である。交易にも使えそうなほどの大きさであった。

 

『ヒッヒッ!アッシの交渉術によって、商人が用意してくれたんでさぁ。代金は、美女三人がカラダでお支払いということで・・・ブヘェッ!』

 

グラティナとファーミシルスの足が顔面に命中する。ディアンは苦笑いしながら、宝石が入った袋をシュタイフェに渡した。かなりの量である。船の代金を支払っても十分に余るはずだ。シュタイフェが目を丸くすると

 

『残りはこの集落の為に使ってくれ。グラザは闇夜の眷属のためなら、命すら賭けるだろう。カネによって無理を避けることも出来るはずだ・・・』

 

精悍な顔つきに戻ったシュタイフェが頷いた。インドリトもシュタイフェに声を掛けた。

 

『シュタイフェ殿、本当にお世話になりました』

 

『いえいえ、坊ちゃんにはもっと楽しいことを教えたかったのですが、特に夜の・・・』

 

レイナが剣に手を掛けていたので、シュタイフェは言葉を止めた。インドリトは笑ったあと、真顔で話し出した。

 

『西ケレース地方には、近いうちに国が誕生します。今回の渡航は、西ケレース地方とモルテニア地方を結ぶ良いきっかけになるでしょう。片道ではなく、往復の形で、これからも行き来をしたいと思います』

 

インドリトがこうした「政治的話題」を口にするのは珍しい。レイナたちは顔を見合わせたが、ディアンは笑みを浮かべながら黙っていた。シュタイフェも「知の魔人」として応答した。

 

『この地では、闇夜の眷属たちは肩身の狭い思いをしています。海の向こう側に、自分たちの同胞がいると知れば、皆も勇気づくでしょう。今後も互いの交流を進めさせて頂きたいと願っています』

 

インドリトとシュタイフェが握手を交わした。船に荷物を運び終えると、グラザが見送りに来た。

 

『ディアン、お前には本当に世話になった。達者でな』

 

『世話になったのはこちらだ。転送機の分析が終わり次第、船を使って運んでくる。西ケレースのプレメルに遊びに来い。ブレアードの理想が現実になっている街だ』

 

『あぁ、楽しみだ。それまで・・・』

 

『あぁ、しばしの別れだ・・・』

 

ディアンとグラザは固い握手を交わした。インドリトもグラザと握手をする。インドリトの顔つきは、この集落に来る前とは別人であった。瞳に固い決意が見て取れる。船に乗り込み、出航した。オウスト内海を周流する海流と風を使うことで、フレイシア湾に行くことが出来る。いずれフレイシア湾を港として整備し、大型の船をつかってオウスト内海を行き来する交易も可能だろ。ファーミシルスが舳先に立っていた。ディアンが後ろから声を掛ける。

 

『ファミ、残っても良かったんだぞ?』

 

ファーミシルスが驚いたように振り返った。顔が朱い。

 

『お前はオレの使徒ではない。あの集落でグラザの下で生きる道もあるんだ。お前が望むのなら、迷わずそうしろ』

 

『いや、いまグラザの下に行ったところで、私が役立つことは少ない。グラザに追い返されるだろう。西ケレース地方で力を揮えとな』

 

そうかもしれない、ディアンはそう思った。グラザとファーミシルスに縁があるのなら、いずれ共に生きる道が見つかるだろう。レイナとグラティナがファーミシルスの肩を叩き、互いに頷き合う。するとインドリトが声を掛けてきた。瞳に固い決意がある。

 

『ディアン・ケヒト殿、レイナ・グルップ殿、グラティナ・ワッケンバイン殿、ファーミシルス殿、皆様にお願いがあります』

 

これが、後に「洋上の宣言」と言われる、インドリトの決意表明である。

 

 

 

 

 

『私はこの旅で、多くの人たちに出会い、多くの学びと気づきを得ました。闇夜の眷属を恐れ、身を硬くして閉じこもる人、善悪を知らず襲いかかる蛮人、志を持って集落を束ねる魔神、そして生涯を掛けて理想を追求した魔術師・・・ ブレアード・カッサレはその生涯を「光と闇の対立の克服」「種族を超えた平和と繁栄」に捧げていました。そしていま、西ケレース地方ではその理想が、実現しつつあります。もし私たちが努力を怠り、その理想から遠ざかることがあれば、ブレアード・カッサレも、魔神グラザも、そしてフェミリンス戦争で失われた多くの命たちも、決して我々を許さないのでしょう。私は決心しました。私は王となり、西ケレース地方に国家を打ち立てます。光も闇も関係なく、あらゆる種族たちが共に繁栄する「理想郷」を築きます。ですが、私独りの力は小さなものです。遥か彼方の理想を実現するには、多くの人たちの協力が必要です。どうか理想実現のために、皆さんの力をお貸し願いたい!』

 

インドリトは弟子としてではなく、建国者として協力を呼び掛けた。であるならば、ディアンたちの取るべき態度は決まっていた。ディアンたち四人は、一斉に片膝をついた。ディアンは俯きながら、発言をする。

 

『よくぞ御決心されました。このディアン・ケヒト、貴方様の理想実現のために、この身を捧げましょう』

 

そしてディアンたちは其々に剣を抜き、両手で捧げた。名剣クラウ・ソラスが輝いた。

 

「ヴォウッ!」

 

尾を振りながら、ギムリが一声吠えた。

 

 

 

 

ドワーフ族の少年インドリト、時に十五歳。建国の決意を胸に、西ケレース地方へと帰還する。

 

そして、少年は「王」となる・・・

 

 

 

 




【次話予告】

帰郷したインドリトは、精力的に各部族を回る。部族の長も、インドリトを認め始める。ところがある日、西ケレース地方に災難が訪れる。黒い飛竜の来襲であった。インドリトは師に志願し、単身で飛竜退治へと向かう。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第ニ十一話「操竜子爵の誕生」

・・・耳ある者よ、聴けよかし・・・「(うま)き国」ターペ=エトフの物語を・・・

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