戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第二十二話:プレメルの界炉

ディル=リフィーナは、元々は「イアス=ステリナ」と「ネイ=ステリナ」という二つの世界であった。数千年前に、イアス=ステリナの科学者たちが、並行世界であったネイ=ステリナを発見し、異なる次元の存在が相互に繋がったことで、やがて融合してしまったと言われている。時空間が異なる二つの世界の融合は、大きな(ひず)みを生み出した。ディル=リフィーナ成立以降も、その歪みは各所に残り、「異界」と呼ばれる異空間を形成している。歪みの代表例としては、ラウルバーシュ大陸西方の「テルフィオン連邦」にある「歪みの主根」である。歪みの主根は、テルフィオン連邦北部の街「エテ」の地下に存在する大迷宮であり、訪れる度に内部構造が変化し、ディル=リフィーナ各地と繋がっていると言われている。エテの街には「異界守」と呼ばれる迷宮探索の専門家が存在し、日々変容する迷宮の探索及び漂着する異物の保護を行っている。

 

このような「歪み」は、ディル=リフィーナの各所にみることが出来、死者の魂が流れ着くという「冥き途」にも、異界へと繋がる門が存在すると言われている。また、思いもかけず異界の口が開く場合もあり、その口に飲まれると異界へと飛ばされると言われている。この現象を「神隠し」と呼び、神隠しにあった者が生還したという例は限りなく少ない。

 

悪魔族の中には、ディル=リフィーナ特有の「歪み」を意図的に発生させることが出来る者もいる。彼らを「歪魔」と呼び、異界に繋がる門を開閉出来るばかりか、その門を使って瞬間的な移動を可能としている。転送魔術自体は、現神や魔神も使用する魔術体系の一種であり、「転送機」などに応用されている。しかし転送機は「異界を経由した通り道」に過ぎず、転送機同士を魔術によって繋ぐため、異界そのものに行くことは出来ない。一方、歪魔族はディル=リフィーナの「あらゆる場所」に瞬時に移動することが出来、異界そのものにも行くことも可能と言われている。歪魔族は、ディル=リフィーナ成立後に誕生した「新種の悪魔」と言われており、彼らがどうやって異界の門を操作しているのかは、魔術師たちの大きな研究課題となっている・・・

 

 

 

 

 

『まずは山道を拓き、建設予定地に昇降機を設けるのだ。岩場を平らに均す。王城となる以上、堅固でなければならぬ。しっかりと基礎を打つのだ』

 

美を愛する魔神アムドシアスは、設計図を両手で持ちながら指揮を執った。ディアンに諭され、魔神の気配を抑えている。インドリトはその様子が可笑しかった。アムドシアスは魔神である。本来であるなら破壊に喜びを見出すはずだ。だがアムドシアスは建設で喜んでいる。インドリトはアムドシアスを説得した場面を思い出した。

 

≪なに?我に王城建設を依頼すると?正気か?≫

 

魔神アムドシアスは、次期国王インドリトの要請に眉を顰めた。ディアンやインドリトは既に面識があり、それなりに信頼関係はある。だが王城というのは国家の機密事項である。それを自分に任せるなど、信頼され過ぎという感覚を持ったのだ。インドリトは微笑みながら話した。

 

『私は、レスぺレント地方への旅で、魔神グラザ殿と話をしました。グラザ殿は魔神の破壊衝動を抑えることに苦しんでいました。そこで不思議に思ったのです。アムドシアス殿には、そうした破壊衝動は無いのかと・・・私はこう考えました。アムドシアス殿は破壊衝動を美の追求に転換されているのではないか、美には破壊衝動を抑える力があるのではないかと。新しい国は、多くの種族が集まり、他国からも使者が来るでしょう。「美の力」によって、平和を実現できたらと思うのです。「美の力」を示すためのご協力をお願いできないでしょうか?』

 

«「美の力を示す」か・・・»

 

腕を組み、真剣に考えている様子を見せてはいるが、明らかに乗り気になっている。更にインドリトがトドメを刺す。

 

『この美しい白亜の城・・・このような城を建てられないかと思うのです。私はことさら贅沢をしたいとは思いませんが、王宮は国威を顕わすと言います。新しい国に相応しい、美しい城を建てたいのです』

 

«うむ、新王は優れた審美眼を備えているな。良かろう。美を解する者が増えることは、我にとっても喜ばしいことだ。我が腕にヨリを掛けて、ラウルバーシュ大陸で最も美しい王城を建てて見せよう»

 

そして今、魔神は嬉々として王宮建設に取り組んでいる。ドワーフ族や獣人族たちも、魔神の指揮を受け入れている。インドリトやディアンも一緒に働いているからだ。

 

『インドリト様、あなた様は王になるのです。このような仕事は・・・』

 

そう嗜める者もいたが、インドリトは「自分が住む家は自分で建てる。それがドワーフ族の文化です」と言って、率先して物資を運んでいる。無論、毎日出来るわけでは無い。部族長会議に参加をする必要もあるし、他種族を周る活動は欠かせないからだ。だが、インドリトが一緒に働くという効果は絶大であった。新国王への期待は日々、高まっていた。

 

 

 

 

 

基礎が打ち終わり、万一の脱出路を兼ねた地下道が掘り始められたある日、叫び声と共に地下から作業をしていたドワーフたちが逃げ出してきた。インドリトが何事かと尋ねると、横穴が発見され、見たことも無い魔物が出てきたと言うのである。インドリトは剣を用意し、地下に降りようとしたが、ディアンが止めた。

 

『インドリト、お前は行くな。私が行こう』

 

『ですが・・・』

 

『私がいなくても、国は出来る。だがお前がいなければ、国は成り立たぬ。もはやお前は、お前ひとりの存在ではないのだ』

 

インドリトは頷き、ディアンに命じた。

 

『ディアン・ケヒト殿、地下に出現したという魔物の駆逐、および横穴の調査をお願いします。危険が無いようであれば、横穴を制圧し、王城の地下室としますが、もし難しいようであれば、封鎖をしてしまいます』

 

『しかと承りました』

 

ディアンはクラウ・ソラスを背負い、レイナとグラティナを連れて地下へ降りた。ファーミシルスは万一に備え、地上で待機している。最悪の場合は、地下そのものを封鎖するように命じた。

 

 

 

 

 

地下に降りたディアンたちは、見たことも無い魔物に驚いた。四角い岩のようなものが浮いている。ディアンは万一に備え、魔神へと変じた。だが魔神の気配にもまるで臆する様子が無い。それどころかいきなり飛びかかってくる。ディアンは両断したが、二つに割れた岩は再び結合する。

 

≪これは・・・魔物ではない。何らかの精霊だ。だが、こんな精霊がいるのか?≫

 

すると様々な色をした岩が出現した。赤や茶、青い岩もある。ディアンは試しに、赤い岩に向けて炎を放った。すると岩が増殖した。

 

≪なるほど。色によって属性が異なるわけか。面白い≫

 

クラウ・ソラスに込める魔力を変えながら、次々と岩を攻撃する。レイナやグラティナも魔法で攻撃をする。属性攻撃を受けた岩は次々と破壊されていく。単純な物理攻撃では倒せない魔物はラウルバーシュ大陸にも存在するが、大抵は「不死属性」の魔物である。これは明らかに異質であった。ドワーフたちが掘り進めた竪穴から魔物を駆逐すると、繋がった横穴の前に立つ。横穴の先は暗黒であった。ディアンは松明を中に入れてみる。

 

«どうやら、空気はあるようだな・・・»

 

ディアンは先行して中に入った。

 

 

 

 

 

洞窟内は全く光の刺さない暗黒であった。幸いなことに魔物などは出てこない。ディアンたちは松明を片手に慎重に進んだ。ディアンは首を傾げた。

 

«あの精霊たちは、どこから来たんだ?»

 

洞窟を進むと、行き止まりであった。他の道を進んでも同じである。ディアンたちが入った洞窟は、どこにも繋がっていない「空洞」だったのである。ディアンが訝しんでいた時、グラティナが声を上げた。

 

『みんな!こっちに来てくれ!』

 

ディアンとレイナが声がした方に行く。グラティナが青ざめた表情をしている。

 

『なぁディアン、この洞窟は、城建設のために山を掘り進んでいたら、偶然見つかったんだったな?』

 

«あぁ、そのはずだが?»

 

『つまり、この洞窟はそれまで、ルプートア山脈の中にあった「未踏の空洞」だったってことだな?』

 

頷くディアンに対し、青い顔をしたグラティナが、暗闇に松明を向ける。

 

『・・・なら、これはどう説明するのだ?』

 

そこには、ボロボロの服をきた白骨化した死体が転がっていた。

 

 

 

 

 

『・・・かなり前の死体だな。この服装を見るに「冒険者」か?』

 

人間に戻ったディアンは、死体の観察を行った。レイナが灯りを持ってくれているが、グラティナは死体を見たくないようで、周囲の見張りをしている。魔神すらも恐れないグラティナが、物言わぬ死体を怖がるというのが、ディアンは可笑しかった。死体は微生物によって分解され、完全に白骨化しているが、それ以外の手がかりが見当たらない。ディアンは周囲を灯りで照らした。死体から数歩離れた岩の上に、手帳のようなものが落ちていた。ディアンは慎重に手帳を開いた。ボロボロのため、読めない箇所もある。読める部分だけ、声に出して読み上げる。

 

「●月●日、エテの主根に潜る。息子も同行した。未知の魔物が出現したが、息子は恐れることなく火炎魔術で撃退した。息子の魔術は既に私を超えている。父として頼もしく思う」

「油断であった。突如、歪みが大きくなり飲み込まれてしまった。息子を突き飛ばし、私だけが異界に飛ばされた・・・この地は未知の魔物が横行している。どのように戻るか検討もつかない」

「魔の気配を放つ山程の巨体を持った魔物に出くわした。私は慌てて逃げた。あれは魔神に違いない。一体、ここはどこなのだ?」

「恐怖の時、漆黒の夜が来た。夜空に目を凝らすと、黒い円が見える。あれは闇の月ではないのか?それであればここはディル=リフィーナ世界の何処かということになる」

「この世界は・・・行けども行けども、同じ場所にでてしまう。まるで空間が閉じているかのようだ」

「再び歪みが発生した。だが元の場所に戻れるだろうか。私は飛び込む勇気がなかった」

「ここにいて、助かるとは思えない私は・・・」

「賭けは外れた。この洞窟は完全に閉じている。ここから出る術はない。私の命運は尽きた」

 

ディアンは読み進めた。最後の頁を読み上げる。

 

「水も食料も尽き、灯りも間もなく消える。暗闇の中で生きる自信はない。私は自害する。だがその前に、最後に一目、息子に会いたい。息子は十五歳だった。あれからどれだけ、時が経ったか解らない。息子よ、ここで死ぬ父を許してくれ」

 

灯りが切れたのか、其処から先は何が書かれているのか読めなかった。だがディアンは、これら断片的な情報から一つの結論を出していた。

 

『この男は、歪みに飲まれ、ディル=リフィーナの別の大陸に飛ばされたんだ。「閉じた世界」「巨大な魔神」・・・ 恐らくは「神の墓場」だろう。そして再び歪みが発生し、元の世界に戻るために飛び込んだ。その結果、この洞窟に着いてしまったのだ・・・』

 

ディアンは瞑目した。死の間際まで諦めることなく、記録し続けた男の精神力に敬意を持った。レイナに灯りを託し、白骨体を抱え上げる。

 

『せめて、陽の光の下で眠らせてやろう』

 

『・・・そうね』

 

『この洞窟はどうするのだ?魔物などはいないが・・・』

 

『あの精霊達は、異界から来たのだろう。ということは、この洞窟は少なくとも二度は、異界に繋がっている。三度目が無いとは限らない。封鎖すべきだろうな』

 

報告を受けたインドリトは結界を張り、さらに岩を積み上げて洞窟の出入り口を完全に塞いだ。後世において「プレメルの界炉」と呼ばれる異界への出入り口は、こうして封鎖されたのであった。

 

 

 

 

 

 

遺体を丁重に埋葬したディアンは、その夜の食事中に、一つの仮説を披露した。

 

『あの可哀想な冒険家には、十五歳になる息子がいた・・・』

 

『ディアンが読んでいた手帳に、そう書いてあったんでしょ?』

 

『そしてあの男は、エテの主根に飲み込まれたと書いていた。エテの主根とは恐らく、西方の巨大な歪み地帯「歪みの主根」のことだろう』

 

『それが?』

 

『ブレアード・カッサレは、十五歳の時に、西方の歪みを探索中に父親を失ったと言っていた』

 

『!!』

 

レイナたちが互いに顔を見合わせた。

 

『まさか・・・あの男は・・・』

 

ディアンは首を横に振った。

 

『証拠は何もない。あの手帳に、ブレアードの名前も、カッサレの姓も出てきていない。だが、状況的には符合する。父が死の間際まで心配をしていた息子は、その才能を開花させ、ディル=リフィーナ史上最大の魔術師となり、志を持って破壊神と大戦争を繰り広げた・・・ そう思うと、少し救われたような気がしてな』

 

ディアンはそう言うと、杯を掲げて飲み干した。

 

 

 




【次話予告】

王宮建設が進む中、インドリトは国王就任前の挨拶として、レウィニア神権国を訪れる。レウィニア国王との会談終了後、インドリトは神殿に呼ばれる。奥の泉で美しき神に出会う。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第ニ十三話「美神への挨拶」

・・・耳ある者よ、聴けよかし・・・「(うま)き国」ターペ=エトフの物語を・・・

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