戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第二十三話:美神への挨拶

ターペ=エトフは、その経済力に相応しく眩い程に豊かな国であった。だが、国王インドリトの生活はそれほど贅沢なものではなく、むしろ質素であったと言われている。美女を集め、美食を極める凡俗な権力者が多い中、インドリトの情熱は「種族を超えた繁栄」の実現に傾けられていた。そのため、その食生活などは民衆たちと大して変わらないものであった。

 

その中で、唯一の「贅」と言えたのが「プレメルの王城」である。同盟国であったレウィニア神権国には、ターペ=エトフの王宮の様子が克明に残されており、後世の歴史家にとって貴重な資料となっている。王宮は「ターペ(絶壁)」の名にふさわしく、ルプートア山脈南部の高所にあり、登山道を使って登る必要があった。そのため王宮までの昇降機が用意されていた。王宮は高所対策としてルプートア山脈の温泉が引かれており、宮殿は暖かく、庭園には噴水があり、観葉植物が植えられ、宮廷宴が催されていた。謁見の間は音響が計算されており、インドリトの声は全員に聞こえるように設計されている。元老院が開かれる円卓会議場、南方の果実を栽培する温室、飛竜ダカーハのための専用部屋も用意されていた。白大理石で外壁が覆われ、日光に輝く白亜の城であったと言われている。

 

ラウルバーシュ大陸でも屈指の「名城」と言われた王城は、魔神ハイシェラの統治以降、この地に侵攻してきたマーズテリア神殿によって破壊され、現在では辛うじてその形を見て取れるに過ぎない。マーズテリア神殿の聖女「ルナ=クリア」は、先行した神殿兵による破壊行為に憤りを示したと言われている。

 

 

 

 

 

地下道工事が終わり、いよいよ王宮建築が始まっている。インドリトは相変わらず、資材搬送などを手伝っているが、国王となる以上はいつまでも大工をしているわけにはいかない。西ケレース地方が国家形成に向かっていることは、遠くレウィニア神権国まで伝わっており、今後の外交関係を考えれば、建国前に挨拶をしておくべきであった。インドリトとディアンは僅かな供回りを連れて、レウィニア神権国へと向かった。

 

『先生、レウィニア神権国とはどのような国なのですか?』

 

馬上で揺られながら、インドリトが尋ねる。流石に他国に訪問するのに「飛竜」に乗っては行けない。ディアンはレウィニア神権国について説明をした。

 

『レウィニア神権国は、水の巫女という土着神を信仰する「レウィニア教」という宗教を国教としている。とは言っても、それ以外の宗教を認めないというわけではなく、大多数の民衆たちが自発的に信仰しているに過ぎない。レウィニア教の最大の特徴は、他の宗教と異なり「神が実在すること」だ。水の巫女は、これから行く首都「プレイア」に実在している』

 

『神が、街に住んでいるのですか!凄いなぁ!』

 

『水の巫女は滅多に人前に姿を見せないが、私は幾度か会っている。彼女の気分次第では、会えるかもしれないな。さて、レウィニア神権国はこのように、水の巫女を「絶対君主」とする宗教国家だが、水の巫女自体が政治を行っているわけではない。実際の政治は、水の巫女の使徒である「国王」が行っている。国王は統治のために「貴族」を指名し、国王と貴族および役人たちによる政治体制になっている』

 

『貴族?それは、部族長の方々のようなものでしょうか?』

 

『いや、全く違う。部族長会議は、各種族の代表で構成される。そして、その代表を選ぶのは、各種族の民衆たちだ。だが貴族は違う。貴族は国王が任命する。つまり民衆と切り離されているのだ。レウィニア神権国では、民衆と政治が切り離された政治体制になっている』

 

ディアンは少し苦い表情をした。その様子を察したのか、インドリトが話題を変えた。

 

『水の巫女とは、どのような方なのですか?先生は、何度かお会いになっているんでしょう?』

 

『美しい神だ。その表情は硬質で、一見すると取っ付き難く、冷たい印象を受けるが、実際はとても感情豊かな神だ。そして、レウィニアに住む民を心から大切にしている。それに面白いのが、土着神だということだ。つまり光でも闇でもない。レウィニア教の教典を読んだことがあるが、その教えは「自然信仰」に近い。ガーベル神とも通じるものがある』

 

『プレイアの街には、リタ殿もいらっしゃいますね。久々にお会いできるのが楽しみです。レイナ殿たちをお連れできなかったのが残念です』

 

『あの「芸術バカ」を監視する役が必要だからな。お前と私が国を離れる以上、あの魔神を止められる者が必要だ。レイナ、ティナ、ファミの三人がいれば大丈夫だろう』

 

『というより、アムドシアス殿がそんな暴挙をするとは思えませんが・・・』

 

アムドシアスの熱の入れようは更に激しくなっていた。楽隊まで呼び寄せ、音響の計算などを始めている。まるで自分が住む城を建築するかのような情熱に、ドワーフ族たちも次第に魔神を信用し始めていた。

 

 

 

 

 

レウィニア神権国の首都「プレイア」は、ニ十万人の人口を擁する大都市である。あまりの人の多さに、インドリトは驚いたようだ。東西南北から様々な産物が集まり、人々は活気に満ちている。インドリトは眩しそうにその様子を見たが、あることに気づいた。人間以外が存在しないのである。ディアンが説明した。

 

『アヴァタール地方は人間族が最も多い地方だ。特にブレニア内海沿岸地帯は、「人間族の縄張り」と言えるだろう。ドワーフ族やエルフ族が迫害されることは無いだろうが、注目を受けるのは確かだろうな。まぁ、あまり気にするな。大抵の人間族は善良だ』

 

門を潜ったところで、王宮からの使者が待っていた。既に使いを送っていたためか、馬車が用意されている。インドリトは初めて見る白亜の馬車を眺めて首を傾げた。インドリトとディアンが馬車に乗り、供回りはその後ろを馬で付いて来る。車中でディアンが尋ねると、インドリトが質問をしてきた。

 

『思うのですが、この「馬車」というものは、あまり役に立たないのではないでしょうか?私たちを運ぶために六頭もの馬を必要とします。私と先生のために馬を用意すれば二頭で済むのに』

 

インドリトは虚飾という発想がなく、どこまでも実際的な思考をする。ディアンは笑った。

 

『要するに、貴族や役人が「自分の権威」を示すための虚栄だ。無意味だとは思うが、人間族の国には必要なのさ』

 

『権威・・・ですか?別にそんなものを自ら誇示しなくても、国を強くし民を富ませれば、周りから自然と認められると思うのですが』

 

『全くだ。インドリト、レウィニア神権国は参考にするな。ここはあくまでも「人間族の国」なのだ。お前がこれから打ち立てる国は「全ての種族のための国」だ。例えば、ダカーハを思ってみろ。彼に下らぬ虚飾などは通じぬ。国には権威が必要だが、為政者に必要なのは「敬意」なのだ。お前が国を思い、民を思って治世をすれば、自ずから敬意を示されるようになる』

 

 

 

 

 

国王への挨拶は、王の「私室」で行われた。インドリトは未だ「国王」ではない。そのため上下関係が明確な「謁見の間」で挨拶となっても文句は言えない。だが先を見越した国王が、私室を選んだようである。以前、謁見をした時は凡庸な「元神官」に見えたが、その程度の判断は出来るようだ。インドリトは礼儀に沿って、国王に挨拶をした。この辺はレイナ仕込みである。国王ベルトルト・レウィニアは、インドリトとの対談を喜んだ。

 

『ケレース地方に新しい国が建国されることは、レウィニア神権国にとっても喜ばしいことです。既に交易も盛んなようで、貴国産の武器や素材、オリーブ油などがプレイアでも普及しています。私は特に「石鹸」がお気に入りで、入浴の際にはいつも使っていますよ』

 

『有難うございます。私たちも、レウィニア産の小麦で焼いたパンを常食しています。今後も両国の交流、交易を盛んにし、共に平和に、豊かになりたいと願っています』

 

軍事同盟ではないが、友好関係を結ぶことが会談で約束された。建国され次第、友好条約を正式に締結する予定である。亜人族では口約束が多いが、人間族を相手にする場合は、書面で残すことが大原則なのだ。友好的な会談が終わり、離宮の迎賓館での宿泊の予定であったが、その前に神殿から使者が来た。水の巫女からの呼び出しであった。

 

 

 

 

 

 

『先生は一緒ではないのですか?』

 

『水の巫女が呼んだのはお前だ。私は神殿の中で待っている。大丈夫だ。取って喰われることも、お説教も無い。ただ会えば良いだけだ』

 

インドリトは頷き、神官に連れられて神殿の奥へと向かった。奥の泉へと繋がる扉が開かれる。広大な水面が光を反射し、インドリトは目を細めた。泉の中央に亭があり、そこに伸びる桟橋が架けられている。

 

『中央に石像があります。泉に手を入れて下さい。水の巫女様が姿を現します』

 

言われたとおり、中央の亭に行き、泉に手を入れる。少し冷たい水であった。石像が神気を放ち、水の巫女が現れる。その美しさに、インドリトは陶然としてしまった。

 

『良く来てくれました。インドリト殿。長旅でお疲れでしょう』

 

硬い表情という師の言葉を思い出す。確かに笑顔はなく、冷たい印象を受ける。だがインドリトはその瞳に慈愛を見出していた。膝をついて挨拶をする。

 

『西ケレース地方、ドワーフ族族長エギールの息子、インドリトです。疲れなどありません。水の巫女様に御目文字が叶いましたこと、終生の喜びと致します』

 

水の巫女はしばらく、インドリトの顔を見つめ、頷いた。

 

『良い顔をしていますね。それに良い心を持っています。きっと、素晴らしい王になるでしょう。新しい国は名君を迎えて、栄えることでしょうね』

 

『お褒め頂きまして、恐懼の限りです。名君になれるかは解りませんが、国が栄え、民が幸福に暮らせるよう、身を尽くすつもりです』

 

『玉座とは、それ自体に意志はありません。そこに誰が座るかで、その性質が変わります。名君が座れば多くを幸福にし、暗君が座れば多くを不幸にします。神でない以上、完璧な王などは存在しません。ですが、それを目指す努力を怠れば、たちまち玉座の輝きは失われます。あなたがこれからも、努力を続けることを願います』

 

『お言葉、肝に銘じます』

 

『さて、神としての話は以上です。ここから先は、レウィニア神権国の君主としてお尋ねします』

 

水の巫女は言葉を切ると、インドリトに着座を薦めた。備え付けられた椅子に座る。

 

『貴方が建国する「新しい国」について、教えて頂けませんか?』

 

 

 

 

 

『新しい国と仰いますが、実はまだ国名も決まっていないのです。民衆たちに選んで貰えたらと思っています。西ケレース地方は、多種多様な部族が集まっています。一つの文化、一つの習慣でまとまる土地ではありません。私は為政者として政事を行いますが、私一人で決めるのではなく、各部族の代表者が集まる会議の場を「意思決定の場」としたいと考えています』

 

『部族の代表者は、貴方が決めるのですか?』

 

『いえ、各部族で決めてもらいます。部族長の決め方も、各部族で多様なのです。最も狩りが上手い者、最も知識がある者、最も齢を取っている者など、部族ごとに長の条件が異なります。民衆が選んだ部族長と話し合って決めることで、私の独りよがりの政事にならないようにしたいと考えています』

 

『ですがそれでは、部族ごとに己の利益を主張し、意見がまとまらないのではありませんか?』

 

『部族長会議の部屋には、各部族の言葉でこう書かれています。「万機公論に決すべし。皆族は一部族のために、一部族は皆族のために」、これは自分勝手な利益追求をせず、西ケレース地方全体の利益を考えるようにという戒めです。部族長たちは、この戒めを胸に、政事を話し合っています』

 

『「万機公論に決すべし」、良い言葉ですね。それは貴方が考えたのですか?』

 

『いえ、私の師が考えました。ドワーフ族の長である父も気に入り、その標語を使用しています』

 

『そうですか・・・』

 

水の巫女は少し寂しそうな表情を浮かべた。少なくともインドリトにはそう見えた。

 

『様々な種族をまとめる・・・ そのためには「信仰の違い」を克服しなければなりませんね。それはどう工夫をされているのですか?』

 

『西ケレース地方では、全ての種族が守るべき決め事として「憲法」というものを創りました。この中に「他者の信仰を非難してはならない」とあります。信仰とは心の中にあるものです。個々人の世界です。「貴方は貴方、私は私」・・・信仰においてはこの姿勢を守ることとしています』

 

『光と闇の現神を共に並べる・・・そういうことでしょうか?』

 

『そうです。神々が光と闇に分かれて争っていることは知っています。ですが、その争いに我々が巻き込まれる必要は、無いと思うのです。師の言葉を使うなら「勝手にやってろ」ということですね』

 

『師を尊敬しているのですね』

 

『尊敬し、そして目標としています。その強さも、その思想もです。いつの日か、師に肩を並べるほどに成長したいと思っています』

 

『貴方が目標とする思想、それを表現するならどのような言葉になるのですか?』

 

『そうですね。一言で言うなら「二項対立の克服」になるのでしょうか。善悪は立場によって変わります。どちらが善で、どちらが悪か・・・白と黒で分けようとすると、そこに対立が生まれます。ですが実際の世界は、白黒で分けられる世界ではありません。皆それぞれに生き方があり、善悪の判断基準があります。互いの立場、互いの判断基準を照らしあわせて、話し合いをすることで、争うことなく対立を克服できる・・・ 私はそう信じています』

 

水の巫女は少し瞑目し、頷いた。美神とインドリトの対談は、この会話を持って終了となった。一室で待っていたディアンは、インドリトと共に神殿を後にした。国賓が泊まる迎賓館があり、そこに案内をされる。だが師弟はすぐに、館から出た。豪華絢爛な部屋よりも、市井の宿のほうが落ち着くからである。特に他の用事も無いので、リタの店に行く。今後の商売の話があるからだ。

 

 

 

 

 

蒼い月が水面に反射し、涼しい風が吹いている。水の巫女は月を見上げながら、昼間の対談を思い出していた。

 

『二項対立の克服・・・』

 

水の巫女は小さく呟いた。そして瞑目する。

 

(ディアン、やはり貴方は危険な存在です。二項対立はこのディル=リフィーナの「思想上の根幹」です。光と闇が互いに争う。善があり悪がある。この対立構造が、多様な種族が生きるこの世界をまとめているのです。貴方がやろうとしていることは、ディル=リフィーナに「宗教的革命」を起こすこと・・・ それは光も闇も関係なく、全ての現神たちが恐れる「神々の黄昏」です。下手をしたら、七魔神戦争のような大戦へと繋がりかねません)

 

(インドリトは、ディアン・ケヒトの影響を強く受けていた。彼個人はガーベル神を信仰しているが、同時にガーベル神と異なる意見や価値観を認めている。彼一人だけなら良い。だがその思想が大陸中に広がり、全ての人がそのように考えるようになったら・・・ その時は現神たちは消え去る。信仰心の影響が低下すれば、神々の時代が終わり、人が世界の中心に座るようになる。かつてイアス=ステリナで起こった、古神を消し去った啓蒙運動「ルネサンス」が、この世界でも実現することになる。だが、神々にとっては避けたい未来だが、人々にとってはどうだろうか。神に頼るのではなく、自らの手で、自らの意志で歴史を動かす。これは人の進歩を促すことにも繋がる・・・)

 

水の巫女は溜息をついた。

 

『本当に貴方は、「黄昏の存在」ですね・・・』

 

首を振り、少し笑った。

 

 

 

 




【次話予告】

ついにルプートア山脈に王宮が完成する。父や師、各部族長、そして水の巫女の名代が見守る中、インドリトが王冠を頂く。プレメルの街は民衆の歓呼で包まれた。人々は喝采を上げながら、王の名を国名として叫ぶ。

『ターペ=エトフ」と…

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第ニ十四話「ターペ=エトフ建国」

・・・耳ある者よ、聴けよかし・・・「(うま)き国」ターペ=エトフの物語を・・・

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