戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第二十四話:ターペ=エトフ建国

ターペ=エトフの一つの特徴に「国名」がある。ターペとはドワーフ語で「絶壁」を意味する。これは王宮が、ルプートア山脈の断崖に建てられたことが由来する。一方、エトフとはドワーフ族の神話に登場する「エトフ王」を指している。ドワーフ族の伝承によると・・・

 

遥か太古の昔、神々から見放された「黒き邪龍」が大地に降臨し、亜人族たちを苦しめていた。若きドワーフ「エトフ」は、ルン=エルフ族や獣人たちと共に、邪龍を封印する腕輪を探して世界を旅する。腕輪を見つけたエトフは、邪龍の妖術に屈することなく戦い、ついに邪龍を倒す。しかし邪龍の正体は、成長が遅かったために竜族から爪弾きにされた「迫害された竜」だったことが解り、エトフは邪龍を封印しなかった。エトフの情により心が救われた邪龍は、神々から許され「神竜」へと転じる。エトフは神竜と共に村に戻り、そこに王国を打ちたてた・・・

 

国王インドリトが「黒い飛竜」に乗っていたことが、エトフ王の物語を彷彿とさせたため、エトフの名が冠せられたのである。つまり元々は「インドリト・ターペ=エトフ」の名は「エトフ王伝説を継ぎし、絶壁に住むインドリト」という意味なのである。後にこれが人間語に翻訳をされた際に、「絶壁の操竜子爵」と訳されたのである。

 

ターペ=エトフが国名へと転じた経緯は、インドリトに付けられたこの「渾名(あだな)」が、あまりにも響きがよく、またドワーフ族を中心に西ケレース地方に住む亜人族に知れ渡っていたため、部族長会議において「国名」とすることが決められたのである。つまりそれほどまでに、国王インドリトは西ケレース地方の「国威」としての存在となっていたのである。

 

 

 

 

 

『「ターペ=エトフ」ですか?』

 

ルプートア山脈の山頂付近、インドリトは黒雷竜ダカーハと束の間の歓談をしていた。成長し、インドリトを乗せられる程に大きくなったギムリも、ダカーハの側に座って欠伸をしている。ディアンから「民衆たちの声」を聞いて、インドリトは首を傾げた。

 

『王宮がルプートア山脈の断崖にあること、そしてダカーハ殿と共に各地を回っている姿が、エトフ王を思いださせることから、ターペ=エトフという呼び名が使われているのだ。私も、良い響きだと思うぞ』

 

『正直、面映ゆい思いですね。エトフ王のお伽噺はもちろん知っていますが、私はあのような伝説的な存在ではありません。自分一人では何も出来ない、ただのドワーフです』

 

『我が友インドリトよ。「謙譲も過ぎれば傲慢に繋がる」という言葉もある。お主は国王として国を束ねるのだ。あまりに謙虚すぎては、民たちも不安に思うだろう』

 

『ダカーハ殿の言うとおりだ。国王とは常に見られる存在だ。偉ぶる必要はないが、自信の無い姿は、人々の不安を掻き立てる。胸を張りなさい』

 

インドリトは十九歳になっていた。修行のためか体格も良く、ドワーフ族の中では身体が大きい方である。インドリトの長所は、素直さと真面目さにあった。王という権力者の立場は、孤独である。臣下の者が王に諫言するには勇気が必要なのが通例である。だがインドリトには「人の話を聴く耳」があった。これは貴重な資質であるが、時には王として強権を持って決定をする必要もあるのである。インドリトは、名君の資質を十分に持っていたが、どのような王に成長するかは、この時点では未知数であった。

 

 

 

 

 

王宮建造は、いよいよ仕上げへと向かっていた。リタ・ラギールが様々な物資を運び込んでいる。

 

『やっぱり、謁見の間には絨毯が必要でしょう?ニース地方の職人に特注したやつが仕上がったから、ぜひ謁見の間で使ってね』

 

呆れる程に大きな絨毯であった。食器類、家具類も運び込まれる。ディアンがそれとなくインドリトに聞いた。

 

『カネは大丈夫なのか?』

 

『私も心配だったのですが、父に確認をしたところ、この数年の交易で大幅な利益が出ているそうで、全く問題ないそうです』

 

耳ざとく聞きつけたリタが割り込んできた。

 

『言っておきますけど、今回はこっちだって利益度外視でやってるんですからね。手間賃だけで、殆ど利益乗せてないんですから!ですので、これからもラギール商会を御贔屓の程、お願い致しますねぇ~ ニヒッ』

 

揉み手をしながらインドリトに擦り寄る。インドリトは空笑いをしながら頷いた。行商人は「売る力」だけではなく「調達する力」も必要だ。リタはその両方が際立っている。リタ・ラギールに代わる行商人を見つけるのは難しいだろう。窓に布幕が掛けられ、各部屋にも調度品が置かれていく。魔神アムドシアス渾身の城は、確かに美しかった。慌ただしく人が行き交いする中を、イルビット族の芸術家シャーリアが来た。ドワーフ族が六人がかりで、額縁に入った大きな絵を持ってきた。

 

『王宮落成の祝いとして、絵を描いた。新王に寄贈しよう』

 

それは、プレメルの街であった。ドワーフ族、獣人族、龍人族などが笑い合い、皆で踊っている。明るい絵の具が使われ、観る者の心まで温めてくれるようだ。インドリトは感嘆の声を上げた。

 

『素晴らしい絵ですね。新しい国を象徴する絵だと思います。是非この絵を、王城の入り口に飾らせて下さい。観る人の心が癒やされると思います』

 

『これは、点画の手法を用いているのか?全体的に明るい雰囲気を醸し出している。良い絵だな。正に「芸術」だ』

 

『気に入ってもらえて良かった。私はしばらく、プレメルに滞在する。戴冠式を楽しみにしているぞ』

 

すると、遠くから訳の分からない声が挙がり、角を生やした「芸術バカ」が走ってきた。入り口に掛けられようとしている絵を食い入るように見つめる。

 

『なんと、なんと美しい絵だ。心を癒やすこの色使い、適度に配置された人々は、みな表情豊かで観る者を飽きさせない。それでいて全体として調和され、ある種の荘厳さを醸し出している・・・』

 

『ほう、お主がディアンが言っていた「美を解する魔神」か。私の絵がそれほど気に入ったのか?』

 

それは、芸術家とパトロンの出会いであった。二人はインドリトたちの存在を忘れ、中庭の椅子に座って芸術談話を始めた。ディアンは溜息をついた。

 

『・・・インドリト、まだ仕事があるだろう。アイツらは、放っておこう・・・』

 

インドリトは苦笑いをして肩を竦めた。

 

 

 

 

 

西ケレース地方に統一国家が建国されることは、アヴァタール地方はおろか西方諸国にまで伝わっていた。そのため、神殿勢力まで挨拶と称して「様子伺い」に来ている。インドリトは各国、各神殿の使者と平等に会談をした。闇の現神ヴァスタール神殿からの使者は、ヴァリ=エルフ族の扱いが気になっていたようだが、インドリトの話を聞いて納得をしたようだった。

 

『我が国では、信仰の自由を認めています。これはどのような神を信じても構わないという側面の他に、他者の信仰を非難してはならない、という側面もあります。ヴァリ=エルフ族がヴァスタール神を信仰するのは、一向に構いません。ですがこの地にはガーベル神やナーサティア神を信じる者もいます。互いの信仰に踏み入らなければ、共に繁栄できると思います』

 

『ヴァスタール神は「闇」として、特に人間族から忌み嫌われています。ですが私たちは、いたずらに混沌を起こそうとしたり、悪事を為そうなどと教えているわけではないのです。人の心は弱きものです。つい環境に流され、時として、悪に走ってしまうものです。「自分は弱い」ということをまず自覚すること、その弱さと向き合うことから、私たちの教えは始まっているのです。これを「悪人正機」と呼んでいます。無理解な者は「悪事が許される」などと考えていますが、とんでもないことです』

 

ヴァスタール神は弱者を認める教義である。そのため闇夜の眷属たちから大きな信仰を得ている。厳格な「アークリオン神」とは意見が合わず、ディル=リフィーナ成立以前から対立を続けている。インドリトは、アークリオン神の厳格さは、権力者が自らを戒めるためには意味があるが、それを民衆たちに求めるのは酷だと考えていた。闇夜の眷属たちが多いこの地では、ヴァスタール神殿を建てることも視野にいれるべきと考えていたのである。

 

一方で、すぐにでも神殿を建てたいと言ってきた光の現神もいた。知識の神「ナーサティア」である。

 

『ナーサティア神は、木精霊の始祖であり、森の多いこの地では多く崇められています。特に、新王はイルビット族と懇意にされていらっしゃるとお聞きしました。神殿を建てて頂ければ、彼らも喜ぶでしょう』

 

『プレメルでは現在、図書館を建設しています。それに合わあせて、イルビット族の方々もプレメルへの移住を検討されているそうです。新しい国では、教育を重視しています。ナーサティア神殿は、その象徴になるでしょう。今すぐに建てられるわけではありませんが、王国成立後にはできるだけ早く、部族長会議に懸けさせて頂きます』

 

レスペレント地方からはカルッシャ王国、フレスラント王国、レルン地方からはベルリア王国、西方諸国からはテルフィオン連邦の使者まで来る。束の間の休憩中に、インドリトは溜息をついた。新王国の官僚組織はまだ未整備状態だ。できるだけ早く、行政機構を整備しなければ、自分の身体が保たないと思った。師に宰相就任を要請したが、丁重に断られてしまった。組織をまとめ上げる優秀な宰相が欲しかった。

 

 

 

 

 

『ウヒヒッ!坊っちゃん、じゃなくってインドリト様、お久しぶりです~』

 

軽い調子で、魔人が訪れてきた。万一のために、レイナとグラティナがインドリトの警護にあたる。レスペレント地方モルテニアから来た魔人シュタイフェ・ギタルであった。インドリトはシュタイフェの訪問を素直に喜んだ。下品な部分はあるが、それは仮面であり、師に勝るとも劣らぬ知性と教養を持つ「知の魔人」である。だがレイナやグラティナから見れば、弟を邪な道に引きこもうとする輩であった。案の定・・・

 

『王になられたら、やっぱり後宮に美女を侍らせるんでしょうねぇ~ そこで毎日ズッコンバッコン・・・グヘェッ!』

 

グラティナの飛び蹴りが後頭部に命中し、インドリトの目の前で盛大に倒れる。

 

『インドリト様、このような「恥の魔人」など相手になさいますな。抓み出して参りましょう』

 

レイナがシュタイフェの首を掴んで持ち上げる。インドリトは笑いながら、手を話すように命じた。レイナは一礼して、シュタイフェを開放した。公務であるため、レイナもグラティナも「インドリト王」に対する姿勢で接している。シュタイフェは後頭部をさすりながら、魔神グラザからの手紙をインドリトに渡した。読了後、インドリトは驚きながら尋ねた。

 

『この手紙には、シュタイフェ殿を私に預けるとありますが、これはどういうことなのでしょうか?』

 

『グラザ様は、アッシはインドリト様のところにいたほうが、力を発揮できると言うのです。モルテニアの集落では、正直やる事があまり無いのですが、国家を作るとなると様々な仕事があるでしょう?アッシはこう見えても、その昔は人間族の街で役人をやっていたんですよ。戸籍を調査したり、税制を整備したり、名士たちからの要望を聞いたり・・・』

 

シュタイフェは、正にインドリトが求めていた能力を持っていた。インドリトはその場で、臨時の「行政長官」を任せることにした。最終的には国王就任後に人事発表となる。シュタイフェは恭しく一礼をした後、案の定・・・

 

『ときに、気に入ったオナゴがいましたら、アッシにお任せを。上手に口説き落とすやり方を・・・ブヘェッ!』

 

レイナの横蹴りが入り、シュタイフェが倒れる。インドリトは腹を抱えて笑った。

 

 

 

 

 

謁見の間には、様々な種族が整列していた。人間族、ドワーフ族、龍人族、獣人族、ヴァリ=エルフ族、イルビット族、悪魔族のそれぞれ部族代表、レウィニア神権国から水の巫女の名代として神殿司祭、華鏡の畔から魔神アムドシアスの名代として魔人、トライスメイルの長、金色公の名代としてルーン=エルフが来ている。各国の使者や光と闇の神殿神官たち、ラギール商会からはリタ・ラギール、各集落の名士たち、無論、ディアン・ケヒト、レイナ・グルップ、グラティナ・ワッケンバイン、ファーミシルスも並んでいる。城の外には大勢のドワーフ族たちが待機し、プレメルの街は多種多様な種族でごった返していた。扉が開かれ、インドリトが入場する。黄金の甲冑を身につけ、紅いマントを羽織っている。多くの種族が左右で見守る中を進み歩き、玉座に置かれた王冠を被る。銀色の髪に、金色の王冠が載る。その姿に感嘆の声が上がる。レイナが大声を出した。

 

『フラーッ!インドリト・ターペ=エトフ!』

 

全員が声を上げる。城の外からも、プレメルの街からも「フラー(万歳)」の喝采が上がる。花火が打ち上がり、皆が熱狂的に声を上げる。レイナたちは涙ぐんでいた。ディアンも感無量であった。八年間、生活を共にした弟子の巣立ちである。インドリトと目が合ったディアンは小さく頷いた。インドリトも微かに笑った。

 

後に、「奇跡の国」と呼ばれる理想国家「ターペ=エトフ」が建国されたのである。

 

 

 

 




【次話予告】

王となったインドリトは、部族長会議「元老院」を招集し、貨幣経済導入を決める。各部族をまとめる弟子の姿に、ディアンは自分の役割が終わったことを実感した。そして新たな旅を決意する。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第一章最終話「弟子の巣立ち」

・・・耳ある者よ、聴けよかし・・・「(うま)き国」ターペ=エトフの物語を・・・

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