戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第二十八話:崑崙の住人

天使族とは、元々はイアス=ステリナ世界にいた古神の眷属である。古神とは、人間族が信仰していた神々であり「創造神」を主神とした神々の系譜である。天使族は、創造神や古神の「使徒」として、イアス=ステリナの頃より人間族を見守り続けてきた。その背景には、創造神が人間族に対してのみ与えた「運命を切り拓く力」の行く末を見守る使命があったため、と言われている。しかし、人間族が高度に科学技術を発展させ、やがて並行世界「ネイ=ステリナ」を発見すると、自分たちとは異なる神の存在が明らかになり、天使族も揺れ動くことになる。

 

創造神は、三神戦争においても姿を現さず、人間族が古神信仰から現神信仰に切り替え、古神が封印されていく様子を黙って見守っていた。やがて、三神戦争が集結し、古神は新世界において排除される存在となる。それに伴い、古神の使徒であった天使族も、身の振り方を考える必要が発生した。ある者は現神の使徒となり、またある者は独立した勢力を形成した。無論その中には、古神の使徒であることを頑なに護り続ける者もいた。現神たちは、古神は排除をしたものの、その眷属までは排さず、ディル=リフィーナ世界で生きることを認めたため、ラウルバーシュ大陸の各地に、天使族が存在しているのである。

 

天使族は、純白の翼と美しい容姿を持つが、肉体は霊的物質で構成されており、不老の存在である。そのため天使族と戦う場合は、物理的攻撃よりも魔術による攻撃の方が効果的と言われている。現神信仰に切り替えた人間族においても、天使族は特別な存在であり、天使族に対しては畏敬の念を払う者が多い。一方で、天使族側から見れば、人間族は古神を裏切った存在であり、イアス=ステリナの頃のように「見守り続けるべき存在」と見做さない者も多いのが現実である。

 

天使族は、全部で九つの「階位」によって分けられており、これはイアス=ステリナから変わらない。「天上の階位(ヒエラルキア)」と呼ばれる四角錐型の階級は、上位・中位・下位と三区分され、それぞれがさらに三階級に分けられる構造となっている。

 

■上位三隊 「父」のヒエラルキー

第一位 熾天使(セラフィム)

第二位 智天使(ケルビム)

第三位 座天使(王座)

 

■中位三隊 「子」のヒエラルキー

第四位 主天使(主権)

第五位 力天使(力)

第六位 能天使(能力)

 

■下位三隊 「聖霊」のヒエラルキー

第七位 権天使(権勢)

第八位 大天使

第九位 天使

 

これら九つの階級は、各位に明確な違いがあり、見た目は同じであっても「全く違う存在」である。天使族は人間族とは異なり、「肉の身体」を持たないため、自己研鑚による成長というものが殆ど無いためである。三神戦争においては、古神と共に天使族が現神と戦ったと言われているが、第一位「熾天使」は限りなく神に近い存在と言われており、「ラファエル」「ウリエル」「ミカエル」「ガブリエル」を四大熾天使と呼ぶ。通常の天使族は一対二翼であるが、熾天使は三対六翼を持ち、その力は上位魔神をも上回ると言われている・・・

 

 

 

 

ラウルバーシュ大陸東方域の入り口にそびえ立つ高山「崑崙山」は、麓は樹海で覆われているものの、急角度の傾斜を持つ巨大な岩山であり登ることが極めて困難な山である。ディアンたちは、麓の森のなかに野営地を構えると、魔導装備を使って飛行による登頂を目指した。山は厚い雲で覆われており、山頂の様子は一切、観ることは出来ない。

 

(標高は、一里・・・いや、一里半はあるかもしれない。とんでもない山だな)

 

インドリトから与えられた魔導装備は、確かにディアンが求めていた「自由自在な飛行」を実現するものであった。だが欠点も存在した。飛行中は常に、装備に魔力を通しておく必要があるのである。そのため、飛行しながら魔術を使った場合は、最悪「落下」という危険があった。肉体に魔力を通しながら、両手で魔術を操るというのは、高度な操作が求められる。ディアンであっても、まだ不慣れな状態であった。

 

『目的は、天使族に会って話をすることだ。戦う必要はない。向こうが嫌がったら、撤退しよう』

 

ディアンたちは、岩山に沿って、飛行を開始した。気温の低下に備え、全身を毛皮で覆う。岩肌に沿って順調に上昇し、雲に入ろうとした時に、ディアンが止まった。

 

『待て、これはただの雲じゃない』

 

ディアンが手を伸ばすと、指先に電流が走る。結界であった。だがそれほど強くはない。ディアンたちは毛皮で身を固め、雲の中に入った。電流が毛皮の表面を走るが、内側に雷竜の鱗をつけているため、雷に撃たれることはない。そのまま雲を突き抜けると、青い空が広がっていた。そして・・・

 

『侵入者めっ!これ以上進むようであれば、神罰を下すぞ!』

 

ディアンたちの周囲を複数の天使が取り囲んでいた。全員が剣を抜いている。使徒たちをディアンが止めた。

 

『私の名はディアン・ケヒト、ここより西方のケレース地方の国、ターペ=エトフから来た旅人です。山の静寂を破ったことは謝ります。グプタ部族の長より、あなた方の話を聞き、是非、対話をさせて欲しいと願い、ここまで来ました。あなた方のどなたかと、話をさせては頂けませんか?』

 

天使たちは互いに顔を見合わせた。一人が剣を納めて進み出た。

 

『害意がないことは認めよう。だが、いきなり結界を破り、話をしたいなどという者は信用出来ん。お前たちがここまで来たことは、上に伝えよう。麓にて待つが良い。近日中に返答しよう』

 

『解りました。ひとまず、麓にてお待ちします。何卒、良しなに・・・』

 

 

 

 

 

野営地の近くに仕掛けた罠に、野兎が3羽、掛かっていた。ディアンは早速、料理に取りかかった。まずは兎を捌く。血を抜きが終わると、皮を剥ぐ。頭を外し、内臓を取る。内蔵は丁寧に洗っておく。足の骨、背骨などを取り外し、鍋に入れて煮る。骨で出汁を取る間に、街で仕入れた香辛料をすり潰し、粉状にする。野菜も適当な大きさに切り分ける。もう一つの鍋で、レイナが玉葱を炒めている。程よく色づくと、一旦取り出す。再び油を敷くと、すり潰した香辛料を入れた。食欲をそそる香りが登り立つ、切り分けた兎に小麦粉をまぶし、それを入れる。適当に炒めたら、人参、茄子、茸類を入れ、兎の骨で取った出汁を入れる。グラティナは小麦粉をこねて、パン生地を作っていた。薄く伸ばし、オリーブ油を表面にかけ、焼けた石の上にのせる。表面がパリッとするまで焼く。

 

『これは、なんという料理なのだ?すごく旨そうだ』

 

『そうだな、「野兎のカリ風スープ」とでも名付けるか』

 

湧き水を器で汲み、水系魔術を使って凍らせる。それをカチ割り、盃に入れる。街で仕入れた「乳酒」を注ぐ。一口飲んで、レイナが笑った。

 

『わたし、この飲み方好き。飲みやすいし、冷たくて美味しい』

 

『このスープも旨いな。小麦粉でトロミがついているのか?パンによく合う』

 

ディアンが食べていると、遠方から視線を感じた。レイナたちの手も一瞬、止まる。だが姿を現さない。三人は気づかぬフリをしながら、食事を続けた。視線が強くなる。ディアンは鬱陶しく感じて、視線を感じる方向に目を向けた。真上である。小柄な天使がそこに浮いていた。

 

『・・・宜しければ、一緒に食べませんか?』

 

『・・・ッ・・・』

 

天使が舞い降りてくる。背丈はインドリトとほぼ同じであろうか。薄青い色をした髪と鳶色の瞳をしている。

 

『・・・その料理は何ですか?』

 

『これは、野兎を香辛料で煮た「カリ」という料理ですね』

 

皿に取り、盃とともに渡す。

 

『ありがとう。私の名は「ラツィエル」と申します。崑崙山を飛行魔法で昇ってきたという人間族に、興味があって降りてきたのです』

 

皿に取られたカリを一口食べ、眼を見開いた。

 

『こ、こ、これは・・・』

 

『お口に合いませんでしたか?』

 

『いえ、とても辛くて・・・でも美味しいですね。初めて食べました』

 

『天使族は、肉体を持たない存在と思っていました。それ故、食事はしないものと考えていたのですが・・・』

 

『肉の身体ではありませんが、身体は持っています。霊体を物質化したもので、茶も飲みますし、食事もします』

 

『なるほど・・・申し遅れました。私の名はディアン・ケヒト、この地より西方にあるケレース地方の国「ターペ=エトフ」から来た旅人です。この二名は私の旅仲間です』

 

使徒二人が挨拶をする。ラツィエルは丁寧に挨拶をした。食事中、ラツィエルはターペ=エトフについて質問をしてきた。ディアンは丁寧に質問に応えた。ラツィエルは「光と闇の二項対立を超えた国」という点に関心を持ったようだ。

 

『天使族も、イアス=ステリナでは二項対立の中にいました。堕天し、魔王となった存在と戦っていたのです。光と闇、善と悪、正と邪・・・ターペ=エトフでは、これらが融合しているということでしょうか?』

 

『いえ、そもそもそのような「二項での分類」をしていません。例えば、失礼を承知で申し上げますが、イアス=ステリナにおいて有名であった魔王、おそらくは「ルシファー」だと思いますが、ルシファーにはルシファーの言い分があるでしょう。ルシファーから見れば、あなた方が「悪」なのです。大変失礼な言い方ですが・・・』

 

『気にしていません。確かにそのように考えることも出来るでしょうね。ですが、ルシファーは地上の秩序を破壊し、混沌とさせ、七つの大罪で覆うつもりでした。これは「悪」ではないでしょうか?』

 

『ルシファーの側から言えば、こうなりますね。「七つの大罪」などと言うが、大食がいけないと言うのなら、なぜ神は「食欲」を与えたのか?貪欲がいけないというが、その欲望こそが人間を成長させているとは考えられないか?与えておきながら、求めることを禁止するなど、拷問に等しいではないか・・・』

 

『主は、求めるなとは言っていません。「度を過ぎるな」と言っているのです』

 

『その「度」は、誰が決めるのでしょう?主でしょうか?私は違うと思いますね。それであれば最初から、度を過ぎないように創れば良かったのですから・・・ 私は、「度」は人間族自身が決めるべきものと思いますね。度を過ぎれば、結局のところ、悲劇に繋がるのです。そうやって気づき、学び、少しずつ成長せよ・・・ 主はそう考えたのではないでしょうか?』

 

『・・・私たちとは相容れない考え方ですね。それは、貴方の意見ですか?』

 

『いえ、ルシファーにだって言い分はあっただろう・・・と思っただけです。話を戻しますが、ターペ=エトフでも同様に、様々な「言い分」があります。大切なことは、互いの「言い分」を認め合うことです。一つの言い分しか認められいない世界では、その言い分を主張する存在しか生きられません。この世界には多種多様な生き物がいます。互いに言い分を認め合えば、歩み寄る余地が生まれる、ターペ=エトフではそのように考えています』

 

『ある意味で、危険な国ですね。二項対立ではなく、互いに認め合うということは、この世界の神々をも否定することに繋がりかねません』

 

『神々から見れば「否定された」と思うかもしれませんね。ですが、その発想自体が「二項対立」から抜け出していないのです。「善があり悪がある」という自分の考え方と異なる価値観に触れると、自分が否定されたと感じてしまう。そうではありません。二項対立の価値観を持つ者がいても良いのです。そうでは無い価値観を持っている存在を認めよ、ということです。そもそも、自分の価値観が絶対で、他を認めないなど、七つの大罪の一つ「高慢」ではありませんか?』

 

『・・・私たちが「高慢」と仰りたいのですか?』

 

ラツィエルの気配が微妙に変化する。ディアンは笑って首を横に振った。

 

『私は他の価値観を「提示」しただけです。この世には「絶対真理」というものがあるのかもしれません。ですが、それに届く程に、私の手は長くないのです』

 

『永遠の命を持ちながらも、それでもなお真理には届かないと思っているのですか?』

 

ディアンは微かに眼を細めた。使徒二人も警戒する。ラツィエルは揺れることなく、言葉を続けた。

 

『「魔の気配」は、抑えようと思っても抑えきれません。お二人からも、使徒の気配が滲み出ています。貴方は確かに人間に見えますが、少なくとも肉体は魔神でしょう?』

 

『これは失礼をしました』

 

ディアンは笑い、そして真顔になった。

 

『しかし、そう仰るのであれば、貴女もそうではありませんか?ラツィエルという名は、私も記憶にあります。天使族のヒエラルキアでは「上級天使第三位」でしょう。「地上と天界のすべての秘密を知る存在」と言われ、第三位「座天使」の長でもある。この崑崙山を束ねているのは、貴女だとお見受けしましたが?』

 

ラツィエルは少し驚いた表情を浮かべると、気配が変わった。明確な警戒をしはじめたのだ。レイナとグラティナは緊張したが、ディアンは真顔のままである。

 

『・・・貴方は何者ですか?天使族の階級を知る者は他にもいるでしょうが、「秘密の天使」と呼ばれたのは、先史文明期のさらに前、遥か太古の昔です。いまとなっては、天使族の中でさえ、私のことを知る者は多くありません。何故、貴方が知っているのです?』

 

『・・・さぁ?何故でしょうね。ただ言えることは、オレは貴女の敵ではない、ということだけです。特に、太古の使命を今でも守り続けている天使族とはね。グプタ部族の長から聞きました。天使と「禅」の組み合わせは想像が出来ませんが、あなた方は彼らを侵略から守っているんでしょう?』

 

『「禅」のことまで知っているのですか。まるであなたは、イアス=ステリナの宗教学者のようですね。私たちは別に、彼らを護っているわけではありません。ただ、イアス=ステリナからの宗教は、この世界では殆ど残っていないのです。彼らの存在を貴重だと考えているに過ぎません』

 

ディアンは頷いた。禅宗の元となった原始仏教には「天使」というものは存在していない。「天部」という仏の「使徒」は、その後に様々な宗教と融合して生まれた概念である。仏教はキリスト教やイスラム教の様な「一神教」ではない。「他の神」を認める宗教なのである。だからこそ、この世界の中で生き残れたのだろう。

 

『オレのことについては、詳しくはお話できません。ただ、ディル=リフィーナ世界の「信仰を中心とした世界観」には染まっていない、とだけ申し上げましょう。だからこそ「絶対真理」など求めませんし、無いと思っているのですよ』

 

ラツィエルは少し沈黙して考え込んだ。納得したわけでは無いが、敵意が無いことは認めてくれたようである。

 

『・・・この崑崙山の山頂付近は、私たち天使族が住む世界です。本来であれば、何人の訪問も受け入れないのですが、食事の御礼をしなければなりませんね。茶のおもてなしをしましょう。明日、お越しください』

 

そう言うと、ラツィエルは翼を広げ、一瞬で上空へと飛び去っていった。まるで流れ星のような速度である。器は綺麗に空になっていた。

 

 

 

 

 

崑崙山の標高は、一里半(六千m)ほどある。ディアンたちは翌朝から、崑崙山を昇り始めた。ラツィエルの言葉通り、雲の結界は消えていた。雲を抜けると、天使が待っていた。守護天使であった。

 

『・・・ラツィエル様より、お話は聞いています。ご案内しましょう』

 

案内役に連れられて、そのまま昇り続ける。やがて山頂付近が見えてきた。岩肌に沿うように、家々があり、山頂には宮殿が建てられている。西方の城を想像していたディアンたちは驚いた。見たこともない建築様式だからだ。

 

(・・・どことなく、西蔵(チベット)のポタラ宮に似ているな)

 

ディアンとしては、天使族の集落に降りて家々を見て回りたかったが、案内役はそのまま、山頂の宮殿を目指していた。宮殿の中庭のようなところに降り立つ。レイナたちも、初めて見る建築様式に興味があるようだった。ディアンは中庭の石畳を撫でた。不思議な感覚を持っていた。相当に古い建物であるはずなのに、まるで昨日完成したかのような綺麗さである。風雨の侵食跡が無い。

 

『・・・何か、特殊な結界を張っているのか?だが魔力は感じない。どんな技術で建てられているのだ?』

 

『そうね。それに、これだけの宮殿を建てる建築資材をどうやって運んだのかしら?天使族たちが力を合わせて運び上げたのかしら?』

 

『だが、それなら何もこんな高い山に作る必要はないではないか?ここは地上と比べると空気も薄い。植物の植生も変化しているようだ』

 

先導する守護天使は、黙って歩いている。建物内も綺麗に掃き清められている。他の天使たちが、ディアンたちを訝しげに見つめる。やがて、扉の前で案内役が止まった。叩扉すると、ラツィエルの声が中から聞こえた。扉が開かれると眩い光の中に、天使が立っていた。

 

 

 

 

 

『イアス=ステリナからディル=リフィーナに変化をして、一つ良いことがありますね。高所でも採れる麦類があるのです。どうぞ・・・』

 

香草の茶と共に、焼き菓子が出された。ディアンは天使族の生活に興味を持った。天使が「農作業」をするのだろうか?質問をすると、ラツィエルは寂しそうに笑った。

 

『かつては、主の加護により私たちは食べることなく生きることが出来ました。ですが、新世界となり主の御力も消え、私たちは危機に晒されたのです。現神の使徒として乗り換えれば、働くことなく生きることも出来ますが、この山の天使たちは、それを(いさぎよ)しとしませんでした。たとえ主の力が消えようとも、私たちの使命は変わりません。主の寵愛を受けた人間族が、新世界でどのように生きるのか、見守っているのです』

 

健気な話である。ディアンは、こうした純朴さを好んでいた。思わず誘ってしまう。

 

『宜しければ、ターペ=エトフにいらっしゃいませんか?ターペ=エトフの国土は広く、未踏の山岳地帯もあります。インドリト王は「全ての種族が共に生きる楽園」を目指しています。天使族も喜んで受け入れるでしょう』

 

ラツィエルは少し笑って、首を横に振った。

 

『お誘いは嬉しいですが、私たちは此処を動くつもりはありません。この山で暮らすようになって、もう二千年近くになります。この世界も漸く、一つの秩序を持ち、人々の営みが繁栄へと向かいつつあります。私たちはこの山から、その様子を見つめ続けるつもりです』

 

『解りました。お招き頂きましたこと、感謝いたします。あなた方の生き方を邪魔するつもりはありません。今回を最初で最後の訪問にしたいと思います』

 

ディアンたちは、ラツィエルに他の質問をした。この山は元々はイアス=ステリナの山だったようである。二つの世界が融合した際に、山がさらに隆起し、これ程の高山となったらしい。それまでも高山の街だったそうだが、あまりに高くなりすぎたため、人々が街を放棄し、その後に天使族が入植したようである。

 

『天使族は、この大陸の中で幾つかに分かれて暮らしています。南方のミサンシェルには、私たちと同じ志を持つ天使たちが暮らしています。そして、ここから南東にも・・・』

 

『大禁忌地帯のことを仰っているのですか?』

 

『・・・あなたは本当に、何でも知っているのですね』

 

『いえ、オレが尊敬する先人が、あの地を訪ねているのです』

 

ディアンは、革袋から「カッサレの魔道書」を取り出した。ブレアード・カッサレの名を聞いて、ラツィエルが何かを思い出したように頷いた。

 

『あなたを見ていて、誰かに似ていると思っていました。思い出しました。かつて、禅僧と問答をした上で、この山に登ろうとした若者がいました。守護天使が途中で警告をしたのですが、その時に言い負かされてしまいました。そこで、山の中腹部で私自身が会ったのです。確か「ブレアード」という名前でした』

 

『ブレアード・カッサレが、この地に来ていたのですか?』

 

『この宮殿までは来ていませんが、この山で一度、会ったことがあります。まだ三十歳にもならない若者でしたが、強い魔力と、はち切れる程の情熱を持っていました。彼はこう言いました。「光と闇はなぜ争うのか?ただ考え方が違うだけではないか。現神と古神はなぜ争うのか?ただ出身が違うだけではないか。信仰心の獲得を競い合っているのならば、人間同士が領土の獲得を競い合うのと何が違うのか?」・・・信仰を「感じる」のではなく、考えてしまう、困った若者でした。ですが、好ましいとも思いました。人は考える生き物です。盲目的に信仰をするのは、主も望んではいらっしゃいませんでしたから・・・』

 

『ブレアード・カッサレが著した魔道書、オレはそれに魅了され、この世界を旅しているのです。大禁忌地帯の天使族も、あなた方と同様に、人間族を見守っているのでしょうか?』

 

『いえ、あの地の天使族は、別のことを目標としています。それ故、私たちとは相容れない部分もあり、接触はしていません』

 

『それは、何でしょうか?』

 

ラツィエルは、少し躊躇したが、溜息をついて語った。

 

『お話をしても、問題はないでしょう。大禁忌地帯に生きる天使族たちは、「主の復活」を目指しています。大禁忌地帯は、現神によって封鎖をされています。なぜ封鎖をしたのか。それは、そこに主が封印されているからではないか。あの地には、開くことのない巨大な扉があります。その扉の中に、主が封印されていると信じているのです』

 

『イアス=ステリナの主神・・・創造神が、大禁忌地帯に封印されているのですか?』

 

『そう信じている、というだけです。「主の復活」という考え方は、二千年前なら良いでしょう。ですがもし今、そのようなことが起きたら、この世界はどうなります?再び、三神戦争が勃発するでしょう。ようやく、人々が秩序を持ち、新たな世界で前に進み始めているのに、それを壊してしまうというのは、天使の使命に反すると思うのです』

 

ディアンは考えこんだ。カッサレの魔道書には、大禁忌地帯の「メルジュの門」をイルビット族が開けようとしている、とは書かれていた。イルビット族は「ディル=リフィーナ成立の秘密」が隠されていると信じている。だが、天使族は「旧世界の主神」が封印されていると信じているようだ。前者ならば問題ないが、後者ならば開けるのは危険過ぎる。ディアンの思考を読んだように、ラツィエルが言葉を続けた。

 

『ディアン殿、もし大禁忌地帯に行くのであれば、くれぐれも「軽挙妄動」は謹んで下さい。私は・・・とても嫌な予感がするのです』

 

ディアンは頷くしか無かった・・・

 

 

 

 

 

馬に揺られながら、ディアンは思考を続けていた。もし大禁忌地帯に、本当に「創造神」が封印されているのであれば、その封印を解くのは愚行の極みである。旧世界の神々は、現神と「武力闘争」をしている。ディアンから言わせれば、とても神の所業とは思えない愚かさである。神々の力は、人々の信仰心によって維持・強化されている。「信仰心の獲得」こそが、勝利の鍵を握るのである。ここに目をつけたのが商神セーナルであるが、それ以外の神々は、現神も古神も「剣と魔法」で戦ったのである。それでは魔神と同じではないか。

 

(現神も魔神も「神族」だからな。強大な力に胡座をかいて、知恵を磨いて来なかったのかもしれない。要するに、単細胞だ)

 

『ディアン、どうするのだ?もし大禁忌地帯に行かないのであれば、東方諸国を見物して帰国する、というのもあるが?』

 

『いや、大禁忌地帯には行く。インドリトからの依頼は、東方の見聞録だ。できるだけ広範囲を見ておきたい。ただ、メルジュの門には気をつけよう。まぁ、ブレアードですら開けられなかったのだ。オレでどうこうできるとは思えないが・・・』

 

ディアンの中では、ブレアード・カッサレは尊敬する先人であり、どこかに「自分の師」という意識があった。それゆえに、ディアンは見落としていたのである。「旧世界の知識」においては、科学世界からの転生者であるディアンのほうが、ブレアードを遥かに凌いでいるということを・・・

 

 

 

 




【次話予告】

いよいよ東方諸国に入ったディアンたちは、東方列強諸国の一つ「龍國」に入る。アヴァタール地方とは全く違う街並みや食文化に、レイナたちも興奮する。だが、龍國は隣国との戦争状態であった。そして、ディアンたちの入った街は、龍國の大将軍が統治する街だったのである。

戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第二十九話「函口の街」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・
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