戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフへの途~   作:Hermes_0724

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第三十三話:趙平の戦い(前編) -砲と剣-

東方諸国は、西方と比して早い段階から国家形成が始まっていた。神々の戦争と言われた「七魔神戦争」の影響が少なかったためである。東方では、当初は百を超える国家が誕生したが、時の流れとともにそれらは収斂され、五つの国に統合される。五大列国時代とよばれる戦国時代は、五百年間に渡って続いた。その均衡が破られたのが、龍國と西榮國の国境地帯「趙平」において、両国軍がぶつかった「趙平の戦い」である。

 

西榮國は十万もの軍勢を動員し、懐王自らが率いていた。一方、龍國は七万の軍勢で、大将軍王進が総大将であった。趙平の戦いについては、歴史家たちによって詳細に残されているが、その中で不明な部分がある。それは、魔道士同士の戦いについてである。西榮國の宮廷魔道士については、李甫の名が残されているが、龍國の魔道士については、名前が残されていない。ただ、およそ魔道士とは思えない記述が複数存在し、後世の歴史家たちを悩ませている。

 

・・・背中に大きな剣を背負い、漆黒の外套を羽織った男が巨大魔術を放った。その背丈は六尺近くあり、一見すると屈強な戦士である。西榮國の魔道士も、杖から魔術を放った。凄まじい魔力が衝突し、両軍の兵士たちも手を止めた・・・

 

当時の魔道士といえば、宮廷魔道士を指している。生涯の大半を魔術研究に費やすのが通例で、剣を背負うなど考えられないことであった。このことから、龍國の魔道士は、「召喚された魔神」だったのではないか、と仮説する歴史家まで存在する。しかしながら、全ては仮説の域を出ておらず、龍國の正史「龍國本紀」の中には、黒衣の魔道士については一切、記述されていない・・・

 

 

 

 

 

龍國大王「龍儀」は、愛娘を抱きしめ、涙を流していた。娘も父親の抱擁を受け入れる。王という立場でありながら、簡単に涙を見せ過ぎだとディアンは思ったが、見方を変えれば強みにもなる。実際、大将軍の王進をはじめ、周囲の者たちも貰い泣きをしているのだ。その中で香蘭は、微笑みを浮かべて入るが、冷静な表情をしていた。

 

『それにしても、髪と肌を変えるだけでここまで美しくなるとは・・・この姿であれば、香蘭と気づく者はおるまい。このまま、龍陽で暮らすか?』

 

『いいえ、そうはいかないと思います。父上のお気持ちは嬉しく思いますが、この街には列国の間者も紛れているでしょう。街を歩いて気付きました。私の姿は注目を受けるようです。いずれ龍香蘭であると見破られるでしょう』

 

『ならば後宮で暮らせば良い。春蘭、陽蘭には私から言って聞かせよう』

 

だが香蘭は首を振った。

 

『たとえ後宮でも、人の口に戸は立てられません。それに、一生を後宮で過ごすなど、私には耐えられません。ようやく自由の身になったのです。また幽閉の生活など真っ平です』

 

『では、どうしたいのだ?』

 

『私は、魔神に連れ去られたことになっています。あれだけの大騒ぎを起こしたのです。魔神には、その責任を取ってもらいましょう』

 

香蘭はそう言うと、ディアンに顔を向けた。艶やかに微笑むが、眼は笑っていない。ディアンは頭を掻いた。

 

『姫が「従者や兵士に迷惑を掛けたくない」と仰るから、あのような騒ぎにしたのです。元はと言えば・・・』

 

『あら、私のせいだと仰るのですか?私は「連れ出してくれ」と頼んだことなど、一度としてありません。あなたが私を「連れ去った」のです』

 

確かに、カタチとしては、そうなるのである。だが、あの状況で他に選択肢があっただろうか。ディアンが困った表情を浮かべると、香蘭は笑った。

 

『御免なさい。困らせてしまいましたね。ただ、このまま龍國に残ったとしても、どこかの国に嫁に出され、一生涯を部屋で過ごすことになるでしょう。そんな生き方は嫌です。あなたに連れ去って貰えれば、もっと広い世界を自由に見て回ることが出来るでしょう?父上、私は姿を変えました。名も変えるつもりです。そして、この世界を自由に生きたいのです』

 

龍儀は愛娘を見つめ、そして溜息をついた。

 

『・・・お転婆ぶりは七年前と変わらんな。まったく、お前が長女であったなら、私も安心して王位を譲れるものを・・・仕方がない。お前には十歳から苦労をさせ続けた。もう十分、国に貢献をしてくれた。これからは、お前の好きに生きなさい。龍香蘭は、西榮國で魔神に連れ去られた後、病死したものと思うことにしよう・・・』

 

『父上、我儘を言って、御免なさい・・・』

 

『良い。子は親に我儘を言うものだ。それで、名は何とするのだ?』

 

『東方名ではなく、西方名にしたいと思います。私は東方人の中では、彫りが深い顔をしていますので、違和感は無いと思います』

 

龍儀が頷いた。香蘭は、新しい自分の名前を口にした。

 

『西方では、叡智を「ソフィー」と言うそうです。それに古代エルフ語を加えて、名前を考えました。これからは「ソフィア・エディカーヌ」と名乗りたいと思います』

 

『ウェ=デイ=カーンか・・・なるほどな』

 

ディアンは頷いた。古代エルフ語で「暗(ウェ)闇(デイ)混沌(カーン)」という意味である。姓と名を組み合わせると「闇夜の混沌に叡智を齎す存在」という意味になる。闇夜の眷属たちが多いターペ=エトフでは、注目される名前だろう。

 

香蘭あらためソフィアは、嫋やかに微笑んだ。

 

 

 

 

 

『我が国の後宮に、ターペ=エトフなる国の者が侵入し、龍香蘭殿を連れ去った。これは、龍國の仕業ではないのか!』

 

西榮國から来た「抗議の使者」が、謁見の間で非難の声を上げる。だが大王「龍儀」は、涼しい顔をしていた。文官たちが反論する。

 

『はて?確かに、ターペ=エトフから東方見聞に来たという者達はいますが、香蘭様の姿はありませんが?香蘭様は、赤い髪と薄褐色の肌をお持ちです。連れていれば、すぐに気づくでしょう』

 

『大方、どこかに隠しているに違いない!これ以上、恍けるのであれば、こちらも覚悟がありますぞ!』

 

文官たちも武官たちも、その一言で眼に気迫がこもった。王進が一歩踏み出し、大声で怒鳴る。

 

『面白い、戦というのなら受けて立つぞ!大体、後宮に侵入されて連れ去られるなど、警備は一体、何をしていたのだ!西榮國にこそ非があろう!』

 

人質とは言え、他国の姫を預かっている以上、厳重な警備をして然るべきであった。それを連れ去られた以上、第一の責任は西榮國にあるのは事実である。大王は立ち上がり、決然と突きつけた。

 

『我が愛娘を護れず、しかもそれを他国のせいにする。西榮國とは山賊にも劣る恥知らず共よ。戦というのなら受けて立とう。既に諸国からも、支援の声明を得ておる。「義」は我らにこそある!』

 

文官たちは一斉に足を踏み鳴らし、武官は鍔音を立てた。西榮國の使者は、一斉に向けられた殺気に震え、逃げ帰っていった。

 

 

 

 

 

西榮國大王「懐王」は舌打ちをした。諸国への根回しに先手を打たれたからである。だがすぐに気を取り直した。龍國を滅ぼした後は、諸国も順次、滅ぼしていくのである。一時的な非難の声など、気にする必要はない。だが気になっているのは、魔神の存在であった。東方でも魔神の恐ろしさは知られている。あの魔神が龍國に味方をするとなると、十万の軍勢でも不安であった。

 

『ご安心を。あの者は、確かに魔神の力を持っていますが、基本は人間です。故に、下らぬことに拘る(こだわ)のです。それがあの者の弱点です』

 

李甫は自信を持って、そう断言した。魔神は、己の全能を発揮して勝つことに拘る。だが、ディアン・ケヒトは違う。李甫との戦いにおいて、背中の剣を抜かなかった。魔術によって勝とうとした。ディアン・ケヒトの弱点、それは「勝ち方に拘ること」である。剣を持たない李甫に対して、剣を向けることに抵抗感を持っているのだ。李甫はそう喝破していた。魔術戦と限定するならば、あの魔神とも五分で戦える。つまり魔神の力を封じることが出来る。

 

『彼の魔神は、恐らく私を狙ってくるでしょう。魔術戦であれば、長時間にわたって魔神を引きつけることができます。その間に、龍國本軍を攻めるのです』

 

懐王は笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

龍國の「元」第三王女、龍香蘭あらためソフィア・エディカーヌは腹を立てていた。せっかく自由の身になったのに、戦場に行くことが出来ないからである。これまでは、後宮の部屋で、人づてに「結果」を聞かされるだけであった。だが、自分は自由なのである。戦場に出て、大軍同士の激突をこの眼で見たかった。だが大王や王進は強硬に反対をした。ディアンに至っては「邪魔だ」とまで言い放った。

 

『剣も使えない、魔術も出来ない、そんなあなたが戦場に行って、何をするのです?戦とは遊び場ではありません。命のやり取りをするのです。ただの好奇心で戦場に来られたら迷惑です』

 

『私は自由のはずです。もし戦に出て、そこで死ぬのなら私の責任です!』

 

ディアンは溜息をついた。そこまで言うのならと、ある条件を出した。

 

『剣を構え、レイナと向き合って下さい。半刻でも立っていられたら、お連れしましょう』

 

ソフィアは勇んで、剣を持って中庭に出た。数歩離れたところに、レイナが歩み出る。互いに向かい合う。ソフィアが覚えているのはそこまでであった。

 

『・・・半刻どころか、瞬きする時間すらも立っていられませんでしたね。今のあなたでは、戦場に出る前に気を失うでしょう。戦とはそれほどに「気の充実」が求められるのです。今回は、諦めて下さい』

 

寝台で気がついたソフィアに、レイナが語りかけた。ソフィアは悔しかった。自分と同い年くらいの女が、戦場を駆けまわり活躍をする。一方の自分は、何も出来ない。悔しがるソフィアに、レイナが笑った。

 

『私は十年以上、魔神と共に戦い続けているのですよ?人を斬り殺したことも数えきれません。そんな私と比べるなど、可笑しいではありませんか』

 

ソフィアは驚いた。レイナの見た目はどう見ても二十歳前である。どうしてそんなに若いのかと尋ねると、レイナが微笑んだ。

 

『私は、「使徒」ですから・・・』

 

 

 

 

 

龍陽の王宮では、大将軍の任命式が行われていた。王進や副官、五千将などが並ぶ。ディアンも客将として参列した。大王が玉座から王進に命を発する。

 

『知っての通り、西榮國が我が国の国土を侵さんと、軍を進めている。自国の非を他国に押し付けんとする卑劣な輩に対し、断固として懲罰を下す。王進よ、そなたを龍國軍七万の大将軍に任ずる!西榮國軍を討ち滅ぼし、我らが義を天下に示せ!』

 

『しかと、承りました』

 

王進以下、全員が片膝をついて拝手する。龍陽の大通りは、声援に包まれた。大門を出ると、七万の軍勢が勢揃いしている。王進は息を大きく吸った。副官が両手で耳を抑えと同時に、大音声で命を発した。

 

『出陣じゃぁ!!』

 

七万人の雄叫びが龍陽の空に響いた。

 

 

 

 

 

龍國と西榮國の国境付近に広大な平原がある。趙平である。両軍はそこで陣を張った。互いに間者を放ち、情報を収集する。

 

『何じゃと?見たこともない武器があると?』

 

『武器なのかどうかも解りません。筒のようなものとしか・・・』

 

『ディアン、お主は知っておるか?』

 

幕舎での会議には、ディアンも客将として参加をしていた。王進の問いかけに応える。

 

『おそらく、大砲だろう。火薬の爆発力を利用して、鋼鉄の玉を遠方まで飛ばす。その射程は十町(1.1km)にも及ぶ。強弩は使えんな』

 

『威力は?』

 

『撃ち出された玉は、火薬によって焼けている。上空から焼けた鋼鉄の玉が打ち込まれてくるのだ。陣形などは簡単に崩れてしまう』

 

各将たちが腕を組んだ。王進は白い髭を撫でながら、さらに質問を重ねた。

 

『その玉は、連発出来るのか?』

 

『いや、砲の質にもよるが、通常はニ、三発を撃ったらしばらくは使えないはずだ。砲自体が熱くなり、冷ますのに時間が必要だからだ。ただ、砲の並べ方次第では連発できるかも知れん。例えば三百門を用意して、百門ずつを並べ、交互に撃つ・・・オレならそんなやり方を取るが・・・』

 

王進は間者に大砲の数を確認した。どうやら五十門程度のようである。さすがに数百門とはいかなかったようだが、一門あたり二発としても、百発以上の玉が打ち込まれるのである。戦う前に、陣は崩れてしまうだろう。

 

『その砲弾、お主であれば防ぐことは出来るか?』

 

『物理障壁結界を張ればな。だが、結界を張ったらこちらも進軍が出来なくなる。攻撃を受けないかわりに、攻撃をすることも出来ない。それに向こうには魔道士がいる。結界を張れば気づかれる』

 

王進が呻いた。そこにグラティナが別案を提示した。

 

『我々三人が手分けして、空中で砲弾を「斬る」というのはどうだ?』

 

グラティナらしい直線的な作戦である。だがディアンと王進は顔を見あわあせた。

 

『五十門が一斉射撃をしたとしたら、三人で斬れるのはどれくらいだ?』

 

『せいぜい三分の一だな。だが、五十門一斉射撃は無いだろう。大砲は距離を測るのが難しい。砲の角度調整のために、まず何発か撃つはずだ。その上で、右から順番に砲撃をしてくのが通例だ。順に弾込めをするためにな』

 

『つまり、空中で斬ることは可能なのか?』

 

『全てを斬れるとは断言できないが、可能だろう』

 

作戦を思いついた王進は低く笑った。

 

 

 

 

 

西榮國の陣営でも、会議が開かれていた。議論となっていたのは、ディアンの存在についてである。

 

『その魔神がいきなり攻撃を仕掛けてくることはないだろうか?』

 

『それは無いでしょう。もし魔術を放ったとしても、十町以上も離れたところから打てば、その威力は半減します。それに、その時は私が相殺します。無駄な魔力を使うとは思えません』

 

李甫は地形図を示した。

 

『まずは大砲を使います。物理障壁結界は張っていないでしょう。あるいは魔神であれば、思いもかけぬ方法で大砲を迎え撃つかもしれません。目的は敵の陣を崩すことではなく、魔神の居場所を探ることです。居場所が判り次第、私が魔神を押さえ込みます。大王は本軍の指揮をお願いします』

 

『魔神さえいなければ、相手は七万、我らは十万だ。勝利は間違いないだろう。李甫、頼むぞ』

 

『お任せを・・・』

 

魔道士は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

約十町の距離を取り、両軍が構えた。空中には、ディアンたち三人が砲撃を待ち構えている。轟音が響き、龍國陣の少し手前に砲弾が落ちる。ディアンは眼を細めた。予想以上に速いからだ。黒色火薬の威力ではない。

 

『褐色火薬まで発明していたのか。思ったより苦労するかもな・・・』

 

二発目が放たれる。砲弾を捕らえたディアンが空中で剣を振った。一瞬で四分割され、砲弾が落ちる。威力を剃られ、四つに割られた砲弾など、大して恐れる必要はない。兵士たちは盾を構え、落ちてきた欠片を防いだ。

 

『二人共、来るぞ!』

 

次々と砲撃が始まる。ディアンたちは宙を舞いながら、砲弾を切っていった。だが砲撃速度が速い。全てを斬ることは出来なかった。何発かが陣に落ちる。その様子を見ながら、李甫は呆れていた。なにか手を打つとは思っていたが、まさか空中で砲弾を斬るとは思っていなかった。あれでは砲は意味を成さない。あまりの非常識ぶりに笑いすら出てくる。だがいつまでも呆れている訳にはいかない。李甫は馬を動かした。

 

玉数を数えながら砲弾を斬り続ける。もうすぐ終わるだろうと思っていたところに、強烈な雷撃が襲いかかってきた。空中では結界を張ることが出来ない。ディアンは直撃を受け、落ちた。雷撃魔術「贖罪の轟雷」である。

 

『ディアンッ!』

 

レイナが叫ぶ。空中で身を翻し、地面への直撃を避ける。身体から焦げ臭い煙が立ち昇る。

 

『・・・どうやら、お出ましのようだな。二人共、手は出すなよ!アイツはオレが倒す!』

 

ディアンは魔術が放たれた方向に駆け出した。陣から少し離れたところに、魔道士が立っていた。駆けながらディアンの気配が変わる。魔神の貌が表に出る。

 

«李甫ォォォッ!»

 

『来いっ!』

 

二人の魔力が衝突した・・・

 

 

 

 




【次話予告】

血で血を洗う戦場の中で、二人の魔道士が巨大魔術をぶつけ合う。李甫の予想通り、ディアンは魔術戦に拘った。しかし、無限の魔力を持つ李甫に苦戦する。ディアンはカッサレの魔道書に書かれていた「特殊魔術」を使うことを決めた。李甫の脳裏に、師の言葉が浮かぶ。


戦女神×魔導巧殻 第二期 ~ターペ=エトフ(絶壁の操竜子爵)への途~ 第三十四話「趙平の戦い 後編 -師の愛情-」

・・・月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也・・・

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